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中国の「鉄飯碗」は崩壊するのか。バングラデシュから得た教訓
バングラで政府職の割当て制度廃止を巡り衝突
バングラで政府職の割当て制度廃止を巡り衝突

バングラデシュの公務員採用制度の問題と影響

1971年の独立後、バングラデシュは退役軍人とその子孫に公務員採用枠の30%を割り当てる政策を導入した。この政策は当初、独立戦争に従軍した人たちへの感謝の意を表すものであったが、バングラデシュが社会経済的に発展を遂げるにつれ予期せぬ結果をもたらし始めた。人口急増と大卒者数の増加で、若者を中心に失業者が増えている。かつては退役軍人に対する妥当な褒賞であったこの特別採用枠は、公平な雇用機会を阻んでいるとして次第に争点となっていった。

国民の不満にもかかわらず、2018年にこの特別採用枠が復活したことで、こうした状況は臨界点に達した。この政策を再び実施するという政府の決定は、長年続く政策を社会のニーズの変化に適応することができないということを意味し、政策決定プロセスの大きな不備を浮き彫りにした。こうした因習的な政策はバングラデシュだけでなく多くの国に見られ、時代の状況に即しているか十分に検討されないまま多くの政策が固定化している。

特別採用枠の復活を受けて各地で抗議デモが起き、同枠は最終的に廃止された。ところが、バングラデシュ高裁が2023年6月に再びこの特別採用枠を復活させ、それをきっかけに社会不安が一気に高まった。この決定に対する抗議デモで数百人が命を落とし、旧態依然とした不公平な制度のせいで社会から取り残されていると感じる一般大衆の強い不満が浮き彫りとなった。ハシナ政権はこの問題が政治に及ぼす影響に対応することができず、首相の辞任と国外逃亡という事態に発展し、統治とリーダーシップの深刻な不全が明らかとなった。

バングラデシュで起きたこの一連の出来事は、不公平な公務員採用制度の定着と、世間の声に鈍感な指導者の行動が、たちまち体制崩壊を招くおそれがあることを示しており、中国など他国にとって教訓となる。国民の間で不満が広まっている中で時代遅れの政策にかたくなに固執していると、政府の正統性が損なわれ、失墜につながりかねない。「鉄飯碗」制度が長年にわたり公務員採用の基盤となってきた中国にとって、バングラデシュの現状は、改革の必要性を無視すればどのような結果につながるかを示す厳しい警告となる。

中国の伝統的な血統論

「血統論」は中国の政治に強い影響を与えてきた。特に文化大革命時に血統論が掲げられ、社会的地位と政治的忠誠は家族背景を基に判断された。共産党の血統論は、その人の政治・社会的立場を決める主な要因として血筋を重視したため、「悪い」階級出身者に対する差別が広まった。社会を分類するこの硬直的な制度は壊滅的な影響を及ぼし、不平等を永続させ、社会的流動性を妨げることになった。

自らの論文「出身論」の中で「血統論」に異議を唱えたことで知られる若き知識人の遇羅克氏は、「英雄が英雄を生み、反動主義者が悪者を生む」という考えに反論した。彼の批判はこのイデオロギーに内在する欠陥と不公正を暴くものであり、遇氏は処刑されたが、彼の論文は当時の社会の硬直化に対する抵抗のシンボルとなった。

文化大革命後も依然として「血統論」の影響は現代の中国社会に残っている。現在も多くの高官の子弟が官公庁で特権的な立場を享受し続けており、それが不平等を永続させ、能力主義への道を阻んでいる。こうした不平等の固定化は、「鉄飯碗」制度の公平性への疑問を生じさせるだけでなく、特に大卒者の失業率が高い今、社会的緊張を高めている。

血統から特権へ:社会的不公平に対する幅広い観点

「血統論」に内包された、血筋により地位が決まるという伝統と思想が、中国の社会・政治的環境の基盤を形作ったことは間違いないが、今の時代にはもっと広い視野で物事を見なければ、公務員制度内で機能するダイナミクスを完全に理解することはできない。「血統論」はその人の将来を決める上で家族背景と血筋を重視しており、特に文化大革命時にはその傾向が強かった。 

