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トランプ関税はEUを中国に近づけた アメリカなしの世界貿易新秩序形成か?
訪中した仏大統領と欧州委員長が習近平国家主席と会談(2023年)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
訪中した仏大統領と欧州委員長が習近平国家主席と会談(2023年)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

習近平国家主席にとってEUとの投資協定である「中欧投資協定」は長いこと悲願だった。しかしバイデン政権の介入や中国の安価なEVの「津波」によって挫折し、EUは2024年10月にEVに関する対中関税を決定。両者の関係は冷え込んでいた。

ところが「トランプ関税」がEUにも圧し掛かってきたことによってEUの対中姿勢は一転。EVに対する対中関税を撤廃し、価格協定で折り合う方向に動き始めた。実は2021年にEUがウイグル問題で中国の官員を制裁し、中国がEU官員を報復制裁することで中欧投資協定が凍結されていたのだが、中国はその報復制裁を解除すると言い出したこともあり、習近平宿願の「中欧投資協定」が復活しつつある。

トランプ関税は中国と東南アジアの緊密度を強化する役割をしただけでなく、EUに近づけたことになる。その結果、「アメリカなしでの世界貿易新秩序」が形成しつつあるのを見逃してはならない。

◆トランプ相互関税直後、欧州委員会委員長が中国の李強首相に電話

トランプ大統領が4月2日に発表した相互関税は同盟国を含んだ全ての対米貿易黒字国を相手にしたものなので、当然、EUもその対象になっていた。激怒したEUは一部に関して報復関税をかけると同時に、4月8日にフォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が中国の李強首相に電話して会談を行った。

中国側の発表は中国の外交部にあり、EU側の発表はEuropean Commissionに載っている。

中国外交部の報道は以下のようなものである。

  • 今年は中国とEUの外交関係樹立50周年になり、二国間関係の発展は重要な機会に直面している。年初、習近平国家主席はアントニオ・コスタ欧州理事会議長と電話会談を行い、中国とEUの関係を深める方向性を示した。
  • 中欧双方は、戦略、経済、貿易、グリーン、デジタルの分野で、新たなハイレベル対話の開催をできるだけ早く推進する必要がある。
  • 李強は「米国が中国と欧州を含むすべての貿易相手国にさまざまな口実で無差別に関税を課すと発表したが、これは一国主義、保護主義、経済的いじめの典型的な行為である」と指摘した。さらに「中国がとった断固たる措置は、自国の主権、安全、発展の利益を守るためだけでなく、国際貿易ルールと国際的な公正と正義を守るためでもある。人類は同じ地球村に住んでいる。保護主義に出口はなく、開放性と協力が世界にとって正しい道だ」と述べた。
  • フォン・デア・ライエンは「EUは常に中国との関係を非常に重要視してきた。(トランプ関税がある)現在の状況では、中欧関係の継続性と安定性の維持が不可欠だ。EU側は未来に期待し、中欧外交関係樹立50周年を共同で祝うために、適切な時期に新たな中欧首脳会談を開催することを楽しみにしている」と述べた。さらに「EUは中国と協力して、さまざまな分野でのハイレベル対話を促進し、経済と貿易、グリーン経済、気候変動の分野で互恵的な協力を深める用意がある。米国が課した関税は、国際貿易に深刻な影響を及ぼし、欧州、中国、脆弱な国々にも深刻な影響を与えている。中欧は、WTOを中核とする公正で自由な多角的貿易体制を維持し、世界の経済貿易関係の健全で安定的な発展を維持することにコミットしている。これは、中欧双方と世界の共通の利益である」と強調した。(中国外交部報道は以上)

一方、EU側の報道は以下のようになっている。

  • 中欧両首脳は、二国間及びグローバルな課題について検討し、建設的な議論を行った。世界経済の安定性と予見可能性が極めて重要であることを強調した。   
  • トランプ関税によって引き起こされた広範な混乱に対応して、フォン・デア・ライエン委員長は「世界最大の市場である欧州と中国が、自由で公正で、公平な競争条件に基づいた強力な改革された貿易システムを支援する責任」を強調した。
  • 中欧間貿易のバランスを取り戻し、欧州の企業、製品、サービスの中国市場へのアクセスを改善するための構造的解決策の緊急性を示唆した。
  • フォン・デア・ライエン委員長は「ウクライナにおける公正で永続的な平和に対するEUの確固たる支持を再確認し、平和のためのいかなる条件もウクライナによって決定されなければならないこと」を強調した。彼女は中国に対し、和平プロセスに有意義な貢献をするための努力を強化するよう呼びかけた。
  • フォン・デア・ライエン委員長は、今年7月に開催される中欧首脳協議が外交関係樹立50周年を記念する適切な機会になると指摘した。(EU側報道は以上)

