欧州議会代表団が訪台した。ウイグルの人権問題で中国を制裁し報復制裁を受けた欧州は、中国が譲歩しない限り中欧投資協定を停止するつもりだ。その見せしめの第一弾が訪台。アメリカの台湾接近より習近平には痛い。中国にとっては日本の自公連立政権が最高の味方だ。
◆欧州議会代表団訪台の背景
11月3日、EU(欧州連合)主要機関の一つである欧州議会のグルックスマン議員を団長とする代表団が初めて台湾を訪問した。団長のグルックスマン(フランス)は7月15日のコラム<習近平最大の痛手は中欧投資協定の凍結――欧州議会は北京冬季五輪ボイコットを決議>で述べたようにEUの「民主的プロセスにおける外国の干渉に関する特別議会委員会」の委員長だ。
今年3月22日、欧州議会は、中国のウイグル人権弾圧に対して制裁を科すことを議決した。そこには悪名高き新疆ウイグル自治区の陳全国・書記の名前がなかった。その意味で、どちらかと言うと、軽い制裁だった。
ところが同日、中国政府は「虚偽と偽情報に基づくもの」としてEUに強く反発し、非常に激しい「報復制裁」を発動した。その中にグルックスマンの名前があったのだ。
これにより、習近平が2013年から7年間もかけて推進してきた「中欧投資協定」の包括的合意(2020年12月30日)に対して、今年5月20日に欧州議会は「凍結」を決議した。欧州議会は、「中国の対EU報復制裁の解除」が、中欧投資協定再審議入りの前提条件だとしている。
しかし中国は報復制裁の解除をしない。
そこで欧州議会議員(MEP)は今年10月21日、「EUと台湾の関係:欧州議会議員は、より強いパートナーシップを推進する」という声明を出した。
骨子は以下の3点である。
- 台湾はEUの核心的なパートナーであり、民主的な同盟体である。
- 二国間投資協定は今後の協力関係の中心的な役割を果たす。
- EUは中国との緊張関係に関してもっと多く発信し、台湾の民主主義を守るためにさらなる努力をしなければならない。
具体的には「EUと台湾の間の二国(地域)間投資協定」を新たに締結し、5Gや半導体あるいは公衆衛生などの領域で、EUと台湾の貿易・経済関係を強化していこうということだ。
また「中国の台湾に対する軍事的圧力」にも深い懸念を示している。すなわち欧州議会は、中国が台湾に対して「軍事的な好戦性、軍事的圧力、軍事演習、領空侵犯、偽情報キャンペーンを続けていること」に深刻な懸念を表明しているのである。
◆欧州議会訪台団と蔡英文政権
3日に訪台したのはグルックスマンを団長とする欧州議会のリトアニア、フランス、チェコ、ギリシャ、イタリア、オーストリア選出の議員7人と随行を含む13人である。
訪台は、欧州議会内の「外国のEU民主主義手続き干渉対応のための特別委員会」の下で実施された。この委員会は、2020年12月2日に公表された「欧州民主主義行動計画」の理念と重なっており、行動計画は「自由で公正な選挙の促進」と「メディアの自由の強化」と「偽情報への対抗措置」から構成される。
偽情報に関しては台湾でも「大陸(中国共産党)からのスパイが台湾に潜り込み、あるいはサイバー攻撃などによって、大陸寄りの国民党と独立傾向の強い民進党との間を引き裂き、台湾市民を大陸寄りに導こうとする動き」に脅かされている。
EUと台湾の両者は、同じ脅威にさらされているという状況も共有しながら二国間投資協定を結ぶ方向で動いている。
一行は、3日に台湾行政院長(首相)の蘇貞昌氏と会い、4日には蔡英文総統と会談した。蔡英文は台湾社会の分断を狙った中国による世論工作を念頭に「偽情報に対抗する民主連盟を創設したい」と述べ、欧州と協力して対策強化に当たる考えを表明した。訪問団側も「欧州も全体主義国家の攻撃にさらされている」と強調、「偽ニュース対策で台湾の経験に学ぶ」と応じた。共同通信などが伝えた。
◆欧州議会、みごと!――CCTVは沈黙
このような一連の動きを中国が黙って見ているはずがない。
たしかにローマにおけるG20期間に合わせて台湾外交部長の欧州訪問を受け入れたEUの国々に対して中国政府は「一つの中国」原則を破り、「中国の核心的利益を侵害し、中国-EU関係の健全な発展を破壊する」と非難していた。
しかしその中国が、いざ欧州議会代表団が訪台すると、黙ってしまったのである。
本来ならば、11月4日には蔡英文総統と会談しているのだから、中国共産党が管轄する中央テレビ局CCTVでは大きな特集番組を組んで抗議表明をするはずだ。ところがCCTV4(国際チャンネル)のお昼のニュースは、台湾に関して長い時間を割いているのに、欧州議会代表団の訪台に関して、ただの一言も触れなかったのである。
私は何十年にも及び、CCTV4のお昼のニュースを欠かさずに観察してきた。
本来ならば、このような事態になれば、CCTV4は大々的に抗議番組を特集するのが通例になっているのを知っている。
それをしなかったのは、なぜか――。
中国は中欧投資協定を何としても結びたいので、欧州議会を刺激したくないからだ。
ならば、ウイグル人権問題に関する報復制裁を欧州議会の要望通りに解除すればいいが、そんなことは出来るはずがない。ウイグルの人権弾圧を実行していることを認めた格好になってしまうからだ。
その両方とも選択できないところに中国を追い込んでいった欧州議会の、なんと見事なことよ!
