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女子テニス選手と張高麗元副総理との真相―習近平にとって深刻な理由
中国の著名な女子テニス選手・彭帥さん(写真:ロイター/アフロ)
中国の著名な女子テニス選手・彭帥さん(写真:ロイター/アフロ)

 張高麗は習近平が固執して選んだチャイナ・セブンの一人だ。2012年春、私は天津で張高麗の芳しくない「秘密」を耳にしていた。バッハ会長にまで応援を頼んで火消しに走る習近平の窮状と事件の真相を明らかにしたい。

 

◆女子テニス選手がネットで告白

 11月2日、中国の著名な女子テニス選手である彭帥(ほう・すい)さんが微博(ウェイボー)に、張高麗元国務院副総理(副首相)との正常ではない男女関係に関して告白した。これは「告発」というよりも、苦しみに満ちた「告白」だ。

 以下に示すのは、その告白文の写しである。

 

中国女子テニス選手・彭帥さんの微博における告白文
中国女子テニス選手・彭帥さんの微博における告白文

 

 告白文はあまりに赤裸々に描いているので、その全訳をご紹介するのを控え、説明を加えながらポイントだけを一部ピックアップしてみたい。

 ●張高麗が天津市の書記をしていたころ、張高麗は彭帥に男女関係を求めた(2018年から7年前と書いてあるので、2011年と推測される)。彭帥はその要求に応じてしまった自分を責めまくり、「私はもの凄く悪い女の子だ」と断じている。何のために自分はこの世に生まれてきたのか(生きている価値さえない)と自責の念に駆られている。

 ●張高麗は不正常な関係を持った翌年(2012年11月)に中共中央政治局常務委員(チャイナ・セブン)になり、それ以降、2018年まで彭帥に連絡をしてこなかった。

 ●ところが(2017年10月の第19回党大会で政治局常務委員から外れ)2018年3月に国務院副総理の座を去ると、張高麗は又もや彭帥に連絡してきた。一緒にテニスをしたいという張高麗の伝言を、天津テニスセンターの劉先生が彭帥に伝えた。

 ●その日、テニスをして終わると、張高麗は、夫人とともに彼の家に彭帥を誘い、彼の部屋に案内して、またもや不正常な関係を求めてきた。夫人は部屋の外で見張りをしていた。いったいどこの世界に、妻が夫の不倫の見張り役をするなどということがあろうか。その日は恐ろしくてひたすら泣いた。

 ●張高麗夫人は、張高麗のいないところでは彭帥に嫌がらせをし、彭帥を侮辱した。

 ●「あなた(張高麗)は私(彭帥)が何か証拠を残しているだろうことを、とっても怖がっていますね。しかし私は録音もしていなければ、録画もしていない。いかなる力もない私だけど、でも私はあなたとの事実を言うことができるのです」。(列挙はここまで)

 

 告白文は、張高麗と彭帥は話し合うことになっていたのに、突然張高麗が断ったことに対する恨みを表し、2012年に突然彭帥のもとを去っていった張高麗に喩(たと)えて、張高麗を責めている。しかも二人の関係は決して彭帥が求めたものではなく、張高麗の方から求めてきたもので、そうでなければ自分のような身分の者が天津市の書記に直接連絡をすることなど出来るはずはない、と説明している。

 文章を詳細に読めば、彭帥が「話し合いをドタキャンした張高麗に憤り、その憤懣をぶつけている様子」が、ありありと浮かび上がってくる。ドタキャンしたのは張高麗夫人が「いい加減でやめてくれ!」と怒ったからだろうと推測される。

 

◆告発は「反習近平派が起こした権力闘争」とする一部の「専門家」の非常識

 この切々として、乱れている告白文に関して、「反習近平の一派が、彭帥の振りをしてネットで告発する形を取った権力闘争の可能性がある」という趣旨の解説を、大手メディアのニュース番組でした「中国問題の事情に詳しい専門家」らしい人がいるのを知り、呆気に取られた。

 中国問題を知らないにも、ほどがある。

 もしそのようなことをすれば発信元を一瞬で調べ上げて犯人を逮捕できるのが中国の監視体制だということさえ知らないのだろうか。

 おまけにそういうことであるなら、当局は何も彭帥の姿を消す必要はなく、堂々と彭帥に「あれは誰かの陰謀で自分は書いていない」と言ってもらえれば済むことだ。それだけでも論理矛盾を来たしている。

 その「中国問題の事情に詳しい専門家」らしい人の解説が、いかにインチキであるかを証拠立てる経験を、私は天津でしている。

 生涯言わないつもりだったが、このような、何でも権力闘争に持って行って中国の真実を見えなくしてしまう連中を、そのままにしてこの世を去るのも無責任かもしれない。

 思い切って、張高麗が天津市の書記だった時の「秘密」をここに明かしたい。

 

