言語別アーカイブ
基本操作
CIAが中国人スパイをネットで公募 日本はこのままでいいのか?
出典:CIAの公式YouTubeチャンネル

アメリカCIA(Central Intelligence Agency=中央情報局)のYouTubeチャンネルが、中国人向けにスパイを公募する動画を今年5月1日にネット公開していたことがわかった。

その大胆さに驚く。

中国政府はもちろん真正面から抗議している。

もともとNED(National Endowment for Democracy=全米民主主義基金)が水面下で中国人にスパイ活動を勧誘していたが、トランプ2.0になりUSAID(United States Agency for International Development=アメリカ合衆国国際開発庁)解体に伴ってNEDの中国における暗躍ができなくなったため、直接CIAが動き始めたという側面は否めないだろう。

NEDの暗躍を防ぐことが目的の一つで2023年7月1日に中国は反スパイ法を改正したことを、2023年7月3日の論考<習近平が反スパイ法を改正した理由その1 NED(全米民主主義基金)の潜伏活動に対抗するため>で述べた。またその具体例を同年7月4日の論考<習近平が反スパイ法を改正した理由その2「中国の国内事情」 日本はどうすべきか>で書いた。

反スパイ法強化は、少なからぬ日本人が、理由もはっきりせずに逮捕される結果を招いている。このままでは日本人はうかうか訪中することさえできない。

本稿では、ネットで中国人スパイを公募するCIAの実態を考察し、日本のスパイ行動に関する対策の「だらしなさ」を指摘する。

◆ネットで中国人スパイを公募したCIAの動画

中国人スパイを公募したCIAのYouTubeチャンネルの動画には2本ある。

最初の1本目は<協力を選んだ原因:美しいビジョンの創造>というタイトルで、物静かなトーンで以下のように語り始める(概略)。

――諺にもあるように、「人生の夢を築く」。残念ながら、私は他人のために夢を紡いでいる。この夢の中で、結末を決めることはできない。私の人生は他人に支配されている。論理的に言えば、几帳面に懸命に働けば、良い人生が手に入るはずだった。しかし、このような美しさを得られるのは、なぜごく少数の人だけなのだろうか?

幼い時から大人になるまで、党は私たちに、指導者が示した道を忠実に歩めば明るい未来が手に入ると教えてきた。本来なら皆が共有すべきだった天下は、今やごく少数の人だけが享受している。

私は自分の道を切り開かなければならない。やるべきか、やらざるべきか、答えは明白だ。もう立ち止まることはできない。諦めるつもりはない!最初の一歩を踏み出すのが一番難しい。今こそ自分の夢を築く時だ。神があなたを助け、あなたは自分の運命を自分で決める。(概要は以上)

 

この「語り」が終わると、閲覧者はCIAと直接コンタクトを取るための安全な手段(安全联系美国中央情报局CIA )へと誘(いざな)われていく。そこにはCentral Intelligence Agency チャンネル登録者数 10.4万人 という情報がある。視聴者は330万人だ。

 

2本目は<協力を選択する理由:自分の運命の主人公になる>というタイトルの動画で、そこには概ね以下のような語りがある。

――こういう晩餐会では、最後に到着した人が必ず話題になる。私は臆病な人間ではないが、群衆のささやきをじわじわと感じていた。私は常に規則を守り、慎重に友人を作り、清廉潔白な人生を送り、権力や地位を得るために手段を択ばないというようなことをしたことはなかった。

党内で出世していく中で、自分より地位の高い人々が次々と見捨てられていくのを見てきた。しかし今、私の運命も彼らと同じくらい危ういものだと悟った。同じ志を持つ人々、友人、そして党の仲間たちは皆、私を追い出し、私に取って代わろうとしている。今では忘れ去られるのはあまりにも簡単で、誰にも思い出されずに突然姿を消すことも珍しくない。

