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欧州も中国と対決へ
中国外相が欧州歴訪(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
中国外相が欧州歴訪(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

潮の変わり目か

中国との対決をずっと拒否し政治的に無作為だった欧州の指導者たちが、ついに立ち上がり始めた。ここ数年、ニュースの見出しを飾ってきたのは圧倒的にトランプ大統領と米中貿易戦争だった。しかし、世界最大の貿易ブロックである欧州連合(EU)も米国と同様、中国には数々の不満を抱いており、欧州のモノやサービスに対して中国は非常にねじ曲がった貿易慣行や制限を課している。新型コロナウイルスで欧州諸国が高い犠牲を払っていること、そして中国が欧州の不運につけ入り利益を得ようしていることが、多数の欧州指導者に行動を促すきっかけとなった。

在中国の欧州企業関係者にとって、中国市場の競争条件の不公平さは周知のことで、企業グループやシンクタンクによる多くの報告書は何度となくこの問題を強調してきたが、欧州は従来、米国と比べて対決的な役割はあまり演じない道を選んできた。EUは昨年から中国を「体制上のライバル」と呼び始めたが、積極的な反発は限られたものだった。理由の一つは、EUのガバナンス構造に内在する弱点にある。欧州は国ではなく地理上の圏域であり、EUも国家ではなく、英国離脱前は28、現在は27の加盟国をまとめている超国家的な組織だ。全加盟国のコンセンサスがなければ実効性を持たない。共通通貨ユーロを使わない国もまだある。全加盟国に国境を開放する国もあれば、そうでない国もある。経済的に重要であることは確かだが、意見が一致した組織ではなく、実際のところ中国に関しては一致していなかった。

中国については、積年の経済問題や市場アクセスに加えて、政府による人権侵害の拡大が欧州にとって無視できないほど深刻になってきている。チベットおよび東トルキスタンとして知られる新疆ウイグル自治区での文化的虐殺、台湾を国際舞台で孤立させようとする理不尽な要求、香港での厳しい弾圧と国家安全維持法の導入は目に余るものとなり、欧州の指導者たちは声を上げるようになった。これらの懸念に加えて、欧州の政策の中心である気候変動や持続可能なエネルギーの分野でも、かつて重要なパートナーと思われていた中国は約束を守らず、国内外で石炭ベースのエネルギー生産を拡大し続けている。

そして、ここ数週間の出来事により欧州の対中認識が一段と硬化した。欧州の中国に対する政策が徐々に米国に歩み寄る中で、中国の王毅外相が欧州各地を歴訪して、「ご機嫌取り」の攻勢をかけ、一定の親善関係を形成しようとしたためである。王毅氏は、ご機嫌を取ることには失敗したが、その攻勢は非常に強力だった。王毅氏のやり方は、意に沿わないことに直面するとホスト国を脅すことだった。ノルウェーでは、香港に関連した抗議活動家や抗議グループへのノーベル平和賞の授与が脅しの対象になった。ドイツではハイコ・マース外相との共同記者会見で、チェコ上院議長の台湾訪問について、チェコは「高い代償」を払うことになると語った。これは即座にマース氏の非難を招き、マース氏は王毅氏に対し、「脅しはここにふさわしくない」と述べ、欧州では国家間の関係についてそのような振る舞いはしないと指摘した。フォルクスワーゲンのヘルベルト・ディース最高経営責任者が、新疆ウイグル自治区の収容所について知らないと発言した16か月前とは様変わりである。こうした欧州の新しい雰囲気は新鮮な息吹である。

分断と支配

これまで欧州の指導者たちが政治面や経済面で中国に対抗しようとしたときでさえ、足並みの乱れがあったため、その内容は限られていた。EUの枠組みの性格上、中国はドイツの産業界の首脳らにエネルギーを集中した。ドイツも対中輸出への依存度が高く、最大の顧客である中国を批判することには消極的だった。中国はまた、中・東欧17か国と中国からなる経済協力の枠組み である「17+1」 のような、より小さな欧州諸国グループの同盟を構築しようとしている。このグループは最近ギリシャを加えて拡大されたが、ギリシャへの大規模な港湾投資以外は投資や大規模プロジェクトに関してこれといった見るべきものはない。しかし、こうした諸国へのアプローチが友人を増やし、ハンガリーとギリシャの両国は中国を批判しようとしたEUの声明の表現を弱めさせる役割に回った。しかし、そのような「友情」ははかないものかもしれない。これらの欧州諸国は、中国への真の親近感からというより、EU主要国による扱われ方への不満を示す手段として中国を見ている可能性がある。

