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カードなしに拘束日本人解放を要求し、「脱中国化はしない」と誓った林外相
訪中した林外相と中国外交トップ王毅政治局委員(新華社)
訪中した林外相と中国外交トップ王毅政治局委員(新華社)

訪中した林外相は、カードを持たずに口頭でのみ拘束日本人解放を要求。中国にはいかなる効果もない。加えて李強首相には「決して脱中国化はしない」と誓っている。友情を深めただけのような訪中を中国側発表から読み解く。

◆カードなしに拘束日本人解放を求めても応じるような中国ではない

4月2日、日本の林芳正外相は中国の秦剛(しんごう)外交部長兼国務委員と会い、ワーキングランチも含めれば4時間近くにわたって会談したようだ。しかし、最大の目的であるはずの拘束された日本人解放を要求するに当たり、「交換条件」というか「切り札」のような「カード」を持たずに、ただ「強く抗議する」とか「直ちに解放せよ」などと言ったところで、そんなことを聞くような中国ではないことは百も承知のはずだ。

そもそもスパイ容疑といったところで、2015年10月2日のコラム<中国「反スパイ法」の具体的スパイ行動とは?――日本人心得メモ>に書いたように、「反スパイ法」の「第五章 附則」第三十九条には「本法が言うところのスパイ行為とは、以下のような行為を指す」とある。具体的に何をスパイ行為とみなすかが列挙してはあるが、その最後には【(五)その他のスパイ活動をおこなうこと。】とあるので、どんなことでも理由になる。

要は、誰かを「逮捕しなければならない状況」がくれば、誰かに適宜目を付けて逮捕し、それらしい理由を付けることが可能だということだ。だから「気を付けろ」と当該コラムで書いた。

今般、日本人が拘束されたという情報が公表されたのは3月25日で、中国外交部が定例記者会見で日本人拘束を認めたのが27日だ。

その前に何が起きたか。

言わずと知れた岸田首相のウクライナ電撃訪問とゼレンスキー大統領との対面会談だ。今年3月30日のコラム<岸田首相訪ウで頓挫した習近平・ゼレンスキーのビデオ会談と習近平の巻き返し>に書いたように、その日はまさに習近平国家主席がモスクワで華々しくプーチン大統領に会い、ウクライナ戦争を終わらせるための「和平案」に関して話し合っていた晴れの舞台に照準を合わせていた。しかも3月30日当該コラムの【図表1:日ウ共同声明の中にある対中批難部分(赤文字で表示)】にあるように、ウクライナは建国後初めて対中非難を行った。

そのために華麗に展開するはずだった習近平とゼレンスキーのオンライン会談の流れは頓挫してしまった。つまり岸田首相は習近平が唱えている「和平案」の実行を阻止してしまったのだ。

そんな日本を中国が許すはずがない。

かと言って正面切って批判するのも沽券(こけん)にかかわるだろう。

結果、スパイ容疑で日本人を拘束するという行動に出たと考えるのが筋ではないのか。容疑など、どうでもいいのだ。「反スパイ法」の「第五章 附則」第三十九条の【(五)その他のスパイ活動をおこなうこと。】がありさえすれば「法に則(のっと)って」と言い張ることができるようになっている。

そのような中国の動きも見えず、「道義的に許されないので、即時釈放を!」と百万回言ったところで、ビクとも動かない中国であることを日本政府は肝に銘じるべきだ。

カードは秦剛の言葉の中にある。

中国外交部のウェブサイトによれば、秦剛は「アメリカはかつて残忍な手段を用いて日本の半導体産業を潰し、今では中国に対して同様の策略で抑圧しようとしている。自分が望まないことは、他人にも押し付けるべきではない。日本は未だにアメリカによる日本半導体産業抑圧によって深い傷を負っているではないか。虎の威を借る狐であってはならない。(日本と違い)中国への封鎖は中国の自立自強を促進するだけだ」と居丈高に言っている。

したがって、この場合、日本が用いることのできる「カード」は二枚ある。

一枚目は「中国が最も困っている半導体製造装置の輸出規制を緩めるので、拘束日本人を釈放してくれ」と懇願するやり方だ。

二枚目はその逆で「拘束日本人を今ただちに釈放しないのなら、半導体製造装置の輸出規制をもっと厳しくするぞ!」という脅迫である。

中国としては前者を引き出したかっただろうし、われわれ日本人としては後者のカードを使って毅然としてほしかったが、林外相はそのどちらも使っていない。

秦剛がさらに「日本はG7のメンバーであり、アジアの一員でもある。会議の基調と方向性を正しく導き、地域の平和と安定に有益なことをすべきだ」と主張したのは、日本がNATOのアジア化の仲介役を果たし、日ウ共同声明でウクライナに対中批判をさせたことを指していることに、どうやら日本政府は気が付いていないようだ。

