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馬英九訪中vs.蔡英文訪米の中、台湾民意「米台友好は必ずしも台湾にいいわけではない」
蔡英文総統が中米歴訪へ 経由地のアメリカに向け出発(写真:ロイター/アフロ)

蔡英文総統の訪米に先駆け、その罰として、習近平は馬英九を訪中させるとともにホンジュラスに「中華民国」台湾との国交を断絶させた。それでも台湾の民意は、アメリカの干渉を必ずしも歓迎していないことが判明した。

◆反中の蔡英文総統訪米に対抗して、親中の馬英九元総統を大陸に招聘した習近平

現役の蔡英文総統が南米のグアテマラなどを訪問する際に、アメリカに上陸してケビン・マッカーシー米下院議長と会談するという情報が流れるとすぐ、それに対抗するように中国は馬英九元総統を中国に招聘する措置に出た。馬英九は親中の国民党に属し、蔡英文は反中親米の民進党に属する。

昨年8月にナンシー・ペロシ元米下院議長が台湾を訪問した際には、習近平国家主席は中国人民解放軍に命じて、台湾を包囲する形で激しい軍事演習を行なわせたが、来年1月の「中華民国」台湾の総統選に向けての国民党と民進党の競争であるため、習近平は、今回の「みせしめ」として軍事演習ではなく南米の「ホンジュラス」に中華民国と断交させ、中華人民共和国と国交を樹立させるという手段に出た。

一時言われていたようにマッカーシーが訪台していれば、習近平としては激しい軍事演習を展開せざるを得なかっただろうが、蔡英文の訪米という逆の形になったのは、習近平にとっては、軍事演習をして台湾の選挙民に悪い印象を与えなくてすんだ分だけ、ある意味、幸いしたにちがいない。

馬英九の訪中が3月27日から4月7日であるのに対して、蔡英文の訪米を含んだ南米への旅程は3月29日から4月7日だ。そこで習近平はホンジュラスとの国交樹立を蔡英文の旅程に先んじて、3月26日に断行した。

蔡英文政権にとって、軍事演習よりも、ホンジュラスとの国交断絶の方が実質的には痛手だろう。

3月21日の外交部の記者会見で、蔡英文がマッカーシーと会うことに関して問われた報道官は「厳しい措置を取ることが、いずれわかるだろう」と回答したが、これは台湾と国交を持つ国の数を「減らしてやった」という措置のことを指していたことになる。

◆台湾民意基金会調査結果:米台友好は必ずしも台湾にいいわけではない

台湾では「馬英九訪中vs.蔡英文訪米」に象徴される、親中の国民党と、親米の民進党との闘いを「双英闘争」あるいは「双英競争」と呼んでいる。「馬九」にも「蔡文」にも「」という文字があるからだ。

これに関して、今年3月13日から14日にかけて、台湾の財団法人「台湾民意基金会」が「2023年3月 国際情勢・政党競争と2024年総統選」というタイトルの民意調査を行った

膨大な情報が詰まっているが、中でも興味深いのは、「二、米中台三辺関係に対する台湾人の基本的態度」にある調査結果だ。

ここで設問を立てるに当たり、基金会は以下のような説明をしている。

――アメリカは長期にわたる台湾(中華民国)の盟友です。最近では、経済や軍事における台米関係はさらに深まっています。そこで、一部では「アメリカが台湾にどんなに友好的であったとしても、それは全てアメリカ自身の利益のためであって、必ずしも台湾にとっていいわけではない」という人たちがいます。あなたは、この意見に同意しますか?この視点に立った結果、私たちは「アメリカがどんなに台湾に友好的だと言ったところで、それは全てアメリカ自身の利益のためであって、台湾にとっては必ずしも良いこととは限らない」という考えに賛成か否かを問うことにしました。(基金会の説明ここまで。)

こうして【「アメリカが台湾に友好的なのは、必ずしも台湾にいいことではない」と思いますか?】という設問が立てられた。但し、長すぎるためか「それは全てアメリカ自身の利益のためであって」という言葉は省略されている。その調査結果は以下のようになっている。

図表1

台湾民意基金会の調査結果を筆者が和訳

図表1から明らかなように、「アメリカがどんなに台湾に友好的だと言ったところで、それは全てアメリカ自身の利益のためであって、台湾にとっては必ずしも良いこととは限らない」と思っている人が、全体の約60%を占めている。

これは非常に注目すべき値で、今年1月20日のコラム<台湾民意調査「アメリカの対中対抗のために利用されたくない」>に書いた台湾の民意を考えると、台湾人は「アメリカが台湾に友好的なのは、中国を潰したいからであって、台湾人のために友好的なのではない。台湾は駒として利用されているだけだ」と思っているという、相当に普遍的な民意を読み取ることができる。

◆台湾のYahoo空間に突如現れた「馬英九訪中」に関する民意調査

台湾人の関心は今「双英競争」に集中している。

そのためか、3月20日に、台湾のYahoo空間に突如「馬英九訪中」に関する調査が「ツイート・ニュース」による「随意アンケート」の形で現れた。以下に3月31日9時時点での民意データを示す。調査開始から10日経っているので振れ幅は小さく、データがかなり落ち着いてきた。

一つ目の質問:馬英九は74年以来、初めて大陸を訪問する元総統になる。これについてどう思いますか?(筆者注:ここにある「74年以来」というのは、国共内戦により国民党が1949年に台湾に敗走し、中華人民共和国が誕生して以来、という意味だ。)その結果を図表2に示す。

