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中央のコロナ規制緩和を末端現場は責任回避して実行せず――原因は恐怖政治
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

11月11日、中国政府はコロナ制限緩和20ヵ条政策を出しているが、末端現場は万一の感染拡大に対する責任を取りたくないとして実行してこなかった。今般の抗議デモは実行を迫る結果を招き有意義だったと言える。

◆コロナ規制緩和策は何度か出しているが、末端の現場が緩和させない

中国のコロナ政策を決める最高決定機関は「国務院聯防聯控機構」で、これは国家衛生健康委員会を中心として全ての中央行政省庁を包含している。トップに立っているのはもちろん国務院総理・李克強だ。補佐するのは孫春蘭副総理である。国家衛生健康委員会にはその領域の(今回はウイルスや伝染病などの)専門家が入っていて、そこで協議された結果が通達として全国津々浦々に届けられる。

武漢のコロナ発生以来、李克強と孫春蘭はこの「国務院聯防聯控機構」のために走り回ってきた。流行するウイルスや感染速度あるいは医療資源の情況などに合わせて、これまで何度も何度も会議を開いては微調整をしながら中国政府としての通達を出してきた。

今年11月11日にも、≪新型肺炎の防疫措置の更なる最適化に関する通知≫(以下、「通知」)を発布し、党中央の指導の下、コロナ対策の最適化として、新しい状況に即した「20カ条の措置」を明確化している。

ここで興味深いのは、「通知」の冒頭に【各地各部門は「不折不扣」(駆け引きなし、掛け値なし)で完全に通知の各項目を実施すること】と書いてあることだ。

すなわち「いい加減に扱うなよ、恐れずにちゃんと実行しろよ」という意味だが、実際は末端の現場は「不折不扣」ではなく、失敗して感染が拡大した時の責任を取らせられるのを恐れて(「折扣」をして)「緩和指示」を実行してこなかった。

このたび新たに「通知」が出された背景には、オミクロン株は伝染力が強い割に症状はあまり重くはならないこと、ワクチン・医療資源などの(いくらかの)改善が進んだこと、封鎖されることに対する国民の不満の強さあるいは経済活動に与えるマイナスの影響など、複雑に絡む現状がある。

ゼロコロナ政策を解除したら「3ヵ月で160万人の死者を出す」というシミュレーションが医学界において出されているので(Nature論文)、そのことに警戒しなければならないが、しかしゼロコロナ政策を厳しく実施すれば中国経済自身も頓挫するので、そのバランスを取ることに中国政府としては厳しいジレンマに追い込まれている。

最も困っているのは、どんなに「規制を緩和してもいい」と言っても、末端の現場は緩和しようとはしないということだ。

「通知」の20カ条のうちの第16条には、【「層層加碼」の取り締まりを強化し、むやみに封鎖することを禁止する】という文言がある。

この「層層加碼」の「加碼(ジャーマー)」とは「割り増しする」とか「上乗せする」という意味だが、「層層加碼」は「一層ずつ下のレベルに行くたびに割り増しして封鎖を厳しくする」ということを指している。

たとえば中央が「A」という程度の(緩い)封鎖指示を出したとすると、そのすぐ下の行政レベルは「A+α」の厳しさで封鎖を要求し、さらにその下の行政レベルになると「A+α+α」というように、これが次々と上乗せされて「A+α+α+α+α+‥‥」という具合に、際限なく厳しくなっていくという現象を指している。

これは昨日や今日現れた現象ではなく、武漢でのコロナ感染が始まった時点から現れている現象だ。

この「層層加碼」を「禁止する」と言っても末端の現場は従わない。

しかし、庶民が接触しているのは末端の現場だ。

だから一般庶民は「もう、やめてくれー!」と悲鳴を上げているのである。

◆20カ条の緩和策の内容

「通知」全文はあまりに長いので、全てを書くのは憚れるが、一応略記すると以下のようになる。面倒だと思う方は読まずに飛ばしてくださっても大丈夫だ。

  1. 濃厚接触者に対して、これまで行ってきた<「7日間の集中隔離」+「3日間の在宅隔離」>(=<7+3>)を、<5日間+3日間>(=<5+3>)に調整する。
  2. 濃厚接触者を適時正確に判定し、濃厚接触者との(二次的)接触者まで追跡しない。
  3. コロナ感染ハイリスク地域から外に出た人を「7日間、集中隔離」から「7日間、自宅隔離」へ。
  4. 高リスク、中リスク、低リスク地域の三段階分類を高リスク、低リスク地域の二段階分類にする。
  5. 高リスク職業の人員を7日隔離・自宅隔離から5日間自宅健康観察へ。
  6. PCR検査は正確に重点的に、範囲の拡大をしない。
  7. 入国航空路線のサーキット・ブレーカー制度を取り消す。チェックイン48時間以内2回PCR検査を1回へ。
  8. 入国する重要商務関係者、スポーツ関係者はバブル方式で。
  9. 入国者のPCR検査Ct値基準、一度感染した人は自宅隔離期間3日内に2回PCR検査。
  10. 入国者の隔離期間も<7+3>から<5+3>へ調整。
  11. 医療資源建設を強化し、ベッド数や重症ベッドを用意し、治療資源を増やす。さらに各分類の治療方案、各種症状厳重度の感染者の入院基準、医療機構に感染が発生した時の方案を準備する。
  12. ワクチン接種を早める。特に高齢者のワクチン接種を推進する。
  13. コロナ関連薬品の備蓄を早める。
  14. 老人、妊婦などを重点的に守る。
  15. 検査、報告、調査などの処置を早める。
  16. 「層層加碼」の取り締まりを強化し、むやみに封鎖することを禁止する。
  17. 封鎖隔離されている人々の生活保障を強化する。
  18. 学校の防疫措置を最適化する。
  19. 企業と産業パークの防疫措置を改善する。
  20. 滞留人員(出張先などで突然封鎖を受け身動きできなくなっている人々など)を分類し、秩序をもって開放すること。

