中国の不動産業界が悲惨な状況にある中、中国経済はなかなか崩壊しそうにない。最大の原因は習近平政権になってから徹底してきた金融改革の結果、大手国有銀行の自己資本比率が高いことと、国有銀行の不動産産業への融資割合が6%以下だからだ。
しかしそもそも不動産問題が生まれたきっかけは天安門事件後に日本が対中支援を牽引したからで、習近平は今、江沢民・胡錦涛政権が遺した負の遺産の後始末に追われている。
◆1992年に崩壊しかけた中央財政
1978年末から始まった改革開放経済は、自ずと国営企業の衰退を招いたが、国営企業を株式会社化して国有企業に移行させ、個人による住宅の租借権の購入を許すようになった背景には、国家が「五星紅旗丸抱え」で国民の住宅の保証までできなくなったからという事情がある。
計画経済では人民全体が大中小の(教育研究機関を含めた)国営企業・組織で働き、衣食住すべてを国家が面倒を見るというシステムで動いていた。改革開放では民間企業の設立を認めるようになったのだから、競争力のない国営企業が衰退するのは当然だが、株式会社化させるまでに至ったもう一つの原因は、外資が劇的に増加したからだ。
そのきっかけを作ったのは1989年に起きた天安門事件に対する対中経済封鎖を解除した日本だ。図表1に示したのは天安門事件以降の新規外資企業数と、中央財政純収入との関連を示したものである。
これを見れば明らかなように、中央財政は国家崩壊の寸前にまで至っていた。
そこで、国営企業の株式化だけでなく、「五星紅旗丸抱え」の衣食住を放棄し、住宅の租借権の私有化(=マイホーム購入を許可)へと動かざるを得なくなったのである。
図表1:新規外資系企業数と中央財政純収入の変遷
◆江沢民・胡錦涛政権が遺した負の遺産
このままでは中央行政が崩壊し、国家が瓦解するという切羽詰まったニーズに迫られ、1993年7月、江沢民政権で当時はまだ副総理だった朱鎔基は、全国財政会議で「分税制改革」を提案した。分税制というのは「中央財政と地方財政を分ける際の税制改革」の一つで、ざっくり言うならば「中央政府が税収の多くを確保し、地方政府は社会保障支出を負担する」という提案だった。同年9月に江沢民が招集した中共中央政治局常務委員会会議で「分税制」は採決され、11月の第14回党大会三中全会(第三回中共中央委員会全体会議)で実施方法が討議された。
結果、地方政府は「歳入は減るのに、医療や教育といった義務的経費は増える」ということになり、何か税収以外の収入の道を模索するしかなくなった。
そこで目を付けたのが「住宅」だ。
というのは1994年7月18日に国務院は「都市部住宅制度の改革深化に関する決定」を発表し、都市部労働者向けに国有住宅を販売し、住宅の私有化を進め始めたからだ。
1997年のアジア金融危機がやってくると、個人による住宅購入が奨励され、1998年には国務院が一歩進んで「都市部住宅制度改革を一層深化させる住宅建設を加速させることに関する通知」を発布し、個人によるマイホーム購入制度が確立した。
ここまでは江沢民政権がもたらしたもので、地方政府と不動産デベロッパーの癒着や汚職が進み、全国的に深刻な腐敗現象が蔓延するようになった。
図表2の江沢民政権時代が、これに当たる。
図表2:政権ごとにおける不動産業や金融問題に関する対処
図表2の胡錦涛時代に入ると、2008年のリーマンショックを受け、4兆元という桁違いの景気刺激策を発布し、世界を驚かせた。その矛先は「住宅建設」に向けられ、しかも、「このうち中央政府が拠出したのは1.18兆のみだ」と、当時の温家宝総理は言っているので、残りは結局のところ地方政府に出させたことになろうか。
不動産産業は巨大化して世界経済を牽引し、中国のGDPは2010年に日本のGDPを超えたが、地方政府が財源を獲得するのにシャドーバンキングや闇のプラットフォームが出来上がらない方がおかしい。その負債もつかみきれないほど膨れ上がっていた。
そのような状況で次の政権を担うのは習近平であることは既に決まっていた。
しかし不動産バブルの抑制をしながら成長を続けるには困難な状況にあり、習近平としては江沢民政権と胡錦涛政権が招いた負の遺産との壮絶な戦いを余儀なくされていたのである。
そのことが分かっていたので、習近平がまだ国家副主席として胡錦涛政権のチャイナ・ナイン(中共中央政治局常務委員)に入っていた最後の時期の2012年6月7日に、中国銀行監督管理委員会令[2012年第1号令として<商業銀行資本管理弁法(試行)>を発布させている。
◆習近平政権が行った金融・財政改革と不動産産業暴走への抑制
習近平政権は2013年3月からスタートしたが(党書記になったのは2012年11月の第18回党大会から)、2013年11月には第18回党大会の三中全会があり、習近平は何としても、この三中全会までに分税制と4兆元の景気刺激策がもたらした弊害を是正しなければと注力していた。