欧州内部の足並みを乱す上での中国の最大の成果は、中国流のグローバリゼーションである「一帯一路構想」にイタリアが参加したことだ。イタリアはEUの創設メンバーであり、「一帯一路構想」に参加した唯一の欧州先進国であることからみれば、確かに中国にとっては成功ではある。しかし長続きはしないだろう。

欧州の指導者は「体制上のライバル」である中国の脅威への対処は遅れたかもしれない。しかし、イタリアの「一帯一路構想」への参加や、ギリシャの海運と港湾インフラへの大規模な投資、それに今年の新型コロナウイルス発生後の誤った情報やあからさまな嘘によって、欧州は中国と対処するに当たって疑念を抱かざるを得なくなった。

英国のEUからの離脱も、中国対欧州の構図の上でややこしい問題である。10年前、英国のデービッド・キャメロン首相とジョージ・オズボーン財務相は経済と投資を中国政策の中心に据え、中英関係の黄金時代の幕開けを両国は歓迎した。EU離脱派の見解は異なるが、現実には英国はEU内において特に単一市場確立の推進役であり、EU内部の議論の際には多くの国、特に北欧諸国が英国によって追い詰められた。英国はもはやEUのメンバーではなく政策に直接影響を与えることもできないが、今は中国に対して批判の急先鋒である。5G導入を巡るファーウェイに対する英国の態度の急変は中国にショックを与えたが、それだけでなく英国は香港の保護についても驚くほど強硬な立場を取った。300万人にも上るかもしれない香港市民に英国市民権の道を開こうとする英国の姿勢は、中国を激怒させている。

一緒にされたくない

欧州が対中行動に消極的なのは、多くの欧州人、特に政治エリートがドナルド・トランプ氏を嫌っているからだ。中国に関して欧州と米国は共通の不満を抱えているが、「アメリカ・ファースト」の政策は、欧州にもトランプ大統領の怒りの矛先が向いていることを意味する。このコラムでは、共通の考えを持つ国のグループによる協調した対中政策の展開にトランプ氏がいかに失敗したかを嘆いてきたが、トランプ氏はまず欧州に声を掛けるべきだった。現実には、協調的な政策対応という面で何年もが無駄になった。

中国に対抗しようとすれば、トランプ大統領やポンペオ国務長官の側についたとみなされがちで、これはほとんどの欧州指導者が望んでいなかった。彼らは国家レベルの懸念は理解していたものの、トランプ氏のアプローチのレトリックと態度が不愉快だったのだ。欧州の指導者は、訪欧したポンペオ国務長官から自国ネットワークでのファーウェイ使用を禁止しないなら米国の情報・軍事の協力から外されると言われた際に、脅しに応じて動いたと思われたくはなかった。たとえファーウェイを巡る安全保障上の懸念に加え、競合関係にある欧州のエリクソンやノキアの中国市場へのアクセスが非常に制限されていることは認めるにしてもである。

米国とEU(英国を含む)の対中政策が近づきつつある中で、両者にはなお大きく相違する部分がある。米中の第1段階の貿易合意で欧州は動揺した。合意は開かれた自由貿易の考え方に逆行し、米国が中国の膨大な需要を囲い込むことにより、欧州の企業や産業にとって不利になると受け止めたからだ。これと同様に重要なことがある。米中間のいかなる貿易合意とも矛盾しているように見えるものだが、それは両国経済を切り離すデカップリングの問題である。

