
Ⅰ. 衝撃と関係性の再編:戦略的警鐘としての関税
ドナルド・トランプ米大統領は2025年4月2日、無差別に「相互関税」を課す大統領令14257号に署名した。米国は世界貿易の均衡を取り戻すためだとするものの、標的は中国だというのが一般的な見方であった。ところが、ふたを開けてみると、台湾に提示された関税率は32%と、日本(24%)や韓国(25%)を上回り中国(34%)に匹敵する高さとなり、不意打ちを食らう形となった。4月5日には世界全体を対象とした10%の基本関税も発効している。
トランプが中国に対する関税率を2日間で段階的に145%へと劇的に引き上げたのは、そのわずか6日後のことである。これを受けて、中国も米国製品に125%の関税を課すとともに、米国へのレアアースの輸出を停止した。緊張が高まっていたが、両国は2025年5月12日、ジュネーブで暫定的合意に達した。5月14日から発効したこの合意では、両国が90日間関税率を引き下げ(追加関税率は米国側が30%、中国側が10%)、その間、協議を継続することが決められた。
この一連の事態は、台湾には厳しいメッセージとなった。数十年にわたり米国を支持してきたにもかかわらず、米中の覇権争いにたやすく巻き込まれる。これは単なる関税率の問題ではなく、認識の問題である。台湾は、信頼できるパートナーではなく他の戦略的ライバルとひとくくりにされるのだと気付かされた。こうした侮辱を受けたことで、価値観同盟に対する米国の支持への信頼が失われ、民主主義国家の団結に疑念が生じている。
Ⅱ. トランプのメディアファースト戦略とその副次的影響
トランプの貿易戦略は長期を見据えたものではなく、「メディア映え」を意識したものである。ニクソン氏の熟慮の末の意図的な外交とは異なり、トランプはイメージとディールを重視した小手先のアプローチをとる。関税は、確かな思考に基づく交渉のツールというより、権力を誇示するパフォーマンスのためのツールと化している。
市場はこうした動向に敏感に反応した。4月2日の発表以降、ダウジョーンズ工業株平均は2,000ポイント以上下落したものの、5月12日のジュネーブでの「ディール」をトランプが公表したことで反騰し、完全に値を戻した。トランプの世界観では、これは自らのスタイルの正当性の立証にほかならない。市場が回復し、トップニュースで自分のタフネス(強さ)が裏付けられれば、米国の勝ち。世界的な混乱など関係ないのだ。
こうした予測不能な動きが同盟国にシステミックリスクをもたらしている。特に台湾は政策面で混迷し、リアルタイムに予想や影響力の行使、あるいは対応ができなくなった。大きなダメージを受けているのは貿易だけではない。忠誠を示しても、それが戦略的不干渉の確保にはつながらないとの認識ももたらした。
Ⅲ. ルールに従う側か、ルールをつくる側か?台湾の通貨が試される
トランプの一貫性のない政策スタイルは、台湾の抱えるジレンマ(道義のためにおもねることと戦略的に主体性を発揮することの相反性)が深まっている現状を浮き彫りにした。台湾は数十年にわたり、民主的で、ルールを守り、透明性が高い模範的な同盟国という役割を担い、その役割を果たすことで米国に守ってもらえると信じてきた。だが、今回のトランプ関税は、そうでないことを証明する出来事となった。
880億ニュー台湾ドル(27億米ドル)の支援策と韓国・済州島で開催されたAPEC貿易担当大臣会合における外交交渉という台湾の対応は迅速であったものの、結局のところ後手に回っている。重要なのは、台湾がルールを作る側ではなく、ルールに従う側になるのか、世界秩序におけるその立ち位置である。
2025年5月、地域の通貨が激しく変動するなかで、台湾と韓国の対応は大きく分かれた。韓国銀行は、通貨高圧力を受けて介入の用意があることを表明した。この積極的な姿勢が韓国の輸出セクターを守り、政策の自律性を高めた。これとは対照的に、2日間で通貨が1米ドル33ニュー台湾ドルから30ニュー台湾ドルに上昇したにもかかわらず、台湾の中央銀行は通貨高圧力を認めたり介入の意向を示したりせずに、高騰回避のための軽微な介入をするにとどまった。
