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岸田首相訪ウで頓挫した習近平・ゼレンスキーのビデオ会談と習近平の巻き返し

中露首脳会談の日に合わせて岸田首相がゼレンスキー大統領と電撃会談。日ウ共同声明には、ウクライナ建国後初めての対中非難が盛り込まれ、中ウ首脳会談の機運を頓挫させた。戦争を煽る米国と、巻き返す中国。

◆「日本・ウクライナ」共同声明に盛り込まれた対中批判

本来、習近平国家主席は、3月20日から22日にかけてのモスクワ訪問でプーチン大統領のメンツを立てた後に、ウクライナのゼレンスキー大統領とオンライン会談をする流れになっていた。

しかし3月21日、まさに中露首脳による公式会談が華々しい演出の下で開催されたその瞬間に合わせるかのように、わが国の岸田首相はウクライナを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領に会って「日本・ウクライナ」共同声明を発表した。共同声明の名称は<日本とウクライナとの間の特別なグローバル・パートナーシップに関する 共同声明>である。

その中の「地域及び国際場裏における協力」には、明らかに対中包囲網を意識した項目とともに、中国が「国益の核心中の核心」として位置づけている「台湾問題」が含まれている。その項目を以下の図表に示す。

図表1:日ウ共同声明の中にある対中批難部分(赤文字で表示)

筆者作成

「22」の「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障の不可分性を認識し」は明らかにNATOの東アジアへの引き込みで、目的は対中包囲網の形成だ。「自由で開かれた国際秩序を維持・強化」も、「中国は自由でなく開かれてない」とするアメリカの対中戦略に沿うものである。「その目的に向けて、ゼレンスキー大統領は、防衛力の抜本的強化や外交活動の強化などを含む日本の国家安全保障戦略の策定を称賛した」という文言は、ゼレンスキーも対中包囲網に賛同したことを意味する。

「23」の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)の実現に向けて協力することで一致した」は、アメリカのバイデン大統領が唱える最大の対中包囲網にゼレンスキーが協力すると誓ったことを意味する。

「24」の「航行及び上空飛行 の自由を維持する」は、米軍が実施している、南シナ海における中国に対する牽制である「航行の自由」作戦を指している。米軍が中国を牽制していることにゼレンスキーが賛同していることになる。

25」は、中国にとって絶対不可侵である国益の核心中の核心「台湾問題」に関するアメリカの干渉を肯定した内容になっている。日本はアメリカに従って、「台湾海峡の平和と安定」という言葉を使っているが、これは一見、日米が「平和」を望んでいるように見せかけながら、実は「台湾有事」を煽っている現実の裏返しであると中国は見ている。

すなわち、中国にとって台湾は、1971年10月に国連で認められた「一つの中国」原則によって「中国の領土の一部分」であり、中華人民共和国憲法にも「台湾は中国の不可分の領土」と明記してあるので、武力攻撃などする必要はない。何としても「平和裏に統一したい」だけである。中国から見れば、その権限を国連が中国に与えたようなものだと思っている。何と言ってもアメリカが率先して「中華民国」(台湾)と国交を断絶し、台湾を国家として認めなかったのだから。

ところが今となっては中国の経済力や軍事力が増強したため、半導体などの最先端製造工場がある台湾を中国が「平和裏に統一」してしまったら、アメリカが世界の「ナンバー1」であることを維持できなくなる。だから、中国が台湾を武力攻撃するしかない方向に中国を追い込んでおきながら、「武力攻撃反対!」と叫び、「台湾海峡の平和と安定を望む」と、聞こえの良いことを叫ぶのだ。このような「茶番」が「国際秩序」として通っているのが、現在の「西側の価値観」であると中国は見ている。

その「西側の茶番劇にゼレンスキーが乗ってしまった」。

このことに対する中国の怒りは、実は尋常ではない。

◆中国とウクライナは非常に友好的な国家だった

2023年1月の中国外交部のウェブサイトには「中国とウクライナの関係」と題する報道が載っている。そこには、【政治関係】、【経済貿易関係】あるいは【両国協力機構】など、多方面にわたる緊密な友好関係がぎっしり詰まっている。

他の公式情報も含めて略記すると、1992年1月4日に国交樹立、2001年に全面的な友好協力関係を、2011年には戦略的パートナーシップ関係を結んで、友好関係を深めてきた。2013年12月5日には、「中国ウクライナ友好協力条約」を締結している。すべての共同声明や協力関係締結のときに、ウクライナは、台湾やウイグルあるいはチベット問題などにおいても、常に中国の立場を支持し、台湾の独立に絶対に反対すると誓ってきた。その例は列挙にいとまがないほどだ。

一帯一路の加盟国でもあり、中国はウクライナの穀物庫としての役割に関して大きな投資をしてウクライナの穀物業を育ててきたので、経済協力においては切っても切れない仲にある。

ウクライナは建国と同時に中国と国交を結んでいるが、建国以来、ただの一度も中国を非難したことがない。

だというのに、事もあろうに、習近平が第三期目の政権誕生後、晴れやかに外交戦略の第一歩を歩もうとしたその日に、日本はゼレンスキーを巻き込んで、対中包囲網の完成に向けて、深く食い込んできた。

そのように解釈している中国は、中露首脳会談に続くはずだったゼレンスキーとのオンライン会談の機運を削がれてしまい、いま怒りを深く隠しながら、ウクライナ戦争「和平案」の出口を練り直しているところである。

