
※この論考は9月28日の< Hong Kong Reboot>の翻訳です。
香港の金融セクターが活況
激動の6年間を経て、香港は再び勢いを取り戻しつつあるようだ。この1カ月、フィナンシャル・タイムズ紙には金融セクターの復活と活況を伝える記事が多数掲載されており、同セクターはしばしば香港の経済と先行指標としてみられている。過去6年間の道のりは到底平坦だったとは言えない。6カ月以上続いた民主化デモの直後にコロナ禍に見舞われた香港は、中国を含め諸外国に対して出入境ポイントを封鎖し、当初こそコロナ感染者ゼロの聖域を享受していた。しかし政府が民主化デモの中心人物を取り締まる中、過剰な検疫に加え、ウイルスが最終的に都市を襲った際の対応の失敗、加えて政府による民主化支持派への弾圧が相まって地元住民と外国人居住者両方の流出を招いた。香港は死んだも同然で、元に戻らないのではないかと多くの人が考えたのも当然である。
このコラムでは先月、株高に沸く中国本土にスポットを当てたが、そうした状況は香港も変わらない。香港市場は1年間で30%上昇し、資金調達額は5年ぶりの高水準であった。専門家のシンガポールへの流出が懸念されたものの、現実のものとはならなかった。確かに、相変わらず厄介な香港の検疫規制を受けて、行員や社員をシンガポールに異動させた銀行や企業は多いが、シンガポール側が新規入国者の多くに長期就労ビザをなかなか発給しないため、流出人数は限られている。就労ビザの多くは有効期限がわずか数カ月だ。シンガポールは当初から現在に至るまで、外国人労働者の流入増加に不満を募らせる国民への対応に苦慮しているのだ。すべての産業を対象に厳格なクオータ(雇用割当)制を設けて、シンガポール人労働者と外国人労働者の割合を管理している。しかし、この問題がなくてもシンガポールが中国本土への玄関口になることはない。その役割を担えるのは香港だけである。
一方、今回の香港金融セクターの活況は、これまでの活況と比べても注目に値する。過去30年間に起きた香港関連の活況はほぼすべて、中国とその巨大な市場の虚構と現実がけん引役となっていたが、今回の中国発の活況はそれとは異なる。香港は一党支配体制下でかなりの資本規制が設けられ、それが撤廃される望みはないとはいえ、これまで対中国投資にオープンかつ法的に健全な手段を提供してきた。その特権的立場により、中国本土への投資を視野に入れる投資家にとってユニークな立ち位置にある。しかし、今や状況は反転し、1兆香港ドルを超える本土の資金と企業が香港市場に流入し、主導権を握っている。本土の企業はこれまでと同様に資金を必要としており、香港がそのニーズを満たしている。今年初めにバッテリーメーカー「CATL」が新規株式公開を実施した。この世界最大規模となった新規株式公開により同社は外貨を獲得し、海外進出を果たすことができるであろう。一方、中国企業と中国内外への資金の流出入は香港市場を裏で支える原動力となってきたが、現在とこれまでの活況の最も明確な違いはおそらく人材の構成である。フィナンシャル・タイムズ紙によると、香港政府から提供されたデータに基づき同紙が計算した結果、2023年と2024年、2025年上半期に本土住民に対して発給された就労関連ビザは241,000件を超える。これは就労ビザ全体の74%にあたる。一方、2019年に本土住民が取得した就労関連ビザは24,000件で、全体の37%にすぎない。本土住民へのビザ発給件数のこうした急増は、外資系銀行においてさえも、必要とされる雇用人材に変化があることを如実に示している。大手グローバル企業が香港で採用を再開するとしても、それは過去数十年にわたり見られた国際的な人材構成ではない。本土住民の大量流入は、市民社会や教育環境の悪化を受けて香港から英国やオーストラリア、カナダに移住した中流階級の専門職の香港人就労者の穴埋めが一因であることは間違いない。
その他の変化
株式市場や金融セクターの活況を安易に経済状況全体の「指標」とすることがあまりに多いが、これは一部正しいものの、往々にして読み間違う結果となる。香港は金融センターであり、世界においても重要な存在であると同時に中国にとっては不可欠な存在である。しかし政府の統計によると、金融セクターはGDP全体の4分の1弱、雇用全体の10%弱を占めるにすぎない。極めて重要なセクターである反面、香港に住む人々のほとんどが直接関わることはない。同じ統計によると、雇用数がそれより若干少ない香港の小売セクターは苦境に直面している。上海が、有数の金融センターとしての座を香港に譲ったのに対して、深センは小売拠点としての香港の地位を確実に脅かしている。本土の都市は現在、今では地元の鉄道(MTR)ネットワークによるアクセスで越境の移動がかつてないほど容易になった。香港で暮らす多くの人にとって、深センでの買い物や飲食は今や当たり前となっている。
その一方で、この6年間で暗く不吉な傾向が表れつつある。香港自由委員会基金会は今月、香港の刑務所内での組織的な虐待を詳述するレポートを発表した。レポートは現状を強く非難しており、ここに直接引用する。その概要は次のように始まる。
「…本レポートでは、虐待とネグレクトを常態化させ、反対意見を抑え込み、国際法と国内法の双方にも違反してきた刑務所体制の実態を明かす。
香港の刑務所は市当局が市民の自由を裏で蹂躙する最前線と化し、抑制されない権力と秘密主義を盾に説明責任を阻んでいる。刑務所の平均収容人数8,250名のうち、1,900名以上が2019年以降に政治的容疑で香港の刑務所に収監され、裁判を経ていないケースも多い。民主化活動に関わった約800人の男女や若者が投獄されたままである。彼らは決まって何年にもわたり(保釈を認められずに)拘束され、嫌がらせや隔離の標的にされる」
