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中国半導体最前線PartⅡ ファーウェイのスマホMate70とAI半導体
HUAWEI(ファーウェイ)(写真:ロイター/アフロ)
HUAWEI(ファーウェイ)(写真:ロイター/アフロ)

中国半導体最前線のPartⅡとして、ファーウェイのケースを考察する。アメリカが対中半導体制裁を始めたのはトランプ1.0政権が、習近平が発布した「中国製造2025」の衝撃に気付いたからだ。これを習近平に実行されたらアメリカはハイテク分野において中国に負け、アメリカ経済も中国に負けるという恐るべき未来が待っている。その最悪シナリオを圧し潰すために対中制裁を始めた。

 「安全保障上の理由から」というのは常套句にすぎず、日本の「日の丸半導体」を沈没させる時にもアメリカは日本に対して同じく「アメリカの安全保障を脅かす」という言葉を使った。

 アメリカの対中制裁の最初のターゲットとなったのはファーウェイだ。スマホ関連の半導体開発を潰されたファーウェイは今、どのような形で立ち直ろうとしているのだろうか。

 

◆スマホMate70に搭載したKirin9020の性能はTSMC4nmプロセスに相当

 今年11月26日にファーウェイは新しいスマホMate 70シリーズを発表した。そのハイエンドモデルにはKirin 9020を搭載している。Kirin(キリン)は中国語で「麒麟」と、日本と同じ漢字で表している。

 これに関してEE Times China(电子工程 专辑)は、12月5日、<ファーウェイMate 70 RSを分解:Kirin 9020チップが現れた>という見出しで、著名なブロガー@杨长顺repair家がMate70RSを分解した結果、「ファーウェイMate 70シリーズのMate 70にはKirin 9010チップが搭載されており、Mate 70 Pro / Pro + / RSにはKirin9020チップが搭載されていた」ことを明らかにしている。

 記事の最初の画像が目を引く。図表1をご覧いただきたい。

 

図表1:Mate70RSが指先にくっついているような画像

出典:EE Times China

出典:EE Times China


 

その画像には「手でつかんでいるわけじゃないんだよ」という文字がある。まるで魔法をかけたような場面に注意が行った。

 何のことだろうと調べてみると、なんとこれはBilibili(ビリビリ)動画などで活動しているスマホ修理系Youtuberである「杨长顺维修家(楊長順修理屋)」がビリビリ動画で<史上最強のファーウェイmate 70 シリーズ mate 70 RS>を分解するときの画面キャプチャーの一つであることがわかった。

 その証拠に図表2に、その場面を横から撮ったときのキャプチャー画像を示す。

 

図表2:図表1のしぐさを横から撮ったときの画像

出典:ビリビリ動画

出典:ビリビリ動画


 

 Mate70は「落としても壊れない」ということを謳い文句の一つにしている。そのためこのように分解しようとしてもなかなか解体できず、外殻が頑丈で、何とか隙間を少し開けたが、その隙間に指を挟むとスマホが落ちないほど堅固な構造でできていると説明している場面だった。

 EE Times Chinaは、その詳細な説明をせずに、いきなり図表1の魔法のような画面を最初に持ってきたのは、実にうまい編集だと、思わず笑ってしまった。すっかりその編集者の記事構成のみごとな手法に騙されてしまって、この長くて専門的で避けたくなるような記事を、熱心に読んでしまったのである。

 結果的に言えるのは、Kirin 9020はまだ「5nm-7nmのプロセス」でしかないと言われているのに、「TSMC 4nm」相当あるいはそれより強い性能を示しているということだ。

 実は2022年5月7日、アメリカのQualcomm(クァルコム)は<「Snapdragon 8+ Gen 1」と、7シリーズの新製品「Snapdragon 7 Gen 1」を発表した>。そこには「TSMC4nm」が使われている。

 一方、2022年11月8日に台湾の半導体メーカー「MediaTek(メディアテック)」が発表したハイエンドスマホ向けの最新プロセッサ「Dimensity 9200」にも「TSMC4nm」が使用されている

 ファーウェイのMate70シリーズのKirin9020チップは、この「Snapdragon 8+Gen 1やDimensity 9200」よりも強いと言われている。結果、「TSMC 4nm」プロセス相当か、それよりも強いということになる。

 

◆なぜこのようなことが起きたのか?

