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米中首脳会談 予測通り障壁は「50%ルール変更」だった!
10月30日、韓国で会談するトランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

10月27日の論考<トランプはなぜ対中100%関税を延期したのか? その謎解きに迫る>で、筆者は中国がレアアースの輸出制限を宣告した理由は「50%ルール変更」で、トランプが対中100%関税を宣告したのはその結果だと書いた。「50%ルール変更」とは9月29日にアメリカ商務省・産業安全保障局(BIS=Bureau of Industry and Security)が発表した<上場事業体の関連会社を対象に事業体リストを拡大>のことで、具体的には【これまでアメリカは中国の軍事最終利用者に対するエンティティリストを発表し指定していたが、それでは抜け穴があるので、「エンティティリストに含まれる企業が、50%以上の株を持っている他の企業」に対しても、同じ扱いをするというルール変更を行う】ということである。

こんな大変な業務を中国の企業に強制するのは「約束が違う!」と中国は激怒し、「それならアメリカが最も困るレアアースの輸出制限をしてやる!」として始まったものだ。

したがって、もし米中首脳会談で互いに「対中100%関税の延期」と「レアアース輸出制限の延期」を決定するとしたら、その大前提は「50%ルール変更」を撤廃することだと書いた。

10月30日に韓国で行なわれた米中首脳会談で、「対中100%関税の延期」と「レアアース輸出制限の延期」が合意されたと同時に、この「50%ルール変更」が撤廃(現時点では1年間暫定的に停止)されたことがわかった。

日本のメディアはNHKも含めて、「アメリカが100%対中関税の延期をする可能性があるのは、あくまでも中国が(一方的に)レアアースの輸出制限を宣告したからだ」というトーンのベッセント財務長官の発言ばかりを報道していた。

「悪いのは中国で、先にレアアース輸出制限などを宣告するから、こういうことになるんだ」と言わんばかりのトーンを日本ほぼ全てのメディアが流し続けたのだ。こうやって「意識教育」を浸透させていくのかとさえ思ったほど、唖然としたものである。

現象の本質をはぐらかせば、真の問題解決には行きつかない。今後の米中関係の貿易摩擦を正しく分析するためにも、真実を見抜くことが大前提だ。

◆中国商務部が表明:「50%ルール変更」が1年間延期された

10月30日 14:58、中国の商務部が記者会見を開き、「中米両国首脳は韓国の釜山(プサン)でただいま会談し、中米経済貿易関係などに関して深く議論し、経済貿易分野での協力を強化することで合意した。中国はアメリカと協力して、両国首脳間の会談で達成された重要な合意を守り、実施する用意がある」とした上で、以下のように述べている。

―― アメリカは、9月29日に発表した輸出管理に関する「50%ルール変更」の実施を1年間、暫定的に停止する。 中国は10月9日に発表した関連輸出管理措置の実施を1年間、暫定的に停止し、加えて具体的な計画を検討し精査する。(以上)

すなわち、10月27日の論考<トランプはなぜ対中100%関税を延期したのか? その謎解きに迫る>に書いたように、中国が「レアアース輸出制限」を宣言したのは、あくまでもアメリカが「50%ルール変更」などを発表したからだからだ、という因果関係が明確になってくる。

本日(10月30日)、日本の共同通信【慶州共同】が<米国が輸出管理ルール改正1年停止>というタイトルで「中国商務省は30日、複数の中国企業が事実上の禁輸対象リストに加えられる米国の輸出管理ルールの改正が1年停止すると発表した。」とのみ報道しているが、これで理解できる日本人は少ないにちがいない。それくらい日本は、アメリカが先に「50%ルール変更」などをしたからこそ、米中貿易摩擦が再燃して、世界経済を不安定化させたのだということを認識していないと言っていいだろう。

なお、アメリカ側の発表は、アメリカ政府が10月1日から閉鎖されているため、商務省などの発表を確認することはできない。もっとも、アメリカは自国の商務省のミスなので、あまり触れようとしないが…。

◆中国側が発表した米中首脳会談の結果

中国政府の通信社である新華社の電子版「新華網」は、10月30日14:17:55に<習近平は米大統領トランプと釜山で会談した>という見出しで会談内容を発表した。長いので要点だけを書くと以下のようになる。

習近平発言

  • 中国とアメリカは世界の二大経済大国として、ときどき摩擦を起こすが、これは正常なことだ。私はトランプ大統領と協力して中米関係の強固な基盤を築き、両国の発展に有利な環境を作り出すつもりだ。
  • 中米両国の経済貿易チームが重要な経済貿易問題について深い意見交換を行い、問題解決について合意した。
  • 中米双方は、相互報復の悪循環に陥るのではなく、長期的な利益に目を向けて協力していくべきだ。
  • 中国とアメリカは、地域的・国際的な舞台でも友好的に交流すべきだ。
  • 来年は中国がAPECを主催し、アメリカがG20サミットを主催する。双方は相互に支援し、両首脳会談の前向きな結果を目指して努力すれば、世界経済成長の促進と世界経済ガバナンスの改善に貢献できる。

