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中国半導体最前線PartⅢ AI半導体GPUで急成長した「中国版NVIDIA」ムーア・スレッド
出典:ムーア・スレッドの発表会
出典:ムーア・スレッドの発表会

生成AIの出現によって世界のトップに躍り出たアメリカNVIDIA(エヌビディア)のAI半導体GPU(Graphics Processing Unit、画像処理演算装置)の右に出る者はいないが、中国のスタートアップ企業ムーア・スレッド(Moore Threads, 摩尔线程)が製造したAI半導体GPUが注目を集めている。NVIDIAの前世代レベルではあるものの、ムーア・スレッドのAI半導体GPUはNVIDIAが開発したCUDA(クーダ)対応のプログラムを簡単に変換するだけで使えるので、NVIDIAとの互換性に優れている。

 12月2日のコラム<中国半導体最前線PartⅡ ファーウェイのスマホMate70とAI半導体>で触れたように、2025年初めに量産すると言われている「ファーウェイのAI半導体Ascend 910C」にはNVIDIAとの互換性が低いなどさまざまな懸念がある中、「ムーア・スレッドのAI半導体GPU MTT S4000」が注目されている理由は、この互換性にある。

 それもそのはず。ムーア・スレッドの創設者・張建中氏は2020年までNVIDIA中国エリアのCEOだったのだ。

 今後中国内ではAI半導体に関してファーウェイかムーア・スレッドかの競争になるかもしれないが、いずれにせよアメリカの対中制裁が激しくなるにつれて、中国のAI半導体の成長も勢いを増すものと考えられる。

◆NVIDIA創設者・黄仁勲の右腕と言われたムーア・スレッド創設者・張建中

 NVIDIAの創設者・黄仁勲(ジェンスン・フアン、Jen-Hsun Huang)は1963年に台湾の台南市で生まれた台湾人だ。父親の希望で9歳のときに親元を離れて渡米し、兄とともに親戚の家で過ごした。その後両親も渡米したものの、少年期の黄仁勲は不良少年たちに虐められたりなどして、かなり過酷な日々を送っている。今ではアメリカ国籍を持っているが、中国では、この虐められた日々も含めて、同じ「中華民族」として親しみを込めてNVIDIAを位置付けている。

 黄仁勲は1993年にNVIDIAを設立し、やがて世界各地に支店を設けいった。中国には2004年7月に上海に、2005年に深圳に、そして2006年には北京にNVIDIA中国を設立していき、張建中がその代表者を務めた。

 2024年11月21日の OFweek 电子工程网の報道<半導体ユニコーンがIPO(新規株式公開)を開始 創設者はかつてNVIDIA黄仁勲の「副手」>によれば、張建中は南京科技大学コンピューターサイエンス学部を卒業し、冶金部自動化研究所に入学して修士号を取得したあと、ヒューレットパッカードやDELL中国支社のコンピュータシステム部門のゼネラルマネージャーなどを歴任した。

 2005 年 5 月、張建中はNVIDIA中国エリアのCEOおよびグローバル副総裁に就任し、NVIDIA のGPUに関して完全なエコシステムの開発に成功し、中国市場を NVIDIA にとって世界で最も重要な市場の 1 つに創り上げることに成功した。2008 年の中国における Nvidia の GPU 市場シェアは 50% 未満だったが、張建中がNVIDIAを去る2020 年には、市場シェアは 80% を超えていたという。そのため張建中は中国で「Nvidia 創設者・黄仁勲の右腕」として知られるようになった。(以上、OFweek 电子工程网 から一部引用)

 これらの記述から見ると張建中はエンジニアというより経営者で、経営者として「時代を見る目があった」と言えるのかもしれない。

 「これからはAIの時代だ」と判断した張建中は、Microsoft、Intel、AMD、Arm などの多くの半導体大手出身のエンジニアを引き連れて2000年10月にムーア・スレッドを創立した。

◆「中国版NVIDIA」ムーア・スレッドの特徴

 冒頭に書いた通り、GPUは画像処理を行う装置だが、シンプルな演算ユニットを多数搭載しているため、CPUのような複雑な計算は苦手な代わりに、並列処理とベクトル計算が得意分野になっている。

 GPUはNVIDIAのCUDA(Compute Unified Device Architecture)という技術開発によって、AIの演算に最適であることが発見された。「AI 半導体GPU」は、従来のGPUから不必要な画像処理のための機能を除去して、専らAIの演算が必要な機能のみを残す、AIに特化したGPUということになる。