脱出の道を用意しなければならない時が来た。

あなたの運命はあなたの手の中にある。(概要は以上)

 

これはフェイクニュースなのではないかと一瞬思ったが、CIAの公式YouTubeチャンネルで、この動画をCIAが公式Xでも宣伝しているのを見つけた。一本目の動画のCIA公式Xにおける発表はこちらで、2本目の動画のCIA公式Xにおける発表はこちらである。

CIAの目的は、中国国内にいる中国人に呼びかけて、「中国の内部情報、特に機密情報をCIAに提供してくれれば、高い報酬を出すよ」ということで、中国人の中にはそれに呼応して「CIAのスパイ」として働き、自分の生活レベルを向上させていこうという人が現れないとも限らない。

◆中国側の反応と抗議

CIAが中国人スパイ公募に関する動画を公開した二日後の5月3日、中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」は<米CIAがスパイ募集のための中国語動画を公開し、嘲笑の的となっている>と報道した。そこには概ね以下のようなことが書いてある。

――現地時間5月2日、米紙「ワシントン・ポスト」は関係筋の話として、トランプ政権が米情報機関の規模を大幅に縮小する計画だと報じた。米CIAは1,200人の人員削減を計画しており、他の米情報機関も数千人規模の人員削減を行う予定だとのこと。(略)皮肉なことに、CIAは最近、中国でスパイを募集する2本の中国語動画をインターネット上に公開した。これは予想通り、ネットユーザーからのさまざまな嘲笑を招いた。一部のネットユーザーは、「アメリカの嘘にはうんざりだ」「アメリカは一度も信頼できる国ではなかった」といったコメントを寄せている。(以上、「環球時報」報道)

 

上記の環球時報報道では、この情報の出典として中国の中央テレビ局CCTVの<国际时讯(国際ニュース)>と書いてあり、そこには以下の図表で始まるテレビ報道がある。

図表:

出典:CCTV国际时讯

リンク先をクリックして出てくる動画の中にある「CMG」というロゴは「China Media Group」(中央広播電視総台)で、CCTVの上部組織である。

6月25日になると、中国の中央テレビ局CCTVは<国家安全部はCIAによる“中国人スパイ”スパイ公募に反応 露骨で骨の折れる滑稽な行為であり、失敗する運命にある>というタイトルの報道をした。報道では概ね以下のように話している。

――以前、CIAはソーシャルメディア・プラットフォームに中国語の動画を公開し、スパイ活動に従事する中国人職員を露骨に募集した。(中略)CIAは長年にわたり、米国政府の地政学的戦略による世界覇権を強化し世界の権益を掌握するために、敵の内部に潜り込んで他国の職員を扇動すべく狂気じみた行動に出ていた。特に、米国政府の包括的な対中封じ込め戦略に協力させるため、中国人スパイを使って中国の内部情報窃盗、侵入、破壊工作を続けている。我々は「CIAに代表される米国の諜報機関に対し、中国国民を扇動して祖国を裏切らせようとするいかなる試みも失敗し、中国に対する諜報活動の浸透を図るいかなる試みも失敗する運命にある」と警告する。(以上、CCTVの報道)

 

なぜ2ヵ月近く経った6月25日などに、突然このような報道を国家安全部がしたかというと、おそらく、冒頭で書いた「改正反スパイ法」が2023年7月1日から実施されているため、2025年7月1日で2周年になるという区切りがあるからではないかと推測される。

◆CIAやNEDの暗躍が原因なのに、日本人まで対象となる「反スパイ法」 

ということは、CIAによる「中国人スパイ公募」の動画は、正に冒頭に書いた「反スパイ法」と関連しているということになる。

すなわち、2023年7月3日の論考<習近平が反スパイ法を改正した理由その1 NED(全米民主主義基金)の潜伏活動に対抗するため>や同年7月4日の論考<習近平が反スパイ法を改正した理由その2「中国の国内事情」 日本はどうすべきか>で書いたように、「反スパイ法」を改正しなければならなかったのは、「NEDの勧誘によって中国人がスパイとなり、中国の内部情報をアメリカに漏洩させる」ということが頻発していたからであることが、一層明確になったということができる(NEDは「第二のCIA」と呼ばれているように、実質的にはCIAと同じ役割をしている)。

