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彭帥さん、告白文を書いたことを認め、「性的侵害」を否定:シンガポール紙に肉声と動画
中国テニス選手彭帥(写真:AP/アフロ)
中国テニス選手彭帥(写真:AP/アフロ)

19日、上海に行き自由行動をしていた彭帥さんは、突然シンガポール紙の取材を受け、ウェイボーに告白文を書いたことを認めた上で「性的侵害ではない」と主張した。その動画に基づいて真相を再考察する。

◆彭帥を突然取材したシンガポール紙「聯合早報」の動画

12月19日、彭帥(ほうすい)さん(以下、彭帥)は上海で開かれたスキー競技を、NBA(米プロバスケットボール協会)の選手だった長身の姚明(ようめい)さんらと観戦したあと、周辺を散策していた。

すると、ある人物がいきなり彭帥に話しかけてきたので、彼女は非常に怪訝な顔をした。しかし「あ、テレビ局?」という問いに、相手が「はい、そうです。聯合早報です」と答えると、すぐに態度を変えて、取材に応じた。

その一部始終を聯合早報のユーチューブで観ることができるので、この動画に沿ってご説明したい。

まず聯合早報の記者(以下、記者)が「以前、あなたはウェイボーでメッセージを発表したじゃないですか・・・」と言ったときに、彭帥は何度かうなずいている。動画の「1:39」あたりをご覧いただきたい。

11月23日のコラム<女子テニス選手と張高麗元副総理との真相―習近平にとって深刻な理由>で書いたように、11月2日、彭帥がウェイボーに長いメッセージを書いて、張高麗元副総理(以下、張高麗)との男女関係に関して告白した。

動機は、10月30日に「11月2日に会おう」と約束したのに、11月2日になって張高麗がドタキャンしてきたことに対して激怒したからだ。

同コラムに書いたように筆者は2012年春に天津にいた教え子から張高麗(当時、天津市書記)に関して「不倫をしているらしい」という噂を聞いていた上に、彭帥がウェイボーで公開した文章があまりに乱れていることから、これは確実に彭帥自身が書いたのであって、他の人が成りすましで書いたものではないと断言していた。

日本の「中国問題に詳しい専門家」と言われる人たちの一部が、「これは権力闘争で、習近平を陥れるために書いた可能性がある」という陰謀説を流していたが、もし誰かが彭帥に成りすまして書いたのなら、すぐに当局に見つかり捕まるし、そもそも彭帥が「あれは私が書いたものではありません!」と、ひとこと言えば解決する話なので、陰謀説など笑止千万と断言する自信があった。

それでも日本では陰謀説に喜ぶ視聴者や読者が多く見方が分かれていた。しかしこのたびの聯合早報の動画は、筆者の視点が正しかったことを裏付けてくれたので、詳細に再考察したい。

記者は、CGTN(中国グローバル・テレビ・ネットワーク)がツイッターで公開した、彭帥からWTA(女子テニス協会)宛てに書いたとされる英語のメールが、本人が自身の意思で書いたものか否かを聞き出そうとしていたのだが、その質問を遮って彭帥は強い口調で以下のように述べている(文字起こしは筆者)。

 

――まず最初に、私が強調したい点は、非常に重要なんです。私は一度も、誰かが私に性的侵害をしたと言ったことはないし、書いたこともありません。この点は、何としても強調し明確にしなければなりません。それから、あのウェイボーに書いたことですが、あれは私個人のプライバシー問題で。あれは既に、きっとこれは、皆さんが多くの誤解をしていて、だから…、いかなる…、つまり…、こんな歪んだ…、こんな解釈など、存在しないのです(引用ここまで)。

 

話し言葉なので、主語述語がチグハグと行ったり来たりすることは誰でもあることとは言え、この言い回しは、11月2日のウェイボーに書かれた文章を想起させ、なおさらのこと、あの文章は間違いなく、彭帥自身が書いたものであることを確信させた。

加えて、彼女が「性的侵害」という言葉を口にした時の表情をご覧いただきたい。

中国語では「性侵」と表現し「シンチン」と発音するが、「2:26」のところで、この発音を聞き取ることができれば、彼女が言いにくそうにしながら、しかし言った瞬間に頬を赤らめたのが見て取れる。張高麗との関係は真実だったということだろう。

