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米中首脳会談 台湾問題で譲歩引き出せず 習近平「米中の建設的な戦略的安定関係」でトランプを逆縛り
米中首脳会談 歓迎式典(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

5月14日に北京で開催された米中首脳会談で、習近平国家主席は念願の「台湾問題」に関する譲歩をトランプ大統領から引き出せなかった。その代わりに「米中の建設的な戦略的安定関係」を提唱してトランプに逆縛りをかけている。

事実トランプは5月15日、FOXニュースのインタビューで台湾に関して「正式な独立宣言をしないよう警告」し、「(米軍が)戦争のために9,500マイルも旅をすること(台湾に援軍に行くこと)を望んでいない」旨の回答をしている。

それなら「米中の建設的な戦略的安定関係」とは何か?

その威力と、この言葉がもたらす今後の世界新秩序との関係を考察する。

 

◆習近平が台湾問題に関してトランプに厳しい言葉

首脳会談の中で、習近平は台湾に関して非常に厳しい、以下の警告を発している

――台湾問題は米中関係において最も重要な問題である。適切に処理されれば、二国間関係は全体的な安定を維持できる。しかし、処理を誤れば、両国は対立し、場合によっては衝突に至り、米中関係全体を極めて危険な状況に陥れることになる。「台湾独立」と「台湾海峡の平和」は水と火の如く両立しない。台湾海峡の平和と安定の維持こそが、米中両国の最大の共通点である。(習近平の発言は以上)

 

これに対して会談ではトランプは沈黙を続けたようだ。米中双方の発表を見ても、習近平のこの警告に対するトランプの応答を見出すことができない。

しかしトランプは帰路のエアフォース・ワンの中で取材を受け、概ね以下のような回答をしている。動画なので、そこから聞き取れるいくつかを、台湾関係に関してのみ拾い出してお示しする。

  • 台湾問題については「多くのことを話した」。習近平は台湾の独立志向の動きを非常に問題視しており、「独立をめぐる戦い」は米中の強い対立につながると見ている。
  • しかし私はコメントしなかった。ただ聞いただけで、どちらにもコミットしていない。台湾問題で中国側に明確な譲歩や保証、約束をしていない。
  • 台湾への武器売却については、短期間内に判断する。「いま台湾を運営している人物」と話す必要がある。
  • (記者の「アメリカは台湾への武器売却について中国と協議しないという1982年の保証」に関する質問に対して)1980年代はずいぶん昔だ。習近平が台湾への武器売却問題を持ち出したので議論した。台湾全般と武器売却について習近平とはかなり詳しく議論した。最終判断はこれからだ。
  • (記者の「台湾有事で米国は台湾を守るのか」という質問に対して)それは言わない。知っているのは私だけ。習近平からも同じ趣旨の質問を受けたが、そういうことは話さない。
  • いま必要なのは9,500マイル離れた場所での戦争ではない。(動画の解説は以上)

 

最後の回答は、冒頭に書いたFOXニュースへの回答と同じだが、これは「台湾で何か起きても、米軍を援軍として派遣することはない」ということを実質上意味し、トランプとしては「台湾をめぐる米中軍事衝突は避けたい」という姿勢を至ることころでにじませている。

では、トランプにこれだけのことを言わせたのは何なのだろうか?

 

◆「米中の建設的な戦略的安定関係」が持つ威力

5月14日午前、米中首脳会談が終わると、中国のネットは「中美建设性战略稳定关系」(「米中の建設的な戦略的安定関係」)というフレーズに溢れかえった。これを「中米関係の新定位」として位置づけるのだという。

たとえば中央テレビ局CCTVは<大国外交最前線 中米関係新定位! “中米の建設的な戦略的安定関係”をどのように理解すれば良いのか?>という見出しで報道し、観察者網は、新華網の解説や中国外交部報道官の回答などを引用しながら、庶民にわかり易いような言葉で解説しようと努力している。さまざま総合すると、以下のような「四つの安定」を含んでいるらしい。

  • 協力に基づく積極的安定
  • 適度な競争を伴う穏やかな安定
  • 制御可能な相違を伴う常態的な安定
  • 平和と期待を伴う持続的安定

という「四つの安定」は、「紛争回避、競争の管理、相違への対処、持続的な平和と平等の実現」といったさまざまな側面から中米関係の核心的課題に応え、建設的な戦略的安定関係を導くための重要な指針となっているという。

これがなぜトランプに大きな縛りをかけることにつながるのか?

