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なぜ全人代で李強首相は「覇権主義と強権政治に断固反対」を読み飛ばしたのか?
3月5日、全人代で政府活動報告をする李強首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

3月5日、日本時間午前10時から北京で始まった全人代(全国人民代表大会)の政府活動報告で李強首相が「覇権主義と強権政治に断固として反対する」と「述べた」のか「読み飛ばした」のかに関して日本の報道が揺れた。

NHKは昼間のニュースでは読み飛ばしてないものとして報道し、共同通信は12時台に読み飛ばしたことに注目してニュースを配信した。するとNHKは夕方のニュースで読み飛ばしたと報道内容を変更した。

問題は、そのいずれの場合も、「アメリカを念頭に」とか「対米配慮」のためという解説あるいは解釈をしっかり付けていることである。

実際はどうだったのかを検証し、2025年や2024年の場合とも比較した。

 

◆NHKや共同通信に見られる齟齬

NHKは3月5日午前9時22分に最初に発信し、午後1時00分に更新した全人代に関する報道「中国 全人代 経済成長率の目標「4.5%~5%」去年から引き下げ」で、以下のように書いていた(太字にしたのは筆者)。

――政府活動報告ではイランへの攻撃を続けるアメリカを念頭に「覇権主義と強権政治に断固として反対する」としていて、李首相は「われわれは平和発展の道を堅持し国際的な公平と正義を守らなければならない」と述べました。(NHK))

 

この報道のリンク先は、今では他の内容に置き換えられているので、リンクを張っても確認することができないが、これを見たときに、この報道はまちがっていると思った。なぜなら、全人代の実況中継を瞬きもせずに注意深く観ていた筆者の記憶では、李強はこの言葉を言ってないからである。

事実、その生中継が中国の中央テレビ局CCTVで公開されているので、ここで確認することができる。時間は[1:05:50]あたりである。

おまけに李強の演説は日本時間11時10分前には終わっていたので、NHKは本当に李強の演説を聞いていたのかと疑問に思った。

政府活動報告の文字版は新華網で発表されており、そこには「覇権主義と強権政治に断固として反対する」に相当した中国語「坚决反对霸权主义和强权政治」が書かれている。NHKはきっと、こちらを見て、実際の演説でも話したものと勘違いしたのかもしれない。

その違いに気が付いたのか、5日12:26に共同通信が<李強氏、「覇権反対」読み飛ばす 中国首相、対米配慮か>という見出しでニュース配信をしているのを見つけた。そこには以下のように書いてある。

――中国の李強首相は5日、全国人民代表大会(全人代)での政府活動報告で「覇権主義と強権政治に断固反対する」と記された部分を読み飛ばした。中国が米国をけん制する際の決まり文句で、3月末に見込まれるトランプ米大統領の訪中を前に米国に配慮した可能性がある。李氏は「(2025年に)国際経済貿易の環境が急激に変化し、一国主義や保護主義がエスカレートした」「保護主義や一方的ないじめ行為に断固反対した」といった部分も省略した。(共同通信)

 

共同通信の情報は正しいが、どちらも「アメリカを念頭に」とか「3月末に見込まれるトランプ米大統領の訪中を前に米国に配慮した可能性がある」などと、各自の解釈を付けている。

NHKは5日午後7時のニュースになると、李強が「覇権主義と強権政治に断固として反対する」という部分を読み上げなかったと、お昼のニュース内容とは変えて報道した。共同通信のニュースを見て、「お昼のニュース」で間違えたことに気が付いたからなのかもしれない。

注目すべきは、NHKも共同通信同様に、「読み飛ばした理由」として、「今月末からトランプ大統領が中国を訪問することが影響している」と、中国問題専門家に解説させていることだ。その専門家は続けて「アメリカを刺激することで対決の姿勢が出てしまうと交渉はうまくいかない。中国が取る立場としては、アメリカ批判だが、表向きには刺激を与えないようにしておこうという判断が働いたのかもしれない」と、かなり長い時間をかけて解説した。(文頭で書いたリンク先は、実は同じURLで、「3月5日午後8時08分更新」として、完全に別の、この夕方7時のニュースに置き換えられている。)

いずれにしても、何としてもイラン攻撃やトランプ訪中などに結び付けたいようだ。

その気持ちは理解できる。

しかし、もしも、「読み飛ばした言葉」、すなわち「覇権主義と強権政治に断固として反対する」という言葉が、2025年の全人代の政府活動報告にも「原稿にはありながら、読み飛ばしていた」としたら、NHKで解説しておられた中国問題専門家や共同通信は、どう説明するのだろうか?

