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習近平完敗か? 気球めぐり
アメリカ軍に撃墜された中国の気球(写真:ロイター/アフロ)
アメリカ軍に撃墜された中国の気球(写真:ロイター/アフロ)

どんなに中国が民間の気象観測用気球が風に乗り不可抗力で米上空まで行ってしまったと弁明しても、特定できたのなら、すぐさま企業名と飛ばした時の状況などを明らかにすべきだった。透明性の欠如が決定打になった。

一方ではバイデン政権の裏事情をブルームバーグが暴いているので、それも同時に考察したい。

◆環球時報の第一報

アメリカがモンタナ州の上空に中国のものらしい気球が浮かんでおり、これはスパイ活動のための気球だと発表した時、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」電子版「環球網」は2月3日、<中国が自国から米国に“スパイ”気球を放出? 専門家: 全くナンセンス>という見出しの記事を載せた。曰く:

  • 何の証拠もないのに、中国のスパイ気球と非難するのは荒唐無稽。
  • 専門家の劉明氏は「アメリカ西海岸を航行するさまざまな国の商船が観測気球を飛ばす事例は多い。商船が気球を飛ばすのは航行のための気象観測が目的の場合もあるが、他方では米軍の活動や演習中にレーダー情報を取得するために放出することもある。それらは自身の安全を確保するための行動だ」と語った。
  • この種の観測気球の放出はアメリカでは非常に多く、アメリカが前発表した UFO 報告は、この観測気球から来ている。アメリカ国家情報長官室が発表した最新の報告書によると、過去2年間にアメリカが報告または発見したUFO事件の数は急激に増加し、510 件にも上る。報告によると、そのうち163件が気球で、その他はドローン、鳥、気象現象、またはビニール袋などだったとしている。
  • 軍事評論家の張学峰氏は、「気球は制御性が悪く、搭載できる機器が少なく、中国には衛星ネットワークがあるので、もしスパイ活動を行なおうと思えばそれらのネットワークと使ってやればいいだけのことで、人目に付く気球などを使って米本土をスパイする意義はまったくない」と語った。
  • 特筆に値するのは、米軍当局者がCNNのインタビューで、「米軍は気球による機密情報の収集を防ぐための措置を講じているが、中国の低高度軌道衛星ならば相当に高い効率の情報収集ができるものの、このような高高度における気球では価値のある米軍情報を取得することはほぼできない」と語っていることだ。(以上引用)

ここまでの主張には一定程度の論理性があり、特に米軍当局者のCNNに対する回答は当を得ているし、それと見解が一致する中国側軍事評論家の主張にも一定の合理性があるにはある。

しかし、中国外交部が「これは中国の民間企業が放ったものだ」と表明したあとの中国の言動と環球網の主張はみっともない。

◆中国外交部、中国民間企業が放った気球だと認めて謝罪

中国の毛寧外交部報道官は2月3日午後、「中国はいま何が起きているかを調査中です。中国は常に国際法を厳格に守り、主権国家の領土領空を侵犯する意図は全くありません。事実が明らかになる前に、憶測や誇大宣伝では問題の解決につながりません。中国はいま何が起きているのかを調査中です」と回答したとBBC中文版が報道している

しかし2月3日夜になると、外交部は記者会見で「この気球は中国の民間企業が気象観測のために放ったものである」と認め、「一応」、謝罪した。

記者会見では記者の質問に中国外交部報道官は以下のように回答している。

――この飛行物体は中国から来たもので、民間企業が気象観測などの科学研究のために放ったものだ。偏西風の影響を受け、制御能力には限界があるので、この飛行物体は予定の航路から激しく離れてしまった。中国側は今般の飛行物体が不可抗力的にアメリカ(の上空)に誤って入ってしまったことを遺憾に思う。中国側は引き続きアメリカと意思疎通を行い、このたびの不可抗力によって発生した意外な状況に関して適切に処理したいと思っている。(以上引用)

環球時報としてはバツが悪い格好になり、さて、今度はどのように報道するかを注視した。

◆みっともない環球時報の第二報

注視した環球時報(環球網)の第二報は、実に潔くない、みっともないものだった。

2月4日、環球時報は<軍事会議はスパイの推測を強調し、主流メディアは中国の説明を無視して、アメリカは気球事件を誇大宣伝して中国に圧力をかけている>というタイトルで、相変わらずアメリカ批難の論理を展開している。

曰く:中国はこの気球が中国のものだと判明した瞬間に、誠意を以て事実を認め遺憾の意を表明しているにもかかわらず、アメリカは相変わらず中国への批難を強め、むしろ気球事件を対中批難の絶好の材料としている。

