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中国がGDP成長率発表 数値に疑問を呈した中国のエコノミストの正当性は?
GDP(写真:イメージマート)
GDP(写真:イメージマート)

1月17日、中国の国家統計局は2024年のGDP成長率を前年比「5.0%」と発表した。昨年末、中国の国有企業である国投証券股份有限公司(SDIC)の主席エコノミスト高善文氏は「中国政府が発表するGDP成長率は疑わしく、実際には2%位しか成長していない」という趣旨の発言をした。その発言が正しいのか否かを検証する。

◆中国の国家統計局が2024年のGDP成長率は「5%」と発表

 1月17日、中国の国家統計局は<2024年経済運営穏中有進(穏やかな中にも進歩) 主要発展目標順調に実現>という見出しで、昨年のGDP成長率などに関して発表した。

 それによれば、以下のようになっている。

  ●GDP絶対値(全体の総額):1349084億元(2870兆円)

  ●GDP昨年比成長率:5.0%

   第一次産業増加値:91414億元(194兆円)、成長率:3.5%

   第二次産業増加値:492087億元(1047兆円)、成長率:5.3%

   第三次産業増加値:765583億元(1629兆円)、成長率:5.0%

  ●四半期ごとの成長率

   第一四半期:5.3%

   第二四半期:4.7%

   第三四半期:4.6%

   第四四半期:5.4% (発表値の引用は以上)

 産業別増加値のGDP絶対値(総額)に対する割合は

   ・第一次産業:91414÷1349084=0.0678=6.78%

   ・第二次産業:492087÷1349084=0.3648=36.48%

   ・第三次産業:765583÷1349084=0.5675=56.75%

となるので、これらに各産業分野の成長率を掛け算して合計すると105%になる。こうして国家統計局は、GDPが「5%」成長したという結論を出したのだろう。

 各産業別成長率から見ると、第二次産業(製造業&工業、建設業、鉱業など)の成長率が高い。建設業の成長率が極端に下落しているのに、第二次産業の成長率が最も高いのは、製造業、特に新産業の成長が著しく、新産業のうち半導体を除く全ての分野で中国がとびぬけて世界一なので、相殺して成長率が最も高い産業になっているものと思われる。

◆国有企業の主席エコノミスト:政府が発表するGDP成長率は疑わしく、実際には2%位しか成長していないはずだ

 昨年12月12日にワシントンで開催されたフォーラムで、冒頭で書いた中国の国有企業である国投証券股份有限公司(SDIC)の主席エコノミスト高善文氏は「中国政府が過去2~3年において発表してきた成長率は、公式統計では5%前後となっているが、実際には平均で2%程度ではないかと私は推測している」と発言して波紋を呼んでいる。

 というのは昨年12月20日、中国証券協会が「業界団体主席エコノミストの自己規律管理の更なる強化に関する通知」を出したからだ。北京の「新京報」などが詳細に報じている。この通知は誰もが高善文氏に対して出されてものと判断するだろう。そのため彼が解雇されたのではないかという噂が流れたが、解雇はされておらず、しばらくの間、公の場での発言を控えることと、彼のWechatにおけるアカウントが「フォロー不可」になっているだけのようだ。

 日本ではウォールストリート・ジャーナル(WSJ)日本語版が<習主席、GDP統計に疑問唱えたエコノミストを処分>などという見出しで報道されたので、拘束でもされたのかと思ってしまうが、言論制限程度に今のところは留まっている。

 ワシントンのフォーラムにおける高善文氏の発言は質疑応答のときの回答で、その動画はこちらで観ることもできる。

 彼の発言の論拠になっているのは12月3日に広東省の深圳で行なった「国投证券2025年度投资策略会」における高善文氏の講演内容で、12月6日にはそれを文字化した文章が中国語で公開されている

