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日本政府が中国の抗日行事に「参加自粛」呼びかけたのは賞賛すべき もう一歩進んで具体的理由を示すべきか
中国 抗日戦争勝利80周年軍事パレードのリハーサル(写真:ロイター/アフロ)

8月24日、日本の共同通信は<中国の抗日行事に「参加自粛を」 日本政府、各国に呼びかけ>という見出しでハッとするような報道をした。日本政府が「遺憾砲」以外に、こうして具体的に「参加自粛」を欧州やアジア各国に外交ルートを通して呼びかけたことなど、未だかつて聞いたことがないように思う。正直、「石破政権、なかなかやるじゃないか」と思った。

可能ならば、なぜ「抗日行事」が始まったのかを直視し、中国共産党が持つ決定的な弱点と虚偽を、静かに示せるようにしてほしいと切望する。

毛沢東はただの一度も「抗日行事」を開催したことがないが、1995年に江沢民が「抗日行事」を全国化して以来、反日感情は逆行して燃え盛り、それがまた日本の若者に反中感情を植え付ける原因の一つになっている。

この悪しきサイクルという負の遺産を子々孫々にまで残さないようにするのは、まだ現実を知っているわれわれ世代の義務だと思う。そうしないと、いつかこの負の感情の連鎖が戦争を起こすことにつながるかもしれない。それを防ぐためにも、これまで何度も書いてきたが、ここでもう一度、中国の「抗日行事」の真相を振り返りたい。

◆毛沢東は抗日戦争勝利を祝ったことがない

2015年8月25日のコラム<毛沢東は抗日戦勝記念を祝ったことがない>に書いたように、中国建国の父、毛沢東は、抗日戦争勝利記念行事を一度も行ったことがない。中共中央文献研究室が編集し、中央文献出版社から出版した『毛沢東年譜』を詳細に見ると、中国(中華人民共和国)が1949年10月1日に誕生すると、その年の12月23日に中央人民政府政務院(現在の国務院に相当)が抗日戦争勝利記念日を「8月15日」にしようと決定した。しかし実際には実行されておらず、1951年に8月13日に、記念日を「9月3日」にすると、文書上で決めた。毛沢東はそれも無視して、9月2日に旧ソ連のスターリンに祝電を送ることだけしかやっていない。1952年でも、9月2日に毛沢東がソ連のスターリンに祝電を送っただけで、国内行事はゼロだった。

1953年3月にスターリンが他界すると、それ以降は周恩来が旧ソ連のマレンコフ(第二代閣僚会議議長)やモロトフ(外相)宛てに祝電を送っただけで、1955年からは中ソ対立が始まったので、その祝電もなくなり、もちろん国内行事などは一切行ったことがない。

なぜなら「抗日戦争に勝利したのは毛沢東の最大の政敵である国民党の蒋介石率いる中華民国」であって、毛沢東にとっては「蒋介石を称えることになる」からだ。詳細は後述するが、そのようなわけで、毛沢東が逝去した1976年9月9日まで、中国では「抗日行事」など開催したことがないのである。

ただし、1972年9月には、日本の田中角栄元首相の訪中と日中国交正常化に関する記述に多くのページが『毛沢東年譜』で割かれ、日本を礼賛している。

全国的な抗日行事は1995年に江沢民が始めた

2015年8月26日のコラム<抗日戦勝記念式典は、いつから強化されたのか?>に書いたように、大々的な全国性の抗日戦争勝利式典は1995年9月から始まった。式典という形でなく、北京やその他の地方における地域性の座談会的なものは、改革開放後の80年代初頭から徐々に始まっている。しかしそれも、江沢民が国家主席になるまでは、全国的な行事ではなく、また式典という形で行われたことはない。

1995年5月9日、第二次世界大戦終結50周年という大きな節目にあたり、冷戦構造崩壊後の旧ソ連すなわちロシアにて、「世界反ファシズム戦争勝利50周年記念」が開催された。当時の中国の国家主席・江沢民は、当時のロシアのエリツィン大統領の招聘を受けて、会議に出席した。

