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垣間見えた未来
ネパールで大規模な鉄砲水 中国でも土砂災害(写真:新華社/アフロ)

※この論考は8月31日の<A Glimpse of the Future>の翻訳です。  

「夏枯れ」とはならなかった今年の夏

英国の伝統的な主流メディア(特にタブロイド紙)は夏の数か月間をしばしば「夏枯れ時」と呼ぶ。北半球のほとんどの政治家が休暇を取るため一面記事は内容が浅く、いつもの激しい政治論争は影を潜める。8月の見出しや記事を調べてみれば、地政学上の新たな動きはほとんどないことがわかるだろう。

トランプ政権下の米国では、大統領が信じ難い行動を取っても、もはや驚くことはなくなった。カナダとの新たな貿易戦争の勃発、オンタリオ湖のばかげた改称、トランプ側近のナタリー・ハープを巡るMAGA系メディアの喧騒など、いずれもトランプ2期目の混乱の1年半を経て日常茶飯事となっている。トランプは依然としてイランとの戦争から抜け出せず、本人は否定しているが、勝利を収めていない。米国はホルムズ海峡を掌握しておらず、この地域でイランが弱体化したわけでもない。最近ではイランとその貿易相手国双方への制裁を通じてイランへの圧力を強めるという脅しが注目されたが、もはや遅すぎて効力を発揮するに至っていない。厳しい経済制裁は軍事作戦を始める前に実施すべきだった。この戦争の進め方自体があまりにも拙劣で、この制裁も、イランをトランプの意のままに屈服させようとする他の試みと同様に間違いなく失敗に終わるだろう。

英国ではこの夏に首相が交代したが、下院が夏季休会中であるため政治論争は限定的だ。欧州の多くの地域でも似たような状況だが、ウクライナ戦争からは依然として目が離せない。ゼレンスキーが軍と国防省指導部の人事変更を巡って圧力にさらされる一方、戦闘の面では、ロシアは毎月推定4万人の兵士を失っているにもかかわらず、新たな領土の獲得には概ね失敗している。プーチンの歪んだ野望のために、あまりにも多くの命が無駄に失われている。

中国については、不動産市場やインフラ建設の過熱を招いた借金バブルの後始末が遅々として進まず、苦境に陥っている。中国の成長は依然として低迷しており、ただでさえ低い政府発表値をさらに下回っている可能性が極めて高い。7月の銀行貸出は予想を下回ったほか、中国から伝えられる多くの話によると、好景気は終わったと中間層は半ば諦めているようだ。消費は続いており店舗やレストランも賑わっているが、1,000元もする中国産白酒が人気だった時代は過ぎ、今売れているのはそれよりはるかに安価な商品だ。大学の卒業生や、本来ならホワイトカラーの仕事を探していたであろう人々は、ブルーカラーの仕事や製造業に就くことになりそうだという現状を受け入れ始めている。数十年にわたる成長がもたらした高い希望は、中国経済の減速という現実に取って代わられつつある。中には自ら進んで「寝そべり族」(社会的成功を目指さず最低限の生活で満足する人々)となり、熾烈な競争から離脱する人もいるが、ほとんどの人は機会が限られる中で最善を尽くし、何とか前に進もうとしている。こうした経済の減速や機会の減少を受け入れる姿勢は、経済学者が言う「中所得国の罠」が現実社会に現れた姿だ。政府が出す数値だけを見るとわかりにくいかもしれないが、人々が肌で感じている変化は否定できない。

 

未来を垣間見る

トランプの失敗、英国の政治機能不全、中国の経済的苦境は新しい話ではない。代わりにメディアを賑わせたのは欧州全域を襲った異常気象だ。気候変動の影響が日々の生活の中でますます顕著になるという未来を垣間見ることになった。夏に入って以降、英国と欧州大陸のほぼ全域を次々と熱波が襲っている。英国人はよく天気を話題にすることで知られるが、今年はこれまでとは違う。英国をはじめとするほぼ全域で猛暑警報が頻発した。英国はここ数か月の間に6度の熱波に見舞われ、イングランド南部では気温が軽く35度以上に達した。暑いだけでなく、7月を通じて南部ではほぼ雨が降らず、イングランドの7月の降水量は平年の10%ほどだった。当然ながら緑豊かなイングランドの大地は干上がり、芝生は黄色く変色し、焼けて硬くなった。この猛暑では、単に晴れて暑い日が続いただけではない。英国人は「熱帯夜」にも耐えなければならなかった。熱帯夜は夜間でも最低気温が20度を下回らず、睡眠環境、ひいては健康全般に影響を及ぼす。スコットランド北部だけが猛暑による最悪の事態を免れたが、それでも降雨量は不安定だった。ただ、平年より雨は少なかったもののイングランドよりは気温が低く、イングランド南部の灼熱の気候に比べれば一息つけるとあって、多くの英国人観光客は喜んでいた。

欧州大陸はさらに暑く、パリの気温は40度を超えた。スペインに至っては、夏のヒートマップがサハラ砂漠のようだった。このような天候は欧州では異常であり、いずれの国もこうした状況への対応を想定していなかった。近代的なオフィスビルやショッピングモールを除いてエアコンはあまり普及しておらず、多くの住宅やアパートでは設置されていない。とりわけ英国では、住宅は熱を閉じ込めるように設計されており、特に夜間に家を冷やす必要が生じるとは、ほとんどの人が想像していなかっただろう。

