抗議デモのあとコロナ規制緩和をする都市が続出したので、デモを受けて中国政府が慌てて緩和しているという論調が広がっているが、実際は緩和策は早くから出ており、現場が責任逃れのために厳しくしていただけだ。
◆11月11日の「20ヵ条」指示_「層層加碼」をした者は処分する
12月1日のコラム<中央のコロナ規制緩和を末端現場は責任回避して実行せず――原因は恐怖政治>に書いたように、中国政府は今年11月11日に≪新型肺炎の防疫措置の更なる最適化に関する通知≫を発布した。いわゆる「20ヵ条」通知だ。
くり返しになるが、その第16条に【「層層加碼」の取り締まりを強化し、むやみに封鎖することを禁止する】という文言がある。この「層層加碼(ツェンツェンジャーマー)」とは「一層ずつ下の行政レベルに行くたびに割り増しして封鎖を厳しくする」ということを指している。これを「やめろ!」と書いてある。
11月29日には国務院聯防(聯合防疫)聯控(聯合制御)機構は記者会見を開き、国家衛生健康委員会のスポークスマンが「『層層加碼』を徹底して取り締まるための専門チームを現場に派遣する作業に入った」と言っている。この「取り締まる」の中国語の原文は「整治」という言葉を用いており、これは「(お前を)片付けてやる!」という意味合いから「場合によっては逮捕するぞ!」ということを実際には意味する。
一層ずつ下のレベルの現場では、コロナ感染が拡大すると責任を取らせられるから「上が緩和してもいいと言っても現場では責任回避のために緩和せず、規制を厳しくする」という「層層加碼」をやってきたのだが、「それを続けると逮捕される可能性があるなら、じゃあ緩和しましょう」ということで、次から次へと緩和指示を実行し始めた。
この緩和指示は実は2021年1月から出されていたことが分かった。
◆規制緩和指示と「九不准」&「層層加碼」
この「20ヵ条」指示の中に「『層層加碼』をいい加減にやめろ」と書いてあるということは、それ以前にも「緩和指示」が出ていたということになる。
調べてみると、2021年1月から「『層層加碼』をやめろ!」という禁止令が出ていたことが分かった。
武漢のコロナが始まった2020年1月23日以降に、李克強国務院総理や孫春蘭国務院副総理を中心にして全ての行政省庁や関連学者が集まり、2020年2月1日に第一回目の国務院聯防聯控機構会議を開催して第一回目のコロナ対策指示を出している。
武漢のコロナが発生したころ、習近平国家主席はミャンマーを訪問したり、帰りに雲南省によって春節巡りをのんびりとしたりなどしていて、ほとんど李克強が留守の北京を預かる形で動き、習近平には遠距離から「批准を得る」という手段を取っていた。その頃の詳細はたとえば2020年2月10日のコラム<新型肺炎以来、なぜ李克強が習近平より目立つのか?>に書いた。
武漢を完全にロックダウンしないとならないという「ゼロコロナ政策」は、かつてSARSを食い止めた鍾南山院士などを専門家チームとした国家衛生健康委員会が中心となって国務院聯防聯控機構が決定した政策で、その第一回目のコロナ対策指示を「第一版」とすると、その後回数を重ねて、その時々の状況に応じて微調整し、今年6月28日に「第九版」が出されていた。
初期のころのウイルスに関しては完全なロックダウンで防げたため、中国は西側諸国よりも早くコロナから脱出し、経済もV字回復しているとして、習近平は社会主義制度の防疫の優位性を主張したものだ。
そのためコロナの規制もほとんどなくなっていたのだが、しかし、その後、中国でも1日の新規コロナ患者数が1桁から10数名という2桁になり、多い時は1日の新規感染者が100名を超えるようになると、新たに全国的に規制を布くなど、新たなコロナ対策指示バージョンが出るようになった。
その後また規制が緩和されたり厳しくなったりをくり返しながら第九版まで出ている。その規則はあまりに細かいし専門的になるので詳細は書かないが、要は入国者の隔離期間を14日から7日にするとか、PCR検査の方法や頻度に関する最適化(程度の緩和)、高リスクゾーンの封鎖と解除の最適化(と緩和)・・・などが書いてある。
しかし感染拡大を恐れて、各地区の現場が「層層加碼」して緩和を実行しないので、11月11日に「20ヵ条」の指示を出して「第九版の規則を守れ。『層層加碼』をするな!」と要求したのである。
これが最初の注意喚起かと言ったらそうではなく、その少し前の11月5日に国務院聯防聯控機構は<コロナ防疫方案第九版を守り、防疫と経済社会発展を統一して計画按配せよ>という注意を出している。記者会見の正式な官側の報道はこちらの文字録にある。
そこには「『層層加碼』をせずに、『九不准』(九つのやってはならないことに関する)要求を守れ」という趣旨のことが書いてある。
「九不准」とは何か?