 ムーア・スレッドが「中国版NVIDIA」と言われる原因の一つは、通常の「PC用GPU MTT S80を一般利用者向けに発売する」と同時に、「AI半導体GPUであるMTT S4000も同時発売した唯一の中国企業」だからだ。

 たとえば「ファーウェイのAscend 910c」は、最初からAI演算のみという目的で設計されたもので、NVIDIAのように「GPU」機能を主目的としていない。

 NVIDIAの強みの一つは、大量のGPU(1万台単位)を「NVLink」で繋ぐことにあるが、ムーア・スレッドも同様に「MTLink」を開発し、同じ1万台のGPUを繋ぐことができると言われている。たとえばTrend Forceは7月11日に<[News] China’s Moore Threads Develops MTLink to Challenge NVIDIA’s NVLink | TrendForce News>(ムーア・スレッドはNVIDIAのNVLinkにチャレンジしてMTLinkを展開している)と報道している。

 また11月6日の<中关村在线>(中関村オンライン)は「ムーア・スレッドはCUDAコードを簡単に自社プラットフォームに移し替えることができるように、互換性を重視している」と分析している 。

 2024年11月15日のTrend Forceの情報<China’s AI Unicorn Moore Threads, Domestic Competitor to NVIDIA, Kicks off IPO Process | TrendForce News>(NVIDIAの国内競争相手である中国のAIユニコーン、ムーア・スレッドがIPOプロセスを開始)によれば、現在、「NVIDIAのA100」はアメリカの対中制裁により中国では入手できないが、「ムーア・スレッドのMTT S4000」の性能は「NVIDIA社のA100」の60%のパフォーマンスを提供しているとのこと。「A100」は現在の「H100」の一つ前の世代の製品だ。すなわち、一世代前ではあるが、その60%の機能はカバーしているので、それが100%になれば、現在のNVIDIAの機能と同じになるということを意味する。

 4年間でここまで来たことを考えると、次世代、すなわちNVIDIAの現在に追いつくまでに、それほど長い時間はかからないだろうということが考えられる。

◆問題はファウンドリ

 問題は、実はムーア・スレッドのAI半導体GPUは、その製造過程で「TSMC7nm」を使用していることだ。

 2024年11月1日のTechInsightsはストレートに<ムーア・スレッドの春暁 GPU はTSMC N7を用いている>という趣旨の報道をしている。

 また119日の中国のネットにある<中国大陸で7nmの威力を超える全てのチップをブロックしているTSMCが注目の的に!>では、「今後TSMCはアメリカの指令に従い、全ての7nm以上の威力を持ったチップ(=7nm以下のチップ)を中国大陸に提供しないことにした」ということが以下のような経緯説明を含めて書いてある。

 ――4年前、TSMCはトランプと協力してファーウェイを全面的に禁止した。 しかし、今回矢面に立たされるのはHuaweiではなく、「地平線(ホリゾン)、寒武纪(カンブリアン)、摩尔线程(ムーア・スレッド)、平头哥(平頭哥半導体)など多数のAIチップ企業だ。これらは全てTSMCのファウンドリに依存している。以前は、TSMCはファーウェイのみをブロックしたが、今はこれら全てをブロックしようとしているのだ。しかし、中国のチップ生産技術は、4年前よりも強力になっていることを忘れない方がいい。(概略一部引用は以上)

 こうなると、ますます期待されるのはSMIC(中芯国際)だということになる。

 ムーア・スレッドも結局はSMICに助けを求めることになるだろう。

 中国半導体の命運を決めるのはSMICだ。

 正義を貫こうとした一人の男が世界の地政学的経済構造を変えていく。

 一人の「不屈の男」が、という意味ではNVIDIAの黄仁勲にも通じるが、二人とも「中華民族」であることは興味深い。そして「中国版NVIDIA」にのし上がっていく張建中もまた「中華民族」だ。

 日本のAI界で、こういう傑出した人物が現れないのは、日本にはビッグ・テックがないからだろう。そしてアメリカからの制裁がないので、「何が何でも」という「大和魂」を湧きあがらせなくても、アメリカに頼っていれば何とかなる。これが日本の経済力や研究力を「だらしなく」させていないだろうか?

