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習近平は本気だと心得よ
トランプと習近平(写真:ロイター/アフロ)
トランプと習近平(写真:ロイター/アフロ)

雑音にまみれたシグナル

「トランプ氏の発言は、言葉どおりかどうかは別として常に真剣だ。」「すでに発表されている政策をころころ変えるのは些細な雑音のようなもので、その裏に明確なシグナルが隠されているのだ。」トランプ氏の支持者や擁護者はそう口をそろえる。トランプ政権の中国への対応にも、こうしたもっともらしい説明が当てはまるのだろうか。トランプ氏のチームによると、中国に対する145%の追加関税は決して本気ではなく、(トランプ氏の考えでは)中国を交渉のテーブルに着かせる交渉手段にすぎなかった。現在トランプ氏は、今月初旬(注:5月)にジュネーブで結んだ限定的な合意に中国が違反していると主張しているが、何を指しての発言は定かではない。彼のどの言葉が雑音で、どの言葉がシグナルなのか。おそらく彼の言葉にまったく意味はなく、単なる嘘と無意味な言葉の羅列なのだろう。息を吐くように嘘をつく人物であり、その嘘が自分に利益をもたらし注目を浴びることができれば、それでいいのである。

外国政府に対するこうした支離滅裂な対応は、ウクライナのゼレンスキー大統領と口論になったときに彼が言ったように「テレビ映え」するかもしれないが、政策を明確化し、国が直面する極めて深刻な課題に米国とその同盟国が備えることにはつながらない。彼の名誉のために言っておくと、第1次トランプ政権時には、中国の不公平な貿易慣行と南シナ海での武力行使拡大を米国大統領として初めて非難したという実績がある。そして経済制裁と関税を通じて(失敗に終わったとはいえ)有名な「第1段階」貿易合意にこぎつけ、中国についてタブーを口にする覚悟を持ち、はるかに現実的かつ重大な議論を米国政治に持ち込んだ。政治システムが機能不全に陥り、両党の意見が一致する問題がほとんどない今、ひょっとすると中国により厳しい態度で臨むことが、党派を超えて幅広い支持を得られる唯一の事柄なのかもしれない。

習氏の言葉に耳を傾ける

習近平は、ドナルド・トランプとは大きく異なるタイプの指導者である。オープンな記者会見を開かず、とりとめのない受け答えや演説をすることもなく、ショーマンシップのかけらもない。中国の指導者にアドリブ要素はまったくなく、すべてが計画され、予行演習され、事前調整されている。当然のことながら、演説や公式発表は退屈でつまらないものになる。中国研究の第一人者シモン・レイスはかつて、中国共産党の文書を読むことを「サイのソーセージを食べるか、バケツ一杯のおがくずを飲み込む」ようなものと評している。使われる言葉が意図的にぼかされ、それが意味するものをあえて隠している。だからといって、その内容は読む価値がないわけでも、信頼できないわけでもない。

5月初旬、習氏はモスクワで開かれた第2次世界大戦終結80周年記念の式典に参加した。その訪露を受けて2本の文書が発表され、中国の指導者が今後の地政学的情勢をどのように見ているかが明らかとなった。その文書とは、「国際法の権限を守るための今後の協力強化に関する中華人民共和国とロシア連邦の共同宣言」と、習氏が執筆し、ロシアの新聞「ロシアン・ガゼット」に掲載された「歴史から学び、より明るい未来をともに築く」と題する記事である。いずれもインターネットで簡単に閲覧でき、読むに値する内容である。なぜなら、「ウクライナ紛争については、中国はロシアと完全に歩調を合わせているわけではない」という欧州や米国、アジア諸国の希望的観測を明らかに一掃する内容だからである。またこの記事からは、習氏が台湾の統治権取得に意欲を燃やしていることもはっきりと読み取れる。

