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トランプ関税は「中国を再び偉大に(Make China Great Again)」 英紙エコノミスト
トランプ2.0の関税政策(写真:ロイター/アフロ)
トランプ2.0の関税政策(写真:ロイター/アフロ)

4月3日、イギリスの週刊新聞「エコノミスト」は<How America could end up making China great again(アメリカはどのようにして中国を再び偉大な国にしてしまうのか)>という見出しの記事を報道した。

BBCも4月4日、<トランプ関税は懲罰か「贈り物」か 4つの国と欧州はどう見ているのか>という解説記事の中で、【中国首脳にとって関税は「贈り物」】と書いている。

ことほど左様に、トランプ関税は結果的にMake America Great AgainではなくMake China Great Again現象をもたらす可能性があるとみなしているということになる。

つまり、トランプ大統領の全世界に対する相互関税は「圧倒的に中国に有利だ」ということになるわけだ。

中国は結果的に54%もの高関税をかけられたのに、なぜなのだろうか?

◆トランプ関税に対する中国の対抗措置

トランプ大統領は現地時間4月2日、ホワイトハウスの大統領執務室の庭園「ローズガーデン」で、アメリカに輸出をしている全ての国に対して「相互関税」を課すという演説をした。その動画がホワイトハウス・チャンネルにある。以後、この演説を「ローズガーデン演説」と称することにする。

ローズガーデン演説では、中国に対する相互関税は34%ということになった。友好国だろうと同盟国だろうと容赦なく相互関税をかけているので、もちろん日本も例外ではなく24%になっている。自動車関税一律25%は別途、同時並行のようだ。

演説中、トランプは習近平に関して「習近平はわかっている。彼は『ほら、この通りわかっている』と言ったよ」と説明している。それが本当であることを、ローズガーデン演説の一場面から切り取って図表1にお示しする。

図表1:「習近平はわかっている」とトランプ

図表1:「習近平はわかっている」とトランプ

ローズガーデン演説を基に筆者作成

トランプはこの後に日本に触れて「安倍晋三はわかっていた」といった趣旨のことを述べているので、習近平に対しても、『米中新産業WAR』の最終章やこれまでの論考で述べた通り、類似の親近感を覚えていたということになろう。

このローズガーデン演説とは別に、ホワイトハウスのウェブサイトには正式の<大統領令>があり、そこには「相手国が報復関税をかけてきた場合は、さらに税率を引き上げる」と書いてある。だから「断固報復関税」という対抗措置をとるか否かに関しては、それぞれの国によって異なり、特に日本などはその勇気はなく、かつそれが賢明だとも思っていないだろう。交渉で何とか乗り切ろうと論議中だ。

そんな中、中国はまったく同率の34%関税を、アメリカからの全ての輸入品にかけると、真正面から宣言した。

図表2には、トランプ2.0になってからのアメリカの対中関税(青色)と、それに対する中国の対抗措置(赤色)を一覧表にしてまとめてみた(行数内に入るようにアメリカは「米国」と表記)。

図表2:トランプ2.0の対中関税と中国の対抗措置一覧

図表2:トランプ2.0の対中関税と中国の対抗措置一覧

筆者作成

きっちり「対等に」、毎回アメリカの痛い所を突きながら対抗措置を講じている。

この強気度はどこから来るのか?

一つは全世界の対中貿易が対米貿易を遥かに上回っていることで、二つ目はトランプが狙っているのが「製造業を取り戻すこと」だからだ。それぞれに関して考察する。

◆全世界の対中貿易は圧倒的に対米貿易を上回っている

オーストラリアのローウィ国際政策研究所は「対米貿易と対中貿易の国のマップ」を発表しているが、最近のものでは2023年のマップがある。ローウィ国際政策研究所は以下のような特徴を解説している。

  • 国際貿易関係における中国のアメリカに対するリードは、2018~19年の米中貿易戦争以来、拡大する一方だ。
  • 約70%の経済圏は、アメリカよりも中国との貿易額が多く、現在、全経済圏の半数以上がアメリカの2倍の金額を中国と貿易している。
  • 2000年当時、80%以上の経済圏はアメリカとの双方向貿易が中国との双方向貿易を上回っていた。前回この調査を行った2018年までに、その数字は30%強にまで低下し、データのある202カ国のうち139カ国がアメリカよりも中国との貿易額が多かった。この傾向は、2023年通年で205カ国をカバーした最新データでも維持されている。現在、世界の約70%、つまり145カ国がアメリカよりも中国との貿易額が多い
  • 近年、はるかに顕著な増加は、中国との貿易関係の緊密さである。2023年には、112カ国がアメリカとの貿易額の2倍以上を中国と貿易しており、2018年の92カ国から増加している。(ローウィ国際政策研究所の解説はここまで)

このデータに基づいて、2018年の時のマップと2023年におけるマップを以下に縦に並べてお見せする。

図表3:2018年と2023年の対米貿易と対中貿易の分布図

ローウィ国際政策研究所のデータを基に筆者作成

図表3において赤色で示したのが「対中貿易が対米貿易よりも大きい国・地域」で、青色で示したのが「対米貿易が対中貿易よりも大きい国・地域」だ。赤が濃い方がより大きく中国に傾倒しており、青が濃い方が、より大きくアメリカに傾倒している。