この暗黙のコンプライアンスは、韓国の積極的な姿勢と対極をなす。通貨主権を主張することに後ろ向きな姿勢は、自律性のアピールより米国政府との関係を重視して戦略的服従をする台湾政府のお決まりのパターンを反映している。圧力を受け入れ、政治的に利用しようとしないのが台湾の姿勢だ。
Ⅳ. 戦略的な不均衡と国民の不満
一方、こうした姿勢を維持することは徐々に難しくなってきた。台湾は、米国への非対称的な依存に対する国内の不安の高まりに直面している。IPEF(インド太平洋経済枠組み)からの除外や厳しい関税政策など度重なる冷遇を受け、よりバランスの取れた外交政策を求める声が強まっている。市民社会や技術官僚、若年層が求めているのは、単に足並みを揃えるだけでなく、主体的に行動することである。
政治指導者は今こそ、米国との関係を維持しながらも、互恵関係の構築と国の尊厳を守ることを求める有権者の声に応えるという、二重の課題にうまく対応していかなければならない。台湾の外交政策は、道義的議論にのみ依拠するのではなく、相互に利益のあるパートナーシップに置き換える必要がある。民主的な関係には、価値観の共有だけでなく利益の共有も必要となる。そしてその利益は、目に見える形で取り決めた上で守られなければならない。
Ⅴ. 自らの価値を影響力へ:台湾の役割を再定義する
トランプが見返りを与えるのはネゴシエーターであり、言うことを聞く生徒ではない。台湾は「模範的な同盟国」というペルソナから脱却し、自らの戦略的価値を発信しなければならない。安全を保障する価値のある投資先として、半導体やサイバーセキュリティ、地政学的・戦略的要衝という立地など、極めて重要な要素を数値化する必要がある。
台湾支援は、道義的に当然だからではなく、戦略的計算によるものとなる。台湾の安定は、世界のメモリチップ供給を安定化させる。台湾の民主的な政治体制の維持は、インド太平洋地域のレジリエンスを高める。こうした事実を、金銭的価値や希少性、どのような結果をもたらすかなど、米国政府側に響く言葉で伝えなければならない。
台湾には新たな交渉の糸口を見つけ、商業外交担当者を教育し、シンクタンクと連携して民主的な同盟を数値的メリットに落とし込むことが求められる。感情論を戦略という形に置き換えるのだ。
ほかにも、台湾を見捨てることでどのような悪影響が生じるかを明確に示す必要がある。台湾のメモリチップ生産能力の安定的確保ができなくなったら、世界のサプライチェーンにどのような事態が起きるのか。台湾が不安定化した場合、どのような地域的リスクが生じるのか。こうした問題を、抽象的な懸念としてではなく、コストやリスク、代替案を含む、具体的なシナリオとして示さなければならない。
Ⅵ. リスクヘッジと域内での足場固め
戦略的リスクを軽減するため、台湾は地域的なリスクヘッジを体制化する必要がある。デジタルガバナンス、エネルギー転換、戦略的インフラ分野での東南アジアやインド、日本、オーストラリアとの連携を、象徴的意味合いのものから確固たる協力関係へと進化させなければならない。貿易および気候変動における世界的な連携でASEANの重要性が増しているが、これは台湾が継続的なパートナーシップを構築するチャンスとなる。
グローバルサウスにおいて、台湾は援助国というイメージから、信頼される政策支援国へと転換を図る必要がある。融資では中国に対抗できないが、電子政府や反腐敗システム、災害レジリエンスなどの分野に的を絞った専門知識・技術の提供やガバナンス連携はできる。このような形のソフトパワーが、台湾の組織や制度への信頼を構築し、地政学的競争が続くなかで、台湾が存在意義を持ち続ける一助となる。
Ⅶ. 恩恵を受ける立場から戦略的ステークホルダーへ
台湾は、単なるステークホルダーから、世界的なイノベーションと安全保障における価値創造者へと自らのイメージを変える必要がある。具体的には、セキュアなテクノロジー回廊やサイバーセキュリティ連合、2国間経済協定への台湾の参加などである。戦略的資産を具体化させることで、台湾はインド太平洋地域の安定化で脇役ではなく主役とみなされるようになる。
