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習近平が反スパイ法を改正した理由その2「中国の国内事情」 日本はどうすべきか
天安門広場にあるCCTVのカメラ
天安門広場にあるCCTVのカメラ

習近平が反スパイ法を改正した「中国国内の事情」を、中国人女子留学生がはまったハニートラップなど、具体例を挙げて考察する。同時に、それでは日本はどうすべきか。これまで絶対に公けにしてはならないと黙ってきたが、これ以上黙っていることが果たして日本のためになるのか否かを考えたとき、思い切って公開した方が良いのではないかと思うに至ったので、文末で少しだけ触れる。

◆中国人女子留学生が留学先でハニートラップに遭い17年間も情報漏洩

7月3日のコラム<習近平が反スパイ法を改正した理由その1 NED(全米民主主義基金)の潜伏活動に対抗するため>で述べたように、中国では2014年に反スパイ法が制定されたが、今年7月1日から改正反スパイ法が施行されている。

「理由その1」では、対外的な理由としてNEDの潜伏活動に対抗するためであることを説明したが、今般はお約束通り、「中国国内における諸事情」をご紹介したい。

6月28日、中国共産党管轄の中央テレビ局CCTVの「今日説法(Legal Report)」は、興味深い実例を挙げて説明している。題して<「反スパイ法」を解読する>

その番組では、最初のケースとして、「中国人女子留学生が留学先で某男性と仲良くなり、男女関係にまで発展して、その結果国家の機密を17年間にもわたって漏洩し続けた事例」を紹介している。

雲南省の政府系列の下部機関に勤めていた黄氏(黄という姓の女性)は、2002年に修士学位を取得するために、ある国(おそらくアメリカ)に留学した。そのとき彼女には雲南に夫がいたが、留学先の国で、ある男性と知り合い魅せられた。甘い言葉に誘われて男女の関係に発展。その男性は、自分はコンサルティングなどの仕事をしているので、より多くの情報を得たいと言って彼女に情報提供を求めた。

その男性にすっかり惚れ込んでいた黄は、男友達に喜んでもらえるならと機密情報を提供した。中国に帰郷したとき男性は「あなたの夫の職場における情報も提供してくれれば報酬を増やす」と誘いをかけてきた。

その時点で「おかしい」と考えなければならないはずだ。もし異国のその男性が彼女に惚れ込んでいるのなら、「その夫」に対しては激しい嫉妬心を抱くだろう。だというのに夫にも協力するようにという誘いをかけてきたのである。そこで黄は相手の男性に「これはもしかしたらスパイ行為では?」と聞くのだが、相手の男性が否定すると、それを信じてしまう。

その後、相手が指定してきた特定の情報を提供すれば報酬をもっと増やすと言われ、「養老金100万人民元(現在1元=19.8日本円)」を銀行口座に振り込むという誘いまでかけてきた。

黄の夫である李氏は(中国では夫婦同姓ではない)、「それはスパイではないのか」と疑ったが、黄が否定するので、報酬の多さに目がくらみ、李もやはり雲南省政府系列の下部組織の役人であるにもかかわらず、機密情報を提供した。

ここも、自分の妻が留学先で他の男性と仲良くしているらしいことを知った場合、普通なら不倫関係にあるのではないかと疑うのではないかと思うが、報道ではそこには触れず、ただ多額の報酬という金銭関係のみをクローズアップしていた。

2019年、黄と李は逮捕され、17年間に及ぶスパイ生活に終わりを告げた。

黄は10年の、李は3年の実刑を受けている。

これは氷山の一角に過ぎず、個人が外国のスパイに引っかかる場合や、さらに第三者を巻き込む場合もあり、改正反スパイ法では、スパイ行為の対象者の中に「留学生」というのが特記されている。

◆IT関係の中国企業が海外企業から要求された高速鉄道関係のデータ

2021年、上海市にある民間のIT企業が、取引先の海外企業から北京・上海間の高速鉄道通信に関するデータを提供してくれと言われた。関連データには多くの機密情報が含まれており、場合によっては中国の運輸システムを破壊するかもしれない危険性をはらんでいる。

そこで中国企業の担当者は心配になり法務関係の部局に相談した。すると、それは機密漏洩に相当する可能性があるので取引をやめた方がいいのではないかという回答を得た。

ここで思い留まるべきなのに、取引先が他国の企業はそのようなことを言わないと主張し、しかもこの契約は低コストの上に、普通なら20%前後の利潤しか得られないのに、80%から90%の利潤が得られるような契約を提示してきた。

コロナで不景気でもあったので、上海市のIT企業の担当者は取引先の要求に応じてしまった。その結果、機密が漏洩し、IT企業の担当者は逮捕され、企業も罰則を受けた。

これは個人が相手国のスパイに誘い込まれたケースと違い、中国企業と海外企業との間の取引だ。したがって改正反スパイ法では企業に対する監視を強化することが盛り込まれている。

◆ナマコ養殖業者が未然に防いだスパイが設置した盗撮機器

2019年、遼寧省大連市のナマコ養殖業の男性のところに、ある日、数人の外国籍の男性がやってきて「水質検査の装置を無料で設置したい」と申し出てきた。ナマコを養殖するのに水質検査をしてくれるのは悪いことではないと思い、承諾したが、どうも様子がおかしいので調べてみたところ、その装置は水質検査とは関係がないように思われたので、地元の国家安全機関に相談した。

