
7月21日、フィナンシャルタイムズは<なぜ世界は米国よりも中国を信頼するのか>(有料)という見出しの記事を報道した。その記事は6月23日にピューリサーチが発表した36ヵ国を対象とした世論調査の結果を分析しており、「なぜ?」の答えとして「世界がトランプの価値観を嫌悪しているからだ」と安易に考えてはならないとしている。
本稿では、現時点での分析だけでなく、むしろ過去にさかのぼって習近平政権誕生以来の「米中指導者に対する世界の評価の推移」を見ることによって、世論調査の実態と世界情勢の現在地および未来予測を考察したい。
◆6月23日のピューリサーチの調査結果
6月23日、ピューリサーチは<2026年、トランプの国際的な評価は低下 米国を信頼できるパートナーと考える人は少ししかない>という世論調査結果を発表した。その結果の一部を日本人に馴染みやすい形に和訳して図表1に示す。
図表1:36ヵ国を対象とした米中両国への好感度とその差

ピューリサーチの世論調査のデータを基に、筆者がその一部を日本人に馴染みやすい形にして和訳
図表1では、中国への好感度の方が米国への好感度を上回る国を赤のグラデーションで示し、米国への好感度の方が中国への好感度を上回る国を青のグラデーションで示し、その差異を中国が上回る場合はそのまま、米国が上回る場合は「-」の%で表示した。
中国の兄弟国と呼ばれているパキスタンの中国への好感度が90%もある。必ずしも米中合わせて100%ではなく、対中好感度が対米好感度を75%上回る状態だが、さすがにイラン戦争で米国とイランとの一時停戦への仲介を習近平がパキスタンに依頼しただけのことはあると驚きを以て眺めた。
マレーシアやインドネシアなどの東南アジア諸国も、フィリピンを除けばみな中国への好感度の方が米国よりも高い。欧州ではイタリアが「中国:51%、米国:31%」であることは意外だ。フランス、ドイツ、イギリスも、僅差ではあるが中国への好感度の方が高い。
注目すべきは日本で、下から2番目、イスラエルを別とすれば世界で最も「米国への好感度が中国への好感度を大きく凌駕している国」であることは、日本人として「感慨深く」受け止めた。
調査対象国は36ヵ国と絞られてはいるが、ほぼ満遍なく選ばれており、平均値は「米国に対する好感度:39%」、「中国に対する好感度:51%」となっており、その差は「12%」で中国の方が米国より高い好感度を持たれていることになる。
◆フィナンシャルタイムズ:トランプが退陣すれば米国は信頼を取り戻せると思うな
冒頭で述べたように、フィナンシャルタイムズはこの差「12%」を「世界がトランプの価値観を嫌悪しているからだ」と安易に考えてはならないとしている。つまり「トランプさえ退陣すれば、米国は信頼を取り戻せる」と考えるな、というわけだ。
では「なぜか?」に関して、「価値観」の問題ではなく「不信感は無能さと同義語だ」と手厳しく断罪している。これは「米国の統治能力の問題」であり、トランプの後継者がオバマ政権地時代まで時計の針を戻すのは困難で,何世代にもわたって優位に立っていた米国技術は、今や初めてその座を中国に渡しつつあるというのだ。
たとえば米中AI競争において、中国モデルはしばしば劣るものの安価でオープンソースであるのに対して、米国モデルは非常に高価であるだけでなく閉鎖系なので世界は受け入れないという例を挙げている。
本稿ではAIモデルに関しては論じないが、中国が習近平政権時代に入ってからの米中指導者に対する世界の好感度の推移を見ることによって、ピューリサーチが示すデータを考察してみたいと思う。
◆習近平政権になってからの米中指導者に対する信頼度の推移
習近平が中共中央総書記になったのは2012年11月だが、国家主席になったのは2013年3月なので、ここでは2013年からのデータを扱うこととする。
一応信頼性が高く規模も大きな世論調査のデータとしてはピューリサーチ・センターとギャラップ社の調査結果があるが、それぞれにメリットとデメリットがある。
ピューリサーチのデータには2026年6月の数値までの最新データがあるので、イラン戦争がもたらした世界情勢への変化は、ピューリサーチのデータに基づいて分析したいと思ってしまう。
