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115%の関税引き下げ トランプ最大の誤算は「中国の報復関税」か 日本は?
スイスで米中貿易協議 追加関税の一時引き下げで合意 米側記者会見(写真:ロイター/アフロ)

5月12日、米中関税交渉の結果、互いに90日間115%もの関税引き下げを行うという劇的な発表があった。5月7日にトランプ大統領は対中関税145%を引き下げるかと聞かれ「ノー!」と断言し、その2日後の5月9日には「80%まで引き下げるのが適当かもしれない。ベッセント次第だが」と投稿したばかりだ。喧嘩を吹っ掛けた方から引き下げるとは言えないので、ベッセント財務長官のせいにして、その実、トランプは切羽詰まった状況に追い込まれていたものと考えられる。

なぜなら5月9日には145%関税を受けた中国貨物船が米国の港に着いており、まさに米国の店に並ぶ商品が全面的に値上げする直前だったからでもある。また、4月23日に米メディアのCBSはウォルマートなどのCEOがトランプ大統領に関税のせいで間もなくスーパーの棚が空になると警告していたと報じている。そうなれば反トランプ運動が爆発するのは目前だった。

米国から中国製品を追い出すことなど、できるはずもなかったことをトランプは思い知らされたことだろう。

結局のところ、強硬姿勢を貫いた中国の勝利に終わるのだろうか?

敗北したトランプはなおも5月12日に「中国とはいい関係だ。中国を傷つけるつもりはない」と言っている(4分10秒頃)。

劇的な関税軽減に追い込まれたトランプの舞台裏を考察する。

◆米中交渉結果とベッセント財務長官&グリア通商代表の記者会見

スイスのジュネーブで、現地時間5月10日から11日にかけて、米国のベッセント財務長官とグリア通商代表が、中国の何立峰副首相(財政・金融担当)および王小洪公安部部長と米中間の関税問題に関して話し合った。王小洪が参加したのはフェンタニル問題があるからだが、中国側は王小洪の出席に関しては特に報道していない。5月9日のウォールストリート・ジャーナルが報道している

5月12日午後、中国とアメリカが同時に共同声明を発表した。中国側は新華網による発表で、アメリカ側はホワイトハウスによる発表だ。

内容は概ね以下のようなものである。

  • 米中両政府は5月12日、互いに課した追加関税を115%引き下げることで合意した。米国は14日までに累計で145%だった追加関税を30%に、中国は125%だった追加関税を10%にそれぞれ引き下げる。
  • 米国政府は中国の報復措置を理由に引き上げた部分の税率を撤回する形となる。4月2日に公表した相互関税の基本税率10%と、トランプ米政権発足直後の2~3月に違法薬物(フェンタニル)対策として課した20%の追加関税を合わせて30%になる。
  • 当初、相互関税の上乗せ分として公表していた24%は90日間停止し、2国間で協議を続けていく。(以上)

これに関しては日本でも多くのメディアが報道しているので、詳述は避ける。

興味深いのはベッセント財務長官&グリア通商代表の記者会見だ

まず、二人の顔の表情とかベッセントの声の震えや言葉のつまずきなど、どこからどう見ても、「嬉しそう」ではなく、むしろ何かおどおどしている印象を与える。

現に上記記者会見のコメントにも「なぜ米国の財務長官は泣きそうな声をしているんだい?」とか「中国が世界の尊敬を勝ち取ったこと以外、結局のところ、すべて無駄だったってことなんじゃない?」といった厳しいものが見られる。

筆者が興味を抱いたのは、ベッセントもグリアもそれぞれ中国政府の常套句である「相互尊重(mutual respect)」という言葉を使っていることだ。

グリアの場合は上記ユーチューブの「2:49」のところで言っており、ベッセントの場合は、「19:44」のところで使っている。しかも「中国側パートナーに対しては大いなる相互尊重の念を抱いている」と、“great”という単語まで付け加えているのだ。泣きそうになりながら…。

というのは中国が最初に報復関税をかけてきた時に、「後悔するなよ!今に激しい見返りが待っているからな!」と解釈してもいいような趣旨のことを言ったのはベッセント、その人だからである

◆トランプ最大の誤算「中国の報復関税」

ドナルド・トランプという人は、「アメリカ・ファースト」のためなら何でもするが、どこまでも「習近平がとても好きだ、ずーっと好きだった」とか、「彼とは良い関係だ」など、習近平あるいは中国に関して常に好意的な意思表示しかしない。

4月2日の相互関税も、同盟国をも含めた全世界の対米赤字国に対して宣言しただけで、中国をターゲットにしたものではない。おそらく、「まさか中国がここまで強硬な姿勢で報復関税をかけてくるとは思っていなかった」のではないだろうか。

そこがトランプの誤算で、だから中国が報復関税をかけてきた時には、「まずいことになった」という趣旨のことを言いながら、むしろうなだれているような表情さえ見せたことがある。

4月23日の論考<中国を虐めればご褒美「トランプ関税軽減」と米メディア 一転、トランプ大統領が対中融和発言>で述べたように、前半の「中国を虐めればご褒美に関税を軽減してあげるよ」と言い、その方針で行こうとしたのはベッセントだ。その直後にトランプが対中融和的な発言をしたので、ベッセントは「中国を虐めればご褒美」発言をうやむやにしてしまった。