だが、中国が社会経済的に発展するにつれ、コネや富、教育を受ける機会、所属政党など、別の特権も不平等を永続させる大きな要因となってきた。「特権論」ととらえることができるこうした幅広い形態の恩恵は、さまざまな社会・経済的要因に及び、官公庁に限らず他の分野でも個人の出世に影響を与えている。「血統」のみに焦点を当てるのではなく「特権」にも目を向けることで、現代中国に根強く残る組織的な不平等を、現在の社会階層の複雑さを反映しつつ、より包括的に分析できる。

特権と公務員の腐敗の影響

精華大学出身の馬翔宇氏の一件は、特権と公務員の腐敗が公務員制度内で個人に与える影響の典型的な例と言える。馬翔宇氏は学歴と資格はあっても特権的背景を持たなかったため、キャリアで大きな壁に直面した。上司の不正行為を暴くという彼の決心は勇気ある行動であり、合法的行為を促進し公務員の環境を改善するためのものであった。しかし同時に、組織的腐敗という大きな問題と、その問題への対処を組織的改革ではなく個人の内部告発に頼っているという現状を浮き彫りにもしている。

馬翔宇氏のような内部告発者は困難に直面しており、不正行為の告発者を保護し支える仕組みの強化が必要なことは明白だ。内部告発者を守る強固な枠組みがなければ、処罰しないことが当たり前になり、告発者が声をあげることを思いとどまり、腐敗の連鎖を永続させることになる。馬翔宇氏の一件は、「鉄飯碗」制度に内在する不公正と、コネのない人間が腐敗した環境でうまく立ち回ることの難しさを如実に示している。

個人が告発しても公務員の不正行為がなくならない現状は、現在の改革メカニズムが不適切であることを物語っている。組織的な問題と個人の不正行為の両方に対処し、公務員に対する信頼を取り戻すことができなければ、効果的な改革とは言えない。包括的な改革を進めなければ、「鉄飯碗」制度は中国政府にとってマイナス要因となり、不平等と社会の不満を助長するおそれがある。

中国の「鉄飯碗」制度の今後のリスクと課題

中国では現在、毎年1,300万人以上の新卒者を輩出しているが、失業率が高く、雇用市場の悪化が進んでいる。こうした状況の中、中国政府は「鉄飯碗」制度(公共セクターの雇用を中心に国や政府が提供する終身雇用・雇用保障モデルのこと)での公平性の確保という課題に直面している。このような旧態依然とした慣習の残存は、現在の社会経済状況との乖離に他ならず、現在の社会経済環境に合致した改革の必要性を物語っている。

中国では大卒者の失業率が高く、社会の安定が脅かされかねない。安定した仕事をなかなか見つけられない若者が増えるにつれ、「鉄飯碗」制度の公平性に厳しい目が向けられるようになってきた。この制度が特権や腐敗という面から不公平だと問題視されていることも一因となり、能力ベースであるべき雇用機会を奪われていると感じる若年世代に幻滅感が広がっている。

中国の「鉄飯碗」制度が直面する課題は複雑かつ多面的であり、旧来の血統論や組織的腐敗だけでなく、急速に変化する経済環境への対応といった幅広い問題が含まれている。中国政府は長年にわたりさまざまな改革を実施してこうした課題に対処してきたが、その取り組みの多くは断片的なものであり、問題の根本原因を解決するには至っていない。

こうした問題に効果的に対処できなければ、バングラデシュで起きたような社会的混乱が生じかねない。バングラデシュのハシナ政権の崩壊は、中国政府にとって重要な教訓となる。失業問題や機会の不平等など、社会の不満の根本原因にバングラデシュ政府が対処しなかったことで、抗議デモが各地で起き、最終的に政情不安が生じた。

中国はバングラデシュの経験から学び、深刻な社会不安の原因となる前に先手を打って「鉄飯碗」制度を改革しなければならない。現在の改革戦略では、この制度が直面する複雑な問題に対処できない可能性がある。組織的な不平等と外部圧力の両方に対処し、公務員制度を公平かつ能力ベースにするには、より繊細なアプローチが必要となる。