この猛暑は単に記録を更新しただけではない。完全なデータや統計はまだ揃っていないが、大陸全体で数万人が酷暑のために命を落としたと見られる。英国でも、近くの川や海に涼を求めた人たちが犠牲になる水難事故が相次いだ。農作物も壊滅的な打撃を受けた。イングランド南西部でリンゴを栽培する農家は、今年は収穫量が極めて少ないため収穫作業さえ行わないという。だが昨年は豊作だった。どちらの場合も収穫が木々に負担をかけ、2年に一度しか実をつけない「隔年結果」を引き起こす可能性がある。そうなれば、今後の作物の管理に問題が生じるのは明らかだ。

ネパールとチベットにまたがるヒマラヤ山脈では、気候が引き起こした衝撃的な事態が今も続いている。映像で見る洪水や土石流は凄まじく、まるでパニック映画のようだ。中国の国境検問所が洪水にのみ込まれる映像は現実とは思えないほどだ。党の力を誇示し人間の矮小さを感じさせるという共産党好みの建物がほんの一瞬で土石流に押し流され、渓谷や町が次々と灰色の濁流に飲み込まれた。すでに数百人の死亡が確認されており、数千人が行方不明となっている。最終的な死者数は不明のまま、犠牲者の大半は遺体が見つかることもないだろう。一部の遺体は100マイル以上も下流のインドで発見されている。原因は当初不明だったが、現在では氷河や永久凍土の融解が地滑りを引き起こし、洪水につながった可能性が高いとされている。氷河や永久凍土の融解は気候変動の影響として珍しくない。

ネパールは土石流による犠牲者など大きな被害を受けたが、夏のはじめには中国南部も台風に伴う豪雨と洪水に見舞われた。中国では洪水が珍しいわけではなく、多くの歴史家は、洪水の管理が中央集権的な中国国家の形成を促す役割を果たしたと考えている。気候変動に関しては今なお科学的根拠を否定する無知で愚かな者もいるが、その影響は十分現実のものだ。欧州北部は涼しいからといって夏の暑さが歓迎されるわけではない。それは数千人の死者や経済の混乱を意味する。映像で見るネパールの洪水は凄惨だが、この夏の欧州の死者数はネパールの土石流による死者数をはるかに上回っている。

 

現実を受け入れ適応するのか、それとも否定し目を背けるのか

この2か月間に地球の未来を垣間見たと言えるだろう。気候変動は間違いなく起きており、その影響は甚大だ。ヒマラヤの土石流ほど衝撃的な事態はそう多くないが、猛暑は「サイレントキラー(沈黙の殺人者)」とも呼ばれ、欧州が今まさにそれを証明している。気候変動の影響を受けない国は一つもない。ただ、中国のような大きな国では地域によって気候の変化が異なる。中国気象局は気候変動に関する報告書を毎年発行している。中国では世界平均より速いペースで温暖化が進んでいるが、報告書によると、中国北部は南部より、中国西部は東海岸より速く温暖化が進行しているという。降水量も過去50年で明らかに増加しているが、降雨日数は減少している。集中豪雨が増加しているということであり、特に豪雨に耐性のない内陸部の都市では洪水が発生する可能性が高まる。チベットでの氷河融解で危険は明らかになったが、中国は南アジアと東南アジアの主要河川の源流域で大規模な水力発電所を建設しているため、今後地滑りが発生すれば、影響は地域を越えて広範囲に及ぶ可能性がある。

局地的な洪水などの突発的な事象であれ、生育期の不安定化による農地の喪失や作物の収穫量減少のような漸進的な現象であれ、異常気象が頻発すれば影響は連鎖的に広がる。アフリカや南アジアの一部では、凶作や環境の悪化・不安定化により、大規模な人口移動が起こるだろう。気候変動に伴うこのような大規模な移住は、特有の問題をもたらす。ユーラシア大陸南部での気候変動から逃れようとする人々の多くが目指す欧州はすでに移民問題に苦慮しており、気候変動が自国民に及ぼす深刻な影響を認識しつつある。

ドナルド・トランプや彼の取り巻きなど一部の人々は依然として気候変動を否定し、現在起きている変化から目を背けようとしている。率直に言って、単に電気自動車を購入したり飛行機の利用を減らしたりするだけでは、大した違いは生まれない。もちろん排出量の抑制は包括的な解決策の一部ではあるが、効果を発揮するには手遅れなのかもしれない。異常気象は今後増える一方だろう。来年の欧州の夏は今年ほど暑くないかもしれないが、だとしてもそれを否定することにはならない。温暖化が進むという長期的な傾向は極めて明確だ。中国は太陽光発電や風力発電の導入で大きな進展を遂げたが、依然として石炭火力発電や石油・ガスの輸入に大きく依存している。

中国では、気候変動への適応の過程で人口移動が起こるかもしれない。海面上昇と地下水資源の枯渇により、東海岸沿いの都市は地盤沈下の危険性が高まっている。上海は過去1世紀の間に1メートル沈下したと報告されている。現時点では魅力的な海沿いの物件も、今世紀末には水没している可能性がある。ネパールでの事象や、そうした巨大な力を前に人間は無力だという現実を踏まえると、そんな危険な地域への定住をそもそも認めるべきなのだろうか。洪水が発生しやすい他の平野や川沿いの地域についても同じことが言える。

気候変動の影響は、その国の過去の炭素排出量とはほぼ関係しない。ネパールの炭素排出量は世界の中では小さいが、今回の氷河融解で甚大な被害に遭った。夏がより長く暑くなり、冬がより短く暖かくなる可能性が高いが、そうなれば食糧生産、すなわち人間の最も基本的なニーズにも直接影響が出る。CO2排出量の削減は一つの解決策だが、この夏でわかったように、成果が現れるまでには時間がかかる。各国は、リスクの高い地域への定住を許可するかどうか決断を迫られるだろう。ネパールでリスクの高い渓谷への定住を制限・禁止する方が、中国で何百万もの人口を抱える都市を別の場所に移すより簡単かもしれない。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.