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日本の鉄鋼を潰して中国の世界トップを維持させるバイデン大統領のUSスチール買収禁止令
日本製鉄(写真:ロイター/アフロ)
日本製鉄(写真:ロイター/アフロ)

1月3日、バイデン大統領は日本製鉄(日鉄)によるUSスチール買収を禁止すると発表した。これにより日米の鉄鋼業は衰退し、世界トップを走る中国の鉄鋼の地位をより確固たるものにするだろう。アメリカは「国家安全保障を脅かす」として、かつて「日の丸半導体」を沈没させただけでなく、今回もまた同じ理由で、今度は日本の鉄鋼をも沈没させていくことになる。それによって相対的に発展するのは中国だ。

 こんなことでいいのか?

 アメリカのこの精神性は日米の衰退をもたらすだけではないのか?

 1月6日夜、日鉄は米政府を提訴した。

◆バイデンがUSスチール買収禁止令を出したのは「大統領のメンツ」のため

 1月20日にはトランプ2.0がスタートするのだから、もう今さら大きな政策決定などしなければいいのに、バイデンは「最後の追い込み」とばかりに「日本製鉄によるUSスチール買収をブロックする」という声明を1月3日に発表した。大統領選中ならば、票集めのための人気取りとしてまだ理解できるが、もう民主党は敗退したのだし、あと2週間もすればトランプ2.0がスタートするのだから、国のためを思うなら今さら政治が経済に口出しするようなことをする必然性がない。

 それでも最後に嘴を差し込みたいのは、「大統領としてのメンツ」を最重要視したからに過ぎない。トランプ次期大統領も「買収には反対」と表明している。トランプ2.0が始まれば、「買収を阻止した大統領はドナルド・トランプ」ということになる。その「栄誉」をトランプに渡したくないために何としても任期内に「この私(ジョー・バイデン)が阻止して見せた」という事実を歴史に刻んでおきたいのだろう。

 そのようなお粗末な虚栄心が日本の鉄鋼業を衰退させていくのだから、「同盟とは何か?」そして「友好国とは何か?」を問わずにはいられない。

◆世界の鉄鋼業ランキング トップ10のうち6社は中国

 世界の粗鋼生産量ランキングのトップ50のリストを、世界鉄鋼協会(World Steel Association)が調査した<World Steel in Figures 2024 – worldsteel.org(数字で見る世界鉄鋼2024)>のデータを基に作成すると、図表1のようになる。長いので図表を二つに分けた。また中国の欄を赤で、アメリカを青で、日本を黄色で染めて区別しやすいようにした。

 粗鋼から普通鋼や特殊鋼などが加工されるが、その種類は多岐にわたるので、世界鉄鋼協会など権威ある組織では、素になる粗鋼の生産量により、その国・地域の鉄鋼業生産力をデータ化しているようだ。本稿でもその慣習に倣(なら)うことにする。

図表1:世界の粗鋼生産量ランキング

世界鉄鋼協会のデータを基に筆者作成

 図表1によれば、世界トップ10のうち6社が中国で、トップ50の中では27社が中国だ。図表1がほとんど赤く染まっていることから見ても、世界シェアの半分ほどは中国であろうことが推測できる。念のため世界鉄鋼協会のデータを基に、主たる国・地域別世界シェアを図表2に表した。

図表2:2023年の国・地域別粗鋼生産量シェア

 

世界鉄鋼協会のデータを基に筆者作成

世界鉄鋼協会のデータを基に筆者作成

 

 案の定、中国が世界シェアの53.9%を占めており、圧倒的に強い。アメリカは4.3%と、見る影もない。

 そのような中でも日鉄は図表1で4位に付けており、買収しようとしていたUSスチールは世界ランキング24位である。かつてアメリカ鉄鋼の象徴であり光でもあったUSスチールが24位にまで落ちているのだから、その衰退を救ってあげようとしている日鉄が、まるで悪者のように扱われるという道理は、本来ならないはずだ。

 もし日鉄によるUSスチール買収が成功したとすれば、両社の強みを生かして、ひょっとしたら図表1の3位にある鞍山鋼鉄集団を抜くことができるかもしれない。そうすれば、図表2のシェアを大きく変えることはできないとしても、図表1で日鉄&USスチールが第3位にまで這い上がり、対中制裁に躍起になっているアメリカにも有利に働くはずだ。日鉄にはその思惑もあったのではないかと中国では分析している。