国家安全機関から担当者がやってきて装置を分解し詳細に調べてみたら、それは360度撮影できる盗撮機で、大連港付近での軍の動向を偵察していたことがわかった。

ナマコ養殖業を営んでいた男性は表彰を受け、賞金も授与された。

結果、一般庶民が「何か変だ」と思ったら、すぐに当局に通報することが強く奨励されるという条項が改正反スパイ法にはある。

古くから密告制度がはびこる中国なので、「当局への通報を奨励する」とあれば、誰でも反射的に、これは密告制度を奨励していると思ってしまうが、必ずしもそうではなく、庶民が何か不自然だと気が付いたら関係部局に迅速に通報することを奨励するという意味合いなのだと、CCTVでは解説していた。

◆改正反スパイ法で定義されたスパイ行為

CCTVで紹介したのはほんの一例に過ぎないが、こういった諸々の事例を鑑み、改正反スパイ法の第四条に、スパイ行為に関する新たな定義が設けられることになった。そこには6種類のスパイ対象とする行為が列挙してある。法律用語は翻訳が複雑で不自然な日本語になってしまうが(そこはお許しいただいて)、一応その6種類を簡潔に書くと以下のようになる。

1.スパイ組織およびその代理人が実施するか、または他者によって指示あるいは資金的支援を受けてされて実施するか、あるいは国内外の機関・組織・個人によって実施される国家安全を危険にさらす活動。

2.スパイ組織に参加し、もしくはスパイ組織およびその代理人からの任務を受諾し、あるいはスパイ組織やその代理人の手先になった場合。

3.スパイ組織およびその代理人以外の外国の機関・組織・個人によって実行されるか、指示を受け資金提供をされて実施する場合。あるいは国内の機関・組織・個人などが共謀して、窃取、捜査、買収、国家機密や情報およびその他の国家安全と利益に関する文献やデータ、資料、物品などを非合法に提供すること、もしくは国家工作人員(公務員)を策動、誘惑、脅迫、買収などによって謀反を起こさせる活動。

4.スパイ組織およびその代理人が実施するか、他の人に指示あるいは資金援助をして実施させるか、あるいは国内外の機構・組織・個人が共謀して以下のことを実施すること:国家機関や機密組織あるいは基本情報インフラ・ストラクチャーなどに対するネット攻撃、侵入、妨害、制御、破壊等の活動。

5.敵に攻撃目標を示すこと。

6.その他のスパイ活動を行った場合。

以上だ。

最後にこの「6」がある限り、何でもこの「その他」に入れることが出来るので、実は「1」~「5」があっても、あんまり関係ないのである。

◆日本はどうすべきなのか? 口外してはならないかもしれないが…

では日本はどうすべきかと言えば、スパイ防止法を制定するか、あるいは専門の諜報員を養成するしかないのではないかと思うのである。

これまで何十年も日本国のために口外してはならないと思い、グッと呑み込んで我慢してきた。しかし、これ以上一般の日本人犠牲者が増えるのは耐えがたいので公開することを決意した。

実は筆者は長きにわたって法務省の公安調査庁の某支部に「情報提供」をするという形で協力してきた「過去」がある。もちろん報酬は「ゼロ!」だ。

その情報は自分自身が研究を深め、あるいは海外で資料調査や取材など、学問的視点から得た知見の範囲に限られていた。どうか提供して下さいと執拗に追いかけられ、日本国のためになるならと、膨大な時間と体力を消耗しながら提供してきた。

ところが、ある時点で、「研究のための出張のついでに、中国の某地点で、〇〇に関する情報を取ってきてほしい。その証拠写真も撮影してほしい」と頼まれたのである。

えっ?

それって、スパイ行為じゃないですか――?!

非常に不愉快になり、毅然と断った。

ところが、その後、日本語学校や大学関係者あるいは企業関係者で、中国に出張する際に、筆者同様の依頼を受けた人たちがいることを知った。

これ以上の詳細はさすがに書けない。

しかし、筆者自身の経験から言えるのは、もしプロの諜報員がいれば、一般庶民が「餌食」になることもないし、また日本にスパイ防止法があれば、相手国(たとえば中国)の日本におけるスパイ活動をしている人間を拘束・逮捕し、万一日本人が中国などで拘束・逮捕された場合は、日本で拘束・逮捕している者(相手国スパイ)と交換することによって日本人の釈放につなげることができる。アメリカやカナダなど、普通にやっていることだが、日本は、中国人などのスパイ天国になっているだけでなく、中国で日本人が拘束・逮捕されるケースがあまりに多い。

今年3月下旬にも、アステラス製薬の幹部が帰国する際に突如、中国国家安全局によって拘束された。

4月3日のコラム<カードなしに拘束日本人解放を要求し、「脱中国化はしない」と誓った林外相>にも書いたが、林外相自身が中国の外交トップ王毅氏と会いながら、ただニコニコと握手するだけで、拘束された日本人を取り返すこともできずに帰国してきた。

このようなだらしない国は滅多にない。

もっと日本人を守れるよう法整備をし、毅然とせよと言いたい。

 

この論考はYahooから転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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