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トランプはなぜ対中100%関税を延期したのか? その謎解きに迫る
トランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

アメリカのベッセント財務長官は10月26日、マレーシアで中国の何立峰副総理(経済政策担当)らと行った米中閣僚会議の後「中国製品に対する100%の追加関税は回避され、中国のレアアース輸出規制が1年延期されることになる」と述べた。

その背景には何があったのだろうか?

アメリカが譲歩したのか、それとも中国が譲歩したのか?

そのヒントは実は、10月23日の論考<高市総理に「日米首脳会談」までに認識してほしい、トランプ大統領の対中姿勢(対習近平愛?)>に書いた事実にある。その論考では、「10月10日にトランプ大統領がTruthで11月1日から対中関税を100%に引き上げると書きながら、12日にはすぐさまその考えを引っ込めてしまった」と書いた。

トランプは、なぜすぐに引っ込めたのか?

26日の米中閣僚会議後の発表を受けて、中国のネットには「勝利だ―!」、「遂に中国が勝ったのだ―!」という声が満ちている。

何が起きているのか、その謎解きに迫りたい。

それによりトランプ政権がより明確に見えてくると期待する。

◆中国はなぜ10月9日にレアアース輸出制限を発表したのか?

話は9月29日にさかのぼる。

アメリカ商務省の産業安全保障局(BIS=Bureau of Industry and Security)は9月29日、<上場事業体の関連会社を対象に事業体リストを拡大>という見出しで、「制限リストの重大な抜け穴を塞ぎ、輸出管理体制全体を強化する新しい規則」を発表した。

そこでは「新しい規則では、エンティティリストまたは軍事最終使用者 (MEU) リストに掲載されている 1 つ以上の事業体によって、少なくとも 50% 所有されている事業体は、それ自体が自動的にエンティティリストの制限の対象となる」と書いてある。

何のことだか、わかるようで、ややこしい。

そこで、噛み砕いて、自分にもわかり易い言葉で表現すると【これまでアメリカは中国の軍事最終利用者に対するエンティティリストを発表し指定していたが、それでは抜け穴があるので、「エンティティリストに含まれる企業が、50%以上の株を持っている他の企業」に対しても、同じ扱いをするというルール変更を行う】ということである。

それまでは、中国企業と商売をする時に、従来のエンティティリストを見て、その企業が含まれているか否かを確認すれば良かったのだが(それとても、中国は非常に不満であったが)、この「50%ルール変更」以降は、相手の企業の株主、さらにその株主の株主などをたどって、細かく調べなければならないことになる。

そうなると、商売をするときに調査しなければならない作業が一気に膨大に増加する。その結果、調査するに時間がかかり、かつ調査が不十分なリスクが常にあるので、中国企業向けのサプライチェーンが一時的に中断するという事態が発生した。

日本では10月1日から中国の建国記念日である「国慶節」大型連休による観光客の報道が花盛りで、このようなニュースには誰も目を向けていなかっただろうが、中国政府側では大変なことになっていた。

関連企業から「こんなこと、やってられるか――!」というクレームが来るし、中国政府としても「話が違うだろう!なぜ約束を破ったのか!」と激怒し、それなら「目には目を、歯には歯を」で、アメリカの致命傷である「レアアースを輸出制限してやるわ――!」ということに、相成ったわけだ。

◆なぜトランプは「対中関税100%にする!」と言いながらすぐ引っ込めたのか

これこそが最もおもしろい謎解きで、カギは「50%ルール変更」を発表したのが「商務省である」ということに回答が潜んでいる。

実は商務省BISには「激しい反中」のランドン・ハイド(Landon Heid)氏という人物がいて、今年年2月に商務省の輸出管理担当次官補として指名された。ところが9月になると、指名が取り消されている。すなわち、更迭だ。

というのは、この「50%ルール導入」はハイド氏が強烈に主張してきたからだ。そのハイドを更迭したという事実は、トランプは「50%ルール導入」には反対なのだという、何よりの証拠と受け止めていいだろう。

しかしラトニック商務長官はハイドに影響されたのか(このプロセスを書くと長すぎるので省略するが)、「50%ルール導入」を採用し、おそらくトランプには「サラッと」報告したものと思う。トランプがキチンとは認識する前に「イエス」を取り付け、9月29日に公表したのではないかと思うのである(一部の香港メディアにも、そのような報道が見られる)。

筆者自身は、10月1日にアメリカ政府を閉鎖したりしていたので、トランプはそれどころではなく、十分に頭が回らなかったのかもしれないと考えている。

しかしラトニックはトランプの承諾を得たものとして9月29日に「50%ルール変更」を発表した。

すると中国が激しく反応し、「それなら、アメリカが最も困ることをやってやる!」としてレアアースおよびその関連技術の輸出制限を10月9日に公開。

これはトランプに大きな衝撃を与えたはずだ。

ほぼ反射的に10月10日に「そんなことをするのなら、中国には100%の関税をかけてやる!」とTruthに書いた。

しかし、なぜ中国が「突然」、レアアースの輸出制限などをしたのかをじっくり調べてみると、ラトニックが、トランプがハイドを更迭してまで反対していた「50%ルール導入」を発表していたことを明確に認識した。そこで10月12日にあわててTruthに再び投稿して、「100%対中関税を引っ込めるようなニュアンスのこと」を書いた(Truthの投稿内容などのリンク先は冒頭に挙げた論考に書いてあるので、興味のある方は、そちらをご参照いただきたい)。

こういう流れではないかと推測されるのである。

◆その証拠にラトニックは6月以降の米中閣僚級会談には出ていない

そのような論理はただ単なる推測ではないか、というご意見も出てくるだろう。

筆者もそう思う。

そこでもう一歩進めて調べてみたところ、ラトニックは6月までの米中閣僚級会談にはベッセント財務長官やグリア通商代表部代表と出ていたが、それ以降の会談には出ていない。

というのは今年7月、ニューヨーク・ダウなどのあのダウ・ジョーンズのウェブサイトに、BIS50%ルール:企業にとっての影響 – Dow Jonesという形で評論が載り、「50%ルールの導入」が、どれだけ多くの弊害をもたらすかに関して議論していたからだ。

株に敏感なトランプのこと。こういったアドバイスは素早くキャッチしていたにちがいない。だから、それ以降、米中閣僚級会議にはラトニックを参加させないようにしたのだろう。

もちろん、今般のマレーシアにおける会談にもラトニックは参加していない。

◆導かれる回答

こういった流れを考えると、詳細は発表されていないが、おそらくトランプは「50%ルール変更」を取り下げさせたのではないかと思われる。

それを取り下げるなら、中国としても新たなレアアース輸出制限をする必要もなくなるので、中国側がレアアース輸出制限を取り下げた。

そうであるなら、トランプとしても、対中100%関税を言い出す必要はない。

その結果、今般のベッセントの発表へとつながったものと推測される。

中国のネットにおける「勝利宣言」のような膨大な書き込みは、きっと「50%ルール変更」を取り下げさせてやった、という歓喜の声かもしれない。

そこで最後にひとこと。

高市政権は、ぜひともこのラトニックの、というか商務省BISの言動には留意した方がいいのではないかとも思う。特に明日の高市総理とトランプ大統領との会談に当たり、この辺を心得ておくのも、無駄にはならないかもしれないと思う次第だ。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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