 図表1で15位にいるニューコアは、1987年に日本の大和(やまと)工業と合弁事業を開始して、ニューコア・ヤマト・スチールカンパニーを設立している。今ではアメリカで一番活躍している製鉄会社になっている。買収と合弁では、もちろん違うにせよ、買収を禁止するというバイデンの命令は誰にも納得いかないものであった。

◆アメリカに翻弄される日本の鉄鋼業

 2024年7月23日、日鉄は中国における自動車鋼板合弁事業の解消についてというプレスリリースで、以下のように通知している。

 ――日本製鉄株式会社(以下、日本製鉄)と中国 宝山鋼鉄股份有限公司(以下、宝鋼)が2004年に中国に設立した自動車向け冷延及び溶融亜鉛めっき鋼板製造・販売に関する合弁事業である宝鋼日鉄自動車鋼板有限公司(以下、BNA)について、2024年8月29日に経営期間の満了期日を迎える中、関係当局の承認が得られること等を条件に、当該満了期日にBNAに関する当社出資持分の全てを宝鋼に譲渡する方式により、現経営期間の満了をもって合弁を解消することで、本日、宝鋼と合意いたしました。(プレスリリースは以上)

 この件に関する中国側の情報は溢れるほど多いので、どれか特定の情報を選ぶのも大変なくらいだが、一つだけ鉄鋼関係としては権威がある中国鋼鉄新聞網の2024年12月25日の情報<日本制铁收购美国钢铁“大戏”将如何落幕?(日本製鉄によるUSスチール買収劇はどのような幕引きになるのか?)>を挙げておこう。それも参考の一つにしながら中国のネットにある多くの情報をまとめると、概ね以下のようになる。

 ●日鉄と宝鋼との合弁事業の顧客は、中国にある日本の自動車会社なので、EVが盛んになった中国で、主としてガソリンエンジン車を製造している日本の自動車会社は販売力が落ち込み、日鉄は中国で十分な利益を得ることができなくなっていた。

 ●一方ではアメリカによる対中制裁やデカップリングなどがあり、中国に軸足を置いているのは必ずしも有利ではないという思いも日鉄にはあったにちがいない。そのため日鉄は早くからインドやアメリカに触手を伸ばし、2023年12月には、アメリカのUSスチールを149億ドルで買収すると発表した。2024年3月にはさらに14億ドルを追加した。

 ●2024年7月20日、日鉄は買収を推進するためにアメリカのマイク・ポンペオ元国務長官をアドバイザーとして起用したと発表した。なぜならアメリカ側は早くから日鉄が中国との縁を完全に切らない限り買収を承認することは困難だろうという類のメッセージを出し続けてきたからだ。日鉄と中国の鉄鋼システムは中国の軍民統合戦略につながっているからというのが米側の主張だ(たとえばロイターのUS senator urges Biden to review alleged Nippon Steel ties to China | Reutersなど)。だから対中強硬策を主張し台湾独立をサポートしているポンペオを起用して、日鉄は「身の潔白」を証明しようとしたものと考えられる。

 ●2024年12月2日、トランプ次期大統領は「買収に反対だ」という姿勢を明確にし、アメリカの鉄鋼業界の復活を約束した。

 ●するとバイデン大統領は12月11日に「国家安全保障上の理由から買収を阻止する計画である」と表明した。

 ●日鉄は2021年に既に中長期計画を発表し、「2025年末までに生産力1億トンを達成」、「総合力で世界最大の鉄鋼会社になること」を目指すとしていた。かつての生徒であった宝鋼を超えることを目指していたのだ。(中国のネットからのまとめは以上)

 しかし、その夢は消えた。

 バイデンによって消されたのだ。

 バイデンが消さなかったら、トランプが消しただろうから、つまりはアメリカによって夢を奪われることになる。

◆中国鉄鋼業成長の推移と現在地

 実は興味深い動画がある。粗鋼生産量トップ12カ国の推移を動的に表しているTop 12 Largest Steel Producing Countries In The World 1960-2023というYouTubeだ。

