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欧州が抱える中国問題
欧州委員会委員長フォン・デア・ライエン(写真:ロイター/アフロ)

※この論考は11月30日の<Europe’s China Problem>の翻訳です。

新たな現実

先月の論考では、混乱を極める英国の対中政策、あるいは政策自体の欠如について取り上げた。英国は10年以上もの間、合理的かつ一貫した対中政策を模索し続けている。コロナ後の世界は大国の勢力圏が再浮上していると言える状況にあり、英国が自らの役割を把握しきれず、中国などの大国に対して持続可能な政策の方向性を見出せないでいるのも驚きではない。ではEUにはどのような弁明があるだろうか?

EUは世界第3位の経済規模を誇り、米国には大きく遅れを取っているものの、中国のすぐ後につけている。EUは製造品・サービス分野で最大の単一貿易圏であり、多くのグローバルブランドや世界で最も住みやすい都市を複数擁している。どの経済指標で見てもEUは世界的に強力な存在であるが、その経済規模とそれに伴う富は、国際舞台で影響力を十分に発揮できていない。つい先日も、米国とロシアが直接交渉でウクライナの和平調停を強行しようとしたことで、欧州の弱さが露呈した。米国側は欧州諸国がこの交渉をどう考えるかには無関心で、それどころか一切相談することなく欧州関連の取り決めまで提案した。だがこれは、さまざまな分野で欧州とEUが他国に後れを取っているという、新たな事例に過ぎない。現代世界で欧州がもはや重要ではなくなったかのように見えることもあるが、欧州が速やかに一致した主張と政策を見出せれば存在感を示せるはずだ。

誰に連絡すべきか?

「欧州に連絡したいときは誰に連絡すれば良いのか」とはよく言ったもので、欧州が抱える包括的ではあるが克服不可能というわけでもない問題の本質を捉えている。欧州は言うまでもなくユーラシア大陸の東端にある陸地を指すが、27の主権国家からなる欧州連合(EU)がヨーロッパ全体ということではない。英国は紛れもなく欧州の主要国であり、最大の貿易相手国はEUだが、10年前にEUからの離脱を選択した。EU自体も、ウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の下で欧州全体を代表して発言する執行機関「欧州委員会」と、各加盟国の国家元首・政府首脳で構成される「欧州理事会」に指導体制が分かれている。複雑に見えるのは、実際複雑だからだ。加盟国も言語や地理的に極めて多様で、ロシアと国境を接する北極圏のフィンランドが、遠く離れたポルトガルとパートナー関係にあるとは言い難い。EUがこれほどの成功を収めてきたことは実に驚きだ。この単一市場は卓越した成果であり、皮肉なことにそれを推進したのが後に離脱した英国であった。これほど広範にわたる国々を統制して共通の基準を設け、この単一市場との貿易を求める国々にそうした基準を順守させられるEUの能力は、驚異的で強力なものである。

だがEUは、現在直面する課題を把握できていない。何かを決めるには欧州委員会と加盟国の間で妥協と駆け引きが必要であり、当然ながら意思決定が遅くなる。ウルズラ・フォン・デア・ライエン氏はロシアと中国からの脅威を理解し、公の場では適切な発言をしているかもしれないが、加盟国の国内政策に影響を与えたり、政策を変えさせたりする権限は一切持っていない。27ヶ国は文化的歴史や伝統を広く共有しているとはいえ、個々の国が大きな関心を持っているのは、言うまでもなく自国に関わる問題だ。フランスでは福祉改革や労働者の定年退職年齢を巡って政局が混乱している。ドイツは輸出の急減と、かつて自国経済にとって金の卵を産むガチョウと見なしていた中国に起因する産業部門の空洞化を懸念している。バルト三国はウクライナでの戦闘終結後にロシアが侵攻してくるのではないかと危惧している。各国の指導者を結束させるのは困難だが、欧州およびEUの長期的な存続と経済的自立のためには不可欠なことだ。

