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イラン戦争で中国が「新OPEC(石油輸出国機構)」に? 中国の絶大な「石油力」が世界の市場を動かす
中国と石油(写真:ロイター/アフロ)

今年7月21日のフィナンシャルタイムズ(FT)は、<なぜ世界は米国よりも中国を信頼するのか>(有料)で、「中国の膨大な石油備蓄がなかったら、世界は石油ショックに陥っていただろう」という趣旨の見解を示している。

8月9日のエコノミストは<中国は今や世界の絶大な「石油力」を持った国である>(有料)と銘打って、イラン戦争は中国が「新OPEC(石油輸出国機構)」を形成する勢いを生み出したと報道した。

実際には何が起きているのかを詳細に考察したい。

 

◆FT:中国の膨大な石油備蓄がなかったら世界は石油ショックに陥っていた

冒頭に書いた7月21日のFTは、イラン戦争による石油危機に関して以下のように書いている。

  • イラン戦争は、エネルギーに対する中国のアプローチと米国のアプローチとの間に大きな隔たりがあるのを露呈させた。再生可能エネルギーから石炭にいたるまで、あらゆる形態のエネルギーへの中国の巨額投資は、化石燃料に偏重するアメリカとは対照的だ。中国の膨大な備蓄がなければ、世界の原油価格はここ数ヶ月でずっと高くなっていたはずだ
  • イラン攻撃は北半球において無視できない地球温暖化の兆候と時を同じくして始まった。地球温暖化は、エリート層の関心事から大衆の意識へと移行しつつある。この件に関して、米国は20世紀の習慣に固執し悪者扱いされている。一方、中国はグローバル・サウス諸国において解決策の担い手と見なされている。(FTからの引用は以上)

長文の論説をまとめれば、要するに「中国の石油備蓄がなかったら世界は石油ショックに陥っていたはずなので、米国は中国に感謝すべきだ」という趣旨のことが書いてある。ピューリサーチの「中国は米国よりも信頼できる」という世論調査が出た背景には、このことも原因として挙げられるというのが、FTの主張だ。

 

◆エコノミクス:中国一国で「新たなOPEC(石油輸出国機構)」と同等の力

一方、8月9日にエコノミストが報道した<中国は今や世界の絶大な「石油力」を持った国である>は、なぜ「今や中国が世界最大の石油大国である」と結論付けることができるかを以下のように説明している。

  • イラン戦争は石油史上最大の供給ショックを引き起こした。しかし、戦闘が最も激しかった時期でさえ、原油価格は紛争開始時に多くのアナリストが予測していた1バレル150ドルには達しなかった。これは、いくつかの政府のおかげである。
  • その一つが中国だ。北京が静かに下した決定がなければ、やはり石油ショックは起きていただろう。米イスラエルがイラン攻撃をしていた2月から6月にかけて、北京は原油輸入量を半減させた。つまり「550万バレル/日」を削減したのだ。これは世界の指標であるブレント原油価格を30ドル以上押し下げるのに貢献した。
  • 「石油需要を低経済コストでオンオフできるこの能力」により、世界最大の石油輸入国である中国は、石油輸出国機構(OPEC)とその同盟国が世界の石油生産量の半分を支配することで長年行ってきたように、価格を操作する能力を持っている。最近のアラブ首長国連邦の脱退と、残りの湾岸諸国の生産能力の逼迫によってOPECが弱体化するにつれ、中国の市場支配力は増大している。ある石油取引会社の幹部は、「中国は新たなOPECだ」と述べている。
  • OPECは40年にわたり、生産割当制を用いて価格を高水準に維持しようと努めてきた。一方、輸入国は需要を制限して価格を低く抑えることはできない。なぜなら、買い手は売り手よりもはるかに細分化されており、国内のエネルギー需要は無数の主体による決定の結果だからである。巨大な国家主義国家である中国だけは例外だ。21カ国間の合意を必要とするOPECプラスとは異なり、中国では中央計画立案者が習近平国家主席という一人の人物の命令に基づいて一方向に向けて行動することができる。
  • ただ、原則として何年も減産を維持できるOPECとは対照的に、中国は通常より「550万バレル/日」少ない輸入量を無期限に続けることはできない。しかし、イラン戦争は、実際には中国が単独で数ヶ月にわたって世界の石油市場を安定させることができることを示した。これは驚くべきことである。(エコノミストからの引用は以上)