◆2012年、張高麗に関する芳しくない「秘密」が

 あれは2012年の春ころのことだった。まだ胡錦涛政権だったので、言論弾圧がそれほど厳しくはなく、私はわりあい自由に日本と中国を行き来していた。

 筑波大学の教え子で、中国に帰国したあと天津で不動産開発事業を手掛けていた青年がいる。彼は熱心に私を天津から車で迎えに来ては、北京国際飯店に宿泊していた私を天津に連れて行き、彼の建てたマンション群を私に見せたがった。

 私が天津で育ち、天津には思い入れが深いのを知っていて、1953年に私が天津と別れを告げた港、塘沽(タングー)が、今や浜海新区として栄えているさまを見せてくれたりもした。同時に天津市政府の高官らに私を紹介したりしていたので、「こういうレベルの人たちと付き合っているんだ」と、母校の教授に知らせたいという、やや誇らしい気持ちもあったようで好ましく受け止めていた。

 一方、2012年の秋には第18回党大会が開催されることになっており、胡錦涛政権から次の政権へと移ることになっていた。

 中共中央総書記&中央軍事委員会主席には、習近平がなるだろうという予測のもと、2012年3月に『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』という本を出版したばかりで、その年の秋に誕生する新しい「チャイナ・ナイン」には習近平と李克強以外に誰が入るだろうかと、その予測に没頭していた時期でもある。その頃はまだ次期政権も常務委員は「9人」になるだろうと考えていた。

 教え子が天津から北京国際飯店まで私を送り届ける車中でのことだ。

「誰が次の政治局常務委員に入ると思う?」

 私はふと、教え子の青年にまで聞いていた。不動産開発産業に携わっていると、自ずと地方人民政府との接触が多くなる。それは彼が私に紹介した天津市政府高官のレベルからもうかがえる。

 自問自答しながら、「張高麗は確かに天津の経済を成長させたけど、どうだろうか?」と言うと、教え子は突然高速の運転をしている手を緊張させて、路肩に車を寄せた。

「教授、あのですね…、これは他の人にはなかなか言えない話ですが…」と、車の中には私と彼しかいないのに、声を潜(ひそ)めて話し始めた。

「あのう、実はですね…、張高麗には良くない噂がありまして…」

「良くない噂?」

「はい、とんでもない話なのですが、張高麗の奥さんがですね、すごく不満をもらしているらしいのです」

「奥さんが? ということは…」

「はい、女でしてね…、何でも若い女に手を出したと言っているようなんですよ…」

「え――っ!」

「しい――っ。これは大声で言ってはならない話なんです」

 彼の深刻な表情を見て、私はそれ以上聞けなかった。それでも最後に一つだけ聞いた。

「どうして知ったの?」

「スポーツ…仲間…からです」

 彼はゴルフとテニスをやっている。ゴルフ仲間かテニス仲間なのだろう。そこには天津市政府の「お得意さん」もいる。

「あのう、教授、この話は…」

「はいはい、わかりましたよ。口外しないようにしますよ」

 そのときは、そう約束したのだった。

 そして生涯、口外しないようにしようと思っていた。

 しかし、こんな事件が明るみに出て、おまけに「アンチ習近平派による権力闘争だ」などという解説を大手メディアが「専門家」に言わせるようでは、このまま黙っているのは罪悪だという気持ちにさえなったのである。

 

◆習近平はなぜ張高麗をチャイナ・セブンに選んだのか?

 2012年の北戴河の会議では、張高麗の名前は出ていなかった。しかし2012年11月15日、第18回党大会一中全会後に舞台に並んだ政治局常務委員(7人になったので、改めてチャイナ・セブンと命名)の中には、張高麗の姿があった。

 のちに元中国政府高官に聞いたところによれば、第18回党大会開催寸前になって、胡錦涛元総書記の意思に反して、汪洋などの名前は消され、張高麗などの名前が強く押し出されたのだという。

 というのは、張高麗の地盤は広東省深セン市にあり、習近平の父・習仲勲が鄧小平によって二度目の失脚をさせられたあと、深センに住む習仲勲を何度も訪ねては勇気づけたらしい。

 拙著『習仲勲 父を破滅させた鄧小平への復讐』に書いたように、今となれば、習仲勲に敬意を表した張高麗を、なぜあそこまで習近平が引き立てたのかという心理を推し量れるものの、しかし、それだけに習近平の任命責任は重い。

 私の教え子も知っていた事実を、習近平は知らなかったのだろうか。

 だとすれば、身体検査が甘すぎる。

 だからこそ習近平は、どんなことがあっても、このような事実はなかったものにしなければならないのだろう。

 