台湾の外交組織はそのために、データ、アドボカシー、組織力に投資しなければならない。政策のモデル化、費用対効果のシミュレーション、相手に応じたロビー戦略は、もはやできればすればいい程度のものではなく不可欠なツールである。これからはパーソナリティが演出する政治ショーではなく構造的な同盟関係の時代となる。
台湾は、半導体セキュリティ、クリーンエネルギーの技術交流、軍民両用の研究開発イニシアチブでのセクター固有の基本合意など、準条約的な合意枠組みも推進する必要がある。それにより、台湾は主要な戦略的セクターで信頼できるプレイヤーとしての役割を果たすことができるようになる。
Ⅷ. 米国市場との関係を見直す:50州のリスクに対応する
米国に進出する台湾企業は、50州でそれぞれ異なる実情に直面しなければならない。労働法やインセンティブ、インフラは州により大きく異なる。新南向政策下での東南アジアへの進出で犯した過去の失敗が教えてくれるように、デューデリジェンスが不十分であると、規制による行き詰まりを招きかねない。
政府は法務に関する説明会や、政治リスクの評価、セクター別のガイダンスでアウトバウンド投資を支援しなければならない。画一的な米国進出戦略は時代遅れであり、必要なのは的を絞り、各州に合わせてリスクを調整することだ。具体的には、ハイテク産業地域の特定、労働組合員の割合が高い州の労働コンプライアンス状況の把握、地域のサプライチェーンハブとの調整などが挙げられる。
さらに重要なのは、米国に拠点を置く台湾系企業を戦略的メッセージングに取り込むことである。TSMC ArizonaやAUOのエネルギーベンチャーなどの企業は、2国間の取り組みや信頼構築の実証例の役割を果たしうる。こうした投資対象を共通のセキュリティおよびイノベーション基盤の一部と位置づけて発信していく必要がある。
Ⅸ. 次なるステップ:受動的な立ち位置から戦略的設計へ
台湾が受動的な外交を脱却するには、自らの民主的レジリエンスと世界に必要とされる技術力を、明確に戦略的資本へと転換する国家戦略を体制化しなければならない。それには、外務、経済計画、国家安全保障を担当する高官からなる、政府機関同士をつなぐタスクフォースを常設して、外交メッセージと産業支援の整合を図る必要がある。台湾は主要な同盟国から期待できる戦略的見返りを積極的に特定し、相手の気付きを待つのではなく、それを二国間の対話に反映させるべきである。価値観に基づくパートナーシップは、価値を明確に伝えることから始まるのだ。
次に、台湾は自らの戦略的貢献を数値化して、それを伝える能力を強化しなければならない。その1つに、グローバルなサプライチェーンや地域安全保障の枠組みから台湾を疎外することのリスクの費用対効果を、独立機関に評価してもらうことがある。こうした評価の結果を、米国や欧州、日本など主要国政府に対する的を絞ったロビー活動で交渉の根拠にすることができる。台湾は、安全保障と経済関連の言論を得意とする商業外交担当者を育成し、交渉を主導して、道義的理由からだけでなく戦略的必要性の観点から台湾の重要性を主張する必要がある。
Ⅹ. まとめ:便利な存在から必要とされる存在へ
台湾は便利な存在に甘んじていてはならず、必要とされる存在になることにこだわらなければならない。戦略的有用性が重視される世界では、存在意義は誰かに与えられるものではなく自らが主張するものである。台湾の存続は、正しくあるかどうかだけでなく、必要不可欠な存在になれるかどうかにもかかっている。
台湾が存続し続けるためには、公の場で明確かつ自信を持って、自らの価値を主張することを学ばなければならない。戦略的プレゼンスとは、認められるかどうかではなく、自らの位置付けによって決まるのだ。台湾は席が用意されるのを待つのを止め、率先して話し合いの場を設け、主導していかなければならない。

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