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米メディア「中国偵察気球は米本土領空を侵犯するつもりはなかった」 これは習近平の台湾戦略とも一致する
米紙ワシントン・ポスト(写真:ロイター/アフロ)
米紙ワシントン・ポスト(写真:ロイター/アフロ)

ワシントン・ポストは、4日に撃墜された中国偵察気球は風に煽られて予想外に米本土領空に行ったもので、本来はグアム島上空に行こうとしたと報道。非常に納得のいく考察で、習近平の関心はいま台湾にしかない。

◆ワシントン・ポストが報道した「中国の誤算」

アメリカのワシントン・ポストは2月14日、<アメリカは海南島から打ち上げられ通常とは異なる経路に沿った中国偵察気球を追跡した>と報道した。非常に長い記事なので、本コラムに関する要点のみをいくつかピックアップして以下に記す。

  • 米軍と諜報機関は、先月末に中国の海南島から離陸する中国偵察気球を、ほぼ1週間にわたり追跡した。
  • 気球は米国領グアム上空を飛行しようとしていたようで、そこに落ち着くのをモニターしていたところ、飛行経路が突如変化した。当時、寒冷前線の影響で高高度では通常と異なる強風が吹いており、太平洋の米軍施設を監視する狙いだったはずなのに、東のルートのどこかで、気球は予想外にも、北に曲がった。
  • 米当局者は、中国が空中監視装置を用いてアメリカ本土中心部の領空に侵入するつもりはなかった可能性があるので、現在詳細に調査しているところだと述べた。
  • 「気球はグアムから数千マイル離れたアラスカのアリューシャン列島に浮かび、その後カナダ上空を漂流したが、そこでいきなり、気球を南に向かわせ米国本土に押し込むような強風に遭遇した」と当局者は匿名を条件に語った。
  • 気球は、人民解放軍空軍によって部分的に実行されたプログラムの一つである。一部は気流によって方向づけられ、部分的にはプロペラと舵で遠隔操縦可能で、気球の打ち上げ直後には太平洋を真東に押し上げ、フィリピンと台湾の間を通過しただろうことを示している。
  • しかし、中国北部、朝鮮半島、日本に発生した極寒の空気を含んだ強い寒冷前線に遭遇し、急速に北に向きを変えてからは、激しい寒冷前線によるジェット気流に呑み込まれて、高高度におけるコントロールを失った可能性がある。
  • これは中国人民解放軍の誤算で、米本土領空への侵入は「中国人民解放軍の大きな失敗だった」ことを意味する。(引用は以上)

これはあらゆる面から考えて、実に納得のいく説明だ。

筆者はどうしても、「中国が、気球を米国本土領空飛行まで操縦できる技術を持っている」とは思えないので、さまざまな角度から試行錯誤的にコラムで考察を続けてきた。疑問に思ったときには、回答が得られるまで追跡せずにはいられない思考回路を、理論物理を研究している間に植え付けられてしまったので、そこから逃れられないのである。そのために書いてきたコラムが無駄ではなかったことを、この記事は示してくれた。

記事の執筆者である「Ellen Nakashima, Shane Harris and Jason Samenow」の3氏に心からの敬意と感謝の気持ちさえ表したい思いで、この記事を読んだ。

◆習近平はいま米議会議員などの訪台予定に神経を尖らせている

こういうことであるなら、習近平が現在専念している台湾に関する戦略とも完全に一致する。

習近平は今、もしかしたら春にマッカーシー米下院議長が台湾を訪問するかもしれないということに神経を尖らせている。少なくとも、米下院内の米中戦略競争特別委員会所属の下院議員たちが台湾を訪問することを明らかにしている。いずれにせよ、米議会議員の訪台は確実だろう。

2月12日のコラム<習近平「台湾懐柔」のための「統一戦線」が本格稼働>で書いたように、習近平は「統一戦線」を軸にして、台湾を必死で懐柔しようとしているところだ。来年1月の「中華民国」台湾の総統選挙において、何としても親中派の国民党に勝ってもらおうと、経済協力を推し進めている。

