全人代が閉幕し習近平「紅い王国」がスタートした。新チャイナ・セブンの役職は予測通りだが、国務院副総理や国務委員構成にも新たな決意がにじむ。人事構成から習近平の決意と戦略を読み解く。
◆執念の習近平「紅い王国」がスタート
3月13日に全人代(全国人民代表大会)が閉幕した。
1962年に父・習仲勲が鄧小平の陰謀により冤罪で失脚し、16年間も牢獄生活を強いられたことに対する習近平の恨みは、尋常ではなかったはずだ。親の恨みを晴らすための60年間。その完成形が「紅い王国」として全人代で示された。
そこには1930年代に父・習仲勲が築いた革命の聖地「延安」が再現されている。
だからこその陝西省一派であり、習近平の側近なのだ。
中国共産党の「裏切りと怨念の歴史」を知らない限り、如何にして「紅い王国」が形成されたのかを理解することができない(詳細は『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』。簡潔には『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』の第二章)。
李克強との仲がどうだったかといった視点は重箱の隅をつついた視点でしかなく、そのような視点では中国共産党の真相など見えるはずがない。
しかしその「紅い王国」もレガシーを残さない限り、第四期、あるいは第五期への野望は果たせないはずだ。
そのレガシーを残すための作業が始まった。
それは「在任中の台湾平和統一」と「アメリカに潰されないこと」だ。
これを果たさない限り「紅い王国」は滅びる。
まず台湾平和統一に関しては、早速ウクライナ戦争「和平案」を実行に移すべく、習近平は近い内にロシアを訪問する。プーチンのメンツを立てた上で、ウクライナのゼレンスキー大統領ともオンラインで会談するようだ。
このことは2月27日のコラム<習近平のウクライナ戦争「和平論」の狙いは「台湾平和統一」 目立つドイツの不自然な動き>で触れたが、事態はコラムで書いた通りに動いている。
◆予測通りだった新チャイナ・セブンの職責
昨年10月22日に第20回党大会が閉幕し、23日に開催された一中全会(中共中央委員会第一回全体会議)で新チャイナ・セブン(中共中央政治局常務委員会委員7人)が披露された瞬間、筆者は全員の職位を予測した。その推移と結果は昨年12月16日に出版した『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』で詳述したが、予測は全て的中し、全人代の結果を含めると、以下のようになった。
党内序列1位 習近平:国家主席、中央軍事委員会主席、中共中央総書記
党内序列2位 李 強:国務院総理
党内序列3位 趙楽際:全人代常務委員会委員長
党内序列4位 王滬寧:全国政治協商会議主席→台湾平和統一
党内序列5位 蔡 奇:中共中央書記処書記
党内序列6位 丁薛祥:国務院第一(常務)副総理→ハイテク国家戦略
党内序列7位 李 希:中央紀律検査委員会書記
この陣営から見えるのは、「台湾平和統一」と「ハイテク国家戦略」を優先するということである。
王滬寧という、三代の「紅い皇帝」に仕えた帝師を、全国政治協商会議主席に就かせたことは、「統一戦線」を重んじることを意味し、「統一戦線」を重んじるということは「台湾平和統一」を重んじることを意味する。
この体制強化に関しては2月12日のコラム<習近平「台湾懐柔」のための「統一戦線」が本格稼働>に書いたように、国務院台湾事務弁公室(国台弁)のトップに、元中共中央連絡部(中聯部)の部長をしていた宋濤(そう・とう)を主任として持ってきたことで「筋金入り」となっていることが見える。「平和交渉」となると宋濤が前面に出てくるという特徴が「紅い王国」にはあるのだ。
一方、根っからの技術屋で、習近平に「中国製造2025」の制定を促した丁薛祥(てい・せつしょう)を国務院第一(常務)副総理に据えたということは、ハイテク国家戦略を重んじて、アメリカに潰されないようにするということを意味する。中国のテクノロジーの実績に関しては、3月7日のコラム<習近平がアメリカを名指し批判して示す、中国経済の新しい方向性>で触れたオーストラリアのシンクタンクが調査した結果が、如実(にょじつ)に物語っている。
◆強軍・ハイテクを主軸に置いた国務院副総理&国務委員陣営
国務院副総理と国務委員に据えたのは以下のような面々だ。共青団を排除したとか、ここでも重箱の隅をつつく視点しか持たない中国研究者やジャーナリストには、習近平が目指しているものが見えてこないにちがいない。
それが見えるように国務院副総理と国務委員メンバーの一覧表を作成した。
軍・宇宙開発・科学技術および公安関係などは、すべて赤文字で示した。
国務院副総理と国務委員メンバー一覧
国務院副総理の担当分野としては、一般に
- 財政、発展改革、国土自然資源、環境保護、住宅問題
- 教育、衛生、体育
- 農林、貧困問題、商務、貿易
- 金融、工業、交通、科学技術、人力資源社会保障
などがあるが、この担当分野に関してはまだ明らかにされていない。組み合わせも変わってくるだろう。
国務委員には、2003年からは国防部部長や公安部部長が入るようになり、2018年からは外交部部長も入るようになったので、そのこと自体は不思議ではないが、何と言っても今回の国務院副総理(4人)&国務委員(5人)計9人の内、6人が軍・宇宙開発・科学技術(ハイテク)関係分野の出身者であるということは注目に値する。
すなわち、これらの分野を強くしてアメリカに潰されないようにするという強烈な意思が習近平「紅い王国」にはあるということである。その象徴の最たるものが、国務委員に李尚福(り・しょうふく)という、アメリカが制裁対象としている人物を持ってきたことだ。李尚福は2018年にロシア製兵器(Su-35戦闘機や最新鋭地対空ミサイルシステムS-400など)の購入取引を理由にアメリカから制裁を受けているが、そのような事に「誰が屈するか!」という習近平の強烈な意志の表れと見ていいだろう。
アメリカのオースティン国防長官は何度もこれまでの国防部長(魏鳳和)に会談を申し入れ拒否されているが、アメリカが制裁をしている人物が国防部長になったのだから、アメリカとしては「制裁対象者との会話を申し出る」というのは立場上できないのではないのか。アメリカにとっては、気まずい場面が予測される。
これでもしアメリカが、「ならば、制裁対象から外そうか…」という動きでも見せれば、その瞬間に「勝負あり!」ということになる。人事配置においてアメリカの負けを「一つ」だけ招いたことになるからだ。「紅い王国」は「制裁王国」アメリカに勝負を挑んでいる構図だ。
李尚福は有人宇宙飛行プロジェクトの責任者でもあり、宇宙開発に強い。ハイテク国家戦略による「強軍大国」を目指す「紅い王国」の象徴の一つでもある。
女性で少数民族でもある諶貽琴(しん・いきん)氏を中共中央政治局委員でもないのに国務委員に入れたのは、国務院副総理に女性が入ってないので、女性重視と少数民族重視という形を整えただけという感は否めない。経歴に重量感が欠ける。
「紅い王国」には良いことばかりではない。
一般に指摘される地方政府の債務や不動産問題だけでなく、実は「教育や医療などの行き過ぎたビジネス化」などが、中国社会を著しく歪めているので、これらの問題を「紅い王国」の中でどのように解決していくのかは見ものだ。機会があれば、追って一つずつ考察を続けていきたい。
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