トランプ発言

  • 習近平国家主席と会談できて光栄だ。中国は偉大な国であり、習主席は尊敬される偉大な指導者であり、私の長年の良き友人でもあり、私たちはとても幸せに仲良くしている。
  • 米中関係は常に非常に良好であり、これからはさらに良くなるだろう。中国はアメリカの最大のパートナーであり、両国は一緒に世界で多くの素晴らしいことを成し遂げることができ、米中協力は将来的により大きな成果を上げるだろう。(以上)

トランプ大統領は、いやに習近平国家主席を持ち上げている。

◆トランプがエアフォース・ワンで米中首脳会談を概観

10月30日、トランプ大統領は習近平国家主席との会談を終えると、その足で空港に向かい、エアフォース・ワンに乗って帰国の途に就いた。エアフォース・ワンの機内で取材を受け、トランプ大統領は概ね以下のようなことを言っている。

  • 全体評価:習近平主席との会談は「10点満点で12点」。多数の論点で大筋合意。来年以降も年次で見直す想定。
  • 農産物:中国が大豆などの即時大量購入を開始。習主席が前日に許可し、すでに実施している。
  • 対中関税:全体として約57%を約47%に低減。フェンタニル対策に連動して賦課していた20%関税を10%へ引き下げる。
  • レアアース:中国の対外規制は当面発動しないことで一致した。まずは1年間の合意だが、原則的に毎年延長する見込み。
  • 半導体:NVIDIA等と中国側で協議する方針である。但し、最新のBlackwell世代は対象外。
  • フェンタニル:中国が前駆体を含む国内取締まりを強化すると約束した。これを受けアメリカ側としては一部関税を10%へ減免。
  • 海運・造船:301の海運(Shipping)調査は交渉継続中のため一時停止。
  • 韓国が造船に1500億ドル投資し、米造船復活に前向きな姿勢を示した。
  • ウクライナ問題:停戦・終戦に向け米中で協力を模索。ロシア産原油の件は深掘りしなかった。
  • 台湾問題:議題に上らず。
  • 核実験:他国が実施しているのだから、アメリカも核実験再開を検討する。
  • 米中首脳往来:来年4月に中国を訪問するつもり。習主席がその後に訪米する。

                                (以上)

非常にわかり易くストレートで、いかにもトランプ大統領らしい。

なお、大豆に関しては10月29日から、中国はアメリカの大豆を買い始めている。まずは18万トンなので量的には少ないが、アメリカの農家としては今年の収穫後、初めての販売のようで、トランプとしては救われた思いだろう。アメリカ国内でのトランプ政策に対する不満が、全米各地で爆発しているからだ。

◆習近平国家主席にゆとりか?

全体的に見て、ゆとりを見せているのは習近平国家主席の方で、トランプ大統領の方は国内の不満やアメリカ政府の閉鎖など、思わしくない状況にあるため焦っているように感ぜられる。

その原因の一つは、トランプ関税により中国の貿易が打撃を受けているかというと、まったくそうではなく、実は今年9月の統計(税関総署)を昨年9月の統計(税関総署)と比べると、対外輸出が全体で8.3%も増えていることにあるかもしれない。世界の各地域とアメリカに対する輸出額の昨年との比較を図表1に示す。

図表1:今年9月の中国の対外輸出の昨年比

中国の税関総署のデータに基づいて筆者作成

圧倒的に増えているのはアフリカで、主としてグローバル・サウスを掌握していることがわかる。対アメリカだけはマイナスだ。アメリカの消費者が高額になってしまった中国製品に悲鳴を上げている。アメリカ国民の一般消費者が使う日常品のほとんどは中国から輸入されていたからだ。

そうでなくとも、4月16日の論考<中国最強カードを切る! 「米軍武器製造用」レアアース凍結から見えるトランプ関税の神髄>に書いたように、中国のレアアースの世界シェアはほぼ独占的と言ってよく、あまりに圧倒的で競争のしようがない。

おまけに4月13日の論考<米軍武器の部品は中国製品! トランプ急遽その部品の関税免除>に書いたように、米軍の武器製造には中国の部品だけでなく、レアアースが不可欠で、アメリカは中国のレアアースなしでは「権威を保つことができない」のである。

その習近平のゆとりの表情を、新華社は図表2のように切り取っている。

図表2:会談を終えて会場を出るトランプ大統領と習近平国家主席

新華網より転載

日本人が不愉快で直視したくない現実だが、この現実を直視しない限り、日本は世界の真ん中で再び咲くことは困難だろう。そのことを日本のために肝に銘じたい。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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