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習近平「台湾懐柔」のための「統一戦線」が本格稼働
2015年全国政治協商会議が始まった日の五星紅旗(写真:ロイター/アフロ)
2015年全国政治協商会議が始まった日の五星紅旗(写真:ロイター/アフロ)

台湾最大野党・国民党の夏立言副主席が訪中し、国務院台湾事務弁公室の宋濤(そうとう)主任に会っただけでなく、新チャイナ・セブン序列4位の王滬寧(おうこねい)とも北京で会談した。王滬寧が主導する統一戦線が台湾懐柔路線を本格化した。

◆宋濤を国務院台湾事務弁公室主任に就かせたのが最初の一手

台湾最大野党で親中の国民党・夏立言副主席は、2月8日~17日の日程で訪中し、9日には国務院台湾事務弁公室(国台弁)のトップである宋濤主任と会談した。国台弁には2枚の看板があり、もう一つの看板は中共中央台湾工作弁公室だ。

宋濤は、2018年4月12日のコラム<北朝鮮、中朝共同戦線で戦う――「紅い団結」が必要なのは誰か?> に書いたように、北朝鮮の金正恩委員長(現在、総書記)が訪中する際に、当時の中共中央連絡部(中聯部)の部長として金正恩が秘密裏に訪中した時の特別列車(1号列車)に仲良く同乗していて、窓沿いに設置してある長いソファーの対面に座り歓談していた。

これはトランプ前大統領が金正恩と会談する前に、習近平に会って「私の背後には習近平がいる」ということをトランプに見せるためだった。

すなわち、「平和交渉」となると宋濤が前面に出てくるという特徴が習近平政権にはある。

習近平第三期目が決まった後の2022年12月29日に宋濤が国台弁の主任に任命された時、筆者は「おっ!習近平が台湾平和統一に向かって動き始めたぞ!」と強い関心を持ち、その後の宋濤の言動を注意深く、じーっと観察してきた。その中の主だったものをいくつか拾い上げただけでも以下のようになる。

こうして冒頭で述べたように2月9日に夏立言と会談するに至るのである。

◆統一戦線を主導する新チャイナ・セブン序列4位の王滬寧と会談

そして翌日の2月10日には、夏立言は新チャイナ・セブンで序列4位の王滬寧と会談した

昨年10月、第20回党大会閉幕後に開催された一中全会(第一回中共中央委員会全体会議)で新チャイナ・セブンが決まったその直後、筆者はコラム<習近平と新チャイナ・セブン>の中で、王滬寧は「全国政治協商会議の主席になるだろう」と予測した。その予測は的中し、1月19日にコラム<予測通り全国政協主席になる王滬寧と4人の妻の物語>を書いた。そこでも触れたが、全国政治協商会議主席の主たる任務は「統一戦線」である。

中共中央委員会が発布している「中国共産党統一戦線工作条例」の第二条には「祖国統一」というのがあり、現在では「統一戦線」とは「台湾の平和統一を最高の目標としている」と言っても過言ではない。

したがって、習近平の施政の構図として「宋濤を国台弁主任にさせ、王滬寧を全国政治協商会議主席に就任させて、統一戦線により台湾の平和統一を実現する」という軸があることが見えてくる。

2019年1月6日のコラム<「平和統一」か「武力統一」か:習近平「台湾同胞に告ぐ書」40周年記念講話>で述べたように、習近平は台湾統一に関して、それまでの「九二コンセンサス」(大陸も台湾も「一つの中国」を共通認識とし、互いに「一つの中国」が「中華人民共和国」あるいは「中華民国」と解釈するのは自由という1992年に約束された共識)から一歩進んで「一国二制度」による平和統一を呼びかけた。

ところが「一国二制度」は、そのとき香港で激しく燃えたデモをきっかけに、台湾の蔡英文総統が「香港の今日は台湾の明日だ」というスローガンで次期総統選を戦ったために、民進党に有利に働き、2020年1月11日の総統選で蔡英文が圧勝した。かくして同年5月から台湾独立を党是とする民進党政権が二期目を迎えることを許した。

そこで今般の夏立言との会談では、王滬寧も宋濤も「九二コンセンサスを堅持し、台湾独立に反対する」を共通のスローガンとするとしか言ってない。「一国二制度」を中心にはしなかったのだ。ここが重要である。