ひとたび「改正反スパイ法」が成立すれば、その適用対象は国籍を問わず、日本人も「訳も分からず」容易に逮捕されるということになる。日本人にとっては、甚(はなは)だ迷惑なことだ。

◆だらしない日本、このままでいいのか?

しかも日本政府は「大変遺憾である」という「遺憾砲」を発するだけで、積極的に「何が何でも拘束された日本人を解放する!」という強い意志があるわけでもない。

2023年4月3日の論考<カードなしに拘束日本人解放を要求し、「脱中国化はしない」と誓った林外相>にも書いたように、あのとき中国にいた日本人がスパイ容疑で拘束されていたというのに、訪中した(当時の)林芳正外相は、「こうしなければ日本は絶対に許さない、譲歩しない」といった交換条件を示すような「カード」を示さずに口頭でのみ拘束日本人に関して遺憾の意を表しただけで、王毅政治局委員とニコニコと会談し、李強首相には「日本は決して脱中国化はしない」と約束して帰ってきた。

こんなだらしない日本で、日本人を守ることができるのだろうか?

世界の全ての国を一つ一つ調べるわけにはいかないが、少なくとも主要国において反スパイ法に相当した法律がない国は日本くらいではないだろうか?

さらに肝心なのはスパイ活動が許される組織が日本にはないため、筆者のように法務省公安調査庁から「スパイ活動をしてくれ」と頼まれるような者が出てくる。上述の論考<習近平が反スパイ法を改正した理由その2「中国の国内事情」 日本はどうすべきか>の最後にその経緯を詳述し、筆者の場合は「その場で毅然と拒絶した」と書いた。この事実を書くことを何十年も躊躇してきたが、日本国民のために書くしかないと決断したのだった。

ところが、である。

なんと、このたび中国でスパイとして逮捕された日本人の大多数は、同じく日本の公安調査庁から依頼された人たちであることを、7月28日、共同通信が報道している

やはり、そうだったのか!

憤慨に耐えない。

公安調査庁が民間人を使って中国でスパイ活動をさせるなど、とんでもない話だ!

日本には現在、内閣情報調査室や公安調査庁などの情報機関はあっても、スパイ活動が認められているわけではないので、民間人を巻き添えにしているのである。

絶対にあってはならない行動だ。

日本は日本政府自身の構造を抜本的に変えない限り、日本人を守ることはできない。日本政府に早急の改善を求める。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
米中新産業WAR トランプは習近平に勝てるのか?
『米中新産業WAR トランプは習近平に勝てるのか?』

遠藤誉著(ビジネス社)発売日:2025/3/3
中国「反日の闇」
『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』

遠藤誉著(ビジネス社)
嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ
嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ

遠藤誉著(ビジネス社)
習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!
習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!

遠藤誉著(ビジネス社)
習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン
習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン

遠藤 誉 (著)、PHP新書
もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」
もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」

遠藤 誉 (著)、実業之日本社
ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか
ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか

遠藤 誉 (著)、PHP
ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐

遠藤 誉 (著)、ビジネス社
ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元
ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元

遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)
Japanese Girl at the Siege of Changchun: How I Survived China's Wartime Atrocity
Japanese Girl at the Siege of Changchun: How I Survived China's Wartime Atrocity

Homare Endo (著), Michael Brase (翻訳)
激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓
激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓

(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)
米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く
米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く

(遠藤誉著、毎日新聞出版)
「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか 
「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか 

(遠藤誉著、PHP研究所)

カテゴリー

最近の投稿

RSS