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米中どちらに軍配?WHO総会で習近平スピーチ、トランプ警告書簡
2020年5月22日
習近平国家主席とトランプ大統領(提供:picture alliance/アフロ)
習近平国家主席とトランプ大統領(提供:picture alliance/アフロ)

18日、WHO総会オンライン会議で習近平がスピーチしWHOの調査を承諾し、2年間で20億ドル拠出するとしたのに対して、トランプはWHOが30日以内に中国寄りを改善しなければ拠出金を停止し脱退する可能性を示唆した。

◆習近平のスピーチのために関係国首脳に声掛け

これまでWHO総会に関係国首脳がスピーチをするという例はあまり見られない。

しかし今年は習近平のスピーチを可能ならしめるために、敢えて関係国首脳にビデオメッセージの形で開会の挨拶を冒頭に盛り込んだとしか解釈できない。

開会の辞を述べたのは順番に以下の首脳たちである。

  • スイス大統領:シモネッタ・ソマルーガ
  • 国連事務総長:アントニオ・グテーレス
  • 中華人民共和国国家主席:習近平
  • フランス大統領:エマニュエル・マクロン
  • 韓国大統領:文在寅
  • ドイツ首相:アンゲラ・メルケル
  • バルバドス首相:ミア・モトリー
  • 南アフリカ共和国大統領:ラマポーザ
  • WHO事務局長:テドロス・アダノム

この顔ぶれを見て、何を推測することができるだろうか。

先ず、「おやっ?」と思うのは、これまでは各国首脳がこのように揃って開会の挨拶をするなどということはなかったということだ。

なのに、なぜ今年はかくも多くの大国を含めた関係国首脳が開会の挨拶をしたのだろうか?

常識的には二つのことが考えられる。

一つは戦後初めての大規模なパンデミックが起きていること。

二つ目は、まだそのパンデミックが収まっていないために、各国首脳が開催地まで足を運ばなくても、ビデオメッセージを送れば済むからだということだ。

これは弁解しやすい理由になるだろう。

◆実はトランプ大統領は断るだろうことが計算されていた

しかし、納得いかないのは世界最大の大国でWHOへの拠出金も最大であるアメリカのトランプ大統領の冒頭あいさつがないことである。

中国の数千年にわたる戦略を心得ている者なら、「ピン!」と来るはずだ。

手順としては、先ず中国のWHO関係者がテドロス事務局長(あるいはその部下)に以下のように持ち掛ける。

  1. 習近平がWHOでスピーチできるチャンスを作って欲しい。なぜならアメリカは習近平とテドロスが全人類に被害をもたらしたと攻撃しているので、二人で対抗していこう。
  2. そのためには、先ずトランプにビデオメッセージを送って欲しいという依頼状を出すことだ。トランプはあれだけWHOを攻撃しているので、必ず断ってくるだろう。
  3. それを見込んで、習近平を含む西側諸国の首脳や発展途上国の首脳などに依頼状を出す。国連のグテーレス事務総長にも依頼して、非常に平等に声がけしている形を創り上げる。
  4. そこでスイスのジュネーブで開催されるのだから、1番目にスイス大統領がスピーチをするのは自然だ。次に国連事務総長。その次に習近平なら誰も文句が言えず、しかも関連各国としては「トップ」で話をしたことになりインパクトがある。

中国ならば、これくらいの戦略は練る。

テドロス側には、こういった中国流の頭が働くとは思いにくい。

トランプは、まずこの段階から中国の戦略に嵌(は)められたと見ることができる。

その証拠にアメリカのニュースサイト「アクシオス(axios)」は“Scoop: Xi accepts, while Trump rejects, invite to address WHO”(スクープ: WHOのスピーチ招待、習は承諾し、トランプは拒絶した)というスクープ報道をしている。

トランプは拒否せずに、むしろ受けて立って、堂々とWHO批判をしたり、習近平の責任を追及すればよかったと、個人的には思う。しかしトランプの性格から言って、必ず拒否するだろうと計算できたのが中国5000年の歴史がもたらす百戦錬磨の「戦略」の要だと言っていいだろう。

◆習近平は2年間で20億ドル拠出と発表:キーワードは「人類運命共同体」

習近平はスピーチで「中国は責任ある態度で一貫してWHOや各国と適時情報共有した。

途上国の感染対策に今後2年間で20億ドル。ワクチンの開発に成功すれば国際公共財にする」という趣旨のことを言っている。

アメリカはこれまで年間4億5千万ドルをWHOに拠出し、その額は全体の約15%に及ぶ。中国など僅か0.2%に過ぎず比較の対象ではなかった。それでも採決で有利な方向に持って行けたのはWHO参加国の中の発展途上国などに開発資金援助をしているからだ。特に一帯一路を動かし始めてからの「金による抱き込み」は露骨になっている。

だからこそ今般の習近平スピーチの最大のキーワードは「人類運命共同体」だ。これに注目しなくてはならない。

この言葉はトランプがグローバル経済に背を向け、「アメリカ・ファースト」を言い始めてから、その対立軸としての中国を際立たせるために生み出した外交スローガンである。

コロナとの闘いにおいて「ウイルスに国境はない」として、コロナ発生前から掲げてきたこの「人類運命共同体」という理念がどれだけ素晴らしいかを、習近平は全会で宣伝してきた。コロナで苦しむ発展途上国に医療支援物資を送ったり医療チームを派遣したりして「習近平の偉大さ」と「人類運命共同体の正当性」を宣伝しまくってきたのである。

