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トランプ関税とイーロン・マスクが、アフリカを中国にいっそう近づけた
米総合格闘技を観戦するトランプ大統領とイーロン・マスク氏(写真:Imagn/ロイター/アフロ)
米総合格闘技を観戦するトランプ大統領とイーロン・マスク氏(写真:Imagn/ロイター/アフロ)

中国は建国以来、アフリカとの関係を重んじ、緊密度を深めてきた。そこにトランプ1.0の時の2018年にトランプ大統領がアフリカを「肥だめ」呼ばわりして完全に中国の方にアフリカを押しやっている。トランプ2.0ではトランプ関税と、意外なことに、イーロン・マスクの存在がアフリカを徹底して中国に近づける役割を果たしてしまった。

その現状分析と謎解きをしたい。

◆イーロン・マスクとトランプがアフリカでGDP最大の南アフリカを怒らせた

トランプ大統領はトランプ1.0の2018年にアフリカ諸国を「肥だめ」呼ばわりしたことは周知のことだと思う。念のためBBC日本語ニュースの<トランプ大統領、禁句使い中米やアフリカの移民罵倒>をご紹介しておきたい。すると、毎年北京で開かれている「中非(中国・アフリカ)協力フォーラム」で、アフリカ諸国の首脳が人民大会堂で一堂に会し、習近平国家主席のスピーチが終わると割れんばかりの拍手とスタンディングオベーションがくり広げられたことがある。このことは2018年9月4日のコラム<中国アフリカ協力フォーラムで世界制覇を狙う――後押ししたのはトランプの一言>に書いた。

あれ以来、中国では「川建国」(川はトランプの中国語表現「川普」の頭文字)という言葉がネットで更に盛り上がり、「トランプは中国を再建国させてくれた」と囃(はや)し立てたものだ。

その記憶を忘れたのか、トランプは又もや、南アフリカ(以後、南ア)に関して「南アの一部の白人が抑圧されている。なんならアメリカに再定住してもいい(=難民認定してあげてもいい)」という趣旨のことを述べ、それに対して南アフリカ政府が「ノーサンクス」と言った経緯が、<南ア、ケープタウン発AP通信>に詳細に書かれている。

それによれば、トランプは2月7日に「南ア政府が、南アに在住する一部の白人市民に対して権利侵害をしているので、その罰として、南アへのすべての援助と財政支援を停止する大統領令」に署名したとのこと。

これに対して南ア政府は「白人に対する組織的な攻撃は一切ない」と否定した。

そもそも、このような誤報をトランプに耳打ちしたのは、同じく南ア出身のイーロン・マスクであり、トランプは自分の周りを囲んでいる側近の「個人的な一言」で勝手に大統領令を出し、国際社会を混乱に導いていると非難している。

また南アにいる白人はアメリカと関係なく、主にオランダ人の子孫で、300年以上前に南アに初めて到着したフランスとドイツの植民地時代の入植者の子孫でもあると反論。だから彼らが、祖先と関係のないアメリカに移住する必要はまったくないし、おまけに彼らは裕福に暮らしているので「絶対に南アから離れない!」と激しく強調した。

するとトランプは、駐米の南ア大使を母国に帰還させた

それに先立ち、南ア外務省は「大統領令が、アフリカで最も経済的に恵まれている南アのグループに対して、米国での難民認定を規定しているのは皮肉なことだ」と述べている。

さて、それではそのGDPや対米貿易額も含めて、アフリカ諸国に対するトランプ関税の実態を見てみよう。

◆アフリカ諸国のGDPと対米貿易額およびトランプ関税の実態

図表1に示したのは、アフリカ諸国のGDPと対米貿易額およびトランプ関税の%である。GDPはIMFのWorld Economic Outlookデータに基づき、対米貿易額は国際貿易委員会USITCデータに基づき、トランプ関税はホワイトハウスのデータに基づいて作成した。また図表1では、トランプ関税が高い国を濃い赤色でマークし、少なくなるにつれて赤色を薄くしていった。

図表1:アフリカ諸国のGDPと対米貿易額およびトランプ関税

IMF、USITCおよびホワイトハウスのデータを基に、図表は筆者が作成

図表1から明らかなように、南ア政府が言った通り、アフリカ諸国の中で南アのGDPが最も大きい。アメリカとの貿易額も群を抜いている。この南アを怒らせたのだから、アフリカ全体が中国を向くという方向に傾いていくのは否めないだろう。

特にアフリカ諸国の中には世界最貧国の一つと言われている「レソト」がある。図表1にもある通り、GDPはわずか2.3億ドルで、南アの200分の1だ。対米貿易額は2.4億ドル。これも南アの100分の1である。トランプはレソトについて3月、「誰も名前を聞いたことのない国だ」と発言していたくらいだ。レソトはアメリカに主としてリーバイスのジーンズを輸出しているが、繊維業はレソトの製造業において約90%を占める。その対米輸出に50%ものトランプ関税を賦課されたら、それは「死を意味する」と言われている。

図表1にあるように、マダガスカルも類似の状況にある。それでも47%ものトランプ関税をかけられている。

アフリカをしょって立っているような南アには30%だが、その駐米大使をアメリカから追い出したのだから、アフリカ全土が「反米」になり、結果、「中国により近づく」ことになるのは、明らかだろう。