 これをずーっと観る時間はないという方のために、別途、静止画像を作成すべく試みてみた。世界鉄鋼協会の暦年のデータをたどって拾い上げるという大変な作業だったが、なんとか図表3を描くことができた。

図表3:米中日印露&旧ソ連の粗鋼生産量推移(1969~2023年)

 

世界鉄鋼協会の暦年のデータから拾って筆者作成

世界鉄鋼協会の暦年のデータから拾って筆者作成

 

 アメリカがソ連を崩壊に導くまでは実は粗鋼に関してもソ連の生産量(緑色線)の方がアメリカの生産量(青色線)よりも多かった。そのため軍事力や宇宙開発においてソ連がアメリカよりも勝っていたので、アメリカは何としてもソ連を崩壊に導く必要に迫られていたのだ(詳細は2023年8月21日の<遂につかんだ! ベルリンの壁崩壊もソ連崩壊も、背後にNED(全米民主主義基金)が!>など)。

 さらに注目すべきは日本の方がアメリカより粗鋼の生産量が多かったという事実である。その日本は1978年に鄧小平が来日してから中国に手を差し伸べ、中国の鉄鋼産業を指導してきた。しかしソ連崩壊の3年後には中国は日本を抜き、アメリカとは比較にもならない勢いで、ひたすら成長を続けている。

 粗鋼だけだろうと思われるかもしれない方のために、特殊鋼に関しても生産量では中国がやはり世界のトップを行っているデータをご紹介しておきたい。たとえば中国の西南証券は2022年7月25日の<モリブデン業深度報告>は、「中国の鉄鋼総生産量に占める特殊鋼生産量の割合は、先進国に比べてはるかに低い」と認めた上で、「2021年、中国の特殊鋼生産量は1億3,789万1,400トンで粗鋼生産量の約13.35%を占める。しかし日本の20.96%やドイツの22%を大きく下回っている」と書いている。

 日本の粗鋼から特殊鋼への加工率が20.96%というデータは他でもよく見かける数値なので、図表1にある粗鋼生産量から計算すると、日本の特殊鋼生産量は2019万トンということになる。ということは、中国の特殊鋼生産量は日本の約6倍以上という計算になるので、図表3は特殊鋼をも含めて、中国の一人勝ちを示していることになろう。

 その中国に挑戦しようとした日鉄の根性をアメリカが打ち砕いたのだ。

◆日鉄とUSスチールがバイデン大統領らを提訴

 本稿冒頭に書いたように、1月6日夜、日鉄とUSスチールがバイデン大統領らを提訴し、1月7日午前に日鉄の橋本英二会長が記者会見をした。日本の多くのメディアが一斉に報道しているので、リンク先を一つだけ選ぶのはかえって不平等感があるのでリンク先は示さない。提訴理由などに関する多くの日本の報道の要点を以下に示す。

 ●昨年の大統領選で再選を目指していたバイデンが法の支配を無視し、約85万人の組合員の集票力を持つ全米鉄鋼労働組合(USW)と連携していた。

 ●バイデンが米政府の対米外国投資委員会(CFIUS)による買収計画の審査に影響力を行使した。

 ●米鉄鋼大手クリーブランド・クリフスや、クリフス社で勤務経験があるUSWのデビッド・マッコール会長らが虚偽発言などを通じて買収計画の妨害行為を行った。クリフス社は過去、USスチールに買収提案したものの拒否され、日鉄が勝ち残った。クリフス社とUSWは買収計画を阻止することでUSスチールを弱体化させ、米国の鉄鋼市場のクリフス社による独占を狙っていることも明らかにしていく。(概ね以上)

 クリフス社は図表1の第22位にある鉄鋼会社だ。22位の会社が24位の会社を買収してもアメリカ鉄鋼業の復活につながるとは思いにくい。アメリカ鉄鋼業の復活のためには、日鉄のUSスチール買収を止めるべきではなかった。そもそも大統領選の利権のために自国の鉄鋼業の復活の可能性の芽を摘んだのだから、アメリカの発展にも限界が来ていると言わねばなるまい。

 何もできない日本政府の代わりに闘う日鉄の勇気を称え、勝利を祈りたい!

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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