2021年初頭から習近平はゼロコロナに関する緩和策を少しずつ出していたが、地方は指示通りには動かなかった。そこには層層加碼以外に、地方分権にも近い政治構造が潜んでいることを知る人は少ない。
◆力を持つ地方政府を生んだのは習近平の父・習仲勲
習近平政権における中央が、2021年1月からゼロコロナ政策に関する規制緩和を少しずつ出してきたことは、2022年12月7日のコラム<中国ゼロコロナ規制緩和は2021年1月から出ていた>に書いた通りだ。しかし、地方政府はコロナ感染が始まった初期のころ、感染を拡大させると強く罰せられたので、その後緩和指示が出ても責任を回避するために実行しようとしなかった。行政レベルが一層ずつ下に行けば行くほど、むしろ規制を強化する傾向にあったことを、中国語では「層層加碼(そうそうかば、ツェンツェンジャーマー)」と称する。
これに関しては、2022年12月1日のコラム<中央のコロナ規制緩和を末端現場は責任回避して実行せず――原因は恐怖政治>で詳述した。
ところが中国の中央政府と地方政府の間には、もっと根本的な問題が横たわっている。
それは中央政府と地方政府の構造的な力関係で、実はこれは習近平の父・習仲勲が遺した「社会遺産」とも関係しているため、習近平としては頭が痛い。
簡潔には『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の第二章で、詳細は『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』で書いたように、習仲勲は鄧小平の陰謀で失脚し、1978年2月になってようやく政治界に戻り、同年4月から広東省に赴任した。
そのとき香港に最も近い深圳があまりに荒れ果て、住民が香港にこっそり出稼ぎに行くのを見て、習仲勲は北京中央にいる華国鋒国家主席に「中央の権限を少しだけ地方に渡してくれ」と頼んだ。
毛沢東とともに戦った延安がある西北革命根拠地で、習仲勲は初期のころ中華民国の統治下で「ソヴィエト特区」を築き、共産党が支配する「紅軍地域」を少しずつ拡大することに成功したことがある。
そこで深圳にだけ地方の裁量権を与える「経済特区」の設置を認めてくれと必死で頼んだのだった。華国鋒の理解を得て「経済特区」を設置したことが、改革開放実行の原点になっている。
鄧小平は1962年に習仲勲を冤罪で失脚させ、16年間も監獄・軟禁生活を送らせただけでなく、改革開放を実行しようとしていた華国鋒を打倒し、やがては習仲勲をも再び失脚させて、「経済特区」の手柄を自分のものにしてしまった。そして多くの人が「経済特区」も改革開放も鄧小平の手柄と勘違いするよう、鄧小平は自らを神格化することに成功している。
しかし、この「ソヴィエト特区」を模倣した「経済特区」という習仲勲の発想は、やがて新しい形の改革開放やイノベーションを試みる時のモデルとなり、「特定の地方のみに特化したチャレンジ」を許すという「特殊な力関係」を中国の政治構造の中に持ち込むに至ったのである。
習近平自身が盛んに奨励する「自由貿易特区」もこの発想から来ている。デジタル人民元の試行地域の特定なども同じ発想だ。
中国は国土が広く人口も多いので、「限られた小さな区域」で試験的に実施し、成功すれば全国に広げていく、うまくいかなければ見送るというやり方を繰り返してきた。
そのために地方政府の自治性や独自性が高く、一定範囲の裁量権を持っているのである。
◆土地の管理権も地方政府に
これは「土地の管理権」に関しても影響をもたらしていった。
改革開放に伴って国営企業が株式会社化して国有企業になり、やがて国が運営する教育機関や研究機関まで法人化していったのだが、そのときにそういった機関で働く人々は、それまで国が与えてくれた宿舎に「親方五星紅旗」で住むのではなく、金銭的ゆとりのある人が住居だけ購入してもいいことになった。
しかし、土地はどこまでも国有だ。
この土地の管理運営権を誰の他に渡すのかに関して大きな議論があったが、結果だけを書くならば、「地方人民政府」の手に委ねることになったのである。だから不動産ディベロッパーと地方政府の役人が懇(ねんご)ろになり、悪の限りを働いていく結果を招いた。この「悪」の循環に限界が来て、中国経済全体を脅かすようになると、中央が出てくる。
それが『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第六章 習近平が抱える中国の国内諸問題】でも書いた恒大集団問題や「不動産価格高騰の原因は小学校入学条件」などの恐るべき現象の背景である。
地方政府が強くなった原因には、改革開放を始めた当時、10年間にわたる文化大革命(1966~76年)により国家財政が逼迫していたために、中央から地方に分配する財政の割合を少なくして、「各地方政府が自分で稼いでくれ」という指示を出したことも影響している。
中国数千年の歴史が培ってきた「お役人の保身」が一党支配体制で強化されてしまった「層層加碼」に加え、この地方政府のある意味での「強さ」は、習近平にとっては痛いアキレス腱で、コロナゆえの一過性の問題ではない。
◆地方政府の書記を全て中共中央委員会委員に就任させてコントロール
そこで、こんな危ない爆弾のような政治構造を、どのようにしてコントロールしているかというと、地方政府の書記を全員、中共中央委員会委員に就任させることによって中国全土を掌握しているのである。
その証拠に、昨年10月に開催された第20回党大会で選出された中央委員会委員の中に、全ての地方政府の書記が入っている。その一覧表を作成したのでご覧に入れよう。
図表:地方政府書記と中共中央委員会委員
習近平は中共中央総書記として、中共中央委員会を統率し、各地方政府の書記を一つにまとめあげているのである。一党支配体制の「脅威」がなかったら、中国は統治できないのがうかがえる。
このうち、特に直轄市(北京市、天津市、上海市、重慶市)や広東省および新疆ウイグル自治区の書記は、中共中央政治局委員に就任させていることは注目に値する。直轄市はわかるが、広東省と新疆ウイグル自治区の書記を政治局委員にしていることに習近平の戦略を見い出すことができる。
政治局委員になっている者に関しては黄色でマークしたが、さらにその中に医学博士や工学博士が4人もいることに注目すべきだ。
これこそは『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の中心的なテーマである「隠された後継者」丁薛祥と習近平との二人三脚の結果なのである。
米中覇権競争において習近平はハイテク国家戦略「中国製造2025」でアメリカに勝とうと思っている。そこでテクノクラートの代表であるような丁薛祥と協力して、医学博士や工学博士を重要な地方政府の書記に就け、国家戦略を練り上げている。
このうち重慶市の袁家軍に関しては『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の【第四章 決戦場は宇宙に――中国宇宙ステーション稼働】で触れ、新疆ウイグル自治区の馬興瑞に関しては『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』の【第四章 習近平のウイグル「太陽光パネル基地」戦略とイーロン・マスク効果】で詳述した。
その他の地方政府書記&政治局委員に関しては、別途、改めてご紹介したい。
実は新チャイナ・セブンの選定にも、「地方政府の独自性と強さ」が関係しているので、折を見てご紹介したいと思っている。
それにしても、一見、チャイナ・セブンをトップとしてピラミッド型で中央の指示通りに動いているように見える中国の政治構造だが、実はさまざまな軋轢(あつれき)を内在させながら、その微妙なバランスの中で国家運営がなされている。
しかもそれが父・習仲勲が遺した遺産であるのだから、習近平としては頭の痛いアキレス腱にちがいない。
このことが奇しくもコロナ感染との闘いで露わになったのは、何とも皮肉なことだ。
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