 それによれば、高善文氏は要するに以下のようなことが言いたいようだ。

 ――たとえば日本のバブル崩壊やアメリカのリーマンショックなどの、不動産バブルが崩壊した後のGDPの成長率は、一般に3~4%ほど下がっている。それなのに中国では不動産バブルと言ってもいいほど不動産産業がこれだけ低迷しているというのに、0.2%ほどの低下でしかなく、5%前後の成長率を保っているとするのはおかしい。中国も少なくとも3%は下がっているはずだ。したがって結果的に言えば、中国の実際のGDP成長率は2%くらいでしかないはずなのである。(要約以上)

◆日本のバブル崩壊と中国の不動産バブル崩壊との違い

 中国の名だたる国有企業の主席エコノミストに対して言うのも何だが、しかし「中国は社会主義制度の国家である」という厳然たる事実を見逃してはいないだろうか。

 日本の場合は違う。社会主義国家ではない。

 それもあって日本のバブル崩壊の時に、どれだけ多くの銀行が不良債権処理のために次から次へと破綻していったことか、数えきれないほどだ。1991年以降2003年度までで181行の銀行が倒産したという記録もあれば、主な破綻銀行関連の倒産は2130件であるという調査結果もある。こういった事情もあり、日本経済は完全になぎ倒されていった。

 しかし中国の場合は違う。

 社会主義国家として大手国有銀行の非常に高い自己資本率を保っている。たとえば2023年9月6日のコラム<なぜ中国経済はなかなか崩壊しないのか? 不動産問題の遠因は天安門事件後の日本の対中支援>にも書いたように、中国が不動産バブルと言っても過言ではないような状況に追い込まれながら、大手国有銀行は非常に高い自己資本率を維持していた。たとえば、

       工商銀行:19.26%

       農業銀行:17.20%

       中国銀行:17.52%

       建設銀行:18.42%

       交通銀行:14.97%

       郵貯銀行:13.82%

など、すべて13%を超える高い値を保っていた。これは、債務が膨らんでも金融リスクは起きないことを示す一つの大きなバロメーターだ。

 そのコラムにも書いたが、2022年末で、国有銀行が不動産事業に融資している貸出割合は6%に過ぎないことも判明している。2022年末のデータでは、上場銀行の住宅関連融資は約30%を占め(前年比3%減少)、このうちの24%が低リスクの住宅ローンの融資で、不動産企業に対する融資はわずか6%を占めるにすぎないことが明らかになった。中国の不動産デベロッパーの債務は、建設会社への未払い金などである。

 なぜこのようなことになったかと言うと、そのコラムの繰り返しになるが、1993年7月、江沢民政権で当時はまだ副総理だった朱鎔基が、全国財政会議で「分税制改革」を提案したからだ。その結果、地方政府は「歳入は減るのに、医療や教育といった義務的経費は増える」ということになり、何か税収以外の収入の道を模索するしかなくなった。

 そこで目を付けたのが「住宅」だ。1994年7月18日に国務院は「都市部住宅制度の改革深化に関する決定」を発表し、都市部労働者向けに国有住宅を販売し、住宅の私有化を進め始めていた。そこで1997年のアジア金融危機がやってくると、個人による住宅購入が奨励され、1998年には国務院が一歩進んで「都市部住宅制度改革を一層深化させる住宅建設を加速させることに関する通知」を発布し、個人によるマイホーム購入制度が確立した。

 ここまでは江沢民政権がもたらしたもので、地方政府と不動産デベロッパーの癒着や汚職が進み、全国的に深刻な腐敗現象が蔓延するようになった。

 そこで習近平政権では徹底した金融改革を行い、現在のような大手国有銀行の自己資本率を高める改革を次から次へと進めてきたので、最新データ(2024年9月時点)では、工商銀行以外はさらに上昇し、以下のような自己資本率になっている。

      工商銀行:19.25%
      農業銀行:18.05%
      中国銀行:19.01%
      建設銀行:19.35%
      交通銀行:16.22%
      郵貯銀行:14.23%

