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ハーバード大学から留学生追放 アメリカの研究力が一気に下がる
ハーバード大学にある創設初期の献金者John Harvard の肖像(写真:ロイター/アフロ)
ハーバード大学にある創設初期の献金者John Harvard の肖像(写真:ロイター/アフロ)

5月22日、トランプ政権はハーバード大学に対して「留学生受け入れ認定資格を取り消す」と発表した。同大学の外国人留学生の国別割合では中国人が最も多く、21%を占めている。一方、アメリカ国立科学財団は<国際的なSTEM人材は米国経済の活性化に不可欠>という2022年のレポートの中で、「外国人留学のうち約4分の3の科学・工学博士が卒業後アメリカに残り、外国生まれの博士レベルの人材がアメリカの科学・工学人材力の45%を占めている」と書いている(STEM=Science + Technology + Engineering + Mathematics)。これはハーバード大学に限ったことではない。

そうでなくともイギリスのネイチャーの調査による研究力ランキングで、アメリカは2位に下がり、中国が1位になり、科学技術研究力においてアメリカが「あの中国」に追い抜かれている(詳細は拙著『米中新産業WAR』の【第六章 研究人材でも世界トップをいく中国】)。また3月27日の論考<アメリカを圧倒する中国AIトップ人材 米「世界脅威年次報告書」>に書いたように、アメリカのAIトップ企業のAIトップ人材の比率は2022年の段階で、中国人人材の割合がアメリカ人人材の割合を抜いた。

留学生をアメリカから追い出せば、アメリカの研究力は急降下し、AI企業さえ成り立たなくなる可能性さえある。これはアメリカにとって致命的な損失となるだろう。

◆ハーバード大学における中国人留学生の割合

ハーバード大学が今年4月29日に公表したFact Bookによれば、2024年秋学期の段階で約6,800人の留学生がおり、全学生数は24,500人ほどだ。留学生が所属する学習レベル(段階)や出身国に関して、Fact Bookにあるデータを基に、見やすいように和訳して円グラフにしてみた。

図表1:ハーバード大学の留学生の学習レベル(段階)の割合

ハーバード大学のFact Bookのデータを基に、グラフは筆者が和訳して作成

図表1から分かるように、留学生はほとんど大学院で学んでいて、学部学生の割合は15.4%と少ない。

では、どの国からの留学生が多いのだろうか?その割合を図表2に示した。

図表2:ハーバード大学の留学生の出身国別の割合

ハーバード大学のFact Bookのデータを基に、グラフは筆者が和訳して作成

図表2で示した「中国:21%」の中に香港や台湾は含まれておらず、それらは「その他」の中に含まれている。具体的には「香港:68人」、「台湾:70人」と、それぞれ1%程度だ。圧倒的に「中国大陸」からの留学生が2024年秋の段階でも多い。

というのはトランプ1.0の段階からすでに中国人留学生に対する入国規制が厳しくなっているので、かなり減少しているはずだが、それでも21%もいるということだ。

カナダの11%の中には、学部生がかなりおり、23.4%を学部生が占めている。中国の場合は3.9%が学部生なので、出身国別割合を大学院に関してのみ図表化すると、中国大陸からの留学生の割合がさらに多くなる。非常に煩雑なデータの読み込みをしなければならないので、ここではその図表化は省略する。

どのような専門分野で学んでいるのかをグラフ化したいところだが、ハーバード大学の場合は、GSAS(Graduate School of Arts and Sciences)という大学院課程があり、Ph. Dなどの学位を出すプログラムが複層的に絡んでいるので、どの専門分野にどれくらいの留学生がいるのかを一つずつ具体的に示すのは困難だ。ただ、おおざっぱに分けるなら、理系が50%強、文系が40%強といった傾向にあることは言える。

◆ネイチャーの「世界の研究力」ランキングのトップは中国

つぎに、世界に名だたるハーバード大学の、自然科学分野での研究力ランキングが、現在ではどうなっているのかを見てみよう。

冒頭で触れた拙著『米中新産業WAR』の【第六章 研究人材でも世界トップをいく中国】では、ネイチャーのランキングや日本の文科省の科学技術指標など、総合的に考察しているが、ネイチャーの研究力ランキングに関しては、昨年6月21日の論考<Natureの研究ランキング「トップ10」を中国がほぼ独占>でも書いているので、今回は論考から引用する。