それが表情に顕われてしまいながら、彭帥は「あのウェイボーのメッセージは確かに自分が書いたが、性的侵害(性侵)を受けたとは書いてない」と言っているのである。

これはつまり、「同意の上」でのことで、「性的暴力ではない」と明言したことになる。

◆彭帥は張高麗を「愛していた」

11月23日のコラム<女子テニス選手と張高麗元副総理との真相―習近平にとって深刻な理由>に貼り付けた彭帥が書いたウェイボーのメッセージには、彭帥が張高麗を「愛していた」ことを証拠づける表現がいくつかある。

その中の一つを以下に示す。

 

――7年前のあなたへのあの感情が蘇(よみがえ)ることに怯え慌てふためきながら、私は同意したのです……そう、つまり、私たちは性関係を持ったのです。感情というものは複雑で、言葉で表現できないものですが、あの日から私はあなたへの愛を再び打ち開き、その後あなたと一緒に過ごした日々の中で、付き合うだけなら、あなたは本当にとっても、とっても良い人で、私に対してもとっても良くしてくれて、私たちは近代史から古代に至るまでおしゃべりしたり、あなたは私に万物の知識や経済学とか哲学なども話してくれて話が尽きませんでした。一緒にチェスをしたり、歌を歌ったり、卓球やビリヤードをしたり、特にテニスのことになると、私たちは永遠に、いつまでも楽しく過ごせると思ったし、性格だって、あんなに気が合うので、何でもうまくいくような気がしました(引用ここまで)。

 

あのウェイボーには複数個所にわたり、彭帥の張高麗への愛が切々と書かれており、苦しい思いが伝わってくる。

愛していて、同意の上だった。

ウェイボーの文章と聯合早報の動画は、それを明確に示している。これ以上の証拠はないと言っていいだろう。

もっとも、プライバシーと言うなら、なぜ告白してしまったのかと言いたくなる。それくらい愛していたために怒りが抑えられなかったと解釈するしかない。

◆彭帥はなぜ取材を受けられるようになったのか?

これは個人的感想になるが、彭帥のような真っすぐな性格のアスリートは、「ウソをつけ」と命令されても承諾しないだろうと推測される。

そこで11月2日にウェイボーを発信した後しばらくは当局(中国政府のしかるべき部局)の監視下にあり、彭帥は自由を奪われただろうが、当局としては彭帥の性格上、「このようなことはなかったものとして行動しろ」とは言えないことが分かったので、せめて上記のような真実は「聞かれたら言う」けれども「監視などされておらず、自由だ」と主張してくれればそれでいいと判断したのではないかと思うのである。

つまり、そういう条件で一定程度、自由行動を許したのではないだろうか。

当局は、その方が中国が国際社会から批難を受ける程度が低くなると判断した可能性がある。

事実、彼女は記者の「監視されているのではないのですか?」という質問に対して「なんで私が監視されなければならないんですか?私はずーっと自由です!」と非常に不機嫌に答えている。

注目すべきは、聯合早報の記事は、動画とともに大陸でも観ることができる形で開放されているということだ。

習近平は、1990年代に再び鄧小平によって失脚に追い込まれた父・習仲勲に親切にしてくれた張高麗を高く評価して、2012年の第18回党大会におけるチャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7名)の一人に任命した。だから、その任命責任があるが、党の紀律検査委員会から見れば道徳的に許し難いとしても、「同意の上」での行為であるなら、処罰しにくい面もあるだろう。

特に今は来年の北京冬季五輪を無事に終えたいし、来年秋の第20回党大会も控えている。したがって彭帥が「同意の上だ」ということと「監視などされておらず、全く自由だ」と言ってくれるなら、国際社会は非難しようがなくなるので、取材を受けることを許し、静かに時間が過ぎていくのを待つことにしたのだと解釈される。

張高麗に関しては、密かに自由を奪い、厳しい監視の下に置いていることは疑う余地がない。しかし表面的には今は動かず、じっと第20回党大会が無事に成功するのを待ち、それが過ぎれば具体的措置が何か下る可能性も秘めているのかもしれない。しばらく成り行きを観察したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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