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自民党親中議員が集う日中友好シンポ 台湾との断交反省はゼロ
自民党親中議員・林外相(写真:つのだよしお/アフロ)
自民党親中議員・林外相(写真:つのだよしお/アフロ)

日中国交正常化は「中華民国」台湾との断交を交換条件として締結された。だからいま台湾問題が起きている。歴史と台湾問題を中国に突きつけられながら自民党親中議員は50周年記念シンポジウムに友好的に参加した。

◆歴史問題と台湾問題を日本に突きつける中国側

9月12日、日中国交正常化50周年を記念するシンポジウムが東京の経団連会館と北京をオンラインで結び開催された。駐日中国大使館と日本の経団連による共催で、中国社会科学院と日中友好七団体が協賛している。

冒頭、中国の王毅外相と日本の林外相のビデオメッセージがあり、自民党の福田康夫元首相が基調講演を行って、河野洋平元衆議院議長、二階俊博元幹事長ら、「自民党親中議員」の象徴が顔を揃えた。

王毅外相は、中国外交部のウェブサイトによれば、以下のように日本に対して警鐘を鳴らしている。

――両国間の関係を安定的かつ長期的に確保するには、必ず中日が達成した四つの政治文書とこんにちまでに交わされた「承諾」を遵守しなければならない。歴史や台湾問題など中日関係の根本に関わる重大にして原則的な問題に関しては、ほんのわずかでも曖昧にしてはならないし、後退するなどはもってのほかだ。(一部引用ここまで)

中国側が何かにつけて出してくる「四つの政治文書」とは、

  1. 1972年の日中共同声明
  2. 1978年の日中平和友好条約
  3. 1998年の日中共同宣言
  4. 2008年の「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明

で、中国は常に日本に対して「遵守せよ」という上から目線の形で言うことが多い。今般も「こんにちまでに交わされた約束」という言葉ではなく、「承諾」という二文字を当ててきたことは注目に値する。互いが平等な立場に立った「約束」なら「諾言」という中国語を使っていいはずだが、使わない。「承諾」なのだ。つまり、「日本よ、お前は承諾したではないか」という「批難」目線と「だから遵守せよ」という「上から目線」がまとわりついている。

王毅外相はさらに日中の経済関係に関して、「デカップリングやサプライチェーンを断つような誤ったやり方を共に防がなければならない」とも述べている。

日本の多くのメディア報道によれば、同じく9月12日のシンポジウムで、中国の孔鉉佑(こう・げんゆう)駐日大使は「日本側には中日関係にこれ以上のダメージを与えないよう、台湾問題では慎重な言動を取り、台湾を利用して中国を牽制するいかなる挑発的行為に参加しないことを希望する」と、やはり「上から目線」で「一つの中国」を主張しているのだ。

◆唯々諾々(いいだくだく)とひれ伏す日本側

こういった中国側の姿勢に対して、非常に対照的なのが日本側の姿勢だ。

日本の外務省のウェブサイトには林外相の発言内容などに関する報道がないので、以下は時事通信社の<歴史・台湾「あいまいにせず」 中国外相、日本にくぎ>をはじめとして、産経新聞の<福田康夫氏「対話と交流の強化を」都内で日中正常化50年シンポ>、毎日新聞の<日中外相 国交正常化50周年シンポにビデオメッセージ>、読売新聞の<日中関係「ウィンウィンを」とメッセージ寄せた王毅外相、歴史認識や台湾問題では釘を刺す>あるいはNHKの<日中国交正常化50年シンポ 林外相「安定的な関係構築は使命」>など、数多くの日本メディアの報道を通して知り得た内容から日本側の発言内容を適宜ピックアップする。

  • 林外相:「50年間で日中関係は大きな進歩を遂げた。両国間の貿易総額は当時から約120倍に増加し、人的往来にいたっては新型コロナの感染拡大前には1200万人を超えた」、「日中関係の進歩は両国国民のたゆまぬ努力がもたらしたものだ。建設的かつ安定的な日中関係を構築していくことは先人たちから受け継いだ使命であり、子孫に対する責務だ」。
  • 福田元首相(基調講演):「信頼関係が揺らぎ、不信の溝はむしろ昨今深まっているようにも見受けられる。こういう時こそ対話による意思疎通を深めることが極めて重要だ」、「対話と交流の強化を通じ、相手が何をしようとしているかということについて理解を深め、協力のために必要な信頼の基礎を築くべきだ」。
  • 河野元衆議院議長:「長い間、侵略し、支配し、ご迷惑をかけてきた中国の方々と日本が国交を正常化することは大変難しいことだった」、「小異を残して大同についたという大先輩の方々の気持ちを決して忘れることなく、両国関係をもっともっと前進をさせるために、さらなる努力をしていただきたい」。(以上概要)

バイデン大統領と進めている「対中包囲網」など、どこへ行ってしまったのか、ひたすら「日中友好」を讃え、推進しているではないか。尖閣諸島への中国船の侵犯や、台湾を包囲する形での軍事演習の際に日本のEEZ内に中国軍のミサイルが落下したことも忘れてしまっているかのようだ。

河野氏に至っては今もなお「長い間、侵略し、支配し、ご迷惑をかけてきた中国の方々と」などと謝罪外交の姿勢を崩していないのには、目を見張るばかりだ。

拙著『毛沢東 日本軍と共謀した男』に書いたように、毛沢東は中国が言うところの「南京大虐殺」さえ認めず、中国が抗日戦争勝利記念日を全国的に祝賀し始めたのは1995年からで、これは江沢民の父親が日中戦争時代、日本の傀儡政権であった汪兆銘政権の官吏だった過去を払拭するために、必死で反日を唱え始めたからだ。それまで毛沢東は「抗日戦争勝利」を祝うのは、政敵・蒋介石に「おめでとう!」と言うに等しいので、記念日として祝賀することはなかった。