図表2

Yahoo 台湾における調査結果を筆者が和訳して作図

図表2から明らかなように、馬英九が大陸を訪問したことを「大変良いことだ」と評価している人が約70%を占めている。

二つ目は【「民進党陣営(緑陣営)は「馬英九の大陸訪問は2024年の総統選に影響を与える」と言うが、あなたはそう思いますか?】という設問だ。その回答を以下に示す。

図表3

Yahoo台湾における調査結果を筆者が和訳して作図

図表3から明らかなように、「2024年の総統選に影響がある」は「絶大な影響11.9%」、「それなりに影響25.3%」、「やや影響28.4%」を合計すると、全体で「65.6%」が「影響がある」と見ていることがわかる。

◆蔡英文訪米に関するYahoo台湾での随意アンケート結果

同様に、今度は「蔡英文訪米」に関する質問がYahoo台湾で行われた。

その設問と結果を以下に示す。

設問:蔡英文の外遊に注目していますか?

図表4

Yahoo台湾における調査結果を筆者が和訳して作図

図表4には、やや想定外の結果が現れている。

「注目している」のは、「非常に注目10.4%」と「やや注目14.2%」を合わせて、わずか「24.6%」に過ぎないのだ。

「あまり注目していない23.8%」と「全く注目していない46.0%」を合わせると、「注目していない」が、なんと、全体の「69.8%」、約70%にも達するのである。

次の設問:今回の蔡英文の外遊は、台米関係に有益だと思いますか?

図表5

Yahoo台湾における調査結果を筆者が和訳して作図

図表5も、予想を超える、意外な結果を突き付けてくる。

「非常に有益8.6%」と「それなりに有益8.6%」を合わせても「有益」と回答したのは全体の「17.2%」にしか達せず、「あまり有益ではない17.8%」と「全く有益ではない56.4%」を合わせると、全体で「74.2%」の台湾人が「有益ではない」と回答しているのだ。すなわち、「アメリカを頼りにして成立しているような党は、台湾人のために良くない」と考えている人が、台湾人の7割以上もいることになる。

最後の設問:蔡英文と(マッカーシー)米下院議長の面会は、両岸関係にダメージを与えるでしょうか?

ここにある「両岸関係」とは「大陸と台湾の両岸関係」という意味で、1971年10月に国連で「中国を代表する国家は中華人民共和国のみである」としてアメリカが率先して「中華民国」台湾と断交し、「一つの中国」原則が認められて以来、中国大陸は「両岸関係」という中立的な言葉を用いる。それが台湾でも定着し始めている。

質問中にある「ダメージ」の中国語は「衝撃」なのだが、「衝撃」には良い意味と悪い意味があり、これはどのニュアンスで使っているのかを台湾にいる多くの教え子に聞いてみたところ、この場合は「悪い影響」という意味で、「ダメージ」という英語が一番適しているという回答が得られたので、「ダメージ」とした。

その結果を図表6に示す。

図表6

Yahoo台湾における調査結果を筆者が和訳して作図

これも驚くべき台湾の民意である。

「必ず与える」と「与えるかもしれない」を合わせると「ダメージを与える」と考えている台湾人が、「70.9%」もいることになる。

基金会における多くの説明を含め、これら台湾人の民意から見えるのは、「アメリカは中国を制圧するために台湾を利用しているだけで、台湾のために台湾を支援しているわけではない。だから一つの国家が他国(アメリカ)に頼り切って、他国(アメリカ)の力で国家運営されていくというのは、望ましいことではない」と考えているということだ。

台湾人は目覚めている。

日本人よりも、よほど賢い。

アメリカが常に世界のナンバー・ワンであるために、何としても台頭する中国を潰そうとし、その目的を達成するために関係国を巻き込んで軍事力を発揮するのは人命を奪うばかりで、警戒しなければならないのを台湾のアンケートは教えてくれる。

NATOのアジア化に日本が必死で手を貸していることに関しては、3月20日のコラム<岸田首相訪ウで頓挫した習近平・ゼレンスキーのビデオ会談と習近平の巻き返し>の「図表2」に書いた通りだ。しかし少なからぬ日本人は、この事実を直視するのを嫌がる。自分たちの運命を決していく真実を見たくないのだ。いや、それを見ようとする認識力さえ失うほど、「アメリカ脳」に慣れてしまったのかもしれない。こうして戦争が起きることに目を向けようともしない。

なお、民意調査の結果と異なり、現在のところ民進党の方が支持率が高いのは、総統選候補に関して民進党は候補者をいち早く一人に絞ったのに対して、国民党の方はまだ決めてないからだろう。おそらく国民党は台湾民衆党との連立を組もうとして、候補者決定に難航しているものと推測される。来年1月の総統選まで、紆余曲折を経ながら、親中か対米依存かのせめぎ合いが続くことだろう。

*追記:図表2にあるYahoo台湾のアンケート開始日は3月20日で、馬英九が訪中したのが3月27日であったため、アンケートの回答の選択肢原文には「楽観其成」と書いてあった。「それが成功することを楽しみにしている」という意味で「未来形」だ。しかしコラム執筆時に取り上げたデータは3月31日だったので「未来形」で書くのも適切でないため「大変良い」という表現を選んだ。これはある意味「断固反対」の対極側の意思表示なので、そういう対比も込めている。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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