◆岸田首相はNATOの東アジアへの拡大に手を貸している

中国はプーチンによるウクライナ侵攻のきっかけとなった「NATOの東方拡大」に強い関心を持ってきたが、最近ではNATOの矛先が東アジアにまで及んできて、海をまたいで「インド太平洋地域」にまで拡大しつつあることに、非常に神経質になっている。それが対中包囲網として第三次世界大戦を招くとみなしているからだ。

あまりに中国共産党系メディアや中国政府系メディアが、「日本が、アメリカの手先となって、中国包囲網を形成するために、NATOを東アジアに引き込むための役割を果たすのに懸命だ」といった種類の報道ばかりするので、実態を詳細に調べてみたところ、日本の外務省の、ずばり<日NATO関係>という情報にぶつかった。そこにある情報を基にしながら、筆者の視点で位置づけ、かつ2022年6月以降の情報も加筆して作成したのが以下の図表2である。

図表2:日本とNATOとの関係

外務省のウェブサイトを参照しながら筆者作成

まず、アメリカの政権によって、NATOに対する見解が異なるので、アメリカの政権名を左端に書いた。

オバマ政権時代は、ウクライナにおけるマイダン革命に、当時のバイデン副大統領やヌーランド国務次官補などを介入させて、親露系のヤヌーコヴィチ政権を転覆させた。これは国際法違反だ。ヤヌーコヴィチ政権はNATOに関して中立を宣言していたが、バイデンはウクライナに対して「NATOに加盟しさえすればアメリカが徹底してウクライナを支援する」と強烈に主張して、バイデンらが打ち建てた親米の傀儡政権であるポロシェンコ政権では憲法に「ウクライナ首相にはNATOに加盟するための努力義務がある」とさえ書かせている。

NATOはもともと米ソ冷戦時代の産物で、ヨーロッパを中心としたものであったはずだが、図表2で明らかなように、オバマ政権はNATO強化に積極的で、2010年に当時の日本の旧民主党の「菅直人(かん・なおと)政権」のときに「日本NATO情報保護協定」を締結させている。同じ旧民主党の野田政権はアメリカやNATOの呼びかけに一切応じなかったのだが、安倍政権になるとオバマ大統領の呼びかけに積極的に応じ始めた。

トランプ元大統領は「NATOなど要らない!」と叫んでNATOを解体させようとさえした人物だった。トランプ政権とは折り合いの悪いNATOは、独自に安倍元総理に働きかけている。

また自民党の菅義偉(すが・よしひで)政権だった2021年6月には、NATOは首脳会議で「太平洋パートナー(豪・日・ニュージーランド=NZおよび韓国など)との協力促進をコミュニケで出している。

なんと言っても激しいのは、2022年になってからの変化だ。

もちろんウクライナ戦争が始まったからということが主たる原因ではあろうが、バイデン政権の「NATO強化」と「NATOのインド太平洋への関与拡大」が、恐ろしいほどまでに加速していることが図表2の赤字部分から読み取れるだろう。

これこそがバイデンの長期的目標で、中国を潰すために着々と進んでいるアメリカの「日本を戦争へと導く巨大なロードマップ」だ。

NATOは海続きでオーストラリアとつながり、インド太平洋へと拡大して、東アジアをもカバーするという構想が劇的なスピードで進んでいるのが見て取れる。

その橋渡しをしているのが日本だ。

日本はそのことに気が付いているだろうか?

日本国民の多くは、そしてもしかしたら日本政府でさえ、これが日本を「戦争への道」にまっしぐらに突進させるための、アメリカの巨大なロードマップであることが見えていないのかもしれない。

◆巻き返しを練る習近平 岸田訪ウを超える形の習近平・ゼレンスキー対談か?

今さら言うまでもないが、習近平は2月24日に、「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」という12項目からなるウクライナ戦争の「和平案」を発表した。いかなる理由があれ、侵略をしたプーチンが悪いことは明白だが、これ以上の戦火の拡大を抑制し、まずは当事国が停戦に向けたテーブルについてくれというのが「和平案」の趣旨だ。

アメリカとしては、習近平が唱える「和平案」で停戦に漕ぎ着けたりなどしたら、アメリカの敗北となると考えているだろう。何としても習近平の「和平案」を阻止するつもりだ。

今年3月16日には、クレバ外相は和平案を評価していたくらいだったし、中国としてはアメリカの軍部トップのマーク・ミリー統合参謀本部議長同様、「ロシアもウクライナも軍事力によって目的を達成することはできない」とみなしている。すなわち、戦争を継続しても、ウクライナが完全勝利を手にすることはないと見ているのだ。プーチンも本当は誰かに「強制終了」してほしいと思っていると習近平は踏んでいる。

しかし冒頭で述べたように、岸田首相のゼレンスキーとの電撃対談を受けて、習近平の勢いは足踏みへと追いやられた。それでも中ウ関係は、水面下で深くつながっている。中国を裏切ったゼレンスキーも、習近平にオンライン会談ではなく、キーウに来て直接ゼレンスキーと対面で会って会談してほしいというシグナルを発し始めた

日本人スパイ拘束という手段を受け、林外相はあわてて訪中するし、自民党きっての超親中議員・二階元幹事長は中国人観光客誘致のため北京に馳せ参じる。 

今は台湾の蔡英文総統のアメリカへの立ち寄りや台湾の国民党の訪中などが交錯しているので、一段落したら「仕切り直し」で、劇的な変化があるかもしれない。

それは岸田首相訪ウを超える形でなければ、中国のメンツが立たないのである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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