欧州側ではEUと中国のデカップリングについて誰も話題にしていない。トランプ氏は9、(貿易合意があるにもかかわらず)米国と中国の経済のデカップリングについて言及した。欧州は貿易と投資を追求し、しかもより多くのものを求めているが、それは今よりもはるかに対等な条件の下である必要がある。

新たな関係

王毅外相の訪欧は、ここ数か月にわたる欧州での中国への反発を受けて、親善関係を回復するとともに、中国共産党の習近平総書記とEU議長国であるドイツのアンゲラ・メルケル首相とのオンライン形式の会議を前に、その土台づくりをするのが狙いだった。メルケル首相の6か月間の輪番制EU議長国職は間もなく任期が終わる。習氏はまた、欧州理事会のシャルル・ミシェル議長や欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長とも会談する。習氏は王毅氏のように反感を引き起こすことはまずないだろうが、期待は極めて低く抑えておくべだ。今回のバーチャルサミットで最高のニュースは二酸化炭素排出量の最小化がせいぜいだろう。

貿易と投資環境の改善を重視したい人たちもいるが、長期にわたって未決着の包括的投資協定(CAI)については、中国側になすべき大きな課題がある。中国は経済の在り方を根本的に変える必要があるが、それが実現すると考えている人はまずいないだろう。 習氏の厳格な支配の下で、国家と党は経済のあらゆる分野にその力を押し付けてきた。これに関して習氏の立場を変えるものは何もない。彼は相互利益や共有された未来などについて立派な発言をするかもしれないが、実態は何も変わらないだろう。

習氏は香港での行動について異議を唱えられる可能性が高い。ドイツは、英国や米国などと同様に、新たな国家安全維持法の施行に伴い、香港との間の犯罪人引き渡し条約を撤回した。ただこの分野での進展はもっと見込みが薄いだろう。習氏は、香港問題は純粋に内政問題であり、中華人民共和国の絶対的な核心的利益だと考えている。国家安全維持法が撤回されることはなく、習氏は法律を巡る曖昧な表現を明確にしようともしないだろう。過去4か月にわたる中国当局の香港に対するあらゆるアプローチには、香港の地元住民や国際社会のいかなる懸念も無視する意思が表れている。

習氏は(国際社会が望んだものを)何も提供できないが、彼は、世界は変化しており、その変化は中国にとって好ましい方向でないことを知っておかなければならない。欧州は、中国による国際規範を踏みにじる行為についてようやく口にし始めたが、言葉の変化は始まりにすぎない。昨年末に就任したばかりのジョセフ・ボレルEU外務・安全保障上級代表は、このコラムの読者になじみのあるアイデアをいくつか提案している。世界で独裁的な政権が増えている中、米国とEUの対話の必要性と、同じ志を持つ民主主義国と協力する必要性である。ボレル氏はロシア、トルコ、中国に明示的に言及した。

問題は、EUがそのようなグループをつくり、大統領であるトランプ氏とともに意味のある政策を策定できるかどうかだ。 それとも、中国に対するEUと米国の姿勢の歩み寄りは、欧州指導者の個人的な好みにより近いバイデン氏の大統領就任にかかっているのだろうか。 今の段階では誰にも分からない。 欧州が直面している問題は、中国との対決の必要性はあと4年も待っていられないことだ。欧州は早急に行動を起こす必要があり、米国と行動を共にすべきである。新型コロナウイルスの世界的大流行は、今後何年にもわたって経済的、政治的ショックをもたらすだろう。志を同じくする民主主義諸国の協力が不可欠である。中国はもはや欧州で自由に振る舞えず歓迎もされないだろう。時代は変わったのだ。しかし、特定の取引や個別の発言を制限したり、国際社会での悪弊を非難したりすることは、世界最大の貿易ブロックにふさわしい対中政策ではない。欧州は中国に関してこれまでとは異なるスタイルで関わったり対抗したりできるはずだが、現状はそうした動きとほど遠い。欧州はボレル氏の提案を実行に移し、米国との間で分断ではなく一層の団結を実現しなければならない。特に中国の台頭に対応するためにはそれが必要である。

(本記事は、2019年9月9日の記事の和訳です。)

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.