これらの文書をざっと読んだだけでも、書いてあることと現状の明白な矛盾に気づくだろう。ロシアと中国は共同声明の中でたびたび、「両国は威嚇または武力の行使を慎むという原則を再確認」している。また「内政不干渉」と「紛争の平和的解決の原則」を支持しながら、ロシアによるウクライナ侵攻には一切触れておらず、虚言がドナルド・トランプの専売特許でないことが裏付けられた。手の込んだしつこいサイバー犯罪・攻撃の拠点となっている両国が「オープンかつ安全で、安定しアクセスしやすく、平和で相互運用可能なICT環境」を望んでいるとは!しかしそうした偽善的な内容を除けば、両国がお互いに強くコミットし合っていることが明らかになってくる。中国が近い将来、ロシアとの関係を断つことはない。ロシアに対する支援の対象がマンパワーや致死兵器に及ぶことはないかもしれないが、中国はロシア産炭化水素を購入し、ロシアに多くの日用品や軍民両用技術を供給しており、ロシア経済を支える最大の支柱であることに変わりはない。

習氏の記事は第二次世界大戦の歴史の書き換えに多くの時間を割きつつ、「正しい歴史観」とやらを支持している。彼は、中露両国の国民が当時大きな犠牲を払ったと書いているが、実際には1945年8月初旬までソビエト連邦が日本に宣戦布告していないことや、戦闘の大部分を当時の国民政府が行ったため、中国共産党は日本人とほとんど闘っていないこと、毛沢東氏が実際に「日本が国民党を弱体化させてくれたおかげで共産党は内戦に勝つことができた」と述べていることを忘れてはならない。ただ、歴史の書き換えも気になるとはいえ、重要なのは近い将来の懸念、特に台湾問題である。

習氏は「台湾島の状況がどのように変化しようと、あるいは外部勢力のどのような介入があろうと、中国による再統一は不可避であり、そこに向かう歴史の流れを止めることはできない」と書き、さらに次のように続けている。「中国とロシアは互いの重要な関心事や懸念事項に関して常に支え合ってきた。ロシアは事あるごとに、台湾は中国の領土の不可分の一部だとする『一つの中国』という原則を支持し、いかなる形の『台湾の独立』にも反対し、中国政府と中国国民が国家の再統一を実現するために講じるあらゆる措置を強く支持すると繰り返し述べてきた。中国はロシアの一貫した姿勢を称賛する。」

虚言の数々と歴史のでっち上げから成るこれらの文章が発信するメッセージはシンプルだ。習氏は台湾内部の動向に関心がなく、台湾島に住む2,300万人の人たちの希望や願いは彼にとってはどうでもいいことだ。「再統一」は不可避であり、その立場に対するロシアの全面的な支持を、少なくとも書面の上では取り付けている。

こうした姿勢を今さら驚く世界の指導者やビジネスリーダーはいるまい。習氏は長年にわたりこうした発言をしており、彼が唱える「中国民族の復興」には台湾の再統一が欠かせない。台湾が事実上独立し、中国共産党の支配の及ばない存在であるかぎり、1世紀に及ぶ屈辱を忘れることは決してないと考えているのである。

だが、それはいつか?

台湾の社会と政治は進化しており、台湾が共産党のルールを進んで受け入れるとは考えにくいため、習氏は武力と強制によってしか自らの夢をかなえられないだろう。中華人民共和国と台湾の何千人もの人々の屍の上に築く夢である。問題は実行するつもりかどうかではなく、そのタイミングだ。

米軍関係者の多くは、台湾有事の時期として2027年に注目している。その背景には、戦力増強ペースの差から、2027年に米国(と台湾)の軍事力を中国が上回る可能性が高いことがある。またこの年は、国家ではなく共産党の軍隊である人民解放軍の創設100周年にあたる。政治的に見ても、習氏の共産党総書記3期目が終わり、前例のない4期目がスタートする。もちろん永遠に生きるわけではなく完全な健康体でもないだろうが、まだ71歳(6月中旬に72歳になるが)である。4期目を務める可能性は極めて高く、何事もなければそれ以降も続投が考えられる。