ところが弱点として、ピューリサーチには暦年の「米中指導者に対する信頼度推移」のようなものが揃っておらず、極端な場合、2016年などは中国(習近平)に対して調査対象国となったのは「オーストラリア・インド・日本」の3ヵ国のみで、とても世論調査として扱えるものではない。同年、米国(オバマ)に関しては16ヵ国を対象としているので、統計データとして不均衡で正確性を欠く。それをご理解していただいた上で2013年から2026年までの推移を図表2に示す。このような図表がピューリサーチ・センターにあるわけではなく、暦年のデータを一つ一つ探し出して、各国支持率データの中央値を算出してプロットしたものである。
図表2:世界の米中指導者に対する信頼度推移(ピューリサーチ)

ピューリサーチの暦年のデータを拾い、その中央値を筆者が日本語で表現して作成
一方、ギャラップの方は調査対象国を割合に均等に選び、米中両国の指導者に対する評価も一定程度統計的に信用に足るデータとして扱うことができる。ところが残念なことに、ギャラップには、2026年の米中指導者に対する信頼度に関する調査結果がまだ出ておらず、その前の年の増加率から予測値を推定するしかない。その結果を図表3に示した。
図表3:世界の米中指導者に対する支持率推移(ギャラップ)

ギャラップの暦年のデータを筆者が日本語で表現して作成(2026年は推定線)
図表2における2016年の習近平への支持率は、前述したように調査対象国が日本を含む3ヵ国でしかないので、この値は無視していただくとして、図表3のギャラップのデータがほぼ常識的な値だとみなしていいだろう。
中国の指導者が米国の指導者への支持率を上回るなどということはあり得なかった。
ところがトランプ1.0政権に入ると、米国の大統領に対する支持率が一気に落ちて、2018年には習近平の人気がトランプを追い抜くという現象が起きた。
その理由は二つある。
一つ目。米国側から見ると、トランプが2018年までには数多くの国際組織や提携からだったしたからである。たとえば「パリ協定離脱、TPP離脱、イラン核合意(JCPOA)離脱、NATO同盟国への強烈な批判、EU・カナダなど同盟国にも鉄鋼・アルミ関税、メキシコ・カナダとの貿易摩擦、エルサレムへの米大使館移転・・・」など、枚挙にいとまがない。トランプはひたすらAmerica Firstによる一国主義的外交を積み重ねていった。
二つ目としては中国側の事情がある。
習近平は2014年から巨大経済圏「一帯一路」構想を開始し、アフリカや新興国を中心としたグローバルサウスだけでなくヨーロッパとの経済貿易関係をも拡大していった。それにつれて習近平に対する世界的な評価が高くなり、トランプの失地を次から次へと埋めていく現象が世界のいたる所で起き始めたのである。
中国ではトランプをその発音に沿って「川普(Chuan-PU)という漢字で表現することがあるが、この「川普」(トランプ)が中国を再建国してくれたとして、中国のネットには「川建国」という文字や風刺画などが溢れ出た。その中の一つを図表4に示す。
図表4:中国のネットを賑わした「川建国」(中国を再建国してくれるトランプ)という風刺画

中国のネットから転載
図表4ではトランプが中国の青年と共に、毛沢東が唱えた「社会主義新農村」を建設しようではないかと肩を組み合っている。風刺画の下の文字は「私は長江の川上に住み、君は長江の川下に住む。日々君を思うが相まみえることができない。それでも共に社会主義新農村を建設していこう」という意味である。
こうして2018年に習近平の支持率の方がトランプに対する支持率を上回るという現象が起きる。この年ピューリサーチでは、25ヵ国の中央値の 70%が「中国は10年前より世界で重要な役割を果たしている」と回答し、米国について同じ回答をしたのは31%でしかなかった、という調査結果が出ている。
しかし2021年にバイデン政権が始まると、米国の人気は一気に上がり、バイデン政権による対中包囲網が始まる。
図表2のピューリサーチにおけるバイデンの支持率が急激に上がっているのは、ピューリサーチの調査対象国は非常に少なく、特に2021年はコロナを理由に、米国の同盟国(先進国)を中心とした16ヵ国しか調査対象にしていない。それに比べて図表3のギャラップは同年2021年に116ヵ国を調査対象国としている。そのため2021年におけるバイデンへの支持率に激しい差が生じている。