2018年のマップよりも2023年のマップの方が「赤色」傾向が全体として濃くなっているのが視覚的に見て取れるだろう。中には「青から赤に変わった国」や「薄い赤が濃い赤に変わった国」などもある。どの国が変化を起こしたのかを自分自身も知りたいと思い、細い白色の線で関連した国名を示した。

中国では毎日のようにどこかの国の首脳や高官が北京詣でをしており、その多くの来訪者と習近平自身が会っているニュースが報道されている。ここまで世界中からの北京詣でがあるのかと呆れながら報道を斜めに見流していたが、それがこんなところに結実していたのを発見した。

このたびのトランプの「相互関税」によって、赤色傾向はさらに強まっていくにちがいない。したがって習近平としては、「トランプ関税によって孤立するのはアメリカだ」という強い自信があるものと推測する。その結果、強気に出ていると考えることができる。

◆トランプ関税が目指しているのは「製造業を取り戻すこと」

二つ目。

ローズガーデン演説で見逃してならないのは、トランプが、“We’re going to produce the cars, ships, chips, airplanes, minerals, and medicines that we need right here in America.”(私たちは、われわれが必要とする自動車、船舶、チップ、飛行機、鉱物、医薬品を、ここアメリカで製造するつもりだ)と言っていることである。すなわち大統領就任演説で誓った通り、「アメリカを再び製造大国にして、アメリカの黄金時代を築く」ためにこそ、「相互関税」を導入したということになる。図表4に示したのは、演説中の一コマだが、スクリーンショットでは一場面しか切り取れないので、日本語訳ではその前後につながる言葉も書き入れた。

図表4:「製造業をアメリカに取り戻す」とトランプ

図表4:「製造業をアメリカに取り戻す」とトランプ

ローズガーデン演説を基に筆者作成

拙著『米中新産業WAR』で徹底して分析した通り、中国は圧倒的に製造業においてアメリカを凌駕しており、今さら製造業で中国を凌駕しようなどということはできない。

特に造船業に関しては3月13日の論考<「米国の500倍の生産力を持つ中国の造船業」PartⅠ 米国はなぜ負けたのか、関税で中国を倒せるのか>や3月15日の論考<「米国の500倍の生産力を持つ中国の造船業」PartⅡ 中国の造船力はなぜ成長したのか?海軍力に影響>に書いた通りだ。

チップを別とすれば、中国はほぼすべての新産業分野で世界トップを走っている。だからアメリカがどんなに関税をかけても、中国の製造業には追い付けないことを知っているからだ。

チップに関しては、トランプは台湾を強く批判している。ローズガーデン演説の31分39秒から、トランプは、“Taiwan, where they make—they took all of our computer chips and semiconductors. We used to be the king. Right? We had everything. We had all of it. ”(台湾は、われわれのコンピューターチップや半導体を全て奪った。われわれはかつて王様だった。そうだろ?われわれは、かつて、全てを持っていた。)と台湾を激しく非難している。図表5に示したのは、その瞬間のスクリーンショットなので、その後に続く言葉も一部日本語で入れて表示した。

図表5:台湾を批判するトランプ

図表5:台湾を批判するトランプ

ローズガーデン演説を基に筆者作成

台湾に対して結果的に「32%」の相互関税をかけることになったのは、習近平として非常に喜ばしいことで、このたびのトランプ関税に同等の対抗関税をかけながら、意気揚々としている様子が伝わってくる。

◆中国共産党系新聞が「中国こそが自由貿易の旗手」

4月5日の中国共産党機関紙「人民日報」電子版「人民網」は<多国間貿易体制を維持してこそ共同富裕を実現できる>という見出しで、「国際法の尊重と自由貿易こそが重要で、中国は世界貿易機関(WTO)のルールに従い、貿易相手国との互恵性を重んじる」旨の論理を張っている。そして「相互関税は保護主義の極みであり、広範な国際社会の強い反発を招いており、誰一人賛成していない。世界経済に大きな打撃を与えるだけであり、そもそもアメリカ経済自身をさえ停滞させる」という趣旨の主張をしている。

また同日の「人民日報」の姉妹版「環球時報」の電子版「環球網」は<経済的いじめは他人と自分を傷つける、これが歴史の結論だ>という表題で、同様に「中国は自由貿易の旗手であり、貿易相手国との互恵性と平等性を重んじる」という趣旨の社評(社説)を載せた。そして「中国はハイレベルの対外開放を推進し、すべての国々と連携して普遍的な経済システムを構築していく」という趣旨のことを述べている。

すなわち、アメリカは「相互関税」によって保護主義を貫き、中国は「相互関税」に毅然と反対して立ち上がり、WTOに訴えることまでしており、法に則った国際秩序を守っていく、と主張しているのに等しい。

図表3にあるように、2018年から2023年にかけてさえ、対中貿易を重視する国々が増えたので、トランプ関税によって世界は一層、中国を中心にして経済貿易活動を進めていくことになるだろうということが言いたいわけだ。

冒頭の英紙エコノミストの「中国を再び偉大に(Make China Great Again)!」もBBCの【中国首脳にとって関税は「贈り物」】も、この事実を見抜いた論評であろうことが見えてくる。

日本はどうするのだろうか?

この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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