ただ、人民解放軍の軍備増強はめざましいとはいえ過大評価はできない。中国には高度な新兵器が豊富にあるが、その指導者や前線の兵士・船員の中に、実際に戦闘を目のあたりにしたことや、陸海空軍の間で長期的な軍事作戦を行ったことのある者はいない。こうした実戦経験不足を中国が克服できるはずもなく、それが常に未知の要因として習氏に付きまとうことになろう。だが、ここにきてトランプ氏が大統領に返り咲いたことで、2027年の再統一実現に向けた追い風が吹いたといえるかもしれない。混乱や突然の政策転換が2年間続く。習氏はこれを絶好のチャンスと考えるのではないだろうか。

計画と準備が重要

トランプ氏は戦争を嫌う。それは言うまでもなく美点であり、海外への軍の派遣や軍事攻撃には消極的だと見る人もいるだろう。だが、限定的な成功しか収められなかったとはいえ、イエメンのフーシ派拠点に実際にミサイルを撃ち込んだ。外国での軍事行為を嫌う姿勢と、日々生み出す政策の混乱。この2つが重なり、トランプ氏が大統領のうちに行動を起こそうと習氏を勢いづかせかねない。

トランプ発の政策混乱が2年続いても、米国の伝統的な同盟国は一致協力して中国を抑止できるのか。答えは「イエス」かもしれないが、それは困難を伴うだろう。重要なのは、同盟国がトランプ氏の生み出す雑音を無視して、中国がもたらす脅威、そして何より中国抑止のために協力し備える必要性を認識している議会や政府閣僚と協力できるかという点だ。

2007年当時、プーチン氏はミュンヘン安全保障会議で、世界の一極支配とNATOを批判する、今となっては悪名高き演説を行った。それは西側との決別を公然と述べたものであり、最終的に翌年のジョージア侵攻、そして2020年代のウクライナ侵攻へとつながった。習氏も政権の座に就いて以降、米国を批判する演説を行い、台湾支配への意欲を示してきた。彼は信念を持って発言しており、本気だと受け取るべきである。他国は彼の話を真剣に受け止め、それに応じた備えを進めなければならない。

台湾を守る上で必要な対策の1つは、台湾の武装化である。誰よりも先に前線に立たされるのは台湾の人たちだ。そのため、最新兵器を十分に備え、それを扱う訓練を行う必要がある。これはすでに進められているが、それを継続し、拡充しなければならない。再武装化に関しては、アジアや欧州の同盟国全体が同様の危機感と緊張感を持つことが求められる。

容易な軍事作戦などなく、台湾侵攻は、すべてがうまく運んだとしても驚くほど困難なものになると考えられる。ロシア軍の力をもってすればウクライナは数日か数週間で陥落するというのが、大方の軍事アナリストの見方であったが、3年経ち、何十万人ものロシア軍兵士が命を落としても、ロシアはわずかな成果しか上げていない。習氏はこうした状況を間違いなく理解しているし、考えや行動がどうあれ、彼は無謀な人間ではない。だが一度決めたらやり遂げる人間でもある。

中国を抑止するには、各国が軍事的にも経済的にも一枚岩になる必要がある。習氏は今後、ロシア軍の侵攻が遅々として進まないことを憂慮するようになるだろうが、海外にあるロシア資産に対する制裁や押収にも大きな不安感を抱くかもしれない。彼は外国への依存を減らそうとしてきたが、その成果は限定的で、中国は相変わらず世界経済にしっかりと組み込まれ、多くの原材料や重要物資を輸入に頼っている。経済制裁は軍事力と同様に有力な抑止力となりえる。

トランプ政権の数ある雑音の中で中国は「シグナル」であることから、米国の同盟国と台湾は足並みをそろえて中国抑止に取り組むとともに、習氏の言葉を本気だと受け止めることが重要である。日々繰り広げられる「ドナルドショー」に気を取られて、習氏に「チャイニーズドリーム」を実現する機会を与えてはならない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.