このようなことで、外交交渉などできるはずがない。

◆李強首相との会談では「(日本は)脱中国化はしない」と誓った林外相

通訳を交えてわずか40分間ほどの会談だったが、2日午後、林外相は李強首相とも会談した。通り一遍の挨拶の中で、李強は「日中は重要な経済貿易のパートナーであり、デジタル経済やグリーン化発展、財政金融、医療養老などの分野で互いに協力し合い、アジアにおける安心材料となる二大国家でなければならない」と、実に李強らしい実務的な協力を呼び掛けた。

それに対して林外相の回答を、中国外交部のウェブサイトは、以下のように記録し発表している。

――昨年は日中国交正常化50周年、今年は日中平和友好条約調印45周年で、日中にとっては重要な分岐点にある。日中両国は幅広い分野で大きな協力の可能性を秘めており、日本は中国との協力を促進することに全力を尽くし、決して「脱中国化」を採用したりなどしない。日本側は中国側とともに協力し、条約締結45周年を契機に、両国首脳の重要な共通認識を実行に移し、ハイレベルの交流を維持し、絶えることなく対話と意思疎通を継続していき、建設的で安定した日中関係を構築したいと望んでいる。(外交部の引用はここまで)

あーあ・・・・。

終わってしまった・・・。

それが率直な感想だ。

◆中国外交トップ・王毅政治局委員との会談

林外相は昔から仲良しの王毅政治局委員とは夕食を交えて和やかな雰囲気の中、会談を行った。握手する表情も、昔ながらの仲間という、はち切れんばかりの喜びを隠し切れずにいる。日中ともに公開していない台湾の「中天新聞」の動画から切り取った下の写真をご覧いただきたい。

出典:台湾の「中天新聞」の動画

王毅は「中日関係は現在、全体としては安定しているが、時折雑音や干渉が入る。その根本原因は日本の中の台米追随者がアメリカの間違った対中政策に惑わされ、アメリカが中国の核心的利益に内政干渉してくる策略に乗っかるからだ」と述べた。

それに対して林外相は、「今年は日中平和友好条約締結45周年で、日中は肝心な分岐点を迎える。日中両国は広範囲における巨大な協力潜在力を持っており、同時にいくつかの解決しなければならない課題にも面している。日本は中国と協力して共に努力し、日中両国リーダーが達成した重要なコンセンサスを実行に移し、建設的で安定的な日中関係を構築し、ウィン-ウィンとマルチ・ウィンを実現したい」と述べたと、中国外交部の情報にはある。

もちろん林外相は他の事も主張しただろうとは思うが、少なくとも中国側が公表した言葉を「言わなかった」ということはないものと判断される。

言ってないことを「言った」として中国外交部の正式ウェブサイトに掲載したら、日本は明確に「そんなことは言ってない」と抗議する権限を持っている。抗議してないところを見ると、言うのは言ったのだろう。

◆会談中も尖閣諸島周辺の日本の領海に中国船が侵入

日本の領土領海である尖閣諸島周辺に、中国海警局の船が3月30日から会談中の4月2日までの4日間にわたり侵入を続けた。海上保安庁の発表によれば連続侵入時間は80時間36分となり、これまでの最長記録を更新した。

そのような中、林外相が中国側に抗議したところで、1992年2月に中国が領海法(中華人民共和国領海及び接続水域法)を制定し、尖閣諸島(中国名、釣魚島)を中国の領土とし、その周辺海域をも中国の領海と決議したのに、日本は文句の一つも言わず、同年10月の天皇陛下訪中を実現させて、中国の主張を黙認してしまったではないか。

その大きな過ちを反省することもなく、「遺憾に思う」をくり返したところで何にもならない。この過誤を日本政府は正視し、真正面から勝負すべきだ。

そのようなことをスルリ、スルリと見て見ぬふりをしてやり過ごしてきた日本政府の責任の無さが、今回の不甲斐ない林外相訪中に如実に表れている。

おまけに昨年11月17日にタイのバンコクで習近平と会った時の岸田首相の習近平に対する卑屈なまでの姿勢。これに関しては拙著『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』のp.268に【すでに負けている――習近平を前に焦る岸田首相】で詳述したが、その岸田首相が外務大臣に任命したのが自民党切っての親中派である林芳正氏だ。

どんなにバイデン政権の言う通りに動いていても、本音は隠せない。

なお、台湾問題に関しては秦剛、李強ともに、これは中国の核心中の核心問題であるため「内政干渉を絶対にするな」という姿勢を一歩たりとも譲っていない。

日本はかつて先を争って「中華民国」台湾と国交を断絶し、中共中国「中華人民共和国」を「唯一の中国」として「一つの中国」原則を中国に誓い、中国の国連加盟へと積極的に動いた国の一つだ。したがって中国は中華人民共和国憲法に、「台湾は中国の不可侵の領土」と明記してある。

それを覆したいのなら、国連で勝負すべきだろう。

台湾有事を煽って、戦争で決着を付けるべきではない。

失われるのは台湾人と日本人の命であることを忘れるな。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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