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「米国の500倍の生産力を持つ中国の造船業」PartⅠ 米国はなぜ負けたのか、関税で中国を倒せるのか
中国 香港コンテナターミナル(写真:ロイター/アフロ)
中国 香港コンテナターミナル(写真:ロイター/アフロ)

3月5日、トランプ大統領は施政方針演説でアメリカの造船業を復活させると強調したが、中国は現在、アメリカの500倍の造船生産力を持っている。アメリカの造船業はなぜそこまで衰退したのだろうか?また関税措置や制裁などによって、そのギャップを埋めることができるのだろうか?

 

◆施政方針演説での造船に関するトランプ大統領の抱負

 ホワイトハウスの発表によれば、<3月5日のトランプ大統領の施政方針演説>には、造船業強化に対するトランプの抱負が載っている。そこには概ね以下のようなことが書いてある。

 ●防衛産業基盤を強化するため、商業用造船や軍用造船を含む米国の造船業も復活させる。

 ●その目的のため、私は今夜、ホワイトハウスに造船局を新設し、この産業を本来あるべき場所である米国に呼び戻すための特別税制優遇措置を設けることを発表する。

 ●かつてはわれわれ(アメリカ)は、多くの船を造っていた。今ではそれほど多くは造っていないが、すぐに非常に速いスピードで造るつもりだ。それは大きな影響をもたらすだろう。

 

 少なくともアメリカが、自国の造船業が壊滅的であることを自覚しているのは良いことだ。その自覚がないと復活の第一歩を踏み出すことができない。

 バイデン政権の時も自覚はしていた。

 たとえば今年1月13日、ロイターは<中国が世界造船業界を不当に支配、米政権が調査報告発表へ>という報道をしている。それによればバイデン前政権の米通商代表部(USTR)は、「中国が不公正な政策や慣行を用いて世界の海運・物流・造船セクターを支配している」と結論づけたという。USTRは、全米鉄鋼労組を含む5労組の要請を受けて2024年4月に通商法301条に基づく調査を開始。USTRは、「1500億ドル規模の世界造船業界における中国のシェアが2000年の約5%から23年には50%以上に拡大したのは、主に政府補助金が寄与したからだ」と結論付けた。今後、中国製船舶への関税や港湾使用料などが賦課される可能性があるとしている。

 どのような産業分野においても、中国が優位に立つと、アメリカは必ず「中国が不正を行っている」と結論付けて対中制裁を強化するということしかできなかったが、そのようなことでアメリカの造船業が強くなるわけではあるまい。

 

◆なぜアメリカの造船業は衰退したのか?

 では、アメリカの造船業はなぜ衰退したのだろうか?

 その歴史的背景は、拙著『米中新産業WAR』の【第五章 アメリカの500倍の生産力を持ち、新エネルギー船で勝負に出た中国造船業】(p.142~p.165)で詳述した。その中から典型的なものだけどを抽出して以下に記す。

 ●アメリカの造船業の衰退は、「産業空洞化」の一環として1980年代から始まっている。アメリカの造船所は政府の命令に大きく依存しており、レーガン政権(1981年~1989年)は1981年に商業造船補助金制度を撤廃した。それに伴い、造船業界は4万人の労働者を解雇し、造船業界全体の崩壊を招くに至った。

 ●1980年、ロナルド・レーガンが大統領に就任する前夜、アメリカの海運会社は62隻の外洋商船の注文を受けていたが、1981年には46隻に、1982年には35隻、1983年には21隻、1984年には13隻にまで減少し、レーガン政権が終わる1988年には遂に「ゼロ」になってしまった。