台湾において中国大陸との経済交流を推進させようとしているのは国民党だ。対する民進党は対中貿易に消極的で、できるだけ大陸依存を減らそうと必死だ。

そこで習近平は、台湾の人々全体として、経済成長が進む方向へとコントロールしている最中である。

このような中、又もや米議会議員や議長などが台湾を訪問して民進党を激励したりするのは絶対に許せない。したがって、もしそのようなことになれば、昨年ペロシ前下院議長が訪台した時を上回る、激しい大規模軍事演習を、台湾を包囲する形で行う可能性が高い。

そのときに気になるのは周辺の米軍基地だろう。

仮にワシントン・ポストの報道通り、海南島から打ち上げたとすれば、最も定点観測したいのはグアムにある米軍基地になる。ここなら近いし、風に煽られていなければ、グアム島上空に、一定時間、滞在できたはずだ。軍事演習をするとしたら、グアム島にある米軍基地の情報は詳細に知りたいにちがいない。

◆「台湾平和統一」か「台湾武力統一」か

台湾はエネルギー資源の98%を輸入に頼っているので、港や空港を中国人民解放軍が押さえることさえできれば、10日~2週間で台湾の発電用天然ガス貯蔵がなくなり、台湾は大規模停電に見舞われる。したがって、中国人民解放軍は台湾に上陸したりなどせず、港湾や空港を押さえるだろう。こうして、生きていけないようにするのだ。

1947年から48年にかけて、長春市において中国共産党軍による食糧封鎖の経験を持つ筆者にとっては、都市ごと包囲された時の情況は骨身に染みてわかっている。あのときは長春市内に国民党軍がいて、それを中国共産党軍が包囲した。そして国民党の中の雲南から来た第六十軍を懐柔して中国共産党側に寝返らせ、長春陥落を成し遂げた。

今度は台湾という島の中に国民党と民進党がいて、どの党が政権を取るかによって台湾を包囲するか否かが決まってくる。

国民党が政権を奪取すれば、習近平は「台湾平和統一」へと一気に動いていくだろう。もう残り時間がないのだ。残り時間というのは、習近平の寿命や政権期間のことだ。習近平は「平和統一」に、ある意味、命を懸けている。

アメリカ議会の議員や高官らが訪台をくり返し、民進党が勢いを得て次の政権も継続して担い、万一にも独立を宣言する方向に動いたら、2005年に制定した反国家分裂法に基づき、習近平は台湾を武力攻撃せざるを得ないところに追い込まれる。 

それだけは避けたいだろう。

なぜなら現時点での中国の軍事力はアメリカの軍事力には及ばず、必ず負けるだろうからだ。おまけに武力統一などしたら、統一後に台湾人が激しい嫌悪感を中国共産党に抱いて、中国は中国共産党による一党支配体制を維持できなくなる。

かといって独立すると宣言することを黙止することは、中国のトップに立つ指導者にとっては「死」を意味する。

アメリカはそれを知っていて、なんとか北京を怒らせ、習近平が武力攻撃をする方向に持って行こうとしているが、現在の台湾の民意では、なかなか、その方向に動きそうにはない。何といっても台湾の対中輸出は40%前後を動いているので、国民党が大陸との経済を盛んにさせていく方が、台湾人にとっては好ましい側面を持っているからだ。

しかし、「第二の香港」にはなりたくないという民意も強く、綱渡りだ。

いずれにせよ、ワシントン・ポストの情報が、習近平の台湾戦略と一致していたので、筆者の中では「4日に米軍に撃墜された中国の偵察気球の謎」は、一応の回答を得ることができた。ワシントン・ポストに感謝したい。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』(ビジネス社)、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』(PHP新書)、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。2024年6月初旬に『嗤(わら)う習近平の白い牙』(ビジネス社)を出版予定。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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