言語別アーカイブ
基本操作
EUが年末の土壇場で英国や中国と合意
中国・EU首脳 投資協定めぐり大筋合意(写真:新華社/アフロ)
中国・EU首脳 投資協定めぐり大筋合意(写真:新華社/アフロ)

1週間に2つの合意

昨年末、英国や欧州の首都は例年と違ってとても静かなクリスマスを迎え、公式イベントや花火、祝賀行事はなかった。だからといって、権力の中枢で動きが一切止まっていたわけではない。 欧州連合(EU)は2020年最後の週に、英国および中国と通商や投資の協定に合意した。わずか数週間前にはどちらも合意は難しそうに思われたものだ。とにかく2020年は驚きが多い年だった。

英国では4年前、国民投票で予想外にもEU離脱が決まった。この投票で、英国の4つの地域に明確な隔たりがあることが浮き彫りになった。今後の連合王国のまとまりに長期的な影響を与えるだろう。この4年間、英国ではEU離脱(ブレグジット)問題が政治の中心を占め、中でも最大の問題は二つの異なるパワーである英国とEUが貿易関係を管理する協定に合意できるかどうかだった。この数年間の苦難の歩みは、いずれ歴史家が詳しく記録に残し評価するだろうが、最終的に合意は成立した。貿易や人の移動の混乱という最悪の結果を回避したという意味では十分良い結果であり、外国為替市場でポンド相場に1ポンド約1.35ドルと、年初来の高値に上昇して年を終えた。4年前の国民投票前に1ポンド約1.5ドルで取引されていたポンド相場は、英国の最初のロックダウンの最中に1.15ドルの安値を付けていた。

しかし、協定合意はブレグジットそのものの序章が終わったにすぎない。英国は1年前にEUの政治制度から正式に離脱したが、貿易の条件は2020年末まで影響を受けなかった。そして今、英国は離脱支持者が望んでいた通り自力で歩むことが現実となったが、その経済の行方はかなり不透明である。

同じ週に実現した2つ目の合意も予想外だった。EUと中国の包括的投資協定(CAI)は合意までに6年を要した。市場開放や国有産業への支援、労働者の権利に関して、中国側が意味のある修正をすることが要件となっていたため、合意の可能性は低いとみられていた。しかし、ドイツのメルケル首相は、合意締結のため自らに課した期限として2020年末を設定。ドイツの産業界がこの協定合意を後押ししたとみられ、オンラインで公表されたEUの公式文書には以下の文章が含まれていた。

参加者はとりわけ、EU・中国関係を特に重視し、EUと中国との交渉を全面的に支持してきたEU理事会議長国であるドイツのアンゲラ・メルケル首相の積極的な役割を歓迎した。

もちろん事実としてはその通りであり、おそらく単に首相の支持と尽力への謝意を示すものにすぎないが、同時に、後日関係が悪化したとしても、合意を主導したのは彼女だと明確に示したという解釈も可能だ。中国との貿易関係の強化は今後の中国との付き合いの一部ではあるが、ポスト・トランプの国際関係の新時代が始まる中で、このような重要な協定に今合意することで、EUは中国に対する大きな影響力を手放したことになる。

中国に対処する

ブレグジットの結果が悪い方に出るのを回避できた英国は、国際社会での役割を果たそうと努める必要がある。EU加盟国としての英国は実際のところ、単一市場を推進するグループの中で主導的な役割を演じ、最もビジネスがしやすく経済がダイナミックな国の一つだとみなされていた。英国は今やその影響力を失い、新型コロナウイルスのパンデミックでは対応の誤りが続いて、先進国で最も大きな打撃を受けている国の一つとなっている。中国の政策に関して言えば、ブレグジット以前のデービッド・キャメロン政権による当時の政策や「ゴールデン・エラ(黄金時代)」という英中関係は完全に終わっており、今では代わりに「ゴールデン・エラー(黄金の誤り)」と呼ぶべきものである。香港のために声を上げるという点で、英国はこの1年間、驚くほど大きな役割を果たしてきた。最も重要な措置は、英国海外市民(BNO)旅券の保有者または有資格者の300万人以上の香港市民に英国の市民権取得の道を与える約束だった。英国政府の移民に対する強硬姿勢がブレグジットの理念の一部だったことを考えると、このような大胆なアプローチは予想外だった。言うまでもなく、この措置は中国を激怒させたし、またパンデミックに伴う旅行規制であらゆる人の国境を越えた移動は制限されている。中国がこれほど多くの人たちに物理的に香港を離れることを許可するかどうかは非常に疑わしいが、BNO旅券の発行件数は過去最多と報じられている。