昨年の「中非協力フォーラム」(2024年9月4日~6日)に参加するために訪中した南アのシリル・ラマポーザ大統領は別途習近平と会談し、二人の親密ぶりをアピールしている。図表2に示したのは2024年9月2日に行われた二人の会談で、図表3に示したのは人民大会堂で開催された「中非協力フォーラム」の人民大会堂における光景だ。さながら全人代のようではないか。フォーラムにおいて、習近平は「アフリカの最も貧しい33の国に対して、関税ゼロにする」と宣言している。まだトランプが大統領に当選する前のことである。

図表2:中国・南アフリカ首脳会談

習近平と南アフリカ大統領

出典:新華網

図表3:人民大会堂で開催された2024年「中非協力フォーラム」

出典:新華網

一方、ラマポーザは首脳会談で、「去年、習近平主席は南アフリカに第4回目の国賓訪問をしてくれました」と感謝し、「中国・南ア関係は黄金時代に入った」と述べている。

実は南アは、朝鮮戦争の時に米軍側で参戦し中国と敵対したことがあり、長い間アパルトヘイトという人種差別政策(1948年~1994年)を続けてきた。清王朝時代の1905年から「中国」と国交があったため、その連続として1998年まで「中華民国」(結果的に台湾)と国交を樹立していた。中華人民共和国(中国)と国交を樹立したのは1998年1月だ。

イーロン・マスクはアパルトヘイト時代に南アで生まれ育ち、南アが中国と国交を樹立した20年後に中国入りして習近平のハイテク国家戦略「中国製造2025」に協力しテスラの上海工場を設立している。そのイーロン・マスクが今度はトランプの側近として耳元でささやいて南アフリカを激怒させた。その結果、アフリカ全体が反米となり、中国との蜜月強化にイーロン・マスクが貢献したことになったのは、国際情勢の織り成す綾(あや)とは言え、なんとも皮肉なことだ。

◆アフリカ諸国全体の輸出入から見える米中比較

では最後にアフリカ諸国全体としての貿易を、米中を中心として比較してみたい。

アフリカ各国の政府ウェブサイトでは、新しいものを偶に見つけることはできるが、不完全資料しかないので、世界銀行のWITS(WORLD Integrated Trade Solution=世界総合貿易ソリューション)に当たることにした。そこには信頼に足る全体のデータが揃ってはいるのだが、残念なことに2022年までのデータしかない。データとしては少し古いが、現状とともに推移も見たいので、WITSのデータを使うことにした。

WITSではアフリカ諸国は「サブサハラ(サハラ以南)・アフリカ」として行政区分してあるので、図表4と図表5では「サブサハラ・アフリカ」という用語を用いる。図表4に示したのは「サブサハラ・アフリカ」の対米中輸出のシェアの推移で、図表5は対米中輸入の推移である。

図表4:アフリカ諸国全体の対米中輸出シェアの推移

WITSのデータを基に、グラフは筆者が作成

図表5:アフリカ諸国全体の対米中輸入シェアの推移

WITSのデータを基に、グラフは筆者が作成

図表4からわかるのは、習近平政権になって以降(2012年党総書記、2013年国家主席)、対中輸出が急激に伸びて、アメリカは下降の一途をたどっていることだ。アメリカが下降しているのは2008年から2013年にかけてシェール・ガス革命があった事情が影響しており、アメリカがアフリカの石油を必要としなくなったことが大きいだろう。この時期がちょうど習近平政権誕生と一致しただけということも言える。

図表5の大きな傾向としては、拙著『米中新産業WAR』の序章に書いたように、アメリカが(旧)ソ連を崩壊させる方向に動き、ソ連崩壊後はアメリカの一極支配になったので、アメリカを中心としたサプライチェーンを世界レベルで形成し、アメリカは金融業に専念することによって製造業の空洞化を招いたということが言える。そのサプライチェーンの中で中国が製造業を担ったので、中国が世界一の製造大国になってしまった事実が図表5に現れていると解釈できる。

アフリカにおける米中の輸出入の差は、トランプ関税、特に南アフリカをトランプとイーロン・マスクが侮辱したことにより決定的となり、一気に拡大していくことが考えられる。

となると、5月2日の論考<東南アジアは日中どちらを向いているのか? 習近平vs.石破茂?>や5月3日の論考<トランプ関税はEUを中国に近づけた アメリカなしの世界貿易新秩序形成か?>で概観したように、中国はトランプ関税によって、東南アジア、EUそしてアフリカを中国側に引き寄せることに成功していると言ってもいいだろう。もっともEUの場合は、EUから近づいてきたのではあるが、アフリカはトランプとイーロン・マスクが近づかせたことは確かだ。

だから中国は対米交渉ではじっと動かず、アメリカをじらしながら、アメリカ以外の国や地域との関係を固めている。

それでも中国が優位に立っているのは貿易面だけであって、軍事基地の数を考えると、比較にならないほどアメリカが圧倒的に多い。したがって「力による世界覇権」を考えたときには「アメリカである」ことに変わりはないだろう。中国が世界の(力による)覇権を握ることはあり得ない。

日本は米軍基地密度の最も高い国の一つだ。首根っこを押さえられているので対米交渉を急いでいる。トランプはそれを見越して、「最も好条件で陥落させやすい日本」に狙いを付け、その結果を見本として残りの国に条件を付けていく計算だろう。日本はトランプ関税の餌食になっているようなものだ。そのことを憂う。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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