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トランプが習近平と「台湾平和統一」で合意?
トランプ大統領と習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

12月19日、シンガポールの「聯合早報」が台湾の元国防部副部長が「トランプと習近平は台湾平和統一に関して合意する」と述べたと報じた。

その実態を考察する。

◆台湾の元国防部副部長「トランプと習近平は両岸平和統一で合意する」

12月19日、台北では「中国戦略学会、国立政治大学国際問題学院・両岸政治経済研究センター、中国民族統一協会、中華民国忠誠同志協会」などの共催で「2026年 世界情勢フォーラム」が開催された。「聯合早報」はその日のフォーラムで、台湾の林中斌・元国防部副部長(民進党の陳水扁政権時代)が<トランプと習近平は両岸平和統一に関して合意する>と指摘したと報道した。林中斌は李登輝政権下で大陸評議会副議長を務めたこともある。それだけに林中斌の発言は注目を浴びた。言うまでもなく「両岸」というのは「台湾海峡」を指す。大陸と台湾が平等であることを示すために、「台湾」という単語を入れないという工夫した表現だ。日本人にとっては「台湾平和統一」と表現した方が分かりやすいので、本稿では「台湾平和統一」で統一する。

林中斌は「トランプと習近平が台湾平和統一で合意する」と言える理由として、以下のような事実を挙げている。

 1.アメリカは、アジア太平洋地域における軍事力が中国本土の軍事力に遅れをとっていることに既に気づいており、そのため、中国人民解放軍に軍事力を用いて対抗することを、できるだけ避けようとしている。

 2.西側メディアが最近公開した詳細情報も、「国家力の面では、中国とアメリカは同点である」ことを示している。たとえば、

 ●ニューヨーク・タイムズは12月8日に、「20年前ではアメリカが太平洋で台湾を防衛する力を持っていたが、今では状況が変わり、中国本土は、アメリカの高度な装備や兵器が台湾に到達する前に破壊できる十分なミサイルを保有している」と報道した。

 ●イギリスの「デイリー・ミラー」は、現在のアメリカの戦争長官ヘグセスが、昨年11月7日のインタビューで、「過去12〜15年間にわたり国防総省が数え切れないほどの戦争ゲーム(シミュレーション)を行ってきたが、その結果は全て米軍敗退に終わった。中国人民解放軍は20分以内に15発の極超音速ミサイルを発射し、10隻の米空母が完全に破壊された」と述べていると報道した。

 ●12月10日、イギリスの「デイリー・テレグラフ」は、「2024年7月に米国とフィリピンが南シナ海で演習を行い、レーダー画面に静電気が突然現れ、GPS信号が妨害され、艦がその地域から撤退した」と報じた。

 林中斌のコメント:まさか、「中国共産党は血を流さず、破壊せず、電磁的または非接触兵器を使って米軍を自動的に撤退させる」とは信じられなかった。中国文化は「戦わずして勝つ」戦術を提唱しており、中国人民解放軍の行動から判断すると、習近平は「決裂するやり方ではなく、政治的・経済的・心理的など超軍事的手段」を用いている。

 3.アメリカの元国防次官補エルブリッジ・コルビーは2021年に出版した『拒否戦略:中国覇権阻止への米国の防衛戦略』の中で「アメリカは中国に対する軍事的優位を維持したいが、しかしそれは根本的に実現できない」と述べている。 彼はペンタゴン戦略の立案者であり、昨年8月2日に中国への対応について尋ねられた際、「経済が最優先で軍事はその次だ」と答えている。

 4.来年の中間選挙を控え、トランプの状況は楽観的ではなく、世論調査は下がっており、農民を救済しようとしている。これは間接的に関税戦争の失敗を証明している。トランプは来年、習近平と4回会談する予定になっているが、今や「トランプが習近平から得られるものの方が、習近平がトランプから得られるものより多くなっている」。習近平にとって最も重要なのは台湾だ(筆者注:「トランプは習近平が喜ぶことをやって、習近平から得たいものがあるので、台湾に関して習近平が最も喜ぶことを実施するだろう」という含意)。

 5.現在の障害は、台湾の頼清徳政権が強硬で、中国大陸側と交流しないことだ。しかし、「アメリカが(頼清徳政権に)背後から圧力をかければ」、両岸の政治対話や社会交流は自然に進むだろう。中国社会のソフトパワーは近年飛躍的向上している。中国大陸を訪れた(台湾の)人が、すぐに中国を気に入ってしまうようになるようなソフトパワーが働いている。「生来独立志向」の(台湾の)若者も、ひとたび中国本土を訪れれば、その実態を肌で感じることができるだろう。こうして、台湾平和統一という目標が徐々に達成される状況にある。

◆林中斌・元国防部副部長のスピーチに対する考察

林中斌の講演の中で、二つ驚いたことがある。

一つ目は上記「2.」の「デイリー・テレグラフ」に対する林中斌のコメントだ。

コメントの中に「中国文化は「戦わずして勝つ」戦術を提唱しており、」というのがあるが、これは正に拙著『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』の軸を成している「兵不血刃(ひょうふけつじん)」で、この意味は「刃(やいば)に血を塗らずして勝つ」という意味だ。習近平は「荀子(じゅんし)」哲学を好み、その中の一句が「兵不血刃」である。

