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米CIA長官「習近平はウクライナ戦争で動揺」発言は正しいのか?
米CIA長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
米CIA長官(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

8日、CIA長官の「習近平は動揺」という発言を日本の多くのメディアは伝えたが、発言の根拠は何か?【軍冷経熱】という習近平の国家戦略が理解できずに述べた長官の希望的感想を日本のメディアは喜ぶだけでいいのだろうか?

◆「ウクライナ侵攻で習近平が動揺」というCIA長官の発言を伝える日本メディア

5月8日6時23分に、時事通信社は<中国の習氏、ロシアのウクライナ侵攻で「動揺」 台湾侵攻の決意変わらず 米CIA長官>という見出しで、<米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7日、ワシントン市内で開かれた英紙フィナンシャル・タイムズ主催の会合に出席し、ロシアのウクライナ侵攻を受け、中国の習近平国家主席が「動揺している印象を受ける」と語った。>と伝えた。

すると同日12時16分にデジタル朝日が<ロシアとの関係、「習氏は少し不安を抱いてる」 CIA長官が分析>という見出しで、<米中央情報局(CIA)のバーンズ長官は7日、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、中国の習近平(シーチンピン)国家主席がロシアとの友好関係について「少しの不安を抱いている」との見方を示した。また、台湾との統一を目指す方法や時期についても「影響を及ぼしていると思う」と述べた。>と伝えた。

他のメディアもそれにならい、以下のようなバーンズ長官の発言を伝えている。

  • 習氏は、ロシアによる残虐行為と結びつけられることでのイメージ悪化に、少し不安を抱いている。
  • 中国にとって、侵攻がもたらす経済的な先行きの不透明さや欧米諸国の結束も懸念材料になっている。
  • 2月上旬には中ロで北大西洋条約機構(NATO)に対抗する共同声明を出したものの、3月下旬にウクライナに侵攻したロシア軍の苦戦を受け、中ロの友好関係には「限界がある」ことが示された。
  • その上で、中国の指導部はウクライナ情勢から教訓を得ようとしている。台湾の支配に向けた習氏の決意は揺らいでいないが、いつ、どのように実施するかという計算には影響を及ぼしている。

・・・・・・

たしかにバーンズ長官発言の原文を見ると、それに相当した内容のことを言っているので、間違いではない。

ただ、こういったバーンズが抱いた「印象」が、まるで事実のように広がっていくのは、日本の国益にとってプラスにはならない。そこには「習近平が動揺しているんだ、やーいやい!」といった「喜び」が垣間見え、日本の政策を誤らせる危険性が潜んでいるからだ。

たとえば「中国経済は明日にも崩壊する」と一部の「中国専門家」が主張し続けてから、早や20年強。それでも中国経済は崩壊どころか、まもなくアメリカを凌駕する勢いにまで成長し続けている。この成長には「日本が最も貢献している」ことには警鐘を鳴らさず、「明日にも滅びる」という希望的観測を広げて日本人を喜ばせているため、日本政府は「安心して」中国に貢献し続けているのである。これと同じ構図が潜んでいるのを懸念する。

では習近平は実際には、どう動こうとしているのか?

◆習近平の確固たる対ロシア戦略【軍冷経熱】

拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』に書いているように、習近平の確固たる対ロシア戦略は【軍冷経熱】だ。

軍事的にはロシアに同調せず、経済的には徹底して支えていくという戦略である。

軍事的に同調しないのは、プーチンがウクライナにいる少数のロシア系列の人々が独立を宣言しているドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国を「独立国家」として承認し、当該共和国の住民がウクライナ政府に虐待されていると訴えてきたことを口実にウクライナ侵攻をしているからだ。

これはちょうど、中国内にあるウイグルやチベットといった少数民族が中国政府に虐待されているとして海外に訴え、海外の某国がその自治区の独立を助け「独立国家」として承認するだけでなく、ウイグル族やチベット族の要求を受けて中国に軍事侵攻していくのと同じ構図になるから賛同できないのである。

そのようなことを習近平が受け入れるはずがない。

これはクリミア併合の時にも言えることで、2014年にクリミア半島で「住民投票」を行い、圧倒的多数がロシアに併合されるのを望んだという事実に関しても同様のことが言えるので、習近平は「クリミア併合」を承認していない。

もちろんドネツク・ルガンスク両人民共和国の独立も承認していない。

その相違には触れずに、習近平がプーチンと相思相愛の仲になっているのは、両国とも「アメリカに虐められている」と認識しているからである。

アメリカは、アメリカ以外の国が、経済的であれ軍事的であれ、アメリカを抜いて世界一になることを絶対に許さないので、軍事的にはロシアを潰し、経済的には中国を潰そうとしていると、習近平は位置づけ、その種の発言を数えきれないほど行っているので、そこには「根拠」がある。

北京冬季五輪開幕式に北京を訪れて習近平と対面で会談したプーチンとの間の共同声明にも、そのとき締結した多くの経済連携にも、その証拠を見い出すことができる。

この一見、相反するような習近平の言動は、決して「動揺」ではなくて、確固とした「対ロシア戦略」なのである。

◆習近平はウクライナ戦争をどう位置付けているか

習近平がウクライナ戦争をどう位置付けているかに関しては、数々の、習近平自身が言った言葉がある。それを一つ一つ列挙するのも大変なので、新華社がまとめたものをご紹介したい。