その謎解きをするには、習近平が会談で「トゥキディデスの罠」という言葉を言ったことに注目しなければならない。「トゥキディデスの罠」とは、新興国の台頭が既存の覇権国に恐怖と警戒心を抱かせ、最終的に避けられない戦争に陥る傾向を指す国際政治学の概念だ。これに関して習近平は以下のように、まずいくつかの問いを自問自答風に並べて迫り、それを2026年の米中関係の基軸にしたいと述べている。

――世界は急速な変化を遂げており、国際情勢は複雑かつ不安定である。米中は「トゥキディデスの罠」を克服し、大国関係の新たな枠組みを構築できるだろうか。両国は協力して地球規模の課題に取り組み、世界にさらなる安定をもたらすことができるだろうか。両国国民の幸福と人類の未来に焦点を当て、二国間関係の明るい未来を共に築くことができるだろうか。

これらは歴史の問いであり、世界の問いであり、人々の問いである。そして、これらは大国の指導者たちが共に現代のために答えを紡ぎ出すべき問いでもある。トランプ大統領と協力し、米中関係を円滑に進め、2026年を米中関係にとって歴史的かつ画期的な年にしたい。(会談中の習近平の言葉の一部の引用は以上)

 

これこそは正に、2025年11月5日の論考<トランプが「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言! これで戦争が避けられる!>で取り上げた、トランプの「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」という言葉に呼応するもので、トランプ自身が「米中によるG2構想」を完遂するに当たり表明した指針だ。

中国語で「G2構想」は「(米中)新型大国関係」と表現するが、2012年11月に中共中央総書記になり、2013年3月に国家主席になった習近平は、「対等な米中関係」を象徴する言葉として「新型大国関係」というフレーズを用いた。

2013年6月7日、習近平が訪米して当時のオバマ大統領と会談した時、この「新型大国関係」を提案している。そのとき習近平はこの新型大国関係の中核は「非衝突、非対立、相互尊重、そしてウィンウィンの協力である」と述べている。これらは上掲の「四つの安定」と似ている。2014年11月12日に訪中したオバマ大統領と会談したときにも、同じ言葉を述べた。オバマは形式上同意したが、実際上は「鼻でせせら笑う」行動を取っており、中国をバカにしていた。習近平の提案を拒否したのと同じ結果を生んだ。

バイデン政権時代の対中包囲網的政策に対して、習近平は2024年、ペルーのAPECに参加したときにバイデンと会談を行い、以下のように述べている。

――まず、われわれは正しい戦略的理解を持つ必要がある。「トゥキディデスの罠」は歴史の運命ではなく、「新たな冷戦」は起こり得ないし、実現不可能であり、中国の封じ込めは賢明ではなく、望ましくなく、成功しないだろう。(習近平の言葉の引用は以上)

 

これは今般のトランプとの会談で習近平が提唱した「米中の建設的な戦略的安定関係」と同じ趣旨のことだ。バイデンはオバマと同じく無視した。

このように米民主党政権ではせせら笑った習近平を、トランプは自ら「米中G2構想」と口にし、習近平を尊敬し、「偉大な指導者」とまで讃えて、「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」とまで表明したのだ。

習近平としてもトランプの対中姿勢を歓迎し、トランプの「米中G2構想」に応える形で「米中の建設的な戦略的安定関係」を提唱したのである。

 

◆習近平が提唱する「米中の建設的な戦略的安定関係」から逸脱できないトランプ

トランプとしては、自分が最初に言った言葉に習近平が呼応してくれたのだから、そこから逸脱するわけにはいかない。トランプは習近平のこの提唱に同意している。

あの対中強硬派で知られるルビオ国務長官さえ、5月14日の会談後にNBCの取材を受け、「米中の建設的な戦略的安定関係」に米中が合意した趣旨のことを何度も言っている。

この合意を「今後3年間」あるいはそれ以上の中米関係の戦略的指針となる新定位を築くことと定義した習近平の言葉の意味は大きい。

「今後3年間」とは「トランプが大統領である期間」を意味する。

だからこそトランプはFOXニュースの取材やエアフォース・ワンの取材で、台湾に関して、結局は「独立させない」、そして「援軍に米軍を派遣しない」という趣旨の回答を表明したものと解釈できる。

その意味で結局のところ、トランプは自らが「米中G2構想に絡めて」言い出し、習近平が呼応した「建設的な戦略的安定関係」に逆に縛られているということが言えるのではないだろうか。

今年9月24日には習近平が訪中することになっているのだから、それまでは台湾への武器売却も難しいかもしれない。二人が会う機会はそれを含めて今年だけでもあと3回はある。

トランプは習近平が台湾への武器売却を嫌がっていることを以て、「いいディールの材料になる」とも言っているが、しかし米軍の武器は中国のレアアースやレアメタルがないと製造できない。

もし訪米までに台湾に武器売却すれば、習近平は訪米を取りやめることもできればレアアースなどの輸出を再規制することもできる。そうすればそもそも米軍は武器を製造できない。それはアメリカにおける11月の中間選挙に響くだろう。

トランプと習近平は、個人的には互いに尊敬してはいるが、「カード」は習近平の方がより多く持っている。それを痛感させる米中首脳会談であった。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『台湾軍事機密文書が語る中国「抗日戦争」の真相』(4月17日出版予定)、『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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