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習近平、BRICS欠席して抗日戦争「七七事変」を重視 百団大戦跡地訪問し「日本軍との共謀」否定か
中国人民抗日戦争記念館(写真:ロイター/アフロ)

7月7日は盧溝橋事件の日だ。1937年7月7日に北京の西南方向にある盧溝橋において日本軍と中国国民党軍との間で起きた衝突事件で、中国では「七七事変」と呼ぶ。今年は抗日戦争勝利80周年であることから、習近平国家主席としては抗日戦争に関わる行事を最優先として動いている。

そのため日程が重なってしまったBRICS首脳会談を欠席したのだが、どうやら日本には、たとえば<中国・習近平、BRICSサミット欠席の謎…健康不安説が再燃、相次ぐ幹部の失脚・失踪で権勢弱まり早期引退か>といった「期待」を込めた論考さえあり、驚くばかりだ。

習近平がBRICS首脳会議を李強首相に任せて「七七事変」を重んじた事実には深い背景があり、日本人はその背景を知ることによってこそ、中国あるいは習近平の真の姿を炙(あぶ)り出すことができる。

「百団大戦」は、毛沢東が日本軍と共謀して、蒋介石率いる国民党軍を弱体化させるべく密かに指示していた方針に逆らって、本気で日本軍と戦った八路軍の大規模戦役である。それを率いた彭徳懐(ほうとくかい)に毛沢東は激しい不快の念を抱き、何年もかかって彼を失脚させ非業の死に追い込んでいる。

その「百団大戦」跡地に、習近平はなぜ行ったのか?

そこから見えてくる習近平の抗日戦争に対する姿勢を考察する。

◆北京で「七七事変」記念式典開催中に「百団大戦」記念館に行った習近平

7月7日、北京の中国人民抗日戦争記念館では<「日本侵略に対する全国抗日戦争」勃発88周年記念式典と「民族解放と世界平和のために」展の開会式>が開催されていた。李強はブラジルで開催されていたBRICS首脳会議に出席していたので、新チャイナ・セブン党内序列5番目の蔡奇(中共中央書記処書記)が講演をした。国歌斉唱のあと、聴衆は日本の侵略において勇敢に戦った中国人民抗日戦争の殉教者に黙祷を捧げたとある。

このとき習近平は、<山西省陽泉市で抗日戦争の殉職者に献花し、百団大戦記念館を参観していた>と、中央テレビ局CCTVが報道している。そこには「抗日戦争の殉職者の英雄的行為を記念し、中国共産党が抗日軍と人民を率いて、外国の侵略に抵抗した輝かしい歴史を振り返り、地元における革命歴史教育と抗日戦争の偉大な精神の継承と推進について理解を深めた」と書いてある。

また新華社も習近平が「百団大戦」記念館を訪問したことを紹介しており、多くの写真がリンク先に載っている。興味のある方はリンク先をご覧いただきたい。

◆「百団大戦」とは何か?

これは冒頭でも書いたように、中国の軍人であり政治家(国防部長)でもあった彭徳懐(1898年~1974年)が率いた日本軍との戦いで、1940年8月から12月にかけて陝西省や河北省周辺一帯において戦われた。

1936年12月に西安事変があり、1937年初頭から毛沢東率いる中国共産党軍は、蒋介石率いる国民党軍と第二次国共合作を始め、ともに日本軍と戦うことになった。

しかし、一方では毛沢東は政敵・蒋介石を倒すために日本軍との共謀を模索し始め、袁殊や藩漢年といったスパイを日本外務省の出先機関での一つである岩井公館に送りこんでいる。

また毛沢東は部下たちに「第二次国共合作と抗日戦争の力の配分」に関して「721方針」という訓示を垂れている。「国共合作に当たり、7割は中国共産党の発展のために力を注ぎ、2割は国共合作に対応し、1割だけ抗日戦争に充てよ」という意味だ。中国共産党側は、これは国民党側の捏造だと言っているが、延安で毛沢東と共にいた王明は『中共50年』で、毛沢東が「日本や汪兆銘政権と連携し、蒋介石を倒すことに集中すべきだ」と言っていたのを記録している。これに対して、王明は中国共産党の裏切り者だからというのが定説になっているが、スタンフォード大学のフーバー研究所にある蒋介石直筆の日記やその他大勢の証言者によって毛沢東の「721方針」は真実だということが暴かれている。