これを思えば、英国は自らが世界に開かれていると考えるだろう。しかし、中国との貿易協定締結は、英国がこうした政策を一部後退させ、発言を大幅トーンダウンしない限り、遠い先の話となろう。英国は、貿易ブロックが支配する世界で新たな道を切り開く中で、国内に強い経済力を持たず、EUの経済力を活用することもできない。英国が国際的な役割を果たすことができないというわけではない。英国はなお多数の国際機関で高い地位を占めている。国連安全保障理事会の常任理事国であるほか、WHOの主要な資金拠出国であり、国内のパンデミック懸念で愚かにも削減されてはいるが国際開発援助の立派な実績もある。さらに英国の言語、文化、ソフトパワーは、依然として大きな影響力がある。世界的な金融センターとしてのロンドンの役割は今でも驚くべきものだろう。ロンドンはユーロ建て商品へのアクセスの一部は失ったが、欧州の他のいかなる都市もロンドンの代わりを務められるとは考えられない。パリとフランクフルトがその役割を引き継ぐと期待されるだろうが、決めてかかることはできない。パリの労働文化はロンドンとは大きく異なっており、フランクフルト市長は、住宅価格を押し上げ交通事情を悪化させるだけなので、銀行家が退去してやって来ることは望まないとこのほど発言している。世界的な役割を担う準備があることを示す発言では到底ない。

 

EUにとって状況は大きく異なる。わずか3ヵ月前のこのコラムでは、EUの対中強硬姿勢を取り上げた。トランプ氏のアプローチに嫌気がさしたEUは、中国の脅威の本質を十分に理解していないとはいえ、中国を競争相手と位置付け始め、従来の関与は機能していないと考えるようになった。バイデン次期大統領は、中国に関して民主主義国家が協調して対応する必要があると明言している。このため、米国の政権移行が起きる時に、長らく未決着だった中国とのCAIにEUが合意することは、そうした努力を阻害するように見える。

皮肉なことに、メルケル首相が投資協定をまとめている最中に、EUは次のような声明を発表した。

欧州連合は、張展氏と余文生氏に加え、ほかにも拘禁され有罪判決を受けている人権擁護活動家である李昱函、黄琦、戈覚平、秦永敏、高智晟、イリハム・トフティ、タシ・ワンチュク、呉淦,、劉飛躍の各氏ら、および公共の利益のための報道活動に従事してきたすべての人たちの即時釈放を要求する。

https://eeas.europa.eu/headquarters/headquarters-homepage/91048/china-statement-spokesperson-sentencing-journalists-lawyers-and-human-rights-defenders_en

これは、武漢でのパンデミックの発生の情報を発信しただけで罪に問われた張展氏に、懲役4年の判決が言い渡されたことに対する反応だった。中国は、パンデミック拡大の実情と政府の失策について報じた多数の市民ジャーナリストを逮捕したが、そのことは今ではすべて公式見解から削除されている。張氏らは処罰と矯正が必要な厄介者とみなされている。メルケル首相と習総書記の電話会談で張氏の窮状が注目されたとは考えにくい。