◆IOCのバッハ会長まで利用した習近平

 11月19日、国連人権高等弁務官事務所の報道官は記者会見で、彭帥に関して「彼女の居場所や、元気であることをはっきりさせることが重要だ」と述べ、またホワイトハウスの報道官も所在確認や安全確保などを訴えた。同時に国際世論は「さもなくば、北京冬季五輪開催の是非も考えなければならない」という方向に動いていった。

 そこで習近平はIOCのバッハ会長に頼み込んで、彭帥とのオンライン通話を演出してもらったものと思う。

 WHOのテドロス事務局長との仲でもお馴染みのように、習近平は多くの国際組織の長に中国寄りの人物が就任するよう、ありとあらゆる手法を用いてきた。基本はチャイナ・マネーを利用してのことだが、一帯一路参加国など、発展途上国の多くは中国に多額の債務を抱えているため、それを「減免してあげるかもしれないよ」とちらつかせれば、ほとんどの国は屈服するだろう。どんなに小さく貧困な国でも、国際組織における議決の時には「一国一票」である。

 かくしてバッハも習近平政権になったあとの2013年9月にIOC会長に就任しているし、今年3月の再選時にも他の立候補者が出ないほど中国は水面下で動き、バッハには大きな貸しをしている。習近平の思う方向に動かないはずがない。

 習近平の期待に応えて、バッハはIOC運動委員会主席(フィンランド)等とともに彭帥とのオンライン通話を実施し、世界に向けて「彭帥が無事であること」を公開した。彭帥は「北京の自宅で安全、元気に暮らしているが、今はプライバシーを尊重してほしい」と話しているとIOCは発表している。

 

◆彭帥の現状

 思うに中国当局は、彭帥と張高麗との関係が事実であることを知っているため、彭帥に対しては破格の厚遇をしてもてなし、非常に豪華な場所に「ご宿泊いただいて」、監視だけは強めているものと推測される。張高麗を「連行して」、彭帥の前で土下座させ謝罪させるくらいのことはやっているだろう。

 そして彭帥には破格の好条件を提案して、「どうか黙ってくれ、どうかなかったものとして諦めてくれ」と頼み込んでいるに違いない。

 天津のテニスチームにも、2011年前後に張高麗の指示を受けて彭帥との連絡役を最初にした人がいたはずで、教え子はその周辺から話を漏れ聞いたものと推測される。

 2018年に張高麗が再び連絡してきたときも、天津テニスセンターの劉先生を通してのことだったと彭帥は書いている。いつでも仲介をした周辺の関係者が少なからずいたはずだ。その人たちを鄭重に扱って好条件を出して「黙っていただく」。

 11月21日に中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」の編集長・胡錫進がツイッターで彭帥に関する動画を数本公開したが、その中の一つに食事場面があって、「明日は11月20日だから」と言ったのに対して「違うわよ、明日は11月21日でしょ?」と応じる「わざとらしい」会話がある。

 このレストランは中南海からわずか1キロしか離れていない所にある。ということは、彭帥はいま自宅の天津にはいなくて、中南海の近くの「豪勢な一室」をあてがわれているのかもしれない。

 いずれにせよ、彭帥が身体的には「無事」でいることは確かで、自分の将来を考えたときに、中国当局の説得を選んだ可能性は大きい。

 張高麗は生涯、「自由になれない身」に置かれているが逮捕はできない。

 逮捕などししたら、彭帥との関係が事実であるだけに、習近平の任命責任に関わり、政権を危うくさせる。もしこれが反習近平派の捏造ならば、事態は簡単だ。犯人を逮捕すれば済むことで、習近平には痛くも痒くもない。

 

◆告白はなぜこのタイミングだったのか?

 なぜこのタイミングだったのかに関しては、繰り返しになるが、「張高麗が話し合いをドタキャンしたから」で、なぜドタキャンしたのかに関しては「張高麗の夫人が、これ以上会うな」と止めたからだと考えられる。

 「夫人はなぜ止めたのか」に関しては、いくつかの理由が考えられる。

 「もうこれ以上、夫の不倫を容認したくはない」という、ごく当たり前の女性心理が一つ。そして「これ以上逢引きを続けることによって、大恩ある習近平に迷惑をかけるようなことがあってはならない」と夫人が判断したことが考えられる。文字数が多くなりすぎて書ききれないが、彼女はそういう人だ。

 しかし夫人は、一つだけ間違っていた。

 それは彭帥が自由奔放な女性で、激情に任せて告白文を公開する可能性があることを見逃した点だ。それ故にこそ夫・張高麗は彭帥に惚れ込んでいたということを、同時に夫人は見落としていたと思う。

 「中国の事情に詳しい専門家」は、デマに匹敵するような憶測を広げないよう慎まなければならないし、日本国民も騙されてはならない。

 事態はそのようなデマよりも、もっと深刻なのである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.