こうした課題への対処にあたって、いくつかの対策を提言する。まず、公務員採用制度を改革して透明でオープンな手順を確立し、特権の影響を減らしてすべての応募者が公正に競争できる環境を確保する。2つ目に、監督・説明責任メカニズムの強化、実効力のある監視機関の設置、違法行為の厳罰化を図り、公務員の倫理水準を向上させる。3つ目に、恵まれない低所得者層の支援強化で社会における公平な機会を促進し、貧富の差を縮め、社会的公平性を高める。そして、経済政策を見直し、国有企業の保護や地方政府の「鉄飯碗」と、社会的公平性を推進する取り組みのバランスを取って、社会的対立を和らげることで共同富裕を実現することが大切だ。

まとめ

中国の「鉄飯碗」の崩壊は不可避ではないが、これを避けるには包括的な改革を早急に行う必要がある。中国政府が他国の経験から学び、社会の不満の根本原因に対処することで、公務員制度は混乱ではなく安定の象徴であり続けることができる。バングラデシュの教訓から、行動を起こさなければどのような結果になるか、また体制の不平等に率先して対処する必要性について、貴重な知見を得ることができる。

陳建甫博士、淡江大学中国大陸研究所所長(2020年~)(副教授)、新南向及び一帯一路研究センター所長(2018年~)。 研究テーマは、中国の一帯一路インフラ建設、中国のシャープパワー、中国社会問題、ASEAN諸国・南アジア研究、新南向政策、アジア選挙・議会研究など。オハイオ州立大学で博士号を取得し、2006年から2008年まで淡江大学未来学研究所所長を務めた。 台湾アジア自由選挙観測協会(TANFREL)の創設者及び名誉会長であり、2010年フィリピン(ANFREL)、2011年タイ(ANFREL)、2012年モンゴル(Women for Social Progress WSP)、2013年マレーシア(Bersih)、2013年カンボジア(COMFREL)、2013年ネパール(ANFREL)、2015年スリランカ、2016年香港、2017年東ティモール、2018年マレーシア(TANFREL)、2019年インドネシア(TANFREL)、2019年フィリピン(TANFREL)など数多くのアジア諸国の選挙観測任務に参加した。 台湾の市民社会問題に積極的に関与し、公民監督国会連盟の常務理事(2007年~2012年)、議会のインターネットビデオ中継チャネルを提唱するグループ(VOD)の招集者(2012年~)、台湾平和草の根連合の理事長(2008年~2013年)、台湾世代教育基金会の理事(2014年~2019年)などを歴任した。現在は、台湾民主化基金会理事(2018年~)、台湾2050教育基金会理事(2020年~)、台湾中国一帯一路研究会理事長(2020年~)、『淡江国際・地域研究季刊』共同発行人などを務めている。 // Chien-Fu Chen(陳建甫) is an associate professor, currently serves as the Chair, Graduate Institute of China Studies, Tamkang University, TAIWAN (2020-). Dr. Chen has worked the Director, the Center of New Southbound Policy and Belt Road Initiative (NSPBRI) since 2018. Dr. Chen focuses on China’s RRI infrastructure construction, sharp power, and social problems, Indo-Pacific strategies, and Asian election and parliamentary studies. Prior to that, Dr. Chen served as the Chair, Graduate Institute of Future Studies, Tamkang University (2006-2008) and earned the Ph.D. from the Ohio State University, USA. Parallel to his academic works, Dr. Chen has been actively involved in many civil society organizations and activities. He has been as the co-founder, president, Honorary president, Taiwan Asian Network for Free Elections(TANFREL) and attended many elections observation mission in Asia countries, including Philippine (2010), Thailand (2011), Mongolian (2012), Malaysia (2013 and 2018), Cambodian (2013), Nepal (2013), Sri Lanka (2015), Hong Kong (2016), Timor-Leste (2017), Indonesia (2019) and Philippine (2019). Prior to election mission, Dr. Chen served as the Standing Director of the Citizen Congress Watch (2007-2012) and the President of Taiwan Grassroots Alliance for Peace (2008-2013) and Taiwan Next Generation Educational Foundation (2014-2019). Dr. Chen works for the co-founders, president of China Belt Road Studies Association(CBRSA) and co-publisher Tamkang Journal of International and Regional Studies Quarterly (Chinese Journal). He also serves as the trustee board of Taiwan Foundation for Democracy(TFD) and Taiwan 2050 Educational Foundation.