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トランプ勝利を中国はどう受け止めたか? 中国の若者はトランプが大好き!
大統領選で勝利宣言をするドナルド・トランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)
大統領選で勝利宣言をするドナルド・トランプ前大統領(写真:ロイター/アフロ)

 「米大統領選」に関する中継番組は数多くあり、中国の関心の高さを表しているが、「トランプ勝利」を中国がどう見るかに対する官側の報道はいつも通り淡々としており、感想のような「視点」を表現する情報はない。「米大統領選」そのものに対する中国官側の「視点」としては唯一、11月6日に書いたコラム<中国CCTV:米大統領選_「札束」の力と「銭」のルール>がくり返し報道されただけだった。トランプ勝利後は文字版ではなく映像としても報道された。

 一方、比較的に知識人が集まる大手の民間ウェブサイトでは、「トランプ勝利」がもたらす中国への影響などが溢れるように書かれているので、本稿では官側の情報にも触れながら、民間のウェブサイト情報を中心に分析を試みる。

 最後に、中国のネット民、特に若者が、「どれだけトランプのことが好きか」を示すネット情報をご紹介する。

◆官側の反応

 中共中央宣伝部の管轄下にある中央テレビ局CCTVは11月6日、米大統領選の経緯を中継する番組として、<2024米大統領選の結果 共和党候補者トランプが勝利宣言>とか<2024米大統領選の結果 米メディアは既に270人の選挙人を獲得したと測定>などと頻繁に情勢報道をした。

 中国政府の通信社新華網も<トランプが勝利宣言>と銘打って、1行だけの報道をしている。

 中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」の電子版「環球網」も<米大統領選の結果は中国の外交政策や米中関係にどのような影響をもたらすか?>などと興味をそそるタイトルを付けながら、その実、外交部の短いコメント「われわれの米国に対する政策は一貫しており、相互尊重と平和的対処およびウィンウィン協力の原則に基づいて米中関係を処理する」を載せたのみだ。

◆習近平がトランプに祝電

 もっとも、7日になると、習近平はトランプに大統領に当選したことに対する祝電を送った。石破首相が総理に当選した時も祝電を送ったように、習近平は世界中のどの国の首脳に対しても、当選した時には必ず祝電を送るということを慣例としている。

 祝電の内容は「中米が協力すれば双方の利益となり、戦えばいずれも傷つくと歴史が示している」、「安定して健全な持続的発展を遂げる中米関係は、両国の利益と国際社会の期待にかなう」、「相互尊重し、共に平和的に対処し、ウィンウィン協力の原則を守りながら、対話を強化して違いを緩和し、新たな時代の中米関係へと歩み出し、両国に福をもたらし世界に恵みとして波及することを望む」である。

◆観察者網:米国が制裁すればするほど中国ハイテク産業は強くなる

 官側の情報からは「中国の本音」は得られないが、民間のウェブサイトになると、事情は一変する。「中国の本音」満載だ。

 まず、11月6日の観察者網は<さあ来い、トランプ>という見出しで、アメリカが中国を制裁すればするほど中国は自力更生をして、かえって強くなっていくという趣旨の論評を展開している。概要を以下に示す。

 ●米州兵を総動員し、人々が必死に銃を買いだめする前例のない緊迫した雰囲気の中、米国大統領選挙の結果が発表されトランプが勝利した。選挙前の世論調査では、有権者の60%近くが、誰が勝ってもアメリカの世論は分かれ続けると考えている。トランプの力強い復帰はそれに終止符が打たれたのではなく、米国を非常に不確実な未来に導き、世界にも不安定の種をまく可能性がある。

 ●8年前に「トランプ衝撃波」の矢面に立たされた中国は、いち早くその立場を安定化させ反撃を開始し、中国の米国に対するメンタリティはますます成熟し、強力になっている。

 ●トランプが始め、バイデンが追随して強化した対中制裁は、米国に利益をもたらさず、中国を倒すこともできなかった。最近、米メディアのブルームバーグは、過去6年間で、中国がドローン、ソーラーパネル、高速鉄道、電気自動車、リチウム電池などの5つの主要技術分野で世界をリードし、さらに7つの技術分野で急速に追いついていると嘆いている。(筆者注:10月31日のブルームバーグの記事<約10年後、「中国製造2025」は成功してしまった>に書いてある報道を指しているものと判断される。)