 ●もう少し大きな流れで見るなら、レーガン政権一期目は、前政権(カーター政権)から続くスタグフレーションの解決が課題だった。スタグフレーションとは「stagnation(経済低迷)+inflation(インフレ)」を合わせた用語で、「雇用減や失業率上昇の中で物価だけは上昇していく状態」を指す。レーガンは打開策として「軍事支出を増大させ強いアメリカを復活させること」や「減税により労働意欲を向上させること」とか「規制を緩和すること」などを目指したはずだが、あまり効率が良くない造船業への補助金制度を撤廃する一方、「力による平和」を唱えて軍事力を増強し、旧ソ連崩壊の方向に力を注いだ

 ●アメリカは旧ソ連を崩壊させることに成功したため、アメリカを中心としてグローバリゼーションを本格化し、地球上の他の国に製造などの役割分担をさせる、アメリカのためのサプライチェーンを形成した。これが中国の製造業を強くし、アメリカの「産業空洞化」を招いた。(注:これに関しては今年3月5日のコラム<科学誌ネイチャー「米中AI競争は土俵が違う」――「中国は製造業土台に実用型、アメリカは投資型」>の図表1~図表4をご覧いただきたい)。

 ●海軍の戦艦に関しては、別枠予算ではあるものの、造船技術者の不足により、空母のレベルに関してさえ疑問が持たれるようになっている。(『米中新産業WAR』からの引用はここまで)

 

 バイデン前政権は、前述したように「造船業における中国の世界シェアが拡大したのは、主に政府補助金が寄与したからだ」として、中国に制裁を加えることを検討していたが、アメリカ造船業が衰退した最大の原因は、レーガン政権が1980年代に【造船業への政府補助金制度を撤廃した】ことが最大の原因だ。アメリカ自身が「造船業への政府補助金制度を自ら撤廃した」のである。そのことは考えずに中国政府が補助していることを以て、「悪事を働いているから制裁する」という理屈は通らないのではないだろうか。

 高関税をかけたり、制裁などをしたところで、アメリカの造船業が復活するわけではあるまい。

 

◆世界造船業の現状:中国の生産力がアメリカの500倍

 では次に、世界の造船業の現状を考察してみよう。

 これも『米中新産業WAR』の第五章で詳述しているが、国連貿易開発会議(United Nations Conference on Trade and Development =UNCTAD)の2023年データによれば、中国の造船総トン数が「3286万トン」であるのに対して、アメリカの総トン数は「6.48万トン」となっている。中国の造船業における生産力はアメリカの507倍、約500倍だ

 いつからそのようなことになったのかに関しては上述した通りだが、念のため国連貿易開発会議にある2014年からの米中日韓船舶製造トン数の推移を拾って図表1に示した。

 

図表1:米中日韓の船舶製造トン数の推移

国際連合貿易会は湯会議のデータを基に筆者作成

国際連合貿易会は湯会議のデータを基に筆者作成


 

 図表1をご覧いただければ明白なように、造船業に関しては韓国(緑色)が案外に強いのだが、2017年からはその韓国を抜き、中国(赤色)がひたすら独走を続けている。かつて日本(紫色)の造船業もなかなかに強く世界一の時代もあったのだが、今では見る影もなく、中国にも韓国にも追い抜かれたままだ。さらなる低空飛行を続けているのはアメリカ(青色)で、あまりに生産量が低くて、横軸を徘徊しているような状況だ。

 このデータを見てバイデン政権が中国に制裁を加えようとしたわけだが、制裁でこの「青色の線」と「赤色の線」のギャップを埋められるとでも思っているのだろうか。

 

◆世界の船舶の新規受注シェア

 世界貿易の90%は海運業によって行われていると言われているので、世界の船舶の新規受注シェアを考察することは、世界貿易の趨勢を読み解く上で重要だ。「中国船舶工業業界協会」によると、2023年の新造船受注量の世界シェアは図表2のようになっている。

 

図表2:2023年 新造船受注量世界シェア

中国船舶工業業界協会のデータを基に筆者作成

中国船舶工業業界協会のデータを基に筆者作成


 