 12月7日のコラム<中国半導体最前線PartⅠ アメリカが対中制裁を強化する中、中国半導体輸出額は今年20.6兆円を突破>に書いたように、SMIC(中芯国際)の梁孟松CEOが助けてくれたからだ。

 誤解を招くといけないので、「梁孟松物語」を書く前に、少しだけ、なぜ元TSMCにいた梁孟松がSMICに行くようになったのかに関して、あらすじだけをご紹介したい。

 SMICは決してチャイナ・マネーに物言わせて台湾のTSMCから梁孟松を一本釣りしたわけではない。2009年に梁孟松はTSMCから耐えがたい屈辱を受け辞職した。カリフォルニア時代に知り合った妻が韓国人だったので、韓国に行き大学教授に。そこにサムソンからの誘いがありサムソンで活躍。するとサムソンの半導体技術が一気に成長し、それまでTSMCに付いていたインテルなど多くの顧客がTSMCを捨ててサムソンに流れた。大きな損失を被ったTSMCが梁孟松を提訴し、梁孟松はサムソンを去る以外になかった。去ったのは2015年のことで、浪人していた梁孟松を2017年になってSMICが拾ってあげたという流れだ。むしろ梁孟松が助けられた形である。

 TSMCをあそこまで成長させたのは、ひとえに梁孟松の技術があったからだ。それなのに梁孟松をないがしろにしたTSMCを梁孟松は恨んでいる。梁孟松がいなくなったサムソンは一気に衰退。それに対して梁孟松を迎えたSMICは劇的に成長していったのである。

 この梁孟松率いるSMICが「友軍」としてファーウェイとタイアップし始めたのだからファーウェイは息を吹き返せないはずがない。

 2019年初頭、SMICの14nm成功報告の直後の5月、ファーウェイはアメリカによって「エンティティリスト」に追加され、主要部品を米企業から輸入する道を完全に断たれた。TSMCとの連携も禁止するとアメリカは指令。

 なぜアメリカに他国の経済発展・技術発展を禁止する権利があるのか。西側諸国はその「なぜ」を問わないままにアメリカの指示に従った。

 正義感の強い最高レベルの技術者・梁孟松は、自分を陥れ、アメリカに盲従するTSMCに対抗するためにも、何としてもアメリカから虐められているファーウェイを助けようという気持ちになったのだという。

 こうしてファーウェイは「TSMC 4nm」に相当するチップをMate70シリーズに搭載することに成功したのである。

 

◆ファーウェイが最新AI半導体を量産 TSMCチップを利用と報道されたが

 今年11月21日、ロイター通信が<Exclusive: Huawei aims to mass-produce newest AI chip in early 2025, despite US curbs | Reuters>(独占:ファーウェイは、米国の規制にもかかわらず、2025年初頭に最新のAIチップを大量生産することを目指している)と報じた。

 くりかえすが、12月7日のコラム<中国半導体最前線PartⅠ アメリカが対中制裁を強化する中、中国半導体輸出額は今年20.6兆円を突破>に書いたように、中国はアメリカに狙われるのを避けて、決して自ら新技術・新発展を事前には公開しない。中国ではせいぜいロイター通信を引用していくつかのウェイボーや掲示板で発信している程度だ。たくさんあるが、たとえば<华为计划2025年初量产最新AI芯片昇腾910C – 设备商讨论区 – 通信人家园 – Powered by C114>(ファーウェイは最新のAIチップAscend 910Cを2025年初めに量産する予定)などがある。

 ロイター通信の概略を示すと以下のようになる。

 ●ファーウェイは、米国の規制により十分なチップの製造に苦労しているにもかかわらず、2025年第1四半期に最先端のAI半導体「Ascend 910C」の大量生産を開始する予定であると、事情に詳しい2人の関係者が語った。