いくつかの課題

EUの発展は、文字通り第二次世界大戦の灰の中から生まれたことを忘れてはならない。欧州は、わずか25年を隔てただけで二度も壊滅的な戦争の舞台となった。それ以前も、欧州大陸における国家間の戦争は稀ではなく、むしろ常態であった。欧州統合プロジェクトの中心にあるのは、欧州諸国間の協力と戦争根絶の誓いだ。しかし欧州の経済や政策を巡る激しい議論の中で、この誓いはしばしば忘れられがちでもある。第二次世界大戦後、70年以上にわたって欧州大陸で平和的拡大が進められたのは、歴史的に異例のことだ。冷戦時代におけるNATO下の米国の安全保障は、欧州の多くの指導者に戦争は過去のものという認識を植え付けた。言うまでもなく、今ではその状況が変化した。ロシアは、長年掲げてきた目的を達成するまで戦闘を止める意向をまったく示しておらず、欧州大陸では戦争が激化している。欧州の指導者たちは今、中国がロシアを真っ向から支援し、多くの必需品を供給し、ロシアの炭化水素に市場を提供していることを十分に理解しなければならない。ウクライナ侵攻以降、欧州の指導者、特にドイツの指導者たちはようやくロシアがもたらすリスクに気付いたが、米国がウクライナ戦争でもNATO加盟国としても信頼できるパートナーではなくなった以上、これまでよりはるかに多くの措置を講じる必要がある。防衛力強化が必要とされる中、EUのSAFE(欧州安全保障行動)基金への英国の参加が合意に至らなかったのは愚かな判断に思える。SAFEはEU加盟国の防衛支出拡大と再軍備を目的とした低金利融資制度だ。英国は支出拡大という点では依然として関与できるものの、SAFEに非加盟のままではその貢献が限られる。英国は最大のウクライナ支援国の一つであり、防衛面でEUと足並みを揃えるのは当然の選択だったはずだ。

NATOと戦後復興は完全に米国に依存していたが、米国に対するEUの立場は一筋縄ではいかない。欧州の人々は米国人を粗野で下品だと見なすことが多く、ドナルド・トランプ氏は(多くの)欧州人が米国について嫌悪するあらゆる要素を体現している。世界銀行によると、2008年時点でEUの経済規模は米国を上回っていたが、その後15年間でEUの成長が13.5%だったのに対し、米国は87%成長し、EUの経済規模は米国の3分の2となった。EUには米国の大手テック企業に対抗できるテック企業がなく、欧州のインターネットおよびソーシャルメディアプラットフォームはすべて米国製で占められている。米国が革新を進め、欧州が規制に動いた結果だ。トランプ氏が貿易戦争を仕掛けると、EUの経済的影響力はさほど役に立たず、トランプ氏が最終的に提示した条件をほぼ受け入れることになった。EUが直面する経済戦争はすでに困難を極めているが、米国政権の体質もEUの混乱に拍車をかけている。ウクライナ和平交渉で米国に無視されているとはいえ、欧州の方でも腐敗した強欲な政権とは関わり合いたくないと思っている。もしも欧州諸国が第二次トランプ政権への対応に苦慮するのであれば、最大の課題であろう中国に対して一枚岩になれるのだろうか?

EUの多くの人々は、中国を絶好の経済的機会をもたらしてくれる存在と見ていた。EUは米国とは異なり、地政学的な問題には関与せず、中国との関係では経済的利益のみを追求していた。EU経済を論じる際に最も発言力があったのは当然ながらドイツ、ひいてはドイツ産業界だ。メルケル元首相は実質的にドイツ製造業の有力な代弁者であり、業界は中国の成長可能性に魅了されていた。ドイツの自動車メーカーと化学企業は、中国における欧州の主要投資家であり、中国とのさらなる経済的関与を最も声高に主張していた。現地の合弁工場で生産されたフォルクスワーゲン・サンタナ車は1990年代の上海で定番の車種となり、その後もその勢いは増すばかりだった。ドイツがその後、産業のエネルギー源として安価なロシア産ガスを利用する一方で、同時にこれらの企業は中国市場で存在感を増し、精密工具や工業機械の輸出に加え、中国国内にさらに大規模な工場や生産ラインを設立していった。ドイツがロシアの脅威に目をつぶり過小評価したのと同様に、ドイツ産業界も目を曇らせ、中国との競争によって空洞化を招いた。中国の自動車メーカーは今なお優れた内燃機関車を製造できていないが、電気自動車(EV)とバッテリー生産では世界をリードしている。EUの関税が課されているにもかかわらず、中国製EVのEU向け輸出は急増しており、ドイツメーカーにとって最善の対応策は対中投資の強化となっている。対中投資については競争環境が不公平だとして欧州の企業や政治家が繰り返し不満を訴えているが、欧州の一部の主要企業は状況が好転することを期待してか投資を続けている。これらの企業は、中国の政策は外国企業のためではなく、中華人民共和国の利益のみを目的としていることに気づいていない!