筆者自身は、岩井公館の創設者である岩井英一の回顧録『回想の上海』(図表1)の165頁で図表2のように当時の状況を生々しく記録している。

図表1:『回想の上海』のカバーと奥付

筆者撮影

図表2:「日本軍と中共軍との停戦」を申し込んできた藩漢年に関する記録

『回想の上海』(165頁)を筆者が撮影し説明を加筆した

図表2から明らかなように、毛沢東の指示を受けた藩漢年は、岩井英一に「華北での日本軍と中共軍との停戦に関して話がしたい」と申し出ている。1939年のことだ。図表2の左側に書いてあるように、岩井英一は藩漢年に対して非常に好意的で、それは彼の回想録『回想の上海』の至るところに書かれており、常に藩漢年を礼賛している。その岩井が藩漢年のことをわざわざ悪く書くはずがないし、必要もない。藩漢年は国共合作によって得られた国民党側の軍事機密情報を、岩井英一に高額で売っている。

こういった岩井英一の淡々とした率直な記録を見れば、毛沢東の「721方針」が国民党側の捏造だなどという中共側の言い訳は瓦解するだろう。

このような中にあっても、「何としても日本軍を真正面からやっつけるべきだ」として戦いに挑んだのが彭徳懐で、百団(百個連隊)を率いた大規模「抗日戦争」を断行したのだった。

毛沢東は激怒し(その時の片鱗が今も党史に残っており)、その恨みは「百団大戦」から約20年後の1959年7月31日に遂に彭徳懐を駆逐するための「廬山会議」で爆発した。

本来は大躍進により庶民の飢餓状態を批判した彭徳懐に対して、毛沢東は「百団大戦」を持ち出して酷評。最終的には「第二次国共合作のときには、国民党を滅ぼすための条件を整えていたのに、彭徳懐はその逆のことをした」という趣旨のことを述べ、本音をのぞかせてしまっている。この会話をのちに李鋭が記録している

◆その「百団大戦」記念館を訪問した習近平の狙いは?

BRICS首脳会議を欠席してまで、「七七事変」の日に、わざわざ山西省陽泉市まで出かけて行って「百団大戦」記念館を訪問したのは、決して毛沢東に逆らうためではないだろう。

たとえ、毛沢東の怒りを買おうとも、中国共産党軍が本気で日本軍と戦った大規模「抗日戦争」の足跡としては、「百団大戦」くらいしかないのである

習近平は「中国共産党軍こそは抗日戦争の『中流砥柱(主力)』である」として、中国共産党統治の正当性を主張し続けている。

しかし、その証拠となる戦いの跡としては「百団大戦」くらいしかないので、この戦地を訪問することによって、「ほらね、中国共産党軍はこんなに勇敢に日本軍と戦ったのだよ」ということを見せなければならない。それは「中国人民」に対してであると同時に、台湾に対しても見せなければならないのである。

というのは、2015年に台湾の馬英九(元総統)が、抗日戦争勝利70周年記念講演で、毛沢東の「721方針」を批判し、中国大陸側は、この事実を認めなければならないと言っている。「百団大戦」は彭徳懐が毛沢東の「721方針」に逆らった証拠でもある。だから馬英九にも見せておかなければならないということになろうか。

今年は、あれから10年経った80周年記念だ。

日本軍が戦った相手の国は「中華民国」であり、現在の中国、すなわち「中華人民共和国」はその「中華民国」の国民党軍を打倒して、日本敗戦4年後の1949年に誕生した国家だ。

どこからどう見ても、中国は「日本軍を倒して誕生した国」ではない。

「日本軍を倒した国民党軍を倒して誕生した国」なのである。

理屈が立たない。

もちろん、「中国人民」全体から言えば、日本軍と戦ったのは「中国人民」であって、侵略戦争などをした日本軍が悪いのは言うまでもない。しかし、その日本軍を利用して、第二次国共合作によって周恩来が重慶で得た蒋介石の抗日戦争軍事情報を藩漢年に伝え、藩漢年がそれを岩井英一に高値で売り、それによってより多くの「中国人民」が命を落としたとすれば、「中国人民を裏切ったのは毛沢東その人である」と結論付けることができる。

その事実を書いた拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』の英語版“Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army”が、今年ニューヨークで出版された。その本は既にマルコ・ルビオ国務長官に手に渡っている。

トランプ大統領も、図表3に示したカバーくらいは見ているかもしれない。

図表3:『毛沢東 日本軍と共謀した男』の英語版のカバー

筆者提供

今年9月3日には盛大な抗日戦争勝利80周年記念が催され、軍事パレードも天安門広場で展開されるようだ。そこにトランプ大統領を招聘するという噂もある。対中トランプ関税のゆくえによっては、どうなるかは分からないが、習近平としては9月3日に向けて全力を注いでいるにちがいない。

そんな背景と深い理由があって、習近平はBRICS首脳会議を欠席したのであって、決して日本人が期待するような「体力や統治力の衰え」からではないことを認識すべきではないだろうか。そのような「妄想」に近い期待感で日本人を誤導すべきではないと思う次第だ。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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