◆中央の緩和策を末端にまで徹底させるために中央が再度発信

11月29日には国務院聯防聯控機構は記者会見を開き、国家衛生健康委員会のスポークスマンが、コロナ防疫の実態を詳細に紹介した。そこでは概ね以下のようなことが述べられている。

  • コロナ封鎖に関しては、封鎖と解除を迅速に行い、大衆に不便を来たすようなことをしてはならない。
  • 絶対に「層層加碼」をしないように徹底して取り締まり、民衆の訴えに迅速に対応して、速やかに問題を解決しなければならない。
  • 「多くのネットユーザーが以前より封鎖される頻度が高まったという不満を訴えていますが、どうすればいいですか?」という会場からの質問に対して、国家衛生健康委員会は以下のように回答した。
    ――まったくおっしゃる通りで、最近民衆から提起されている問題は、コロナ防疫自身に対するよりも、むしろ「層層加碼」ばかりしていて、民衆の訴えに耳を貸さずに、役人側が保身のため、実情を無視して画一的に処理することにあります。ひどい場合には、勝手に封鎖地域を拡大させたり、ひとたび封鎖したら、解除していい条件に達しているのに、いつまでも解除しなかったり、管理者側の怠慢としか言いようがない。現在、こういった「層層加碼」を徹底して取り締まるための専門チームを現場に派遣する作業に入りましたので、ネットユーザーや地元の住民の要求を積極的に直接取り上げ、その問題解決に当たるべく全力を注いでいるところです。

11月30日、孫春蘭副首相は(専門家を含む)国家衛生健康委員会会議を開き、中央政府が11月11日に発布した「通知」の事項を徹底するように呼び掛けている。一部のメディアでは、あたかも抗議デモを受けて、「中国政府が初めて態度を変えた」というニュアンスで報道しているが、そうではなく、あくまでも政府が決めたことを「層層加碼」せずに現場は忠実に実行してほしいと言っているだけだ。

◆「層層加碼」――最大の原因は「恐怖政治」

中国では「層層加碼」がキーワードになっているほど、現場は責任を取らせられることに戦々恐々としているが、それはコロナ感染が拡大したら厳しい罰則が待っているからだ。だとすれば、その根底に、上層部が自分の責任を回避するために現場の下層部管理職に責任を押し付けるという現象があるからではないのか?

このように考えると、コロナ政策は、中国共産党体制内の上下関係の意思疎通と信頼関係形成の問題に帰結する側面を持っているようにも思われる。

一般民衆は、そうでなくとも「言論弾圧」という息苦しさの中で生きている。

それでも、せめて「政治を語らないから何でも自由」という状況があったからこそ我慢することができた。ここに政治以外でも行動の自由を奪われるとなると、日常生活の閉塞感が積もり積もって爆発寸前になるのも当然のことだろう。

油はジワジワと深く染みわたり、着火すれば直ちに燃え上がる状態が形成されていた。そこに着火したのが11月30日のコラム<反ゼロコロナ「白紙運動」の背後にDAO司令塔>で書いた総司令部センターであろうが、何であろうが、あまり大きな問題ではない。

着火したら燃え上がる受け皿があったということの方が重要だ。

おまけに、それがさらけ出したのは「層層加碼」という、中国共産党指導体制の中の信頼関係の欠如だった。

その欠如は、どこから来ているのか?

それこそは「恐怖」以外の何ものでもない。

一部分の若者は、アメリカに潰されまいとして闘っている中国共産党政権を愛しているだろう。「愛国心」は高まっている側面はある。

しかし別の側面を見るならば、中国共産党の統治というのは、少なくとも筆者の80年間におよぶ経験から導き出せるのは、「恐怖」が中心になっているということだ。

それは拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いたように、7歳のときに餓死体の上で野宿させられた経験を持つ筆者の人生の全てを懸けた考察から来る結論である。

中国政府はこのたびの抗議デモを「敵対勢力の陰謀だ」と非難しているが、もしそうであるなら、中国共産党はその「敵対勢力」に感謝すべきであるかもしれない。

なぜなら「層層加碼」を生んだ恐怖政治を反省するチャンスをくれたのだから。

反省しないのは分かっているが、その反省がなかったら、やがて「層層加碼」が中国共産党の一党支配体制を崩壊させていくことになるかもしれない。

習近平に言いたい。

「敵」は、共産党体制そのものの中にこそ潜んでいる。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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