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習近平は「初動対応の反省をしていない」し「異例でもない」
2020年2月5日
習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)
習近平国家主席(提供:新華社/アフロ)

習近平が2月3日の会議で「初動対応の遅れを認めた。反省を表明するのは異例」という言葉がワンセットとなって日本のメディアを駆け巡っている。なぜこのような歪曲報道を拡散するのか。警鐘を鳴らしたい。

◆習近平は何と言ったのか

2月3日に習近平総書記が中共中央政治局常務委員会委員を招集し会議を開催した。筆者は「中共中央政治局常務委員会委員7人」に対して「チャイナ・セブン」という名前を付けたので、この後は便宜のため「チャイナ・セブン会議」と略称することにする。

23日のチャイナ・セブン会議で討議された内容は2月4日のコラム<習近平緊急会議の背後に「武漢赤十字会の金銭癒着」>でも述べたが、日本のメディアは異口同音に北京共同の報道<習近平指導部、対応の誤り認める 新型肺炎で初動に遅れ>の線でしか報道していないので、それが如何に間違っているかを、単独に取り上げて考察したい。

以下に示すのは、共同通信の報道をはじめとして日本のメディアが一斉に報道しているチャイナ・セブン会議の内容の中の、根拠としている部分の文章である。

これをご覧いただければわかるように、会議では赤線で囲んだ一文は、その後に書いてある「5つの要」を指している。

まず、赤線囲みの中を丁寧に翻訳すると「このたびの感染は我が国の統治システムと能力に対する大きな試練だ。われわれは必ず経験を総括し、そこから教訓を学ばなければならない」となる。

そのためには、何をしなければならないかということが、この赤線囲みの下に列挙された5つの「要」である。この「要」とは「~しなければならない」という意味で、政府文書でそのように書けば、「~せよ!」ということに相当する。

  • 要1:今回の疫病伝染対応で露わになった短所や不足に対して、国家応急管理システムを強化し、危機処理能力(緊急・困難・危険という重要任務に対処する能力)を高めよ!
  • 要2:公共衛生環境に対して徹底的にローラー作戦を実施し(しらみつぶしに不衛生な部分を捜査せよ)、公共衛生の短所を補え!
  • 要3:市場監督を強化せよ!どのようなことがあっても、違法な野生動物市場と貿易を徹底的に打撃して取締り、源から重大な公共衛生のリスクを制御せよ!
  • 要4:法治建設を強化し、公共衛生の法治を保障せよ!
  • 要5:システマティックに(系統的に)国家の備蓄物システムの欠点を整理し、備蓄物の効能を高め、肝心な物資生産能力と布陣を向上させよ!

以上である。

この指示のどこに、「初動対応の遅れを反省する」などという言葉があり、またまるで習近平が「謝罪の意思を表明した」ような要素があろうか。

報道は事実に忠実でなければならないし、正確でなければならない。

日本人の「希望的情緒」を挟み込みながら報道するのは、ジャーナリストとしての使命から外れるのではないだろうか。

そのようなことをすれば、正確な状況判断を中国に関してできない状況に日本人を追い込むことになり、日本国民の利益に貢献しないことを肝に銘じるべきだ。

◆自省するのは異例ではない

習近平に限らず、国家の指導者が「自省」をしてから「重要指示を出す」というのは、これまでずっと中国で一貫して行われてきたことだ。

毛沢東時代は省くとして、近くはトウ小平が日本の新幹線に乗って帰国した後に改革開放の号令を掛けた時には(日本に比べて)「我が国はまるで廃墟だ!」と叫んでから改革開放の指示を出した。またソ連が崩壊した後の1992年1月に南巡講話をした時には、改革開放が遅々として進まない状況を「まるでヨチヨチ歩きの纏足女のようだ!」という侮蔑用語まで使っている。すべて檄を飛ばすのが目的だ。

中国のハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布する前も、習近平は「我が国の様(さま)を見ろ!組み立て工場プラットホーム国家に甘んじていれば中進国の罠に陥る!」と「自省」をした上で檄を飛ばし、国家戦略を発布した。

都市化を進める「新型国家城鎮化計画」の時も同じだ。「我が国の都市化率のなんと低いことよ!」と嘆いた上で、農民工が帰郷できる田舎の郷鎮を城(都市)にしろと指示を出している。

ブロックチェーン技術を促進させよという談話を出す時にも「一回行けば済むようにせよ!」という役所の複雑性と怠慢を例に挙げている。これに関しては2019年11月5日付のコラム<習近平「ブロックチェーンとデジタル人民元」国家戦略の本気度>の「四」に書いた。