2024年6月18日、イギリスの科学誌Natureなどを出版するSpringer Natureが発表したNature Index 2024 Research Leaders(Nature指標2024 研究リーダー)ランキングの「トップ10」に中国の大学や研究機関など教育研究機関が7機関もランクインしていることがわかった。Natureは<Nature指標2024 研究リーダーズ:中国の研究機関が上位を独占>という見出しの調査結果を発表した。2024年のNature Indexは、独立した研究者グループによって選ばれた、145の自然科学分野および健康科学分野のジャーナル(学術雑誌)に掲載された研究論文への貢献を、2023年に出版された75,707報の論文をもとに作成している(指標の詳細に関しては当該論考を参照していただきたい)。

その「トップ10」を図表3に示す。

図表3:「Nature指標2024 研究リーダーズ」のトップ10

Nature Indexのデータを基に、図表は筆者が日本語注を付けて編集作成

図表3では、中国の欄を黄色のマーカーで染め、ハーバード大学を赤文字で表した。

あのハーバード大学が中国科学院に負け、しかも右端にある「調整後シェアの成長率」において「-3.1%」と、マイナス点を取っている。そうでなくともアメリカの大学・研究機関は「トップ10」の中に1組織しかなく、中国が7組織も占めている「恐るべき」状況だ。

こんな現状にあるというのに、さらに留学生を追い出してしまったら、アメリカの研究能力はどうなってしまうのだろうか。アメリカという国家の魅力さえ失われてしまうのではないかと思う。

◆憧れの「自由の国」アメリカは、どこに行ったのか?

まだ1990年代のことだったが、筆者は文科省(当時は文部省)の科学研究費の研究代表として「帰国中国人留学生の比較追跡調査」を行い、「欧米に留学して帰国した中国人元留学生の留学効果と、日本に留学して帰国した中国人元留学生の留学効果を比較して、日本における留学生教育の改善」を図ろうとした。

その調査で顕著だったのは、「欧米留学者」、特に「アメリカ留学者」の方が圧倒的に高く評価されているという結果だった。

なぜそこまで「アメリカ留学者」が高く評価されているのかを、中国社会全般を対象として再調査したところ、なんと「日本という国に対する社会的評価よりも、アメリカという国に対する社会的評価の方が遥かに高いから」という、かなり衝撃的な回答が得られた。

それくらい、留学を志す若者だけでなく、中国社会全体のアメリカという国家に対する評価が高いという事実を突きつけられたものである。社会が高く評価してくれるので、留学志望者もまた、帰国後に高く評価される目的もあって、アメリカへアメリカへとなびいていったものだ。

アメリカは「自由の国」であり、そこには「輝かしい未来」があり、「夢を叶えてくれる美しき国」だったのである。あの頃はまだ、他の国でも類似の状況にあったのではないかと思う。

トランプ大統領がいかなる政治的理由であれ、世界の若者から、この「美しき国アメリカへの夢」を奪うのは、アメリカに果てしない損失をもたらすだろう。

もちろん、今のアメリカに対して、そのような夢を持つ若者はいなくなってしまったかもしれないが、同盟国である日本にとっても、あのアメリカは消えてしまったと言えるかもしれない。 

今やアメリカは製造業に関して空洞化しているだけでなく、このままでは人材に関しても空洞化する未来が待っており、信頼も尊敬も失ったアメリカに、いかなる価値と魅力が残るというのだろうか。留学生教育に携わってきた者としても、暗澹たる思いを拭うことはできない。

なお、ハーバード大学は5月23日、トランプ政権による留学生の受け入れ資格剥奪の措置を受け政権を提訴し、これに対して連邦裁判所は、この措置を一時差し止める決定を下した。裁判官は、より永続的な差し止め命令を発令するかどうかを決定するため、5月29日に審理を設定したとのことだ。永続的な差し止め命令に切り替わることを祈る。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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