打つ手がないわけではない

EUにとって有意義かつ効果的な対中政策を策定するのは難しい。EU各国のGDPを単純に合計すれば大きな数字になるが、米国や中国がその経済規模を利用するような方式では、EUは容易に経済的影響力を発揮できない。意思決定には妥協が必要で、時間もかかる。中国が最近発表したレアアース輸出規制は、EUにとって警鐘になる。EUは中国のレアアース関連輸出に大きく依存しており、輸出許可制度による中国の過剰な介入は、中国政府が欧州の製造業に直接入り込もうとしていることを示している。EUはこれまで、中国との関係は経済に限ったものだと思い込もうとしてきたが、全体主義体制との関係が経済だけで済むはずはなく、そこには常に政治と支配が絡んでいる。レアアース輸出規制とその関連措置は、中国共産党がEUに対して効果的に展開している非物理的戦争の一環だ。EUはこれが単なる貿易紛争ではないことを認識し、危機感を高める必要がある。EUは「経済的威圧への対抗措置」という極めて強力な手段が存在するが、これまで一度も使用されたことがない。これは、国家間で課される通常の報復的貿易措置を超えたものである。EUは、企業や個人による商品・サービス・金融・知的財産(IP)の利用をすべて制限できる。加えて忘れてならないのは、特に航空業界で、欧州が極めて高度な精密機械を中国に大量に供給しており、中国はそれに依存していることだ。これらの輸出を停止するか、少なくとも停止を示唆するだけで、中国はすぐに交渉の席に着くだろう。

誰もEUに米国のような役割を期待できないし、単一国家のように機能することも期待できない。そもそもそのような体制になっていないからだが、EUは強力な交渉者として中国の重商主義を抑制できる可能性を秘めている。英国や米国の両国と連携できればはるかに効果的だが、一部の人々にとって不快に思われることかもしれない。米国がEUに対して抱く不満の根底には、EUが米国の善意にただ乗りしてきたという認識がある。それは事実だが、今後はそれができなくなるため、EUは自らの防衛費を負担することなく主導権を振りかざすのを止め、中国への対抗措置を真剣に考える必要がある。中国の指導部は外国投資を単なる経済問題と見たことはなく、常に政治的な側面を伴っている。EUは経済だけの対中関係などすでに過去のものだと認識しなければならない。より広範な地政学的アプローチで中国と対峙することによってのみ、EUはこの困難を乗り切れるだろう。

フレイザー・ハウイー(Howie, Fraser)|アナリスト。ケンブリッジ大学で物理を専攻し、北京語言文化大学で中国語を学んだのち、20年以上にわたりアジア株を中心に取引と分析、執筆活動を行う。この間、香港、北京、シンガポールでベアリングス銀行、バンカース・トラスト、モルガン・スタンレー、中国国際金融(CICC)に勤務。2003年から2012年まではフランス系証券会社のCLSAアジア・パシフィック・マーケッツ(シンガポール)で上場派生商品と疑似ストックオプション担当の代表取締役を務めた。「エコノミスト」誌2011年ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞し、ブルームバーグのビジネス書トップ10に選ばれた“Red Capitalism : The Fragile Financial Foundations of China's Extraordinary Rise”(赤い資本主義:中国の並外れた成長と脆弱な金融基盤)をはじめ、3冊の共著書がある。「ウォール・ストリート・ジャーナル」、「フォーリン・ポリシー」、「チャイナ・エコノミック・クォータリー」、「日経アジアレビュー」に定期的に寄稿するほか、CNBC、ブルームバーグ、BBCにコメンテーターとして頻繫に登場している。 // Fraser Howie is co-author of three books on the Chinese financial system, Red Capitalism: The Fragile Financial Foundations of China’s Extraordinary Rise (named a Book of the Year 2011 by The Economist magazine and one of the top ten business books of the year by Bloomberg), Privatizing China: Inside China’s Stock Markets and “To Get Rich is Glorious” China’s Stock Market in the ‘80s and ‘90s. He studied Natural Sciences (Physics) at Cambridge University and Chinese at Beijing Language and Culture University and for over twenty years has been trading, analyzing and writing about Asian stock markets. During that time he has worked in Hong Kong Beijing and Singapore. He has worked for Baring Securities, Bankers Trust, Morgan Stanley, CICC and from 2003 to 2012 he worked at CLSA as a Managing Director in the Listed Derivatives and Synthetic Equity department. His work has been published in the Wall Street Journal, Foreign Policy, China Economic Quarterly and the Nikkei Asian Review, and is a regular commentator on CNBC, Bloomberg and the BBC.