 中国が世界の66.6%を占めている。圧倒的なシェアだ。アメリカは円グラフには表せないほど微々たるものでしかない。

 加えて、2024年になると、さらに驚くべき状況が姿を現した。

 なんと、中国の世界シェアが74.1%にまで上昇しているのだ。それを図表3に示した。

 

図表3:2024年 新造船受注量世界シェア

中国船舶工業業界協会のデータを基に筆者作成

中国船舶工業業界協会のデータを基に筆者作成


 わずか1年で中国の世界シェアが7.5%も増えているとは何ごとか。

 しかも中国だけが増えており、韓国は3%減少し、日本は4.8%減少という、きわめて嘆かわしい現実がある。

 

◆通商法301条で中国造船業を抑え込もうとするアメリカ

 トランプが施政方針演説で表明した考え方はすばらしい。

 「ホワイトハウスに造船局を新設し、この産業を本来あるべき場所である米国に呼び戻すための特別税制優遇措置を設ける」という政策だけが、アメリカ造船業の復活を可能にさせてくれる。どんなに道のりが遠くとも、レーガン政権のときに「造船業に対する政府補助金制度を撤廃させた」ことこそが、アメリカ造船業の衰退を招いた最大の原因だからだ。

 したがってトランプの施政方針演説を聞いた時には「いいぞ、トランプ!」、「トランプ、頑張れ!」という気持ちになったものだ。

 ところが一方では、別の事態が動いていた。

 バイデン政権が決めた通商法第301条に基づく調査が、トランプ政権でも動いていたのである。

 トランプ自身は1月の保守系のラジオトークショーで「造船業の拡大の可能性」を示唆していた。それなのに、2月19日になるとアメリカの4大労働組合の代表がトランプに対し、「アメリカの造船業を後押しし、造船業における中国の優位性拡大に対して関税やその他の厳しい制裁を科すよう」、嘆願書を提出した。それを受けて2月21日、USTRは海事・物流・造船部門を支配している中国の行為・政策・慣行の排除を目指す第301条調査に関してパブリックコメントを募集した。そのコメントはPublic Docketで見ることができる。3月24日に公聴会を開くので、それまでコメントは続く模様だ。どうやらパブリックコメントでは、海運各社が見直しを要請している傾向にあるようだ。

 アメリカの国営放送のVOAも2月25日、<トランプ政権、中国貨物船の高額な料金を提案>という見出しの中で、専門家の意見として「301調査の措置を取る経済的な理由は不明で、アメリカの造船業に利益をもたらすとは思えない」旨の意見を報道している。もしアメリカが、「中国が所有する貨物船と、中国で建造された第三国籍船に対して、米国内の寄港地ごとに100万ドル以上を請求する」ことを実施すれば、それらの船舶はカナダやメキシコの港で貨物を降ろし、そこから陸路でアメリカ国内に運ぶこともあり、港湾労働者の生活を追い詰め、アメリカ経済に大きなダメージを与えるという意見などが見られる。

 3月24日の公聴会で基本的な路線が決まるだろうが、トランプは労働組合に押されただけでなく、バイデン政権のときに議会でコンセンサスを得ているため、議会において「301条調査反対」というトランプの意思を通すのも困難で、結局のところ「301条適用」に追い込まれているようにも見える。

 トランプの施政方針演説の方向性ならば、まだ挽回の可能性はゼロではないが、制裁によってアメリカの造船業が中国を凌駕して復活する可能性は、残念ながら「ゼロ」だと言っても過言ではないだろう。

 

 それなら中国はなぜ、ここまで造船業が成長したのかに関してはPartⅡあるいはそれ以降に考察することにしたい。興味のある方は、『米中新産業WAR』の第五章をご覧いただきたい。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。内閣府総合科学技術会議専門委員(小泉政権時代)や中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。『米中新産業WAR』(仮)3月3日発売予定(ビジネス社)。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She has served as a specialist member of the Council for Science, Technology, and Innovation at the Cabinet Office (during the Koizumi administration) and as a visiting researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.
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