加えてギャラップは1年間かけて調査しているのに対し、ピューリサーチの調査時期は比較的早く、2021年8月に米軍がアフガニスタンを撤退する時期より前に調査を終えているため、バイデンに対する支持率が高くなってるという側面もある。
バイデン政権の末期になると、バイデンに対する支持率が低下し、習近平に対する支持率が高まっている。米中がクロスする点はピューリサーチとギャラップでは1年ほどずれているが、これもギャラップの方が正確だと言えるかもしれない。
というのは、米軍のアフガニスタン撤退での失態はNATO諸国を失望させ、ヨーロッパの米国離れを誘発するが、2022年に起きたウクライナ戦争と2023年末から始まったパレスチナのガザ紛争におけるバイデンの役割に少なからぬ国が不満を抱くようになっていたからだ。
その一方で2023年3月に習近平がイランとサウジアラビアを和解させ、その後に中東で起きた「和解雪崩現象」に対して中東を中心とした関係国が習近平支持へと回った。
そのことをストレートに書いているのが、2026年1月のArab Barometer(アラブ・バロメーター)だ。特にイスラエルがガザ地区に対して行った非人道的な攻撃において米国が果たした役割に関して、アラブ人の80%以上が不満を抱いているという調査結果が出ている。対照的に、イランとサウジを和解させた習近平の役割を、多くの中東諸国が高く評価していることが明記されている。
トランプ2.0政権に入ると、トランプ関税やイラン戦争など、今さら言うまでもなくトランプへの支持率は激減し、それに反比例するように習近平への支持率が高くなっている。
これを「トランプが下野しさえすれば、米国の人気はまた上がってくる」と考えてはならないというのが、冒頭に書いたフィナンシャルタイムズの主張だ。
◆時計の針を逆戻りさせることはできない…
フィナンシャルタイムズは「トランプの後継者がオバマ政権時代まで時計の針を戻すのは困難だ」と書いているが、それはなぜだろうか?
一つには習近平が2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布し、それを約束の2025年を待たずに完遂したからだとみなしていいだろう。
なぜ完遂できたのかというと、中国にはいわゆる民主主義国家で行なわれている普通選挙がないからだ。選挙のために膨大な時間を費やさなくていいし、新しい政権が誕生した時に前政権の政策を全面否定する必要も出てこない。言論統一をする分だけ「自由」がないのは大きな問題ではあるが、ひとたび決定した国家戦略は「外国からの阻止」以外は、国内的には誰の邪魔も受けずにひたすら貫徹する方向で動くことができる。
そのために世界一の製造大国になったし、ハイテク新産業に関しても世界のトップを走っている。米軍の武器を製造するのに欠かせないレアアースに関しても中国の独壇場だ。それ故にトランプは習近平に譲歩し、むしろ米中をG2と位置づけ、習近平に対して「蜜月」とも言える親近感を抱いている。
トランプ関税やイラン戦争でトランプは全世界からの反感を買っており、習近平はイラン戦争を阻止すべく中東諸国に働きかけ続けた。そのことは『G2構想 勝つのは米国か中国か』で詳述した。
ならば、トランプが下野すれば米国への世界的信頼が戻ってくるのかと言えば、そうでもなさそうだ。米国にはもう製造業を支えるエンジニアがいないし、一貫した政策がなく世界に安定感をもたらさない。この傾向が今後大きく変わるとは思えない。
もちろん言論弾圧には絶対に反対だ。
しかし「選択する自由の見返り」は、世界に無秩序をもたらし、人命の価値に対する偏見にさえ「自由」を与える。
フィナンシャルタイムズが言うところの「不信感は無能さと同義語だ」と「米国の統治能力の問題」は、人類に鋭い問いを投げかけている。民主主義の劣化に回答を出さなければならない時代が迫っていると言えよう。
この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
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