さらに、もしも、2024年の全人代の政府活動報告でも同様のことが起きていたとしたら、もっと説明に困るだろう。

それでは、まず2026年の政府活動報告に関して可視化し、その上で2025年や2024年の状況と比較してみよう。

 

◆2026年全人代の政府活動報告と「飛ばした部分」

図表1に上述した内容を可視化したものを示した。 

図表1:2026年全人代における政府活動報告の発言と文字版の比較

CCTVの文字起こしと新華網の情報に基づき、筆者が「飛ばした」部分の一部を和訳して明示

図表1をご覧になると、李強はスピーチで赤色取り消し線を施した部分を全て読み飛ばしている。NHKが問題にした「覇権主義と強権政治に断固として反対する」という部分のみ李強発言の方では赤文字にして和訳を付けた。新華網の文字版(李強が使った原稿)の当該部分を赤い四角で囲った。

しかし黒色文字の赤色取り消し線を施した部分も全て李強は飛ばしている。このことにNHKは気が付いていない。ひたすら「覇権主義と強権政治に断固として反対する」にのみ注目している。

 

◆2025年全人代の政府活動報告と「飛ばした」部分

2025年の全人代における政府活動報告で李強が発言したCCTVの動画の文字起こしと、新華網の文字版を比較して、図表2に示した。

図表2:2025年全人代における政府活動報告の発言と文字版の比較

CCTVの文字起こしと新華網の情報に基づき、筆者が「飛ばした」部分を明示

なんと――! 

2025年でも政府活動報告の外交関連部分は同じで、2026年とピッタリ同じ文言が文字版(原稿)にはあり、同じ個所を李強は読み飛ばしているのである!

2025年には「トランプの訪中」が控えていたなどということはない。それでも同じ言葉が原稿にはあり、同じ場所を李強は飛ばして、読み上げなかった。

この驚くべき事実をNHKは何と説明するだろうか?

くり返すが、気持ちは理解できる。今年はトランプ訪中を控えているので、中国問題専門家に解説させたような「解釈」をしたい気持ちになるだろう。しかし、そのような「解釈」を付け加えてしまうと、2025年に関する説明が付かない。ここをどう説明するのか、NHKにも共同通信にもお聞きしたい。

 

◆2024年全人代の政府活動報告と「飛ばした」部分

さらに「悲惨」なのは、2024年全人代の政府活動報告だ。

とりあえず、図表3に示そう。

図表3:2024年全人代における政府活動報告の発言と文字版の比較

CCTVの文字起こしと新華網の情報に基づき、筆者が「飛ばした」部分の一部を和訳して明示

李強の発言はCCTVの収録の文字起こしで、文字版は新華網の情報に基づく。

この時期はバイデン政権だったので、「対中包囲網」を盛んに形成して中国を「いじめていた」と中国は解釈していた。「いじめ」という言葉が出てくるという点では2025年や2026年と異なるが、しかし「覇権」や「覇道」という意味では、2025年や2026年と内容的には同じである。

そして、同じようにこの言葉を、李強はスピーチでは「飛ばして」いる。

NHKも共同通信も、これらの説明を「トランプ訪中」に求めることはできない。

これは安易に解釈や解説を行うと、いかに危険かを示す好例だ。

というよりも、中国では何が起きていたのかを、正確には理解していないメディアの「不勉強さ」に原因があると言っていいだろう。

 

◆何が起きていたのか?

それなら何が起きていたのだろうか?

ひとことで言うなら、全人代の会期が短縮されたということである。

このことは2025年5月29日の全人代網にも詳述してあるが、2020年以前は、指導部交代期の全人代を除く会期は通常約11日間、指導部交代の際の会期は約15日間だった。2020年にはコロナ感染のために7日間に短縮され、それ以降は指導部交代会議以外の会期は基本的に7日間を維持し、指導部交代期は8.5日間となっている。

それに伴い、政府活動報告の時間も平均1時間40分から1時間未満に短縮された

しかし報告しなければならない内容が少なくなったわけではない。

結果、文字版の報告原稿は短縮しない代わりに、政府活動報告のスピーチの時間を短くする工夫をする以外になくなってしまったわけだ。

時間を短くするのは、「早口」で発言するのでは聞き取りにくいため、自ずと随所随所を省略するという形式を取るようになったのである。

それが、今年、共同通信が発見した「飛ばし読み」である。

しかし、「トランプ訪中への配慮」という先入観が先にあって「ファクト」を読み込もうとするから、こういうミスが生まれるのであって、逆に中国の実態をありのままに先入観なしで分析していれば、このようなミスは生じないはずだ。

政府活動報告では、外交問題以外にも、「全てのテーマ」において、ここで見た「読み飛ばし」が起きている。その例を一つお示ししよう。

たとえば、今年の政府活動報告の食糧生産に関する部分を抽出して比較してみると、図表4のようになる。

図表4:2026年全人代で食糧生産問題に関する「読み飛ばし」部分

CCTVの文字起こしと新華網の情報に基づき、筆者が「飛ばした」部分の一部を和訳して明示

李強の実際のスピーチ生中継はCCTVで確認することができ、本来の文字版(原稿)は新華網で確認することができる。図表4で赤色取り消し線を施した部分は、すべて李強が今年2026年の政府活動報告で読み飛ばした部分である。

同様のことは台湾問題でも起きているが、台湾問題に関しては昨年の「高市発言」があったので、全人代開幕前の記者会見でも報道官の激しい回答があった。それはチャンスがあれば、別途取り上げたい。

以上、日本のメディアに注意を喚起する次第だ。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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