 ●大統領選運動中にトランプは中国からの輸入品に「史上最高の関税」を課すと脅したが、中国がそれに対して免疫を持つようになっただけでなく、それに対処するための十分な対抗措置と手段を持つに至った。

 ●中国人は米国に対する幻想を失った後、突然視野が広がった。たとえアメリカが「小さな中庭と高い壁」(筆者注:クワッドやオーカスなどの自由で開かれたインド太平洋戦略による対中包囲網)を立ち上げたとしても、中庭の壁の外側には遥かに広い世界があり、中国やグローバル・サウスの他の国々が前進するのに十分な空間がある。

 ●米国の選挙は、常に中国人が「米国式民主主義」を観察し、自分自身を反省するための窓であり、昔は好奇心と多少の羨望の目で眺めていたが、今では「米国式民主主義」は、ただ幻滅を与えるだけのものになってしまった。

◆第一財経網:トランプ勝利が米国に工場を建設した中国の太陽光発電企業に与える影響

 11月6日、第一財経ウェブサイトは、さまざまな分野における影響を考察しているが、まずは<トランプ勝利宣言 米国に工場を建設した中国の太陽光発電企業にどれくらいの影響を与えるだろうか>という見出しの分析に関してご紹介する。概要は以下の通り。

 ●トランプは化石燃料を支持し、再選後には「インフレ抑制法(IRA)」の撤廃を公約している。IRAは2022年にバイデン大統領が署名した法案で、3,690億ドルの補助金を通して米国内のクリーンエネルギー産業を支援する。

 ●中国の太陽光発電企業であるロンジソーラー(隆基緑能)、 ジンコソーラー(晶科能源)、トリナ・ソーラー(天合光能)、JAソーラー( 晶澳科技)などが2023年に米国での工場建設を開始しているが、これらの企業は米国市場の需要と利益率の高さを評価し、現地生産を通じて貿易障壁のリスクを低減する戦略を採用している。

 ●一部の専門家は、トランプ氏の再選がIRAの完全撤廃につながる可能性は低いと見ている。理由として、IRAが既に米国経済に深く浸透し、雇用創出や社会問題の解決に寄与している点が挙げられる。また、IRAの修正や撤廃には議会の承認が必要で、手続きが複雑であることも影響すると見られている。

 ●米国市場は依然として新エネルギー企業にとって有望な市場であり、トランプの再選による中国の太陽光発電企業への影響は限定的と考えられる。

◆第一財経網:トランプ勝利が半導体産業に与える影響

 11月6日の第一財経網は、<トランプ勝利 半導体産業にいかなる影響をもたらすだろうか?>という考察をしている。概要は以下の通りだ。

 ●トランプは「CHIPS法案」を「失敗した計画」と批判し、法案の改正を主張している。「CHIPS法案」は2022年にバイデンによって署名され、「米国内での半導体製造を促進し、先端技術分野の研究開発を強化すること」を目的としている。

 ●トランプは、関税を活用して海外企業を米国に誘致し、補助金を提供せずに国内生産を促進する方針を示唆している。トランプの政策により、米国の半導体企業が保護され、TSMCやサムスン、SKハイニックスなどの海外企業への補助金提供が抑制される可能性がある。

 ●トランプは、中国からの半導体輸入に対して関税を引き上げる意向を示しており、これにより技術供給網のコストが増加する可能性がある。トランプの政策は、半導体産業の分業体制に影響を与え、産業構造や利益分配に変化をもたらす可能性がある。

 ●トランプは、中国の半導体産業に対する制限を強化し、エヌビディアやASML、サムスン、SKハイニックスなどの企業による技術輸出をも制限する可能性がある。また、中国の他の主要技術企業に対しても強硬な姿勢を取る可能性がある。

 ●一部の専門家は、「トランプの政策が中国の半導体国産化を加速させ、最終的に米国の制裁効果を減少させる可能性がある」と指摘している。(筆者注:これは観察者網での指摘と一致している。)

 ●高帯域幅メモリ(HBM)はAIチップにおいて重要性が増しており、米国は今後、HBMの中国への供給をさらに制限する可能性がある。

 ●韓国のメモリチップメーカーであるサムスン電子やSKハイニックスは、米国の制限により中国へのHBM供給に影響を与える可能性がある。

 ●供給網には実はさまざまな迂回手段もあり、状況はそれほど悪化しないだろう。

◆第一財経網:中国製造業全体にはどれくらい影響を与えるか?