毛沢東がどれほど日本軍の中国侵攻をありがたがったか、河野氏は知らないのだろうか。「侵攻」を「進攻」という言葉でしか表現しないほど、政敵である国民党の蒋介石をやっつけようとしていた日本軍に、毛沢東は感謝していた。

もちろん「中国人民」全体に被害を与えたことは歴然たる事実だが、日本が日中戦争で戦った国は「中華民国」であり、国家として謝罪しなければならない相手は「中華民国」なのである。

◆日中国交正常化は「中華民国」台湾との国交断絶が条件だった

日中国交正常化は、この中華民国との国交断絶という交換条件の下で行われた。

蒋介石は日中戦争における勝利宣言の中で、在中の日本軍および日本人に対して「以徳報怨(怨みに報いるに徳を以てあたれ)」と指示し、日本人に対する一切の報復を禁じた。そのことに感動した日本軍のトップ(支那派遣軍総司令官)であった岡本寧次(大将)は、蒋介石に対する尊敬の念を抱いたため、蒋介石は岡本寧次の自尊心を傷つけてはならないとして、敗戦した日本兵を「捕虜」とさえ言わず、「徒手官兵(武装していない将兵)」と呼んだほどだ。こうして蒋介石は日本兵と日本人の日本遣送を優先した。

拙著『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』に書いたように、筆者の父は技術者であるがゆえに日本帰国を許されたなったため長春に取り残されて中国共産党軍(八路軍)の食糧封鎖に遭った。長春市内にいた国民党軍が良かったとは言わないが、「長春を死城たらしめよ」と命じた毛沢東の冷酷無比さは、史上たとえようがないほどだった。

その壮絶さの一部は6月27日のコラム<許せない習近平の歴史改ざん_もう一つのジェノサイド「チャーズ」>に書いた通りだ。

国共内戦に敗れた蒋介石は台湾に撤退して、辛うじて「中華民国」の形を維持してきた。

しかし、1972年、アメリカのニクソン大統領が自分の大統領再選を狙うという個人的目的のために共産中国である中華人民共和国との国交正常化に踏み切り、共産中国の国連加盟を許してしまった。

遅れてはならじと、アメリカの後を追ったのが日本だ。

共産中国と国交を結びたいために、日本への友情が篤かった蒋介石の「中華民国」を切り捨て、国交断絶を断行した。

それだけではない。

1989年の天安門事件で民主を叫ぶ若者を武力で鎮圧した共産中国に対する制裁を、日本の自民党政権は解除させて、こんにちの中国の繁栄をもたらした。

王毅外相は「歴史問題」と言うが、江沢民は1992年の天皇陛下訪中を要請するに当たり、「天皇陛下が訪中してくれれば、中国は二度と再び歴史問題を持ち出すことはない」と約束しながら、天皇陛下の訪中が終わった2年後の1994年に愛国主義教育を始め、1995年から「抗日戦争勝利記念日」を全国的に祝うようになった。こうして「反日教育」が始まったのだ。

このような誤った選択を、日本は何度も重ねて、こんにちの「歴史問題」があり「台湾問題」がある。

上掲の日本のどのメディアも、日中国交正常化50周年記念シンポジウム開催に当たり、中国側から台湾問題を突き付けられても、「日中国交正常化は、中華民国(台湾)との国交断絶という交換条件の下で行われた」ことに触れていない。

しかし『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』を経験した者として、台湾との断交の下で日中国交正常化が成立したのだということを無視する日本の現状を、座視するわけにはいかないのである。

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。「中国問題グローバル研究所」所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』(実業之日本社)、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略 世界はどう変わるのか』(PHP)、『裏切りと陰謀の中国共産党建党100年秘史 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』(ビジネス社)、『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』(遠藤 誉 (著), 白井 一成 (著), 中国問題グローバル研究所 (編集)、実業之日本社)、『米中貿易戦争の裏側 東アジアの地殻変動を読み解く』(毎日新聞出版)、『「中国製造2025」の衝撃 習近平はいま何を目論んでいるのか』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』(中文版・韓国語版もあり)、『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』、『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。 // Born in 1941 in China. After surviving the Chinese Revolutionary War, she moved to Japan in 1953. Director of Global Research Institute on Chinese Issues, Professor Emeritus at the University of Tsukuba, Doctor of Science. Member of the Japan Writers Association. She successively fulfilled the posts of guest researcher and professor at the Institute of Sociology, Chinese Academy of Social Sciences. Her publications include “Inside US-China Trade War” (Mainichi Shimbun Publishing), “’Chugoku Seizo 2025’ no Shogeki, Shukinpei ha Ima Nani o Mokurondeirunoka (Impact of “Made in China 2025” What is Xi Jinping aiming at Now?), “Motakuto Nihongun to Kyoboshita Otoko (Mao Zedong: The Man Who Conspired with the Japanese Army),” “Japanese Girl at the Siege of Changchun (including Chinese versions),” “Net Taikoku Chugogu, Genron o Meguru Koubou (Net Superpower China: Battle over Speech),” “Chugoku Doman Shinjinrui: Nihon no Anime to Manga ga Chugoku o Ugokasu (The New Breed of Chinese “Dongman”: Japanese Cartoons and Comics Animate China),” “Chugogu ga Shirikonbare to Tsunagarutoki (When China Gets Connected with Silicon Valley),” and many other books.

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