あっぱれと言いたい。
中欧投資協定は、前述したように習近平政権発足と同時に2013年から中国側がEUに提案して交渉を進めてきた。同時に発足した「一帯一路」構想は、この中欧投資協定を補完するためにあったと言っても過言ではない。
中国は、いずれはアメリカとの覇権競争にぶつかり、中国がアメリカを凌駕しそうになると、アメリカが何としてでも中国を潰しにかかってくるだろうことは分かっていた。だから習近平は政権発足と同時にEUを味方に付けようと、国家戦略を練ってきたのである。
◆少数民族問題は習近平のアキレス腱
EUさえ中国側に引き付けておけば、アメリカが何をしようとも中国は安泰だ。習近平はそう思っていただろう。
しかし、ここにきて「少数民族」の問題が政権の足を引っ張り始めた。
拙著『習近平父を破滅させた鄧小平への復讐』で、習近平の父・習仲勲が如何に少数民族を大事にし、少数民族と仲良くしてきたかを、詳細に書いた。その父の思いを裏切ったのは、中国共産党の統治が少数民族弾圧なしには成立しないからで、これこそが「習近平、最大のアキレス腱になる」と、しつこいほどに拙著で警鐘を鳴らしてきた。
事態は、その警鐘通りに動いている。
父の思いを裏切ってでも共産党による一党独裁を貫く方を選んだ習近平の「自業自得」でもあり、中国共産党による支配の宿命でもある。
習近平は今それを、いやというほど思い知らされていることだろう。
◆アメリカを恐れていない中国
中国はバイデン大統領が率いるアメリカを恐れてはいない。
トランプ政権の時は、トランプ(元)大統領が自ら次から次へと国際社会から離脱していってくれたので、トランプ(中国語読みで川普)に「川建国」(中国を再建国してくれる川普=トランプ)という綽名を付けて感謝したほどだ。
バイデンは「アメリカは戻ってきた」と叫んで国際社会に戻ってきたことをアピールしたが、アフガン問題でヨーロッパ諸国の信頼を失ってしまった。その不名誉を挽回しようとローマでのG20に出席し、イギリスのグラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)で「アメリカがリーダーシップを発揮する」と叫んでみたものの、会議で居眠りをしている動画が世界を笑わせてくれた。
10月21日、アメリカのCNNの記者に「台湾が中国に武力攻撃されたら、アメリカはどうしますか?」と聞かれたのに対して、バイデンは「アメリカには台湾を防御する責務がある」と回答した。するとサキ大統領補佐官が「台湾関係法には台湾を武力で防御するという条項は含まれておらず、アメリカは台湾関係法を変えたこともなければ変えるつもりもない」と火消しに追われた。
中国はバイデンがサプライチェーンの混乱や米国内での事情で焦っており、第二次世界大戦後支持率下降幅が最も高い大統領であるため、来年の中間選挙への影響を憂い、対中強硬発言に前のめりになっているのだろうと上から目線で見ている。
◆頼りは日本の自公連立政権
そこで中国が頼りにするのは日本の自公連立政権だ。
なんといっても中国政府が「最も親中的だ」とみなしている公明党が政権与党にいる。
10月27日のコラム<日本を中国従属へと導く自公連立――中国は「公明党は最も親中で日本共産党は反中」と位置付け>や26日の<習近平が喜ぶ岸田政権の対中政策>などに書いたように、中国は公明党を通して自民党をコントロールしていくことができると考えている。
ウイグルの人権問題に対して制裁を加えることが可能になるマグニツキー法の成立を阻んだのも公明党だ。欧州議会が、こんなに勇猛果敢にウイグルの人権問題と闘っていても、日本は「中国に抵抗しません」と誓いを立てているようなものである。
11月4日のCCTVのお昼のニュースで欧州議会の訪台を無視した代わりに特集したのは、日本の松下電器(パナソニック)の本間哲朗氏(代表取締役専務執行役員中国・北東アジア社社長)への取材だった。松下電器(パナソニックだが、中国ではこの漢字表記を使っている)は初めて上海輸入博覧会に参加したようで、本間氏は中国を絶賛している。
政界には「親中」の自公連立があり、経済界には「中国なしでは生きていけない」企業が多い。
中国にとってこんなにありがたい国はないだろう。
岸田首相が果たして公明党の反対を抑えてマグニツキー法を成立させる方向で動くか否か、日本国民とともに注視していきたい。それにより岸田首相の覚悟のほどが試される。
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