なぜ「三中全会」にこだわったかというと、自分の父親の習仲勲を冤罪で16年間(1962年~1978年)も牢獄生活を送らせた鄧小平が、改革開放を宣言するために権力の座に着いたのが第11回三中全会(1978年)だったからだ。
そして前述の分税制を実施し始めたのも江沢民政権時代の第14回党大会三中全会で、鄧小平への怨念と二人の負の遺産を跳ね返してやるという闘志に燃えていたにちがいない。
結果、図表2で示した通り、2013年11月に開催された第18回党大会三中全会では、全面的に改革を深化させる目標の一つとして「金融」が取り上げられ、その中で「財政・税制改革」が提唱された。実際、「財政・税制体制を深化させて改革する総合方案」を出し、制度化への動きを確実に推し進めている。
2015年12月には、中央経済工作会議を開催し、今後の五大任務の一つとして「2008年の景気刺激策により大量に発生した不動産在庫を解消すること」が挙げられた。「金融リスク」に関する対処法も五大任務の一つに入っている。
2016年8月には、国務院が「中央と地方の財政権限と支出責任の区画改革を推進するための指導意見」【国発〔2016〕49号】を発布し、分税制改革の弊害を是正する制度設計が成された。このような形で行財政権限を統一させたのは、中国建国以来初めての試みとも言える。
2017年7月には「全国金融工作会議」が開催され、習近平は「金融安全保障は国家安全保障の要(かなめ)である」として、金融リスクを回避するために大手国有銀行のあり方を改善しなければならないとスピーチしている。
これが国有銀行の自己資本比率を高めて国家が金融リスクに直面したときに経済崩壊しないための方策へとつながっていく。
こうして2021年9月30日に中国人民銀行は「中国人民銀行・中国銀行保険監督管理委員会令」〔2021〕第5号として「システム的に重要性を持つ銀行に対する追加の監督管理規定(試行)」を発布して、4大国有銀行をはじめとした19行の国有銀行に、12月1日を以て発効する追加の自己資本比率を要求したのである。
その結果、2022年末には大手国有銀行の自己資本比率は軒並み規定で要求されているパーセンテージを超えており、たとえば6大国有銀行の自己資本保有率は以下のようになっている。
工商銀行:19.26%
農業銀行:17.20%
中国銀行:17.52%
建設銀行:18.42%
交通銀行:14.97%
郵貯銀行:13.82%
すべて13%を超える高い値を保っていた。これは、債務が膨らんでも金融リスクは起きないことを示す一つの大きなバロメーターだ。
さらに2022年末で、国有銀行が不動産事業に融資している貸出割合は6%に過ぎないことも判明している。2022年末のデータでは、上場銀行の住宅関連融資は約30%を占め(前年比3%減少)、このうちの24%が低リスクの住宅ローンの融資で、不動産企業に対する融資はわずか6%を占めるにすぎないことが明らかになった。
ということは、不動産バブルによって中国経済が崩壊する事態は来ないと判断するのが適切だろう。
なお、図表2の2020年にある「3本のレッドライン」は不動産産業の暴走を抑えるためで、習近平としては「既にお金を払った購入者に家を引き渡す」ことが最優先で、それを実行して終わるまでは不動産企業に倒産宣告を許さず、新建設も許さない。こうして漸進的にゆるやかに不動産バブルをしぼませていくのが狙いだ。
◆GDPの「量から質への転換」
習近平政権は2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発表し、同時にGDPの「量から質への転換」を決断し、それを「新常態(ニューノーマル)」とした。
すなわち世界の組み立て工場として工業製品を製造することによってGDPの値を上げていくのではなく、GDP値は低くとも、新しい研究開発やハイレベルの人材育成に国家の予算を注ぎ、未来投資をしていくという戦略だ。
そのため今では論文数や特許件数などにおいて、中国はアメリカを抜いて世界一になっており、ネット空間の開発だけでなく宇宙空間における量子通信や宇宙開発などにおいては世界一になっている。これはGDPの多寡で測れない国力だ。
おまけにGDPの絶対値である「量」においても、中国は2010年に日本を抜き、今では日本の4倍のGDP量を保持している。
その中国に経済崩壊して欲しい気持ちは分かるが、崩壊論に拍手喝采している間に、日本はますます中国に追い抜かれていき、衰退の一途をたどっていくのではないかと懸念する。
崩壊論に酔いしれる人々よ。
中国を経済成長させたのは、ほかならぬ日本であることを忘れないで欲しい。
これを忘れると、日本は同じ過ちをくり返すことになる。そのことに警鐘を鳴らしたい。
この論考はYahooから転載しました。
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