ベッセントやルビオ国務長官などは激しい嫌中派。しかしトランプは大の親中派のイーロン・マスクを最側近に置いた。そこで内部矛盾が生じたし、イーロン・マスクがあまりにいい気になって横柄にふるまい過ぎたので全米各地でデモが起き、失脚することになったようだ。

それでいながらトランプ自身は「習近平が好き」。中国とも「非常にいい関係だ」と言い続けているだけでなく、「今週中に習近平と会談する」と言っている。思うにトランプの「習近平愛」は揺れながらも続いており、ベッセントらはトランプの判断にいやいやながら従ったということなのではないだろうか。だから泣きそうな顔をしていた。

◆米国に満ち溢れる中国製品

一方、あのトランプが、米国の庶民の間には中国商品が満ち溢れていて、米国民は中国製の商品なしには日常生活が送れないことを知らないわけではないだろう。

Make America Great Againの「MAGAハット」さえ、トランプの公式ショップで売っている40ドルのは別として、AmazonやeBayやTEMUなどで売っている大量の4ドル未満のものはほとんど中国製のようだ。約90%が中国製だとフィナンシャルタイムズが言っているという報道がある(有料)。

また<MADE IN CHINA, Make America Great Again Hat!!!というユーチューブでは、自慢そうにMAGAハットを被っているトランプファンに、帽子を取らせてタグを見せると、そこには“MADE IN CHINA”と書いてあるジョークのような話もある。それを図表1に表した。

図表1:中国製のMAGAハットを被るトランプファン

Guicci007のYouTube動画を基に、筆者がスクリーンショットを使って作成

トランプ・ストアにおいては、MADE IN CHINAと書いてある箇所をタグで隠しているという動画もある。その中の「タグが貼ってある画面」と「タグを剥がしたあとから現れた文字(MADE IN CHINA)を示す画面」を、それぞれスクリーンショットして並べて図表2に示した。

図表2:タグでMADE IN CHINAを隠している(トランプ・ストアで)

WHAT’S INSIDE? FAMILYのYouTube動画を、筆者がスクリーンショットして作成

アメリカ中、どこに行っても、ほぼすべての「商品」はMADE IN CHINAであることが多い。筆者自身、何度かアメリカに滞在していたことがあるが、あのニューヨークにおいてさえ「あら、これは素敵じゃない?さすがニューヨーク!」と思ってお土産に購入しようと思ったら、なんとMADE IN CHINAであることを知って手放した経験がある。

こんな実態を知った上で対中高関税をかけ、結局はトランプの方から「あっさりと」取り下げてしまったのは、中国が報復関税をかけてくるとは思わなかったからとしか言いようがない。

互いに115%も引き下げて米中関税合意が成立したのは、中国が報復関税をかけてきたからであって、米国は中国製品なしでは生活できないことは知った上でのことだっただろうと思う。

◆習近平の戦略と日本の今後

米軍の武器が中国製品なしでは製造できないことは4月13日の論考<米軍武器の部品は中国製品! トランプ急遽その部品の関税免除>で書いた通りだ。また米国が最も多く中国から輸入している主な製品に関しては4月23日の論考<米軍武器の部品は中国製品「トランプ関税軽減」と米メディア 一転、トランプ大統領が対中融和発言>で列挙した。

日本には、「日本製品なしでは米国は生きていけない」というものがあるか否かをよく精査して対米交渉に当たるといいだろう。

たとえば5月10日の産経新聞の記事<米、航空機・部品の調査開始 関税視野、日本に影響も 米商務省が連邦官報に掲示>にもあるように、米国は航空機・部品に関しても関税をかけようとしている。しかし日本は米国航空機のエンジンに関して不可欠の部品を米国に輸出している。もし日本政府に勇気があれば、「対日関税の完全撤廃をしないのなら、これらの輸出を制限する」と言えば、米国には痛い。米国と「交渉」をすると言うのなら、これくらいの「カード」を切っても良いはずだ。日本が所有する米国債に関しては、カードとして使うか否かどころか、その概念を口にしたことさえ直ちに取り消し謝罪するという姿勢で良いのだろうか。

習近平は5月13日、北京で開催されている「中国と中南米カリブ諸国共同体(CELAC)フォーラム」第4回閣僚級会議の開幕式に出席し講演した

東南アジアに関しては5月2日の論考<東南アジアは日中どちらを向いているのか? 習近平vs.石破茂?>で書き、EUに関しては5月3日の論考<トランプ関税はEUを中国に近づけた アメリカなしの世界貿易新秩序形成か?>で、そしてアフリカに関しては5月5日の論考<トランプ関税とイーロン・マスクが、アフリカを中国にいっそう近づけた>で書いた。

習近平はトランプ関税をきっかけとして、トランプ関税がかけられたすべての対米貿易国を団結させて、トランプ関税を諦めさせるような手に出ないとも限らない。それからでは遅い。

どうやら石破政権は米国に対して関税の完全撤廃を求めているようなので、アメリカの顔色をうかがうだけの外交から脱却し、一歩踏み出して、日本も対等にカードを切るくらい勇気を持ってもいいのではないだろうか。

さもなければ2018年12月24日のコラム<日本の半導体はなぜ沈んでしまったのか?>の二の舞を演じることになる。

そのことを憂う。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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