今般、習近平がチャイナ・セブン会議で「要1」に書いたような「ダメじゃないか!」という内容のことを言ったのは、「だから改善せよ!」という檄を飛ばすためである。

武漢の病棟が足りないために突貫工事で1000床のベッドを備えた病院を10日ほどで建ち上げたのも、その改善の一つだが、このチャイナ・セブン会議の指示により、本日(2月5日)、武漢では11の体育館や博物館などの大きな公共施設が、突貫工事で緊急医療施設に作り替えられている。こういったことに「緊急に対応しろ!」と言っているのである。

「人民の不満を抑えるため」と大手メディアも報道しているが、それもあろうが、もっと大きいのは本格的なパンデミックになって中国共産党による一党支配体制が崩壊してしまうことを習近平は最も恐れているだろう。米中覇権競争の中、完全にアメリカに負けてしまい、中国経済も立ち行かなくなることを恐れているはずだ。

特に重要なのは「要5」で、これは正に武漢の赤十字会の不正行為を非難したものである。最も言いたいことを、文書の最後に持ってくるのは政府文書の特徴だ。

習近平が1月20日に今般の新型コロナウイルス肺炎に関する「重要指示」を出してから1月25日にもチャイナ・セブン会議を開き、

「早報告」をしろ(早く報告しろ)!

「漏報告」を無くせ(報告の漏れを無くせ)!

などという言葉を使って武漢を批判している。

李克強国務院総理が習近平国家主席の委託を受けて主催している国務院の「新型コロナウイルス感染の肺炎流行と防御抑制活動(工作)指導グループ(領導小組)」も昨日までに何回も会議を開催している。この会議の中でも「早報告」や「漏報告」といったフレーズが頻出する。暗に武漢に対して、「いい加減にしろ」と言っているわけだ。

この指導グループの中には孫春蘭という、全中国の健康や衛生を司る副総理がいる。彼女の管轄下に中国の全ての健康衛生関係や厚生福利関係などが入っている。ちょうど米中貿易交渉の先頭に劉鶴副総理(経済担当)が立っているのと同じ立ち位置だ。

◆情報を歪める目的は何か?

この指導グループに関してさえ、李克強を組長としたので、これは権力闘争だという論説がまかり通っている。胡錦涛時代に温家宝(首相=国務院総理)が四川地震の現地訪問の先頭に立ったことでも分かるように、国務院総理が災害の現地視察に行くことが中国では慣例になっている。

2002年に発生したSARS(サーズ)の時は江沢民がなんとか胡錦涛政権にバトンタッチする時(2003年3月の全人代)まで公表を延ばし、胡錦涛のせいにしようとしたために、胡錦涛政権が誕生した後、江沢民との違いを人民に見せるために胡錦涛国家主席が現地視察に行ったことがあるが、これは例外だ。

権力闘争論者たちは、習近平は自分が危険な武漢に行きたくないので、李克強に押し付けたという分析をしており、また指導グループに健康衛生関係者がいなくて習近平の側近で固めているのは李克強の暴走を止めるためだと指摘しているが、健康衛生関係の最高トップである孫春蘭副総理がいる。それで十分だ。

こういった事実歪曲は何の目的で成されるのかが問題である。

日本人の注意を引きたいからだとすれば、自分可愛やの思考が優先していることになる。日本国民の利益を軽視している。

今般の共同通信のような「歪んだ真相の伝え方」をする目的は何だろうか?

決して意図的ではなく、中国語の読解力の問題だろうか?

目的はご本人に聞いてみないと分からないが、少なくともいま日本では「習近平が初動対応の遅れを認めた。習近平が自省するのは異例のことだ」というワンセットの言葉が独り歩きして、誰もがこの方向でしか報道していない。

これが修正もされずに流布していったときに、何が起きるかを考えてみよう。

その影響を考えると、たとえばだが、「習近平には謝罪する気持ちがあるんだ」→「ならば許してあげようか」→「ならば、国賓として来日させてもいいのではないか」という連想へと日本人を導く危険性がないと断言できるだろうか?

それがないことを、ひたすら祈るのみだ。

ジャーナリストの方々には、「真実を伝える」という使命を忘れないようにしてほしいと切望している。そうでないと、日本の国益を損ねることを危惧する。

(本論はYahooニュース個人からの転載である)

遠藤 誉
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授、北京大学アジア・アフリカ研究所特約研究員、上海交通大学客員教授などを歴任。著書に『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『激突!遠藤vs田原 日中と習近平国賓』(遠藤誉・田原総一朗 1月末出版、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』(中文版・英文版もあり)、『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Chinese Issue Global Research Institute, Professor Emeritus, Doctor of Science at the University of Tsukuba. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Chazu Chugoku Kenkoku no Zanka (Japanese Girl at the Siege of Changchun) (including Chinese and English versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chaina jajji — Motakuto ni narenakatta otoko (China Judge: The Man Who Couldn’t Become Mao Zedong),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.