 7月3日のロイター電によると<生成AI特許出願、中国が最多 2位米国の6倍=国連データ>によると「2014─2023年の中国の出願件数は3万8000件超、米国は6276件だった。3位は韓国、4位は日本、5位はインド」とのこと。

 そもそもAI半導体を必要としているのはビッグ・データのサービスセンターを担うアメリカのGAFAや中国のBAT(百度、アリババ、テンセント)など、ジャイアント・テックであって、日本はGAFAに頼っていればいいので、ガッツ精神を発揮してビッグ・テックを育てる必要もない。

 したがって世界のAI半導体は米中の間での競争になるだろう。

 それはクリーンエネルギーの米中の競争力にも依存するので、制裁だけで中国を潰すのは困難ではないだろうか?

◆AI生成には膨大な電力が必要 アメリカは中国を潰せるか?

 AI生成には膨大な電力が必要だ。もし環境問題を重視するならクリーンエネルギーが求められる。その意味では中国は太陽光パネルなど、圧倒的な新エネルギー大国なので、どんなにトランプ2.0で化石燃料を復活させたとしても、「アメリカが制裁と関税によって中国を潰す」という願いは、そう簡単には実現できないだろうということが、電力量からも考えられる。

 Energy InstituteのStatistical Review of World Energy 2024によると、2023年における中国の発電量は9456.4TWhで、アメリカは4494.0TWhとなっている。中国はアメリカの2倍以上だ。トランプ2.0で化石燃料を使用するようになっても、このギャップは厳しい。

AI Chatbots: Energy usage of 2023’s most popular chatbots (so far) | TRG Datacenters(AIチャットボット:2023年に最も人気のあるチャットボットの、これまでのエネルギー使用量)によれば、GPT3(Generative Pre-trained Transformer 3。2020年に発表された自己回帰型の言語モデルで、ディープラーニングにより人間のようなテキストを生成する機能)を訓練するには、10000台V100GPUで訓練して、一台250W(ワット)消耗する。
 26日間訓練してみたところ、少なくとも1248MWhの電力を消費することがわかった。実際の電源効率とか、ほかの部品の電力消費もあるので、さらに多くの電力がかかるものと推測される。

 GPT4を訓練するには、同じスペックのサーバーで訓練すると、少なくとも150日はかかるので、少なくとも7200MWhの電力を消費することになる。

 さらに高性能の大規模言語モデルを訓練する時には、さらに多くの電力を消費することになるのは言(げん)を俟(ま)たない。

 加えて、IEAのElectricity 2024は<AIによる検索は、Googleの通常検索より10倍の電力を消費する>としてる。また10月16日のニューヨークタイムズはAmazon, Google and Microsoft Are Investing in Nuclear Power – The New York Times(Google、アマゾン、マイクロソフトが原発に投資している)と報道している。

 米中日の発電量は<Energy InstituteのStatistical Review of World Energy 2024>のデータから得ることができるので、筆者独自の視点から集めたデータを整理し、「米中日発電量の推移とデータセンター等の電力消費」をプロットしてみると、以下の図表のようになった。

図表:米中日発電の推移とデータセンター等の電力消耗

 

上掲のIEAデータなどを基に筆者作成

上掲のIEAデータなどを基に筆者作成

 

 上記図表から以下のことが読み取れる。

 ●中国の電力消費は世界一の製造業により増加の一途をたどっている。

 ●アメリカの電力消費はアメリカ経済が金融業に集中し製造業が衰退した結果が招いたものである。電力源製造に従事するエンジニア不足にさえ陥っている。それは2022年9月1日のコラム<米中貿易データから見える「アメリカが常に戦争を仕掛けていないと困るわけ」>の図4と図5に描いた通りだ。

 ●日本の2025年以降の電力消費に関しては筆者が紫色の点線で推測してプロットしたものだ。それはIEAのリポートとEnergy Instituteリポートのデータから「2026年時点でAIなどが消費する電力が、日本国全体の電力消耗を上回る」ことが明確になっているため、視覚的に見えるように便宜上1年分だけ点線で延長した。

 以上から、アメリカがどんなに必死になって中国半導体に全方位的な制裁を強化したとしても、中国の半導体は潰されず、特にAI界において、いずれ中国がアメリカに勝つであろう展望が見えてくる。

 制裁を強化すればするほど中国が強くなっていくという未来像から、日本人も目を背けない方がいいのではないだろうか。

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。
1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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