正直言って、聞いたこともない。
そこで、調べてみると、なんと、6月5日に、国務院聯防聯控機構の通達に<「九不准」要求を厳格に守れ>とあるではないか。
「九不准」とは、「緩和指示を守らず、勝手に規制を厳しくしてはならない」という九項目の要求で、具体的内容を記すと以下のようになるという。
- 旅行制限の範囲を中・高リスク地域から勝手に他の地域にまで拡大してはならない。
- 低リスク地域から来た人に対する強制送還、隔離、その他の制限をしてはならない。
- 中・高リスク地域の指定や封じ込め区域、管理区域の管理期間を勝手に延期してはならない。
- 隔離・管理措置を講じるべき人の範囲を勝手に拡大してはならない。
- リスクの高い人の分隔離や健康監視の期間を勝手に延長してはならない。
- 感染予防と管理を理由に、緊急かつ重篤な患者や定期的な治療を必要とする患者への医療サービスの提供を勝手に拒否してはならない。
- 郷里に戻る適切な条件を備えた大学生の隔離等はしてはならない。
- 防疫検査ステーションを勝手に設置してはならないし、適格な乗客やトラック乗員の通行を制限してはならない。
- 低リスク地域の通常の生産と生活を保証する場所を勝手に閉鎖してはならない。(「九不准」の説明は以上。)
こうして順々に遡っていくと、結局のところ、2021年1月に、すでに「層層加碼」を禁止するという指令が出ていることが分かったわけだ。第八版の通知が出たのが2021年5月11日なので、第七版(2020年9月11日)から緩和策が含まれていたことがわかる。そこで、これまで出されてきた「層層加碼」禁止令と「九不准」要求指示はあまりに多いので、以下のように図表1に時系列的にまとめてみた。
図表1:これまで出されてきた「緩和指示を守れ」ということを軸とした
「層層加碼」禁止令と「九不准」要求指示
こんなに早くから、そしてこんなにまで頻繁に、中国政府はゼロコロナ政策の中に盛り込んだ緩和策を守るよう、末端の現場に言ってきたことになる。
拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』第五章に詳述したように、中国は医療体制が14億人を十分にカバーできるほどには整備していないので、ゼロコロナ政策を完全に解除してしまうと「3ヵ月で160万人の死者が出る」ことが試算されている。そのような大量の死者を出すわけにはいかないが、しかし硬直的なゼロコロナ政策を続けると国民生活に不便を来たし不満を招くだけでなく、経済回復に支障を来たす。それはアメリカとの競争をしている習近平にとって、最も手痛いことだ。だから「層層加碼」を禁止し、「九不准」の要求を徹底させようとしてきた。
◆逮捕すると言われて、ようやく動き出した地方の現場
どうしても中央の指示を聞かなかった各地方の現場が、ようやく動き始めた。
もし「層層加碼」をやったり「九不准」に違反したりする者がいたら「逮捕するぞ!」というのに等しい警告を中央が出したからだ。
つまり、11月11日に出された「20ヵ条」の指示は、「いい加減にしろバージョン」で、現場に対する「最後通牒」のようなものだったのである。
その結果、一部の緩和策を実行し始めた都市や地域名などを列挙すると図表2のようになる。
図表2:一部の緩和策を実施し始めた都市名と緩和内容
これらは実行しないと「片付けるぞ!(=逮捕するぞ!)」と脅されて、初めて動き始めた地点だ。抗議活動に反応したのではなく、「中央からの脅し」に跪(ひざまず)いたというか、やはり「逮捕されないための保身」以外の何ものでもない。
◆習近平がEU大統領に本音を吐露
習近平は、12月1日に行われたEUのミシェル大統領との会談の中で、このたびの抗議活動について「新型コロナウイルスの感染がおよそ3年にわたって続いていることに人々が不満を抱いているから起きた。抗議しているのは主に学生や10代の若者だ」と言ったと、EUの高官が2日、明らかにした。また、習近平は「中国でいま主流なのはオミクロン株で、以前のデルタ株より死亡する人が少ない」という認識も示したとのこと。
本文の図表1にあるように、緩和策を出し続けても現場が言うことを聞かないのだなどということを分析している人は、西側諸国には(基本的に)いない。
そのため、習近平のこの「本音」の吐露は、非常に奇異に受け止められているが、図表1を見れば、これが習近平の「本音」だということが無理なく分かるはずだ。
図表1のような現象が起きるのは、中国共産党の統治体制自体が「恐怖」を軸としているからで、それを続けている限り中国共産党による一党支配体制を崩壊させる要因は体制そのものの中にあり、習近平はそれを「思い知るべきだ」ということを12月4日のBSテレ朝「日曜スクープ」<【ゼロコロナ抗議デモ】習近平政権のジレンマ…問われる統治のあり方>で話した。
だからこそ江沢民逝去に当たり、習近平は、これ以上盛大にはできないというほど大規模な葬儀を挙行し、全国を哀悼一色に塗りつぶしたのである。
結果、江沢民逝去をきっかけとした反政府運動も起きなければ、すでに各地でコロナ規制を緩和させているのだから「緩和しろ」という抗議活動も成立しない事態になりつつある。
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