 ●「Ascend 910C」はアメリカのNVIDIA製のGPU(画像処理半導体)に匹敵するものと言われている。一部のテクノロジー企業に既に出荷しており、注文を受け付け始めたと、情報筋はロイターに語った。

 ●しかしアメリカ政府の制限により、ファーウェイの高度なAI半導体の歩留まりが懸念されている。「Ascend 910C」は、中国のトップ半導体受託メーカーであるSMICによって製造されているが、SMICには高度なリソグラフィー装置がないため、チップの歩留まりは約20%に制限されていると、情報筋は述べている。

 ●高度なチップが商業的に成り立つためには、70%以上の歩留まりが必要だが、ファーウェイの現在の最先端プロセッサであるSMIC製の「910B」でさえ、歩留まりは約50%しかなく、ファーウェイは生産目標を削減し、AI半導体の注文を受けるのを控えなければならない状況にある。

 ●アメリカは、2020年以降、中国が、世界で最も洗練されたプロセッサを製造するために使用されるオランダのASMLから「極端紫外線リソグラフィー(EUV)技術」を輸入することを禁止した。(ロイターからの引用は概ね以上)

 

 前掲のコラム<中国半導体最前線PartⅠ アメリカが対中制裁を強化する中、中国半導体輸出額は今年20.6兆円を突破>では、2023年にバイデン政権によって指令が出された制裁により、ASMLは最先端のDUV(深紫外線リソグラフィー)装置の中国への出荷を停止させられたので、SMICは古いDUV装置を工夫して半導体製造装置を製造し、なんとか「5nm~7nm」プロセスの生産に漕ぎつけ、機能は「TSMC4nm」相当だったことを書いた。

 今年10月25日、BBC中文は<TSMCの高度なAI半導体がファーウェイに流入し、中国での半導体禁輸の規制監督困難を浮き彫りに>という見出しで「アメリカのテクノロジー企業TechInsights(テック・インサイト)がファーウェイの最新AI半導体Ascend910Bを解体したところ、TSMCの7nmチップを使用していたことが発覚した」と報じ、それをアメリカの商務省に報告したそうだ。

 TSMCもSMICもそのような事実はないと否定している。しかし、実は間に台湾の無名の半導体メーカーが入って水面下で暗躍していたというような「まことしやかな」噂までが流れて、ファーウェイの勢いをそごうとする動きも出ている。

 今年12月2日にバイデン政権が中国に対する一層の制裁を強化するよう指示を出した。

 しかし、ファーウェイには梁孟松という「技術の巨人」が「友軍」として付いていることに誰も注目していない。TechInsightsが告発した問題は疑問のまま残っている。

 筆者がそれよりも気になっているのは、NVIDIAとの互換性だ。

 9月2日のフィナンシャル・タイムズは、<Huawei’s bug-ridden software hampers China’s efforts to replace Nvidia in AI>(バグだらけのファーウェイのソフトウェアが、AI分野でNvidiaに取って代わろうとする中国の取り組みを妨げている)と報じているが、そこにはNVIDIA製品との互換性の悪さなども指摘されている。

 それはそうだろうと思う。

 もともとファーウェイの設計を担っているのはファーウェイに付属していた研究部局ハイシリコン(HiSilicon)だ。その後独立した研究所になっているが、設計は今でも子会社としてのハイシリコンに委ねている。

 このハイシリコン、2018年の12月8日のコラム<Huaweiの頭脳ハイシリコンはクァルコムの愛弟子?>に書いたように、ハイシリコンはクァルコム(Qualcomm)の愛弟子だ。互換性が強いはずがない。

 NVIDIAとの互換性を重んじるなら、ムーア・スレッド(Moore Threads)がダントツだろう。なぜなら創設者はNVIDIA中国エリアのCEOだったのだから。その物語は次回に譲る。 

 この論考はYahoo!ニュース エキスパートより転載しました。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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