中国側とEU側の報道で、一つ異なるのはウクライナ問題だ。どうやらEUでは、トランプが当初、ウクライナなしで停戦交渉に進もうとしていたのを、中国の介入によって阻止させたいという目論見もあったことがうかがわれる。

しかし行間には、アメリカ無しの新たな貿易秩序を形成していこうという別の意図が流れているのが読み取れる。

◆トランプ関税が中欧を軸に世界貿易新秩序形成を促進

4月11日のベルリン発ロイター電は<EUと中国は中国製EVの最低価格設定を検討するとEUが言った>という見出しの報道をした。それによれば、「EUと中国は昨年10月にEUが中国製EVに関した45.3%の関税に関して撤廃し、その代わりに、中国製EVの最低価格を設定することを検討することに合意した」と、欧州委員会の報道官が述べたとのこと。

ロイターは別途<中国とEU、アメリカの懲罰的関税に対抗して貿易を協議>という見出しでもこの件を扱っている。

これに対して中国の商務部でも、<王文濤部長、欧州委員会のシェフチョビッチ欧州委員会貿易・経済安全保障担当委員とテレビ会談>という見出しで、中欧が関税ではなく価格設定で問題を解決しようという方向の交渉に入ったことが詳細に説明している。これはトランプが導入した「相互関税」に対抗するもので、中欧双方でアメリカなしの世界貿易新秩序を形成していこうというコンセンサスに基づいて行われたものだ。

会談の中でシェフチョビッチは「米国が課した関税は国際貿易に深刻な影響を及ぼし、欧州、中国および脆弱な国々に深刻な影響を与えている。米国は世界の物品貿易の13%しか占めておらず、EUは中国を含む他のWTO加盟国と協力して、世界貿易の正常な運営を確保する用意がある。EUは、EUと中国の経済・貿易関係を非常に重視しており、双方向の市場アクセス、投資、産業協力の拡大を促進するために、中国との対話とコミュニケーションを強化する用意がある」と述べている。

これら一連の動きに呼応して<中国、EU議員に対する制裁を解除し、貿易交渉を活性化へ>とアメリカメディアのPolitico(ポリティコ)は4月30日に書いている。そこには「トランプ大統領の貿易戦争は、中国とEUを、その違いにもかかわらず、より緊密に結びつけている」とある。まったくその通りだ。

中国の報復制裁に関しては2021年7月15日の論考<習近平最大の痛手は中欧投資協定の凍結――欧州議会は北京冬季五輪ボイコットを決議>で詳述した。

◆中欧首脳会議開催場所に関するEU側の譲歩と配慮

実は中欧(中国EU)首脳会議は、中国側代表として、北京で開催する時は国家主席(習近平)が出席し、ブリュッセルで開催する時は首相(李強)が出席する慣例になっている。昨年は北京で開催されたので習近平が出席し、今年(7月)はブリュッセルで開催するので、李強が出席することになっている。

ところがEU側が、今年は中欧外交関係樹立50周年記念なので、ブリュッセルで開催する順番ではあるが、是非とも習近平に来てほしいと強く要望した。しかし習近平は滅多なことでは外訪しないので、李強に行かせることで通そうとしたらしい。  

するとEU側が、なんと、それならブリュッセルで開催せずに北京で開催しようと申し得てきたのだという。

4月11日、ドイツ国営の国際放送ドイチェ・ヴェーレ(ドイツの波、 Deutsche Welle)は、<中欧首脳会議は7月に中国で開催>と伝えている。そこには、「トランプ関税が中欧の友好関係を強化する?」という小見出しのフレーズがある。

どの角度から斬り込んでいっても、トランプ関税が中欧関係を緊密にさせたことは事実のようだ。

習近平は5月2日の論考<東南アジアは日中どちらを向いているのか? 習近平vs.石破茂?>に書いたように、中国は完全に東南アジアを押さえにかかっているが、これで欧州も手中にし、さらにアフリカや中東あるいは南米などのグローバルサウスとの親密な関係も背景にあるので、EUが示唆するところの「アメリカ無しの世界貿易新秩序」を形成することに成功するのかもしれない。

どれだけトランプに気に入ってもらおうかとする国々は淘汰される危険性もあり、注意が必要ではないだろうか。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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