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アメリカの介入を阻む「全ASEANをカバーする中国の巨大鉄道網プロジェクト」
筆者作成
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バイデンはASEANへのアメリカの影響を高めるべくカンボジア入りし包括的戦略パートナーシップを立ち上げたが、陸続きの中国が早くからASEAN全域で構築している巨大鉄道網プロジェクトなどの影響力に阻まれている。

◆中国を排除するため「長い腕」をASEANに伸ばすバイデン大統領

11月12日、バイデン大統領はカンボジアのプノンペンで、ASEAN(東南アジア諸国連合)と首脳会談を開催し、アメリカとASEANの関係を高める包括的戦略パートナーシップを立ち上げた。

ASEAN諸国の中には、米中両国を競争させて利益を得る「漁夫の利」を喜ぶ国もあるが、「アメリカを選ぶのか、中国を選ぶのか」という「踏み絵」をさせられることを嫌がる国もある。あるいは全ての国が「漁夫の利」と「踏み絵外交」の狭間で戸惑っているという側面を持っているとも言えよう。

今年5月12日と13日、バイデンはASEAN諸国をワシントンに招き、「米ASEAN特別サミット」を開催した。このときフィリピン(大統領選のため)とミャンマーは出席していない。今回もミャンマーが出席せず、バイデンはむしろ「南シナ海とミャンマーからの挑戦を解決しなければならない」と、ミャンマーを道連れに、明らかな対中包囲意識を前面に出している。

対中包囲網であるIPEF(インド太平洋経済枠組み)も日米豪印QUAD(クワッド)の枠組みも、「親露であるインド」が入っているために、「中露の緊密さ」から今ひとつパンチがなく心もとない。そこでASEANに「ロングアーム(長い腕)」を伸ばしているのだが、ここは「インド」よりも、もっと中国寄りなので、バイデンの思うようには行っていない。

ちなみにバイデンは会議で「カンボジア首相」のことを「コロンビア首相」と呼びまちがえており、他国に伸ばした「腕」が長すぎて、いったいどの国に伸ばしたかが、わからなくなっているのだろうか。

カンボジアの首都プノンペンで、カンボジア首相を前にして「コロンビア首相」と言いまちがえるなどというのは、ASEANに対して、その程度の誠意しかなく、本心からASEAN諸国を重んじていないことの表れとしか言いようがない。

◆全ASEANをカバーする中国の巨大鉄道網

一方、中国には早くから「汎亜鉄道計画」があって、巨大なプロジェクトが動いている。

図表1に示したのは、中国雲南省の昆明を起点として、「ホーチミン、バンコク、シンガポール、ヤンゴン・・・」などを終点とする、「全ASEANをカバーする中国の鉄道網プロジェクト」の概略図だ。

図表1:全ASEANを網羅する中国の鉄路網プロジェクト

多岐にわたる情報に基づいて筆者作成

黒い線は完了済の鉄路で、赤い輪で括っているのは建設中の鉄路だ。

緑色で示した「東線」のベトナム海岸沿いにある鉄路は、線路の幅などにおいて順調に話が進んでおり、進展中である。

2022年10月30日から11月1日まで、ベトナム共産党中央委員会のグエン・フー・チョ総書記が国賓として訪中し、第20回党大会を終えた習近平と会談したのは、この鉄路計画の推進が主たる目的である。

バイデンがプノンペン入りしてASEAN諸国と包括的戦略パートナーシップを結ぶことを意識し、それが対中包囲網形成を目的としたものであることを認識した習近平の先回り外交であったことに注目した方がいい。

ベトナムの鉄道路線幅は1000mmという、フランス植民地時代の規格をそのまま継承していた個所が多いが、中国と繋がる鉄道路線は中国の1435mmという軌間に合わせることにも合意を見たようだ。

ピンクで示した「西線」のミャンマーとの線路は、ミャンマー軍政府との間で複雑な要素が絡んでいるものの、雲南省の大理からミャンマー国境内に入る辺りまでは話がまとまり建設中である。建設中の個所は赤い○で囲んである。

青い色で示した「中線」の鉄路は、ラオスのヴィエンチャンまでが開通済で、現在はタイのバンコクとコーラートの間が建設中だ。これを第一期工程とすれば、第二期工程においては、ヴィエンチャンからコーラートを繋ぐことになっており、「中線」も順調に進んでいる。

ちなみに、マレーシアとシンガポールを繋ぐ路線は、コロナやマレーシアの頻繁な政権交代により、2021年1月1日に一度白紙に戻したが、2022年8月にまた再開の交渉が始まった

これらの国々が「対中包囲網」を意図したアメリカの「誘惑」に本気で乗るはずはなく、あくまでも「頂けるものがあるのなら、頂きましょう」という胸算用でしかない。

ひとたび「踏み絵外交」に入った瞬間に、ASEANはアメリカの手から逃げる。

この点は日本も注意すべきで、「対中包囲網」あるいは「対中抵抗」的色彩を見せると、ASEAN諸国は、日本の手からもすり抜けていくことを覚悟しておいた方がいいだろう。

◆中国・ミャンマーのパイプライン運営に意欲的な習近平

2020年2月10日のコラム<新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?>に書いた通り、コロナの第一報が武漢から発せられていたとき、習近平がミャンマー視察に行っていたことは周知の通りだ。

筆者はそのことを「ミャンマー視察と雲南での春節祝いごときに酔いしれて」と批判的に書いたが、実はこのとき習近平はミャンマーにおけるパイプラインの運営事業に力を注いでいた。

図表2に示すのは、中国がミャンマーに付設しているパイプラインの現状だ。

図表2:中国・ミャンマー間に敷かれた石油・天然ガスのパイプライン

筆者作成

 

中国とミャンマーの間の石油パイプラインと天然ガスパイプラインは、まだ胡錦涛政権だった2010年6月から開始されており、天然ガスパイプラインは2013年7月28日に、石油パイプラインは2017年4月10日に完成した。

ミャンマーに大量の石油や天然ガスが埋蔵しているというよりも、これはあくまでも、アメリカが南シナ海やマラッカ海峡などの海上封鎖をしたときに、中国がその損害を大きく受けることなく、中東との取引を潤滑に進めるための港とパイプラインの確保のために存在する。

インド洋に面するミャンマー西部にある港チャウピューさえ確保されていれば、エネルギー資源の確保に困らない。

こうして中国はASEAN全域をさまざまな形で押さえているので、日米はその点を十分に認識しながらASEAN諸国との交渉を慎重に進めた方がいいだろう。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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