 11月6日、第一財経網は<トランプ再選、中国製造業にどれくらいの影響を与えるか?>を、全体として分析している。概要は以下の通り。

 ●関税政策の強化:中国製品全体にわたって高関税を導入する可能性があり、中国企業の対米輸出の利益率が低下する恐れがある 。

 ●サプライチェーンの再編:関税や輸出制限の強化に対応するため、中国の製造企業は新たな供給元の確保やサプライチェーンの再構築を迫られ、コスト増加が予想される 。

 ●海外生産拠点の設立:家電やロボット産業などの企業が、関税回避のためにベトナムやタイなど東南アジア諸国に生産拠点を設立し、米国市場へのアクセスを維持しようとしているが、その傾向が強まる。

 ●国内市場の強化:米国市場へのアクセスが制限される中で、中国企業は国内市場や一帯一路、BRICS諸国との協力を強化し、新たな成長機会を模索している 。

 ●技術革新の推進:米国の政策変化により、中国企業は自主技術開発や高付加価値製品の生産に注力し、国際競争力の向上を図っている。これらの動向は、中国製造業の戦略的調整と国際市場での新たな機会創出に影響を与えるだろう。

◆それでもトランプの方がいい習近平と、トランプが大好きな中国の若者

 それでも中国にとって、ハリスがいいかトランプがいいかと言ったら、断然「トランプの方がいい」に決まっている。

 11月5日のコラム<トランプは実は習近平やプーチンが好きで、民主の輸出機関NEDが嫌い>に書いたように、トランプはNED(全米民主主義基金)のような他国干渉をしないからだ。

 関税など、どんなに高くても上述したように、中国は少しも怖くない。

 それよりも台湾に拠点を置いて独立へと誘い込むNEDのような存在こそが中国にとっては最も警戒すべき相手だ。ハリスの応援団の中にはNEDスタッフがいたし、結局はバイデン政権がNEDの根城であったのと同様に、ハリス政権になればNEDが暗躍する。

 10月30日のコラム<中露を軸とした「BRICS+」の狙い G7を超えて「米一極支配からの脱出」を図る>で書いたように、習近平やプーチンが目指しているのは「米一極支配からの脱出」なので、他国干渉をしないトランプほど、ありがたい存在はない。

 中国のネットでも、トランプの票の行方にネット民がくぎ付けになり、勝利宣言をしたときにはネットでのアクセス数が一位になったほどだった。

 以下の図表にその瞬間の中国のウェイボーにおけるアクセスランキングの履歴を掲載する。

図表:トランプ勝利宣言の瞬間のウェイボーにおけるアクセスランキング履歴

 

出典:ウェイボーの熱捜時光機(トレンドタイムシステム)

出典:ウェイボーの熱捜時光機(トレンドタイムシステム)

 

 「トランプ」は中国語で「特朗普」と書く。「历史排名曲线(歴史排名曲線)」は「ランキング履歴曲線」の意味である。左側のグラフは「トランプが勝利宣言をしたとき」の全体のアクセスランキングである。1位であったことを示している。

 右側にある「词条热度曲线」は「キーワード熱度曲線」のような意味で、「トランプが勝利宣言をした瞬間」に「トランプ勝利宣言」という言葉の出現数が1千万を超えている。

 また若者に人気があるビリビリ(bilibili)動画<アメリカ、あなたたちの皇帝が戻ってきたよ>には、いかに中国の若者が「トランプ大好きか」が表れているような言葉が溢れている。その中には「今日の授業中にトランプ勝利のニュースが流れると、クラスの男子全員が万歳を叫んだよ」というのさえある。

 このように、米大統領に誰がなろうと同じだとは言っても、実際は違っていて、中国のネット民もトランプが大好きであることは、8年前と変わらない。むしろ、トランプのファンが多いのが実情だ。なぜ好きなのかに関しても書きたいが、字数があまりに多くなってしまったので、残念ながら諦めることにしよう。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

 
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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