ウクライナへの軍事侵攻が始まった翌日の2月25日、習近平はプーチンと電話会談をして「冷戦時代の考え方を捨て、話し合いによって欧州の安全を維持すべきだ」とか「中国は国際社会と一体となり、国連を中心とした国際社会の秩序維持と国際法の順守を尊重したい」と述べており、その後も表現を変えてはいるが、同じことを言い続けている。

さらに「火に油を注ぐようなことをするな」という言葉を使っているのは、「せっかくロシアとウクライナが停戦交渉をまとめようとしているのに、アメリカが停戦させまいとして、突然、ウクライナへの武器提供や軍事支援増強をし始めて、(戦争の火)が消えないようにしている」ということを指している。

これは多くの中国政府系あるいは中国共産党系メディアが繰り返し言っていることでもあるので、一つ一つリンク先を張ることはしない。

また4月24日のコラム<「いくつかのNATO国がウクライナ戦争継続を望んでいる」と、停戦仲介国トルコ外相>でも述べたように、停戦交渉を仲介しているトルコの外相が言っている言葉と中国が言っている言葉はほぼ一致している。

現に4月25日には、ウクライナを訪問したアメリカのオースティン国防長官がポーランドでの記者会見で、「われわれは、ロシアがウクライナ侵攻でやったようなことを二度と再びできないようになるまで、ロシアを弱体化させたいと思っている。われわれは、彼らが自分の力を迅速に再生産できるような能力を持てないようになることを見届けたい」と述べているほどだ。

これら一連の習近平の言動から、「習近平が動揺している」という証拠は、今のところ、あまり見当たらない。

◆中国は「日本をNATOに誘っていること」に激怒している

むしろ、中国が積極的に激怒しているのは、アメリカがNATOの会議に「日本や韓国」などを誘い込んでいることである。

この事に対する中国の反応は激しく、官側であろうと、あるいはネット空間であろうと、凄まじい勢いでNATOと日本などへのバッシングに燃えている。

官側では、たとえば中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」が<日本は「NATOのアジア太平洋化」の引導者になるな>という社論を発表して日本に対して警告を発しており、日本はウクライナ危機を利用して平和憲法の「束縛」から脱却し軍国主義への道を歩もうとしていると批判している。

また民間では非常に多くの情報があるが、その中の一つを取り上げれば、たとえば<アメリカの声一つでNATOは猛犬を放っている  中国はもう黙っていない>などがあり、NATO外相会談に日本と韓国の外相を招いたことが、激しい口調で批判されている。

たとえば、そもそも日本は第二次世界大戦の敗戦国だったのに、NATOに加盟すれば、その「戦争犯罪」が帳消しになり、まるで「禊(みそぎ)を受けた」ように、日本軍を打倒した「連合国」側に「晴れて」加盟して、これからは侵略行為をしたことも敗戦国側であったことも「忘れていい」ことになり、連合国側だったソ連(ロシア)と中国を打倒する側に回ることに相当するではないか!「こんな日本など、地球上から消えてしまえ!」といった、もう憤りの表現をどういう言葉で表していいか分からないという雰囲気の憤怒がネットに渦巻いているのだ。

◆東アジアを取り込めないアメリカの焦りか

アメリカはウクライナ戦争が中国の強大化を招いていることに気が付いているだろう。

たとえば『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の第六章ウクライナを巡る「中露米印パ」相関図――際立つ露印の軍事的緊密さや、4月22日のコラム<ウクライナ戦争は中国の強大化を招く>に書いたように、ウクライナ戦争が始まったことにより、インドや中東産油国あるいはASEANのような東南アジア諸国が決して反ロシアではないことが鮮明になってきた。特に G20=主要20か国やAPEC=アジア太平洋経済協力会議などのことしの議長国を務める東南アジアの3か国(インドネシア、タイ、カンボジア)が共同声明を出し、ロシアを含むすべての参加国などを会議に招く姿勢を示したのは、アメリカにとって痛かっただろう。

5月10日には、フィリピンの大統領選で中国寄りのマルコス氏が当選確実になったし、5月21日に行われるオーストラリアにおける選挙も、必ずしも嫌中のモリソン首相に有利な動きは見せていない

中国は反中強硬なモリソン首相が参加する、クワッド(日米豪印)やオーカス(米英豪)などによる対中包囲網を崩すべく、オーストラリアが自国の勢力圏とみなしている南太平洋のソロモン諸島と安全保障協定を締結したばかりだ。これは嫌中のモリソン首相の失点を招いて、野党・労働党の支持率が高くなる結果を招いている。中国がソロモン諸島と連携したのがストレートに功を奏したのか否かは分からないが、少なくとも結果として野党の支持率が53%と、モリソン首相に不利になっているのは確かだ。

そこでバイデン政権は、反中的な大統領が誕生した韓国と、アメリカに従順な日本をNATOに誘い込んで、なんとか「NATOのアジア太平洋化」を実現しようとしているのではないかとも推測される。

米CIA長官の発言は、こういった事情を反映したものであり、バイデン政権の動きは、世界を戦争に駆り立てて、アメリカの戦争ビジネスとLNG産業が儲かることしか考えていないという側面を見逃してはならないのではないだろうか。

いずれにせよ、ファクトの積み重ねによってしか真相は見えてこない。

日本自身を守るために、その真相を究めたいと思う。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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