CAIの合意ですべて決着したわけではなく、今後は欧州議会がなお内容を吟味する必要があり、27の加盟国が正式に同意しなければならない。それには数ヵ月かかり、何らかの激しい議論を巻き起こすだろう。欧州のシンクタンクや中国専門家たちは、2020年末を期限とした合意はメルケル首相がすべて自らに課したものであることに懸念を表明したが、政治や経済のエリートたちはこれを推進すると決めていた。当然ながら、EUと中国の貿易に関してはこの協定自体ですべての問題を解決することはできないし、中国の約束は決して完璧なものではない。習体制を過去数年間にわたって見てきた者なら、国際的な約束とは関係なく自らの道を進む政権であることを知っている。経済界のロビー団体は、この合意によってEUの企業は米国企業と対等の立場となり、第1段階の米中貿易合意の約束と対等になると主張しているが、世界は当時よりも先に進んでいる。6年間にわたって議論してきたこのような重要な協定に今ここで結論を出すことは、過去1年間の中国の行動に対し意図的に目をつぶることを意味する。

EUが認めるかどうかはともかく、EUは今回の協定合意によって中国の指導者らに対し、新型コロナウイルス感染症について早い段階で情報を隠蔽していたことや、今も誤った情報が続いていることは問題ではないというシグナルを送ることになる。さらに、香港国家安全維持法の施行は問題ではなく、中国がオーストラリアの大麦、石炭、魚介類、ワインのボイコットを続けていることにも問題はなく、パンデミック中の中国のマスク外交も問題ではなく、新疆ウイグル自治区の少数民族の強制収容所への収容や強制労働も問題ではないというシグナルを送ることになる。EUのエリートたちは、経済はきれいに切り離して他の問題とは区別できると考えているようだが、何よりもオーストラリアの例がよく物語っている。オーストラリアにとって、中国への経済的依存は利益ではなく負担となってしまった。EUはすでに、劉暁波氏のノーベル賞を巡りノルウェー産サケが同じように標的になったのを見てきた。中国は政治と経済を区別しない。つまり、政治的優位を得るために経済的な影響力を繰り返し利用してきた。メルケル氏らはもちろんこのことを理解している。一方で、バイデン新政権が何らかの形でEUに制限を加えるのを防ごうと中国との協定を急いだのであれば、それも中国に関して足並みのそろった戦線を築くためには好ましい前触れとは思えない。

ただCAIには改善の余地がなく、こうしたマイナス面に対処できる可能性がある貿易協定はもう一切無理だと考えるのは、フェアではない。しかし同時に、欧州企業の利益を促進しようとする中で発表されたこの合意によって、大局が変わるわけでもない。中国は都合が悪いと分かると、意味を歪曲して協定に従わなくて済むようにするため、信じられないほどの創意と意志を幾度となく発揮してきた。

大方には意外だったが、2020年は中国にとって良い年になった。厳しいロックダウンによってウイルスの拡散をはっきりと食い止め、多くの先進国よりもはるかに早く通常の生活が広範囲に戻り、経済成長も回復、株式市場は力強く上昇した。

習総書記は、世界が依然ふらついているのを見て、誇りと自信を感じているに違いない。彼は自分や党に対するいかなる形の批判も受け入れる自信がない。経済も、国有企業だけでなく民間企業にも影響を与えているデフォルト(債務不履行)の増加を無視できるほど強くはなく、かつてないほど大規模な投入量で成長しているだけである。パンデミック以前から中国にあった問題は、パンデミックによって消えていないし解決もされていない。地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の合意とその数週間後のEUとのCAI合意で1年を締めくくったことは、中国に依然として強大な経済の牽引力があることを示している。誰もそれを否定できないし否定すべきでもない。中国との経済的関与は今日の世界では不可欠だが、EUは待っていればもっとうまく利用できたはずの影響力を無駄にしてしまった。中国との関与は終わったわけではない。バイデン政権はトランプ時代とはがらりと変わるだろう。EUと英国が力を合わせて中国に立ち向かうことが重要だ。米国、英国、EUの間に違いが見えたとしても、分断するよりも団結させるものの方がはるかに多い。しかし同時に、日本、韓国、オーストラリア、インドもないがしろにしてはならない。中国に関して、これらの国はすべて共通の懸念と関心を持っている。中国との関係の新たな章が始まろうとしており、同じような考え方を持った民主主義国家の協力と協調が不可欠である。

フレイザー・ハウイー
フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.