 これらのデータは以下の情報から収集した。

 六大国有银行业绩出炉,前三季归母净利润合计超万亿_新浪财经_新浪网

 中国建设银行-中国建设银行公布2024年第三季度经营业绩

  交通银行股份有限公司2024 年第三季度报告 交通银行

 中国农业银行股份有限公司2024 年第三季度 … 中国农业银行

 日本の場合は骨幹となる金融機関がつぎつぎと破綻していったのと違い、中国では六大国有銀行の自己資本率が非常に高く保たれているので、日本のバブル崩壊の時のような金融の崩壊が中国では起きない。すなわち不動産業バブル崩壊による国家へのダメージは、中国ではどの国よりも最小限に喰いとめられているということだ。

 日本では銀行が不良債権処理に追い込またが、中国では建設会社などへの未払い金が、不動産デベロッパーの債務という形になっているので、不動産バブルにより中国のGDPが他国と同じように3%~4%も減るということも起きないと言っていいだろう。したがって高善文氏の主張はまちがっていると言わざるを得ない。よくぞ「しばらくの間」公の場での発言を禁止する程度の処罰で終わったものだと思うくらいだ。本来なら失職くらいの愚かなミスを発表している。

 第二次産業で見たように、新産業において中国だけが飛びぬけてトップを走っているので、日本のようにならないことを中国人学者も日本人学者も心得るべきではないだろうか。

 今年1月7日のコラム<日本の鉄鋼を潰して中国の世界トップを維持させるバイデン大統領のUSスチール買収禁止令>にある図表3をご覧いただきたい。新産業ではなく、昔らかある鉄鋼業においてさえ、どの国も追いつけないほど中国の製造業だけが抜群に成長している。

 その理由は、アメリカが旧ソ連を崩壊させた後、「米一極」となって地球レベルのサプライチェーンを形成し、中国を「世界の工場」にさせたからだ。そこにさらに習近平が2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布し、確実に実行している。言論統制をするので肯定はできないが、中国は一党独裁なので、アメリカのように大統領選挙のたびにそれまでの政権が築いてきたものを覆すことがないからでもある。トランプ2.0になっても、アメリカの製造業における衰退を喰いとめることはもはやできないので、結局は中国の一人勝ちになってしまうのを、むしろわれわれは警戒しなければならない状況なのである。

 最後にIMF(国際通貨基金)のデータに基づいた米中日のGDP成長率推移の図表をご紹介する。念のためIMFデータ以外に、今年1月17日に中国国家統計局が発表したデータを「発表値5.0」として黒色で加筆した。

 

IMFデータに基づき筆者作成

IMFデータに基づき筆者作成

 

 バイデン大統領は最後の駆け込みで、<米、「競争に勝ちつつある」 中ロは「弱体化」と外交部総括>と今年1月13日に言ったようだが、事態は全くその逆の方向に向かっている。

 新産業以外に鉄鋼だけでなく、船舶生産力も中国はアメリカの500倍という驚異的な強さだ。だからバイデン氏はこれも駆け込みで船舶等への制裁を慌てて宣言しているほどだ。アメリカは制裁しかできない。制裁してもアメリカの技術力が戻るわけではなく、製造業における敗北から復活するのは困難を極めるだろう。製造業を捨てて金融業を重視し、ドル札を印刷するだけでGDP世界一を保とうとしたアメリカのツケから逃れるのは困難ではないだろうか。

 なぜ中国の国有企業の主席エコノミストともあろう人物が、習近平のハイテク国家戦略「中国製造2025」というテクノロジーに目を向けないのだろうか?

 EVやEV搭載電池、太陽光発電などの新エネルギー、ドローン…。どの一つをとっても中国が圧倒的に強い。世界トップを走っている。トランプ2.0がどのようにして、この弱体化したアメリカを救えるのか、それを見たいと思っているくらいだ。

 日本人はIMFが示した図表の「日本の現実」を正視すべきで、中国のGDPは本当はもっと低いと煽っても、日本のGDP成長率が高まるわけではないという「憂うべき現実」を自覚すべきだろう。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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