エコノミストの原文タイトルは“China is now the world’s great oil power”である。これは「中国は今や世界最大の石油大国である」と和訳する方が日本人にはわかり易いと思うが、筆者は敢(あ)えて、「石油力」という言葉を創り出そうと試みている。「チャイナ・ナイン」や「チャイナ・セブン」同様、今後は「石油力」という単語を定着させていくつもりだ。

 

◆米エネルギー情報局(EIA):群を抜く中国の戦略的原油在庫量

米エネルギー情報局(EIA)は今年8月12日、主要国の戦略的原油在庫量の推計値を更新した。2Q26(2026年6月まで、または最新の利用可能時点)では、図表1に示すように、中国が14.92億バレルと突出している。

図表1:主要国における戦略的原油在庫量の推定値

EIAのデータに基づき、グラフは筆者が和訳して作成

図表1から明らかなように、中国の在庫は「世界全体の在庫の大半を占める」とまでは言わないにせよ、群を抜いているのは一目瞭然だ。それだけでなく、他の国と違って、良いか悪いかは別として、「習近平の号令一つ」で国家の方針が決まっていき、かつ実行されるので、在庫量以上に、その違いは大きい。そのことが、イラン戦争で起き得た石油ショックを未然に防いだとみなすのは適切だろう。

その意味で、中国の強みをひとこと言で表すなら「世界最大の備蓄国」というより、「巨大な在庫と電化・国内供給・行政統制を組み合わせて、石油需要を短期間にオン/オフできる国」と見た方が実態に近いかもしれない。

 

◆イラン戦争で発揮した中国の「石油力」

では実際に、イラン戦争で、どのようなことが起きたのかを、感覚的にピンとくるように数値的に考察してみよう。

  • イラン戦争でホルムズ海峡が事実上通行不能になり、日量約1,400万バレルの原油が湾岸内に閉じ込められた時期があった。これは通常なら歴史的な石油ショックを引き起こし得る規模だ。これに対し、サウジ・UAEなどが迂回パイプラインで約「500万バレル/日」を提供したし、3月にはIEA(国際エネルギー機関)加盟32ヵ国が約「200万バレル/日」の備蓄を緊急放出することになった。しかし両者を合わせても約700万バレルで、供給が遮断されている1,400万バレルの半分でしかない。700万バレルが不足していることになる。
  • このとき中国が、国際市場から「550万バレル/日」も買わなくなったことにより、世界の石油ニーズに対して大きな役割を果たすことになった。中国はイラン戦争前、世界最大の原油輸入国で、2026年2月には「1,160万バレル/日」を輸入していた。ところが2月~6月の期間、輸入量を一気に「550万バレル/日」に削減したのだ。
  • なぜ中国にはそれができたのかと言うと、もちろん図表1に示したような在庫があるからだが、それを可能ならしめたのは、中国が「イラン戦争が始まる前の、原油価格が安かった時期に猛烈な勢いで原油を買い込んでいた」からだ。中国はもともと約10億バレルの在庫を持っていたが、2026年初頭までの1年間にさらに約2億バレルを購入し、12億バレル規模の原油を保有していた。3月25日に公開した論考<ホルムズ危機を予測してか、ロシア石油輸入を40.9%も増やしていた習近平>は、その典型的な一例である。
  • ここで「550万バレル/日」に関して少し詳細に見てみたい。イラン戦争が始まると中国は「輸入原油購入」をやめて、「在庫原油使用」へと切り替え、国際市場における石油価格を安定させることに貢献した。4月~7月だけで、確認できる陸上在庫を合計で約7,000万バレル強(エネルギー情報分析会社vortexa社の推定データ)切り崩したのに加え、観測しにくい洋上在庫・地下貯蔵まで含めると、おおむね約「150万バレル/日」を在庫から取り崩している。さらに、それまで「約100万バレル/日」積み増していた備蓄を止めた。これで「550万バレル/日」の中の「250万バレル/日」の実態が見えてくる。残りの「300万バレル/日」に関しては、拙著『G2構想 勝つのは米国か中国か』で書いた「EV、再生エネルギー、ナフサ・・・」などの自給が関係してくる。