全人代開催に当たっても、実は中国内における習近平の立場は弱い。

1月24日付コラム<新型コロナウイルス肺炎、習近平の指示はなぜ遅れたのか?>や2月10日のコラム<新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?>あるいは3月18日付けコラム<中国はなぜコロナ大拡散から抜け出せたのか?>、特に5月2日付けコラム<全人代開幕日決定から何が見えるか?>で書いたように、習近平の中国国内における立場は非常に「分が悪い」のである。

だから中国政府に批判的な民主活動家の言論を封殺すべく、中国はつぎつぎに活動家を拘束している。人民の意見が怖いのだ。

そのため、WHOで習近平が際立った形でスピーチをしたことを、実は中国人民にも見せたい。「ほらね、私が言ってきた『人類運命共同体』という外交戦略は正しかったでしょ?私は偉大でしょ?」と人民に見せつけたいのである。

そして、もちろんのこと、5月14日付けコラム<感染者急増するロシアはコロナ対中包囲網にどう対応するか_モスクワ便り>に書いたように日本円で「1京(けい)円」を超えるコロナに関する損害賠償を世界8か国の関連団体から請求されているので、何としても国際世論を中国側に有利なように惹きつけておきたいのだ。

◆30日以内に改善しないと拠出金を停止しWHOを脱退すると示唆したトランプの書簡

トランプはWHO総会開催に際し、テドロス宛に書簡を出している。その骨子は

  • あなた(テドロス)とWHOによる度重なる失敗が、世界に極めて大きな代償を支払わせたことは明らかだ。
  • 前進できる唯一の方法は、中国から独立した姿を示すことだ。
  • WHOとして今後30日以内に、実質的な改善に取り組まなければ、アメリカは資金拠出を恒久的に停止し、加盟を再検討する。

最後の「加盟を再検討する」は「脱退する」と言ったに等しい。

これはアメリカに有利に働くだろうか?

WHO参加国の多くを占める発展途上国は、「発展途上国を支援してくれる国」を応援するだろう。残念ながら、それは「人類運命共同体」を主張し、発展途上国を支援するために20億ドルを支出すると宣言した「中国」だということになる。

その意味で、トランプのこの「金による脅し作戦」は今後の世界覇権という意味で、賢明ではない。もっと戦略的でなければアメリカが損をする。

トランプが中国とWHOの責任を追及する主張は実に正しい。

1月31日のコラム<習近平とWHO事務局長の「仲」が人類に危機をもたらす>に書いたように悪いのは習近平の保身であり、エチオピア人であるテドロスの習近平への忖度だ(エチオピアへの最大投資国は中国)。

いま全人類は習近平とWHOが防ぎきれなかったコロナの災禍で苦しんでいる。

どれだけ罪深いことをしていることか。

死を以て償っても償いきれない重罪を二人は犯したのである。

トランプはここにだけに主張の焦点を当てれば、全人類はトランプに賛同し、トランプに拍手喝采を送るだろう。

しかし彼はそうしなかった。

WHOを習近平が掌握できる方向に動いてしまったのである。そのことが残念でならない。

4月19日付のコラム<トランプ「WHO拠出金停止」、習近平「高笑い」――アフターコロナの世界新秩序を狙う中国>で書いたように、習近平の狙いは「国連およびその関連機関の乗っ取り」だ。

その習近平を喜ばせる行動に出るべきではなかっただろう。

◆WHOが組織する調査団に習近平は賛同

WHO総会は最終日の19日、コロナ感染症対応について、独立した検証作業の実施などをWHOに求める決議案を採択した。日本やEUなどが提出した。中国も共同提案に加わったが、アメリカは名を連ねていない。

習近平はあれだけオーストラリアが提案したコロナに関する独立調査団派遣には反対したのに、WHOが組織する調査団派遣には賛同した。

前述の5月15日付コラム<習近平、トランプにひれ伏したか?徴収した報復関税の返還命令>に書いたように、オーストラリアの提案はトランプと相談の上で成されたものであり、中国に対するコロナ損害賠償請求の線上にある。だから中国は報復としてオーストラリアからの牛肉の輸入を停止した。

しかしWHOが組織する調査団の特徴には二つある。

  • 調査の目的は「再発のリスクを減らすため」である。
  • 調査の目的は(中国が警戒する)責任追及は行わない。

この二つが決議案に盛り込まれていることに注目しなければならない。だから中国は賛成したのであり、アメリカは賛成しなかったのだ。

この肝心の部分を見落として、EUやロシアまでが賛成に回ったので、対中包囲網が形成されたと喜ぶのは適切ではない。

しかも調査は「感染収束後」となっている。せっかく冒頭スピーチで中国人民に良いところを見せた習近平としては、すぐに調査に入られるのでは「功績」が台無しになるし、また、感染の第二波が来るのを非常に警戒している中国としては、現在まだ感染が広がっている諸国から「ウイルスを持っている人」が入国するかもしれないのを防ぎたい思惑もあるだろう。

以上、長くなりすぎたので、台湾のWHO総会オブザーバー参加を許さなかったことに関しては、本日アメリカが発表した対中戦略方針と共に、別途考察したい。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.