特に王滬寧は習近平からのメッセージを夏立言に伝え「いかなる外部勢力(アメリカ)も中華民族の内政に干渉してはならない」と主張した。夏立言も「私たちは同じ炎黄子孫(伝説上の炎帝と黄帝の子孫ということから漢民族の雅称)の仲間です」と、誰も中華民族の中に割って入って分裂させることはできないことを強調した上で、互いに交流を深めて協力し、平和安定を願うと述べた。この交流と協力は、もちろん経済協力である。

なお、宋濤は1月17日に全国政治協商会議の委員になっている。

「統一戦線」の形は完全に整った。

◆ブリンケン訪中延期で、親中派の国民党が先んじた

本来なら2月5日頃には訪中するはずだったアメリカのブリンケン国務長官は、気球事件により訪中を延期する声明を発表した。ブリンケンの訪中は、アメリカ側が望んだものであり、中国としては特段に来てほしい理由はないので、「自分で行きたいと言って、自分で行かないと意思表示した」、「勝手にしてろ」、「来なくてけっこう!」という中国大陸のネットでの書き込みも多く、むしろ台湾問題に関してはブリンケンの訪中延期は「思わぬ幸い」のような形になった。

台湾でも国民党系列では、「ブリンケンより先んじることになった」という情報に溢れ、もう、この段階で「国民党は勝利した」ような雰囲気が漂っている。

2月10日のコラム<バイデン大統領「中国気球、安全保障上の違反ない(=スパイ活動ではない)」と発言>に書いたように、バイデンが急転直下、「中国気球には安全保障上の違反はない=スパイ活動ではない」などと「本音」を吐いてしまったのは、この「中台蜜月」に慌てたからだろう。

そうでなくとも昨年11月26日の台湾における統一地方選挙で、アメリカが応援する民進党が大敗し、国民党が圧勝している。このままでは来年の総統選挙で、ひょっとしたら親中派の国民党が勝つかもしれないと、バイデンは慌てているにちがいない。結局のところ、ブリンケンを2月中に訪中させると言い出している。

バイデンは2014年に副大統領だった時に、ウクライナの内政に干渉してマイダン革命というクーデターを起こさせ、親ロシア派政権を転覆させて親米政権を誕生させた。同様のことを今度は台湾で実行しようとしていることが見えなければならない。

そもそも「中華民国」台湾との国交を断絶してまで中国共産党の「中華人民共和国」中国と国交を結んだのは、ニクソン元大統領が再選を狙ったからだ。

今般の気球事件も、アメリカ政府は黙認しようとしていたのに、地元メディアが報道しネットが炎上し始めたので、やむなく撃墜の方向に動いただけで、トランプ政権の時にも3回も飛来(漂流?)している。それでも撃墜に至ったのは大統領選挙のためだと、2月4日にアメリカのブルームバーグが最初にスクープした。その概要は2月5日のコラム<習近平完敗か? 気球めぐり>で書いた。今では周知の事実になっている。

大統領選挙のたびに、その都度、世界情勢を自己都合で勝手に動かしていくアメリカは、アメリカの利害しか考えてない。次に犠牲になるのは日本人だ。

◆習近平が狙うのは台湾の次期総統選挙

習近平は専ら2024年1月に行われる「中華民国」総統選挙にターゲットを絞っており、その選挙で親中の国民党側が政権を握ることができるか否かが「天下分け目」の戦いとなる。

そのため拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第七章 習近平外交とロシア・リスク】で書き、また2月1日のコラム<「自由貿易は死んだ!」と嘆いた台湾TSMC創始者・張忠謀と習近平の仲が示唆する世界の趨勢>に書いたように、昨年11月に開催されたAPEC会議で、習近平は自ら足を運んで世界最大の台湾半導体受託製造企業TSMCの創始者・張忠謀氏に会いに行ったのである。

国民党(藍色陣営)は、TSMCなどの半導体産業が林立している台湾のハイテク・シティ新竹市の市長が属する台湾民衆党(白色陣営)と「藍白合作」により政権を取る可能性が大きい。そこに向かって「統一戦線」が本領を発揮する時が来たと、習近平は思っているにちがいない。

言論弾圧をする中国が「平和統一」をするのが良いのか、それとも「武力統一」を誘発し、日本人が命を失う事態になることが明らかでもアメリカの言う通りにして民主陣営を守るのがいいのか、日本は苦しい選択を迫られている。そのことが見えないと、日本国民の命を真に守ることはできない。

いずれにせよ、習近平の「台湾懐柔」が始動したことだけは確かだ。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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