こうした文言は、2019年以前の香港を知る人には信じがたいものに思えるだろうが、政治的弾圧は今や日常茶飯事となり、政府が取り組むことはすべて国家安全保障という視点で行われる。
国家安全維持法に基づき指名手配されている香港市民のページが香港警察のウェブサイトにあることも信じがたい。「外国勢力と結託し国家の安全を脅かす」や「国家転覆」、「分離の扇動」という曖昧な法律用語の下、19名の香港人に100万香港ドルの報奨金がかけられ、さらに15名には「わずか」20万香港ドルの報奨金がかけられている。全員が現在外国におり、怯えながら暮らしている。
香港の金融セクターは新たなハイテク企業の上場や企業に支えられているが、中国の大手投資銀行で、中国有数のインターネット会社が利用する華興資本の創設者兼CEOの包凡氏を思い浮かべた人もいるかもしれない。彼は「捜査に協力」していた間、2年以上も消息を絶っていたが、つい最近ようやく釈放された。銀行家やCEOが拘束されるのは彼が初めてではなく、また最後でもないだろう。
中国企業の財務状況に関し優れた報道を期待している人は、ブルームバーグのレベッカ・チョン・ウィルキンス記者に対する今回のジャーナリスト就労ビザ拒否事例にも留意すべきである。彼女は、理由を付けてビザ更新を拒否された多くのジャーナリストの一人となった。2019年、香港は国境なき記者団の報道の自由度ランキング(Reporters without Borders Press Freedom Index)で73位となった。2025年にはスリランカとカザフスタンの間の140位に転落した。ちなみに中国は178位で、下から3番目である。筆者は常々、人、情報、資金の自由な流れがなければ国際金融の中心地としての基盤は維持できないと考えてきた。香港は最初の2つについて後退しつつあり、当面の間、その弱みを3つ目で補うことになる。
2019年以前の香港ではない
香港は死んでおらず、70万人が暮らすこの街は動きを止めたり世界の地図から消えたりはしていない。ただ、トラウマが残り、変化が生じたことはまぎれもない事実である。香港は、中国に対し独自の立場を維持している。なぜなら、特に(またこれが重要な点であるが)金融フローの面で、依然として本土とは異なるルールで動いているからだ。中国の国内経済が活況を呈する中、上海が香港から中国最大の金融センターの座を奪うだろうと書き立てられたが、常に最大の障害となってきたのが資金規制だ。香港はその独特の立場により「コーポレート・チャイナ」と国家全体にとって有益な存在であり続けてきた。現在の金融セクターの活況がこうした強みを最大化しているが、抗議デモやコロナ禍後の香港は、以前とは異なる場所となっている。香港での抗議活動に対する制裁の一環として、香港は対米貿易での関税の特別優遇措置を受けられなくなった。米国は現在、香港と中国を共通の組織体であり、地政学的影響を及ぼすとみなしている。一部の企業は香港で事業を続けながらも登記上の拠点を香港外に移し、米国の投資家から受け入れられやすい体裁を整えている。トランプ氏は今ところ、怒りを全面的に中国に向けてはいないかもしれないが、超党派の支持を得られる唯一の問題が中国であることに変わりはなく、しかも香港と中国は現時点で同一視されている。米国の投資家は一部の中国関連投資を政府から抑制されてきた。そして制限強化の余地はまだ大いにあり、その時が来れば香港はその対象となるだろう。
香港は、習政権下の中国では得られない自由を求める本土の多くの専門家にとって避難場所となっていた。香港が「単なる中国の都市の一つ」として本土との距離を縮める中、勝ち組の中国人はより遠くへと目を向け、アジアの海外拠点として特に日本に注目するようになっている。この傾向は今後も続く可能性が高い。香港政府はすべてを国家安全保障の観点から捉え、その主たる政策は、「グレーターベイエリア(粤港澳大湾区)」への統合拡大である。今後香港に惹かれる人々の構成は、過去とは大きく異なるものとなるだろう。
香港は数十年間にわたり幾度となく自己改革を行ってきており、これも一つの改革に過ぎない。とはいえ、政治・市民レベルの変化を軽視することはできない。国家安全維持法の導入で、政府は個人の生活や企業の事業運営を統制するとてつもない権力を手にした。政府批判に対して今も続く政治的弾圧はあらゆる企業にとって極めて憂慮すべき問題である。独立系報道機関の閉鎖やジャーナリストに対する規制もこうした不安を高めている。
香港は常に中国経済の経済的繁栄に支えられてきた。今のところは、活況を呈している本土のセクターや企業が確かにあるとはいえ、香港が中国内の不況から逃れることはできない。中国経済全体は厳しい状況にある。中国は世界最大のEV生産国であるが、収益を上げている企業はほとんどなく、その多くが統合と倒産の影響を受けることになる。今年のCATLの上場は注目を集めたが、ほんの数週間前には、数年前から株式の売買を停止されていた恒大が香港証券取引所でついに上場廃止となった。かつて中国最大の不動産会社であった恒大の遺産は今や、3,000億米ドルの負債である。これが中国の好況と不況の実情だ。
香港の金融は当面の間は活況を呈し、取引が行われ株価が上昇するだろうが、今の香港は10年、20年前とはまったく異なる道を歩んでいる。政治改革がかつてのようにこの街のスローガンになるとは考えにくい。そして企業に向けられた警鐘は明確だ。国家の安全だけを重視する姿勢と、報道の自由の崩壊を無視することはできず、香港がこれまでと変わらないという考えは修正すべきである。香港は死んでもいなければ、都市として消滅しかけてもない。しかし、かつてのようなダイナミックな場所ではなくなり、中国政府指導部はそれを喜ぶに違いない。

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