いや、これはないだろう。

◆なぜ企業名と経緯を明らかにしないのか? 中国の透明性のなさを露呈

中国外交部が、この気球は中国の民間企業のもので、気象観測用に放ったと言ったのだから、当然その時点で、「どの民間企業なのか」あるいは「どのような経緯で放ったのか」など、気球を放った時の条件や目的など、詳細な状況を把握しているはずだ。

だとすれば、即時に企業名と企業の経営トップからの説明と謝罪があるべきで、経営トップが出てこなかったとしても、中国政府として「世界を騒がせた」ことに対する謝罪として、詳細にして具体的な説明があるべきだ。

それが出来ないところに中国の限界があり、環球時報の第二報はむしろ「中国という国家の透明性のなさ」を露呈している。

◆アメリカが気球を撃墜

アメリカの現地時間2月4日午後、アメリカのオースティン国防長官が声明を出し、サウスカロライナ州沖のアメリカの領空でアメリカ北方軍戦闘機が気球を撃墜したと明らかにした。気球が偵察用であれ、気象観測用であれ、無断でアメリカの領空を飛行したのだから領空侵犯になり、アメリカにはそれを撃墜する権利がある。

アメリカは「すぐに撃墜しなかったのはその下の地上に民家があるからで、領海沖に飛行してきた瞬間に撃墜した」と説明しており、その通りであるならば、完全にアメリカの行動は正しかったことになる。

◆ブルームバーグが暴いたバイデン政府の裏事情

ところが2月4日になって、アメリカのメディアであるブルームバーグが、とんでもないことを発表した

ブルームバーグの報道によれば、事態の推移は以下のようになっていたという。

  • 実は1月28日に「正体不明物体」がアメリカ領空に侵入したのをアメリカ政府は知っていた。その物体は1月31日にはアメリカ領空を離れたので、見過ごそうとしたところ、その後、再びアメリカ領空のアイダホ州に戻ってきた。しかしブリンケンの訪中が控えているのでバイデン政府はこの件をそっとしておいて、スルーしようとした。
  • ところが物体がモンタナ州に差し掛かってきたとき、地元の人が発見してソーシャルメディアにその写真を載せたので、ネットが炎上した。
  • そこでバイデン政府はこれを撃墜すべきか否か討議した。これが中国から来たものだとすると、撃墜しなかったら対中軟弱姿勢を批判されて2024年の大統領選に影響する。2月1日、バイデン政府は撃墜を主張。しかし軍の最高顧問やオースティン国防長官、ミリー参謀長官などが、下に民家があるので今はまずいと反対した。そこでアメリカの民衆には知らせないことにした。
  • ところが2月2日午後、モンタナ州の地方紙《Billings Gazette》が気球の写真を公開した。やむなく2日午後5時15分にバイデン政府はこのことを公開した。このときペンタゴンは「類似のことは年中あるので、そう大騒ぎすることではない」と発言。これが共和党を刺激し、「民主党は弱腰だ!」と批判し始め、トランプ前大統領がTruth Socialで「気球を撃墜しろ!」と書いたことから、バイデン政府は一気に強気に変わり、ブリンケンの訪中を延期する決定を出した。いかに対中強硬かをアメリカ国民に示すためだ。

こんな裏話があったのだとすれば、「どっちもどっち」という感はぬぐえない。

それでもなお、気球撃墜に対して中国外交部が抗議したというのは、筋違いとしか言いようがない。恥の上塗りだ!

◆習近平の完敗か?

アメリカにはアメリカの裏事情があったとしても、しかし結果だけを言うならば、このたびの気球問題は、「習近平の完敗に終わった!」と言うべきだろう。

中国は長期的な戦略を練ることには長(た)けている。

しかし瞬発的な判断には弱い。

その原因は普段からの「透明性のなさ」にあり、こういう時にこそ、中国三代「紅い皇帝」の国師のような王滬寧(おう・こねい)が機転を利かすべきだが、彼はイデオロギーには強いが、瞬発力は欠ける。

今回は秒刻みの勝負だったはずだ。

アメリカが気球を撃墜する前に企業名や具体的な経緯などの詳細を明らかにしていれば、まだ習近平のメンツも保たれただろうが、撃墜された今となっては、企業名や気球内装備が判明しても、もう遅い。中国にとっては、これから明らかになる情報は、すべてマイナスにしか働いていかない。

その意味では、やはり習近平の完敗だ!

これは今後、米中の力関係に相当の影響を与えるのではないだろうか。注視したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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