連合国側の国家として戦ったのは「中華民国」なのだから、「中華人民共和国」が連合国側の国家として招聘されるというのは、奇妙な話だ。しかし「中華人民共和国」が「中国」を代表する国家として国連に加盟していたので(1971年)、中華民国の業績も中華人民共和国の業績として受け継ぐことになったと解釈することが許されたと、中国は思ったにちがいない。

江沢民にとっては、どれだけ誇らしく、かつ自信をくすぐる大きな出来事だったか、想像に難くない。

1950年代半ばから、ソ連とは中ソ対立があり敵国同志だったが、そのソ連が1991年末に崩壊しロシアとなったため、ようやく中国と和解したしるしでもあった。

その夜、モスクワのクレムリン宮殿では、式典を祝賀するための晩餐会が開かれ、各国首脳が顔をそろえていた。午前中に開かれた記念式典でスピーチをした首脳は、この晩餐会ではもうスピーチをしないことになっていたのだが、司会者がなぜか、アメリカのクリントン大統領やフランスのミッテラン大統領をはじめ、主たる国家の首脳を再び壇上に上がらせ、乾杯の音頭のための挨拶をさせ始めた。

舞台下の宴会場には、江沢民国家主席がいた。しかしいつまでたっても江沢民の名前は呼ばれない。見ればアジアから来た国家代表は江沢民だけではないか。「欧米首脳にのみ舞台に上がらせて、中国人民を代表するこの私(江沢民)を舞台に上げないとは何ごとか!」

江沢民は乾杯を拒否してエリツィンの秘書を呼びつけ、自分にも祝杯の辞を述べさせろと要求したが、反応がないまま、舞台のマイクが下げられ、次の催しに入ろうとしていた。

江沢民は怒り、焦った。

自分で直接エリツィンのもとに走って行き、「中国の代表として発言を求める」とエリツィンに迫った。エリツィンはすぐに同意し、江沢民は舞台に立った。あわてて元に戻されたマイクに向かって、江沢民は声高々と次のように語ったのである。

――私は中国政府と人民を代表して、すべての反ファシスト戦争勝利に貢献した国家と人民に熱烈なる祝賀を表するとともに、かつて中国人民による抗日戦争を支え援助してくれた全ての国家と人民に心からなる感謝と敬意を表したい。(詳細は『为了世界更美好 江泽民出访纪实』世界知識出版社、2006年)

この瞬間から、中国共産党の抗日戦争は「世界反ファシズム戦争」として位置づけられるようになった。

そして同年9月3日、中国では盛大なる「抗日戦争勝利記念大会」が全国的な国家行事として開催され、おまけにこれを「世界反ファシスト戦争勝利記念大会」と位置付けるようになったのである。

人民大会堂におけるスピーチの中で、江沢民は次のように述べている。

――私がここで特に明らかにしなければならないのは、ソ連、アメリカ、イギリス等の反ファシズム同盟国家は、中国の抗戦に人力的にも物質的にも甚大な支持をしてくれた。したがって抗日戦争に勝利した紅旗の中には、こういった各国の友人たちの血の跡が刻まれている。

 

なんと、中国共産党にとって神聖であるはずの紅旗(赤旗)の紅い血の色の中に、アメリカの血が入っていると言ったのだ。世界が「赤化」することを最も警戒していたアメリカに対してである。

◆愛国主義教育を反日教育に持って行った江沢民には個人的な理由が…

江沢民が鄧小平の指名を受けて中共中央総書記に就任したのは天安門事件後間もない1989年だが、国家主席に就任したのは1992年3月である(全人代の承認が必要)。

上海から突然中央にやってきた「おのぼりさん」を、北京派閥たちは嫌った。中でも北京市の書記をしていた陳希同は、自分が次期国家主席に指名されるべきだという願望を持っていたので、鄧小平に江沢民の出自をばらした。

江沢民の実父は、日中戦争時代、日本の傀儡政権であった汪兆銘政権管轄下にあった「ジェスフィールド76号」(通称:76号)という特務機関の官吏だった。だから金持ちの家で育っただけあって、江沢民はピアノも弾ければダンスもできる。酒が入れば炭坑節だって歌い出す。

