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獅子像から消えた「文革」の文字――習近平の毛沢東礼賛が原因か?
習近平の「毛沢東回帰」を揶揄した毛沢東像(写真:ロイター/アフロ)

最近、北京の中山公園入口にある獅子の石像説明文から「文革中」の3文字が削除されたことが話題になっている。習近平の「毛沢東返り」傾向とともに、この現象をどう解釈すべきかを考察する。

◆中山公園前の説明文から「文革」の文字が消えた

今年5月6日、<中山公園門前の獅子石像の説明文から「文革中」の3文字が消えた>というツイートが発信され話題になっている。「文革」は1966年から76年まで行われた政治運動「文化大革命」の略である。

このツイートはもともと魯鈍という人が2021年4月30日に発表したWeChat(ウィチャット)(微信=ウェイシン)を転載したものだ。

北京の故宮の周辺にある中山公園の門前には一対の獅子の石像が置いてある。

ある日、魯鈍が中山公園をぶらぶらしていたところ、ふと、獅子石像に関する説明文の中に以前はあった「文革中」という文字が消えていることに気が付いた。そこで写真を撮って、以前のものと、気が付いた時の写真を並べて投稿したものだ。

以下に示すのが、気が付く前の、従来の説明文を添えた写真だ。

これまでの獅子石像の説明文

以前は以下のような説明文が添えてあった(中国語を日本語訳する)。

「この一対の石の獅子は、1918年に河北省大名市の鎮守使・王懐慶と統領・李階平が発見して公園に寄贈したものだ。2頭の獅子は体重が8,800斤以上あり、しゃがんでいて背筋が伸び、雄壮な姿をしている。1956年に考古学者が“これは宋代の遺物で、1000年の歴史がある”と認定した。20世紀の1960年代の“文革”中、石の獅子を守るために、公園のスタッフは石の獅子を地面に埋めたが、1971年に再び参観者と会うことができるようになった」

ところが魯鈍が気が付いた時には、この「“文革”中」の3文字が削除され、以下の写真のようになっていた。

「”文革”中」3文字が削除された後の獅子の石像の説明文

たしかに「20世紀60年代」(に)となっていて、「“文革”中」の3文字がない。

◆いつごろ削除されたのか

いつごろ「“文革”中」の3文字が削除されたのだろうか?

いろいろ調べてみると、2018年7月8日(22:06:44)の情報ではまだ「“文革”中」の3文字がある写真が個人の投稿写真に掲載されているのを見つけたので、2018年7月まではあったことを確認することができる(リンク先が不安定なのでURLを明記するのは控える)。

ところが2019年11月4日(00:21)の写真にはないので、2018年7月から2019年11月の間のどこかで看板を取り換えて削除したものと推測される。

◆何のために削除したのか?

問題は何のために削除したかということだ。

最も可能性が高いのは、「被害を受けるのを防ぐため地面に埋めた」という趣旨の文言があるので、これは「文革」を「災難」と結び付けていることを意味する。そのため「文革=災難」という連想を避けるための修正だろうということが考えられる。

文革はあまりに中国の全てを破壊し、一部の例外を除いた全国の人民が被害を受けているので、文革を「十年浩劫(ハオジェー)時代」(10年大災難時代)と称することもある。

これは毛沢東が犯した罪であり、文革は「二度とあってはならない現象」として、多くの人民の心に刻まれている。

したがって「文革中」という文言が「災難から逃れるために」という文脈の中であるのは、「毛沢東を批判していること」につながる。だから、文物保管の責任者が、「習近平への忖度」から削除したことが考えられる。

◆習近平はなぜ毛沢東を高く評価するのか?

習近平政権になってから、「毛沢東への先祖返り」と揶揄されるほど、習近平は毛沢東を高く評価するようになっているのはたしかなことだ。

なぜなら毛沢東から「諸葛孔明よりも賢い」と褒められていた習近平の父・習仲勲は、鄧小平の陰謀により失脚し、軟禁や投獄などで16年間の冤罪を受けたまま苦難の歳月を送っている(習仲勲を失脚させた犯人が鄧小平であることは、拙著『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で詳述した)。

習仲勲はまた、毛沢東が「長征」(1934年~36年)の着地点として選んだ延安がある西北革命根拠地を築いた英雄の一人だ。毛沢東が西北革命根拠地の近くまで来た1935年10月、習仲勲は共産党内部の権力争いに巻き込まれ生き埋めにされる寸前だった。

それを知った毛沢東が、習仲勲らを殺害してはならないと緊急命令を出したので、命拾いをしたという事実がある。

もし毛沢東が「習仲勲らを殺害してはならない」という命令を出していなければ1935年10月に習仲勲はこの世から消されたし、となれば習近平がこの世に生まれることもなかったことにある。

だから習近平にとって毛沢東は「父親の命の恩人」であるだけでなく、「自分をこの世に誕生させた恩人」でもあるわけだ。

あの革命根拠地がなかったら、新中国(現在の中華人民共和国)は誕生していない。

だというのに、鄧小平は嫉妬心と野心から、習仲勲ら西北革命根拠地にいた革命家たちを次から次へと失脚に持って行った。その陰謀劇を描いたのが『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』だ。

2012年に中共中央総書記と中央軍事委員会主席にまで上り詰め、2013年には国家主席になった習近平は、鄧小平への復讐心も手伝ってだろう、「毛沢東回帰」と言われる言動が目立つようになった。

しかし、それは決して「第2の文革」を企てていることにはつながらない。

文革は自分の父親をさらに屈辱のどん底に追いやっているし、それがどれだけ中国の経済を破壊させてしまったかを習近平は知り尽くしているはずだ。

いまアメリカに打ち勝って「中華民族の偉大なる復興」を成し遂げることによって、父の無念を晴らそうとしている習近平が、文革に向かう可能性はゼロであると断言できる。 それを理解するには、鄧小平が何をやったかを深く知る必要がある。

鄧小平神話こそが、中国を強国に持って行った元凶であって、西側諸国がやるべきことは、鄧小平神話を打ち砕く勇気を持つことである。

それは「真実を見る勇気を持てるか否か」に掛かっている。

日本が中国の属国とならないためにも、多くの日本国民が、この現実を直視する勇気を持つことを祈ってやまない。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。7月初旬に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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