習近平は、この哲学を基礎において国家戦略を練り、台湾解放(=台湾統一)に関しては、12月23日の論考<中国にとって「台湾はまだ国共内戦」の延長線上>の【図表:中国大陸政府と台湾との間で開催された「両岸融合発展論壇」】に示したように、「融合的発展」しか考えていない。

こういった中国何千年もの歴史の中から生まれてきた「兵不血刃」という哲学に基づいて、大きな構想に向かって動こうとしているときに、突然飛び出してきた「台湾有事に関する高市発言」に対して、どのようなことがあっても許さないという決意で習近平は動いているにちがいない。

おそらく、高市内閣が下野するまで、中国の執拗な対日批判は続くだろう。

台湾でのフォーラムで、民進党の陳水扁政権の元国防部副部長の口から出てきた言葉も、結局のところ、習近平が戦略的に目指している「台湾との融合的関係の発展」を指している。

二つ目に驚いたのは、上記の「5」にある「アメリカが(頼清徳政権に)背後から圧力をかければ」、両岸の政治対話や社会交流は自然に進むという論理だ。

これは凄い!

この推論は、11月5日の論考<トランプが「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と発言! これで戦争が避けられる!>で書いたトランプの発言「中国を倒すのではなく協力することでアメリカは強くなる」と方向性が一致する。

いま台湾が軍事力的に頼みにするのはアメリカしかないのだから、アメリカに言われれば、従うしかない。

◆中国が「力による平和」?

上記「2」のアメリカの戦争長官ヘグセスへのインタビューを詳細に観察すると、「中国はアメリカを倒すことに特化した軍隊を建設している。それが彼らの戦略的な出発点だ」として、「たとえば極超音速ミサイルを例に挙げよう」という流れになっている。

中国は「アメリカを倒すことに特化した軍隊」を構築することによって、アメリカが抵抗できないように持っていき、「台湾平和統一」という国家運命をかけた「100年の夢」を実現できそうになったということは、ある意味、「力による平和」を中国が獲得しつつあるということになる。

「力による平和」はアメリカの専売特許のようなものだったが、中国が強大な軍事力を持つことによって、戦争をしないで済むようになったということを意味し、これはかなり衝撃的である。

同じく「2」で林中斌は〔西側メディアが最近公開した詳細情報も、「国家力の面では、中国とアメリカは同点である」ことを示している〕と言ってるが、西側メディアの関連情報の多くは、いずれも「国家力」という視点で分析している。

これは習近平が2015年にハイテク国家戦略「中国製造2025」を発布した時からの習近平の国家目標の一つで「中国の夢、強軍の夢」をくり返してきた。「強軍大国」を叫びながら「平和を重んじる」というのは矛盾しているだろうという批判は日本に充満していたが、アメリカが「力による平和」を叫んでも日本は微塵も批判していない。

そのアメリカが遂に、「軍事力では中国に勝てないので、軍事力的に中国を刺激しないようにしよう」と言い出すとは、思いもかけないことだ。

もっとも台湾の人々の心がどうなるのかを考えたとき、抵抗があった場合は、習近平は最低、台湾を囲んだ大規模軍事演習によって台湾をエネルギー的に封鎖し、降参するのを待つことになるだろう。

しかし、トランプが水面下で頼清徳政権を説得し、平和統一に向かわなければ、今後は一切台湾の支援をしないし、最悪の場合はアメリカが台湾に軍事的な力をかけると威嚇した場合は、台湾はトランプの意向に従うしかなくなってしまうにちがいない。

トランプと習近平の現在の関係を考えたときに、このたびの台湾の元国防副部長の発言は、かなりの現実味を帯びている。

◆「高市発言」の前提が崩れる

そうなると、「高市発言」の前提が完全に崩壊する。

台湾有事に「アメリカの援軍があった場合」という前提の下で発せられた高市総理の「存在危機事態」は、「アメリカの援軍は来ない」ということによって、完全崩壊してしまうのである。

台湾(の元政府関係者)自身が「トランプが習近平と台湾平和統一を合意する」という可能性を発表している現状では、「高市発言」の「前提が崩壊する」どころか、「そのような前提はそもそも存在しない」という事態にもなりかねない。

日中関係は、日本と中国だけで決まっていくのではなく、アメリカという巨大なパラメータを介して決定されていく。すなわち米中関係が独立変数で、日中関係は、その従属変数でしかないのである。

日本政府は、「世界を見る視点」を持たないと、アメリカに梯子を外される危険性が、現実味をもって迫っていることを認識すべきではないだろうか。

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『米中新産業WAR』(ビジネス社)(中国語版『2025 中国凭实力说“不”』)、『嗤(わら)う習近平の白い牙――イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』(ビジネス社)、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “2025 China Restored the Power to Say 'NO!'”, “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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