ところが日本が敗戦すると、あわてて実父の弟の革命烈士(中国共産党員)の養子になったと偽り、共産党に入党した。今ではその過去を知らない人は少ないが、当時は、こんことを口にするのは絶対にタブーだった。陳希同を恨んだ江沢民は1995年に陳希同を牢屋にぶち込み、出自の過去を封印した。もし出自の秘密がばれたら、「売国奴」と罵倒され、国家主席どころか、共産党員になる資格さえない。

そこでその封印をより強固にして、「自分がいかに反日であるか」を人民に植え付けるために、「反日」を声高に叫び始めたのである。

反日傾向に逆らう者は、逆に「売国奴」として罵倒される。

1980年ごろから大陸に上陸した日本動漫(アニメと漫画)で育った中国の若者(中国動漫新人類)たちは、愛国主義教育によって「初めて知った反日感情」と「日本動漫大好きな日本愛」との間で葛藤していたが、日本アニメ上陸への厳しい検閲と、中国産アニメの増加および反日教育の中で、「中国共産党への愛」を育み始めている。

◆日中戦争中、毛沢東は日本軍と共謀していた

何度も書いてきたので、再び取り上げるのは心苦しいが、拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたように、毛沢東は日中戦争中、配下のスパイ・藩漢年らを上海にあった日本の外務省所轄の「岩井公館」に潜り込ませ、国民党の軍事情報を高値で日本側に売っていた。

今年7月10日の論考<習近平、BRICS欠席して抗日戦争「七七事変」を重視 百団大戦跡地訪問し「日本軍との共謀」否定か>の図表2に示したように、毛沢東は中共軍と日本軍との間での「停戦」をさえしようと藩漢年を通して日本側に伝えさせている。

スパイ相関図に関しては2024年8月16日の論考<中国共産党には日本に「歴史問題を反省せよ」という資格はない 中国人民は別>の図表に示したので、興味のある方はご覧いただきたい。

習近平としては何としても「中国共産党は抗日戦争の中流砥柱(中心的柱)である」として、中国共産党政権を維持したいと必死だろうが、父親の習仲勲は延安にいたので、延安時代の毛沢東の日本軍との共謀に関するスパイ行為に関しては知っている可能性がある。少なくとも習仲勲が最後まで守ろうとした胡耀邦は、毛沢東の日本軍との共謀を知っていた。

だから、なおさら、習近平としては何としても抗日戦争勝利80周年記念式典と軍事パレードを大成功に持って行きたいのだろうが、そのような「虚構」は必ずいつかは人類に不幸をもたらす。

過度に誇張した反日映画の上映も、江沢民の1995年のあの分岐点が無かったら、本来ならばなかったものであったかもしれないし、いずれ中国人民にも長い目で見れば、幸せをもたらすものではない可能性がある。

◆日本政府に望む

冒頭に書いたように、日本政府が今般、中国の抗日行事に「参加自粛」呼びかけたのは賞賛すべきことだ。可能ならば今後は、もう一歩進んで「なぜ適切ではないのか」、「なぜ参加を自粛すべきかのか」を書面に記して、各国に配布し、中国政府にも堂々と「日中戦争の真相と、1995年以降の反日教育の動機の不純さ」を示していくべきではないだろうか。

必要であるなら、「毛沢東が日本軍と共謀した事実」を、実際に日本軍と戦った「国民党軍」関係者とともに審議しチェックしていくことも試みるべきだろう。

2015年8月10日のコラム<戦後70年有識者報告書、中国関係部分は認識不足>に書いたように、10年前の報告書はあまりにもお粗末で、「反日教育」を「抗日教育」と書き間違えるほどレベルの低いものだった。

日本はアメリカにも中国にも恐れることなく、堂々と独立国家としての見解と見識を広めていくべきだと思う。それこそが「戦争を再び招かない未来」へとつながっていく道だと固く信じる。

 

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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