 
以上が、イラン戦争で発揮した中国の「石油力」の大雑把なメカニズムである。

ここまでに論じてきた原油量の不足を、世界がどのような形で補っているかが視覚的に分かりやすいように図表2で示してみた。ただし「1,400万バレル/日」は一つの代表的な例であって、トランプの気まぐれによって日夜変動する。

 

図表2:ホルムズ海峡封鎖で供給不足した原油を補っている消費者側の原油量

公開されているデータに基づき筆者作成

図表2から、全世界で補っている「1250万バレル/日」のうち、中国が「550万バレル/日」補っているのだから、中国は世界の石油価格高騰を抑制する役割を「世界の44%分」果たしていることになることが見えてくる。中国も自国が損をしてまで在庫原油を切り崩したりはしないので、世界的に見れば、どうしても「150万バレル/日」ほど不足する結果を招いている。

したがってトランプがホルムズ海峡への野心を捨てない限り、世界の石油価格高騰は、一定程度は続いていくことになろう。

 

◆トランプが今度は「ホルムズ海峡は米国領」と叫び始めた

トランプの荒唐無稽ぶりは、世界の秩序を乱し、世界に不幸しかもたらしていないが、何と今度は「ホルムズ海峡は米国領だ」とTruthに投稿するといった始末。

というのは、トランプは8月下旬になって、またもや対イラン政策を変え、米軍がイランの監視・攻撃能力を削り、オマーン側航路を警護することで、ホルムズ海峡の通航をアメリカの管轄下に置こうとしているからだ。

7月26日の論考<習近平はどう出るのか? イラン再攻撃をするトランプの背後でうごめいていた米軍の秘密戦略>で書いたように、イランとオマーンがホルムズ海峡管理に関して協議しようとしているのをトランプは強引に軍事力で阻止し、ホルムズ海峡の管理権を米国が手にしようと秘密戦略を実行していた。当該論考で書いたようにイランとオマーンが中国の水面下の働きにより協議を始めたので、トランプは手を引いたのだが、国内の支持率は落ちイラン戦争反対者が増えるにしたがって焦りを増しているのだろうか、中間選挙にいくらかでも有利な状況をもたらそうと新たな画策を始めている。

米軍によるホルムズ海峡の航路警護・対イラン封鎖には、公式な費用公表はないが、少なくとも公開されている米中央軍による部隊規模や公開資料に基づいた民間の軍事費試算などから推計すると、米軍のホルムズ海峡介入を維持するために、米国は「1日約6,000万ドル(約100億円)規模の経費」を消耗する可能性が高い。

11月には米国で中間選挙もあるというのに、そのようなことがいつまで持続できるのか。

一方、中国の原油備蓄と需要調整能力は、少なくとも米国の中間選挙という政治日程より遥かに長いスパンで運用できる可能性が高い。中国が「約150万バレル/日」の「在庫切り崩し」を維持できるのは995日間だ。これは単純に図表1にある14.9億バレルを「150万バレル/日」で割って算出される数値である。

ここはトランプと習近平の根競べになろうか。

9月24日にはトランプは習近平をワシントンに迎えることになっている。

さて、トランプはどう出るのか。見ものだ。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国長春市で中共軍による食糧封鎖に遭い家族を餓死で失う。1953年日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『G2構想 勝つのは米国か中国か』(7月2日発売予定)、『台湾軍事機密文書が語る中国「抗日戦争」の真相』、『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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